薄明のカンテ - 例のセーターの話/燐花
 珍しくヴォイドが服を着ている。と言うと語弊があるが、それでもいつもより布面積の広い服を着ているのを見ればそう言う感想を抱いても致し方ない。
「おや…セーターなんて着て珍し…」
 しかし、すぐにただのセーターでない事に気付く。彼女と擦れ違った人間は皆往々にしてギョッとした様な真っ赤な顔で二度見三度見して去って行くのだ。
「ふむ……?」
 ロードはすっと後ろ側に回ってみた。
「おやぁ……?うふふふ…」
 首元がモコモコしているだけで背中はばっくり空いている。腰まで深く空いている為下着の紐が見えているがまあ、これはヴォイドにとって割と通常運転だ。
「魅せ方としては…いわゆる『着エロ』ってやつですか…うふふふふ、好きですよそう言うの。嫌いじゃないですむしろ好物です布に邪魔されてしっかり見えないところに想像が働くとか本当人間の脳ってよく出来てますよねそしてその脳をくすぐるわけだから本当よく出来たセーターですよね私は着エロ系はじわじわと剥ぎ取るまでか中途半端に脱いでるくらいがセットで好きです」
 そこまで考えてロードは頭に疑問を浮かべる。はて、これは多分ヴォイドの趣味じゃない気がする。結社でこんな服絶対支給されないしもしかしたら誰かから貰った可能性が…?
 サッと目から光の消える、目の笑っていない口だけ笑顔の嫉妬まみれの顔になりかけて我慢我慢。ヴォイドはこの顔がとても怖いらしくそれだけで震えてしまうので最近は少し自制する様になった。もしかしたらあげた本人が現れるかもしれない。そいつさえ血祭りにあげてしまえば良いのであって今この顔をヴォイドに見せる必要はない。
「お、ヴォイド」
「テオ」
「ちょ…!?おま、その服着て外出て来るなっつっただろ!?二人の時にしてくれって!!」
「いつもの服よりあったかいよ。背中は寒いけど」
「当たり前だろばっくり空いてんだから!!」
 ほぉぉぉぉおお…?貴方でしたかメドラーさん。なるほど貴方の趣味でしたか、えげつない性癖してらっしゃいますねぇ。それより聞き捨てなりませんねばっくり空いてるのも分かってて贈ったと?二人の時に着てくれってポロッと仰いましたがそれはどう言う意味ですかねぇぇえ?
 ごごごごご…と燃え上がる様に嫉妬を背後に纏うロード。あまりにもあからさま過ぎてテオフィルスもヴォイドもすぐ彼がいる事に気付く。
「うわ…」
「ん?ロード?」
「どうもこんにちはヴォイドと変態野郎」
「な、何だよお前いきなり」
「うふふふふふ貴方とは美味い酒が飲めそうって言うかもう何度か飲んでますけどこれは喜べる様な喜べない様な、いや今夜早速いただけますんで喜べるんですけどどう言うつもりで贈ったのかは知りませんが流石の私もこれには嫉妬しますよねぇ…二人の時に、ですか…そのセーター使って二人の時にナニをされるんですかねぇ?オプションはバイブかローターかローションかそれとも全部ですか!?それとも(ピー)ですか!?(ピー)ですか!?(ピー)でも楽しまれます!?」
「ちょっと待て!お前ちょっと待てっ!いきなり出てきてフルスロットルやめろ!」
「はい?」
「これはその…事故だったんだよ…」
 曰く。テオフィルスは一月の初日の出の時に出て来たヴォイドの姿を見て身も凍る様な思いをした(実際冷たい手を当てられてちょっと凍った)。女の服は高い。だからヴォイドがそっちに宛てたがらないのは知っていたが、流石に冬にあの格好は寒すぎるだろうと思い色々見てみる。あまりにも薄着なのでもしかしたら暑がりなのか?と思い、いまいち分からない感じのままそれでもノースリーブのセーターのカテゴリに行き着き、シルエットの可愛いそれを何気なくポチッと押した。
 ついでにやっぱり寒いといけないのでアームウォーマーも購入してみた。何より見てるこっちも寒いので少しでも暖かい服を着て欲しいと言うのが本音だ。そしてこの時、この例のセーターが他の普通のセーターに混じっていたとはつゆ知らず。お洒落なセーターの内の一つと思ってバックサイドの確認を忘れていた。
 いつもの姿が見え辛くなるのは気分的に少し惜しいが、届いたそれを手にヴォイドにプレゼントしに行った日。そう言えばネットで購入したから服の全貌が見えていなかった事に気付きその旨を話すとヴォイドから「じゃあ一回着てみる」と提案が。
 別に外に出なくて良いと言うのでテオフィルスが後ろを向いて待っているとゴソゴソと言う布の擦れる音に混じって「ん?ん??」と不思議そうな声が上がり着た姿がこれだったのでテオフィルスは腰を抜かした。
 服のヤバさに気付きすぐ様捨てろと言ったのだが、せっかく買ってもらったのに勿体ないとヴォイドは手放す様子が無かったので「じゃあせめて俺と会う時だけにしてくれ…」と約束させた筈なのだが何故か今日着て来てしまったのだと言う。
「ほぉぉぉお…!?背中越しにヴォイドの生着替えですか服を持っていったが為に同じ空間で公開生着替えですか何ですかそのラッキースケベうらやまけしからん事で…!」
「いや、話聞いてたかお前!?」
「話聞いてるも何もツッコミたい事が二、三ありましてそっちがあまりにも気になり過ぎて仕方ないんですよねぇ私…!!」
「な、何だよ…」
「何故そんな易々と部屋に上げてもらえるんですか…!?」
「日頃の行いだろ。ってか、そっちかよ?」
「あと、普通商品詳細確認しますよねぇ…!?」
「そ、それは…俺も本当迂闊が過ぎたよ…」
「エロ動画漁らせたら無修正すら容易にサルベージしそうな腕前と知識を持つ貴方が!?たかだか買い物サイトの商品ページの見方が分からない筈ありませんよねぇ…!?」
「どう言う難癖だコラ」
「それともその両の目は飾りですかぁ?その頭に詰まるのはメロンパンですかぁ?」
「上等じゃねぇか…裏モノでも何でもお望みのもの見付けてやるよ!!」
「ねぇ、既に何の話してんの」
 呆れたヴォイドに声を掛けられ二人は少し冷静になる。ロードは咳払いを一つするとテオフィルスに向かって穏やかに微笑んだ。
「それでもこれが貴方のご趣味なら、私は称賛の意を表す他ないと思うくらい貴方を尊敬してしまいます。何と言うか、少し捩れば見えそうなチラリズムとか思わず隙間に手を入れたくなる感じとか、貴方のエロスのご趣味が悉く私のツボを突くものですから…」
「…何か殆ど事故気味で引き起こった感じだったけどそこまで言われると俺も俺の感性を信じたくなって来た」
「ねぇ、握手してるとこ悪いけどこれ何の話?」
 一人ついていけないヴォイドが静かにツッコミを入れると、後ろからふわっと上着を掛けられた。
「おや?また随分と大胆な格好しているねぇホロウ君。今日は誰の差し金だい?」
「ユウヤミ」
「いつもの格好が格好だから今更誰も驚かない気がするけれどねぇ。せっかくだからそのニットの中にオフショルダーのトップスを合わせたらどうだろう?普通のワイシャツでも良いねぇ。丈がワンピースみたいだから下は履くなら厚手のカラータイツとかスキニーパンツなんかも良いんじゃないかな?」
「うーん…でも私それ持ってない…」
「…じゃあ、私が選んであげようか?」
「良いの?」
「私の見立てで良ければね?」
「うん…じゃあまた着いてっていい?」
「勿論。とりあえず仕事着か…とにかく外に出られる服にまずは着替えようか」
 その数分後、ヴォイドがその場からいなくなった事、そう言えばユウヤミが来てた気がする事を思い出してやり切れない気持ちになるテオフィルスと思いもよらずこんな場でテオフィルスの性癖を聞き出せて満足そうに、しかしユウヤミに多大なる嫉妬心を向かわせたロードだった。