薄明のカンテ - 恋の芽つぶし/べにざくろ
 鬼ハン、直管マフラー、板のように絞り込まれ上に跳ね上がったテールカウル……完璧な族仕様のバイクがマルフィ学園教員用の駐輪場で今日も異彩を放っている。
 それを渋い顔――ではなく輝く瞳で見つめているのはキラキラしい教員が多いマルフィ学園の教員で地味で輝かないという逆に珍しい存在の教師、アルヴィである。
「 カスタムペイントも付けたくなるなー 」
 授業と授業の空き時間に他人のバイクを眺め、あまつさえ人のバイクのカスタムまで妄想しているなんて不審人物極まりないが周囲に他に人がいないので何ら問題はない。
「 私のバイクの前で何しているのかしら? 」
 バイクの持ち主さえ現れなければ。
「 ぶ、ぶぶぶ、ブリノヴァ先生…… 」
「 バイブレーター機能が付いてる人間みたいになってるわよ? 」
 アルヴィの顔から血の気が引いていく。
 族仕様のバイクの持ち主の名前はエレオノーラ・ブリノヴァ。
 今でこそ体育教師であるが、過去にはレディースの総長だったとかそんな噂がある強くて格好良い女性教師だ。尚、同じ高校で教鞭をとっている身であるがアルヴィとは直接の繋がりがなく、あまり会話をしたこともない。
 どうでもいい事だが、ジャージが凄くお似合いである。ついでに鬼教師必須アイテムの竹刀を持っていたら完璧だったろう。
「 も、申し訳ないです。バイクが気になってしまって…… 」
「 マルムフェ先生もバイクに乗っているものね 」
 エレオノーラのバイクが駐輪場のど真ん中に停まっているのに対して、アルヴィのバイクは一番端に寄せられて停められていた。
「 前から思っていたのだけどオフ車よね。趣味なの? 」
「 え、ええ。僕みたいなのがバイク乗りで……本当、バイクに申し訳ないくらいですけど 」
「 卑下しなくても良いと思うわよ 」
 エレオノーラが微笑む。アルヴィの方が背が10センチメートル以上低いからそれを見上げる形になるのだけれども、長身なことも歳上なこともそんなことは関係ないくらい素敵な可愛い笑顔にアルヴィには見えた。
 しかし、それを本人に言えるような出来た男ではないアルヴィは「 そうですね 」と言って頷くことしか出来ない。
「 ステップにはカバーを付けているのね 」
「 そうですね。オフ車はステップが突起が付いているので普段はラバーをつけて靴底を守ってます 」
 エレオノーラとの会話は楽しかった。
 身近にバイクに詳しい人間が少なく誰ともバイク談義の出来なかったアルヴィにとって、エレオノーラは初めてバイクについて語れる貴重な存在だった。どんなに専門的な事を言っても通じるって素晴らしい。しかも、エレオノーラは聞き専に徹するだけでなくアルヴィの知らない事を教えてくれたり会話術も見事で時間を忘れてアルヴィは会話をしていた。

キーンコーンカーンコーン……

 チャイムの音で我に返る。自分は次も授業が無いがエレオノーラはどうなのだろうかと思いながら彼女を見つめた。
「 私は次は授業よ 」
「 そうですか…… 」
 エレオノーラの返答に分かり易い程に肩を落とすアルヴィの様子に、彼女は快活な笑い声を上げた。
「 また空き時間にお話しましょう? 」
「 あ、は、はい! ぜひ!! 」
 そう言って颯爽と去っていくエレオノーラの後ろ姿が見えなくなるまでアルヴィは彼女を見送った。
 バイク談義が出来た喜びなのか胸が高鳴ってドキドキしている。
 素敵な人だったな、ブリノヴァ先生――。
「 素敵な方ですよね 」
「 そうですね 」
 頷いてから、我に返る。
 今の今まで駐輪場にはアルヴィとエレオノーラしかいなかった。

 では僕は今、誰に返事をしたんだ・・・・・・・・・

 油を差し忘れた機械のようにギギギと音がしそうな動作でアルヴィは横を見た。そして、そこにいたのは幽霊ではなく事務職員のクジマ・トルビンであったことに安堵する。
「 トルビンさん…… 」
「 マルムフェ先生、ブリノヴァ先生とお話されていたのですか? 」
「 は、はい 」
 クジマの麦穂色の目に剣呑な光が灯っていることに気付かないアルヴィは興奮を抑えきれず頬を赤く染めた。
「 もっと怖い人かと思ってましたが凄く優しくて、バイクのことにも精通してらっしゃるし……会話も僕なんかと話しているのに上手に盛り上げてくださって本当に素敵な女性なんでした 」
「 ええ、お姉様・・・は本当に素敵な女性ですよね 」
 アルヴィは目を瞬いてクジマの女性的にも見える繊細な顔を見つめる。
「 ブリノヴァ先生と……ご親戚でいらっしゃるんですか? 」
「 いいえ。ああ、でも後々には……と思ってますよ 」
 クスクスと微笑むクジマの言葉にアルヴィは鈍器で頭を殴られたような衝撃を感じた。2人がそんな関係だなんて全然知らなかった。それは学園中の人は知っている周知の事実で自分だけが知らなかったとなれば恥ずかし過ぎる。後で妹のウルリッカに確認してみようかと思ったが彼女もそういった話題には疎い。今度、やたらと生徒の恋愛事情に詳しい家庭科のシリル先生にでも聞いてみようか。
「 それは……申し訳ありませんでした 」
「 いいえ。ご理解頂けたなら結構です 」
 女子生徒にも人気のある綺麗な顔に上辺だけの微笑みを乗せてアルヴィを牽制するように微笑んだクジマは腕時計に目を走らせると「 ああ。授業が始まりますね 」と呟く。そんなクジマに教師では無いクジマが授業のコマを気にするのだろうか、と考えながらアルヴィはクジマを見つめた。
「 次はブリノヴァ先生が校庭で授業されますから 」
「 あ、そうなんですか 」
「 はい 」
 そう言ってクジマは校庭へと消えていく。
 エレオノーラとクジマ。
 一見すると何ら共通点が無い2人に見えるのだが、いつの間に愛を育んでいたのだろう。
「 残念だな…… 」
 アルヴィの恋の芽は言葉と一緒に芽吹く前に踏みつけられて風に溶けていった。