薄明のカンテ - 飛び入り参加にろくな事は無い/燐花
 ミクリカ食い倒れ祭。盛り上がったよね。私も喜んで食べに行ったよ。本当に色々美味しくてうっかり愛の日前に体重が増加しまくっちゃったんだよ。そんなミクリカ、結構色々やってるんだね。これとか面白そうじゃない?

 そんなヒギリの目の前にあるのは、「ミクリカのど自慢大会」のポスター。彼女は光の速さで歴代出場者を確認した。
 あれ?一年前はこの準優勝の人の方が上手いぞ?あれ?二年前は三位の人が一番上手い気がする。つまり、これはビジュアル審査も込みなのだとヒギリは気が付いた。
 ビジュアルがある程度整っている事が優勝の最低条件だと気付いたヒギリは、面白い事を思い付く。今休業中とは言えそれでも元売れないアイドルだった自分が表舞台に出るのは少し躊躇われる。となると、自分はプロデュース側に回れば良いんだ。きっとこれは面白いぞ、と思った。
 そしてヒギリは、プロデュースする候補を一人頭の中で選んでいた。
「ヘアメイクはテディとシリルさんに頼むでしょ?それでドレス着せてスキャットでも歌ってもらえたら…これ優勝できんじゃないかね!?」
 若干興奮気味にヒギリは息を荒げると、即座に席に着いて昼食を食べているテオフィルスの元へ走った。
「テオさん」
「お?どうした?ヒギリちゃん」
「あのね、聞きたい事があるの…相談なんだけど」
「お?珍しいな…可愛い子からの相談なら大歓迎だから何でも聞いてくれて良いぜ?俺に答えられる事なら答えるよ」
 炒麦とシーフードのピラフを口に運び、もしかしてタイガと何か進展あったか…?或いは、タイガにとって脅威であろうエリックと何かあったか…と考えを巡らせていたら、ヒギリはこそこそと耳元で囁く様にこう聞いた。
「ヴォイ姐に似合いそうなドレスってどんなだと思う?」
 テオフィルス、咽せてピラフを噴く。
 ヒギリは何故そんな反応をするんだろうかと不思議そうな顔をした。
「は…え?ヴォイドに似合うドレス!?何で!?」
 と、言いつつすぐ様携帯端末を取り出し色々検索するテオフィルス。
「んー…じゃあ、テオさんがヴォイ姐に着て欲しいドレスとか?」
「お、俺…?いや、別にそんな…アイツに着て欲しいなんてそんな特に無ぇけどよ…」
 とは言いつつ検索の止まらないテオフィルスの端末を覗くと調べていたのはウエディングドレスだったのでヒギリは首を横に振ると、「そうじゃなくて、ちょっと大人でムーディーな感じの!」と彼の頭にテーマを追加した。
「お、大人でムーディー…?」
「だって似合いそうでしょ?ヴォイ姐、明らか可愛い系じゃない気がするし…」
「……似合うと思うけどな、可愛い系」
「似合うかもしれないけど、今回欲しいのは大人な感じのなの!」
 欲しいって何だ?と思いつつ再度検索したテオフィルス。どう見ても露出の多い透けたような素材のものばかり候補に上がってくるものだから、憧れの人とは言えヒギリは彼の頭上で静かに呟いた。
「……テオさんのえっち」
 ちょっとだけグサリと刺さった気がしたしヒギリの口からそんな言葉が出たと思うと少し良いかもしれないと言う気持ちもしたしその不可思議なマリアージュにテオフィルスはひとつ咳払いをする。
「…やっぱシンプルで体のラインがよく出るものだと似合うんじゃねぇ?」
「体のライン?」
「うん…アイツ、綺麗な体してんじゃん?だからさ…それ活かす様なのが良いんじゃねえかな…?」
 綺麗な体かー…と、ヒギリはあのカヌル山を思い出してムスッとした顔をする。
「ありがとうテオさん!じゃあ私、次ロードさんにも聞いてみる!」
「は!?ロード!?」
 光の速さでランナウェイと言わんばかりのヒギリにテオフィルスの止める声は届かない。
 が、幸か不幸か、ロードは出張で夕方まで部屋に戻らないと聞いた為、ヒギリはがっくりと肩を落としつつユウヤミ・リーシェルの元へ走った。
「え?彼女に何が似合うかって?」
「そうなんだよ。色とかスタイルとか、何でも!出来たらセクシーでムーディーなドレスが良い」
「……そもそも、何で私に聞くんだい?」
「え?だってユウヤミさん、よくヴォイ姐の事見てるから何か知ってる気がして…」
 そう言われてユウヤミはキョトンとした顔をする。そんなに見てる?と尋ねるのでヒギリは「私にはそう見えるよ!」と生き生きと答えた。
「ふーん…」
「ユウヤミさん…?」
「何でもないよ、私もまだまだだよねぇ」
 ユウヤミはヒギリから聞き齧った情報だけではなぁ…とは思いつつ、この近辺で催されるイベントを頭に思い浮かべた。
「…赤のアフタヌーンドレス」
「え?赤?」
「意外に思う?でもねぇ、彼女には意外と似合うと思うのだよ。唇に、紅い差し色とかもね」
「うーん…普段のイメージからずっと青の印象しかなかった…」
「多分、似合うんじゃないかな?」
「うん、ありがとうユウヤミさん!テディがヘアメイクで居てくれてるから、相談して赤の基調でいじってみます!!」
 去って行くヒギリを見つめながらユウヤミは頭の中に彼女を思い浮かべる。以前、ロナ・サオトメやアサギがよく着ている着物の女性物を街で見かけた。煌びやかでしかし動きづらそうで、日常的に着る物では無さそうな黒い着物だが、彼の頭の中でそれを綺麗に着こなして居たのは彼女だった。ついでに彼女の唇に紅の差し色を足してみると、それはとても艶っぽく本当に美しく見えたのだ。

「と言うわけで!ヴォイ姐着替え!」
「練習してないのにのど自慢大会って…」
「正直…ジャズは何やってもオッケーって私、師匠から聞いたよ!」
「でも私…歌ってあんまり…」
「テディ!ニップレス!」
「ヒギリ隊長!ヌーブラもありますがどっちが良いですか!?」
「迷う!!」
 ヴォイドの頭には不安しかない。何をやっても良いと言うが、そもそも自分は歌が得意で無い。と言うか、やってる人に「馬鹿にするな」と怒られやしないかと珍しい心配をする始末だ。
 しかし、一昨日イベントを発見し、飛び入り参加して昨日皆にアイディアを聞きまくり、今日本番を控えるヒギリにはそんな心配は届かない。
 多分、のっけから彼女は諦めている。もしそんな催し物がある事をわかっていたなら、月単位でトレーニングさせるだろう。ただただ楽しそうだったから、今回は様子見だけしようと思ったのだろう。
「(良い迷惑だなぁ…)」
 とは思いつつ、ヒギリが楽しそうだから良いか、とも思う。でも、歌うの私なんだよなぁ…。
「ヴォイド、ちょっと腕上げて。ブラ外せない」
「うん…」
 テディまでこんなにやる気出して、もう皆ビジュアルいじる気満々じゃないか。と服を脱がされ完全に着せ替え人形と化したヴォイドは力無く笑った。ヒギリもテディもシリルも楽しそう。でも、この後歌うのは私。いつになく着せ替えもメイク準備も皆楽しそう。うん、私も今は楽しい。でもこの後表で歌うのは私…。
「わぁっ!!」
 胸に冷たい感じが触り、ヴォイドは思わず声を上げる。テディが貼り付けたヌーブラは思った以上に冷たかった。せめて温めてくれとヴォイドはテディを睨む。
「あ、ごめーん。冷たかった?」
「…冷たい…」
「ごめんごめん」
 本当、この後歌わない人って良い気なものだ。
 ヴォイドは力無く諸々諦めると、目の前の壁のシミを数え始めた。
「ところで…ここにテディがいるのってヴォイド的にオッケーなの?」
 シリルの声は誰の耳にも届かなかった。少なくとも、自分の出番と歌と壁のシミの事で頭がいっぱいのヴォイドの耳には届かなかった。

 * * *

「いやぁ、綺麗でしたよ!ヴォイド!」
 大会直後。俯いて泣きそうになっているヴォイドに花束を持って近付いてくるロード。誰かからこののど自慢大会に彼女が出る事を聞き出し、見に来たらしい。
「……慰めならよして…」
 珍しく泣きそうな声で言うヴォイド。見てられない、と顔を手で覆ったのは傍に居たテオフィルス。彼もまた、ヴォイドの安否が気になり着いてきたのだった。
「ヒギリちゃん」
「はい…」
「確かに今回テロ後初めてだからあまり参加者も多くなかったけどさ、せめてヴォイドの元々の歌唱力は考慮しなきゃダメだろう…?」
「…はい…」
 ジャズは確かに何をやっても割と成立する。しかし、そもそも歌の基本が出来ていれば、の話だ。全く感情を乗せられないタイプのヴォイドとジャズの相性が良いはずなく。
 もはや根性のみでヤケクソで向かったヴォイドはロックシンガーのごとく叫ぶしかなかった。
 その姿が刺さる人には刺さったらしく「前衛的で賞」と「度胸があるで賞」なるものを貰ったのだが、ヴォイドの精神的ダメージは結構大きい。
「ヒギリちゃん、ヴォイドも人間だ。落ち込む事あるんだぜ…?」
「ご、ごめんなさい…」
「分かればよし…次出す時はちゃんと練習する時間作ってやってくれよな?」
「はい…」
「まあ、ビジュアルは完璧だと俺は思う…」
 結局、観客も釘付けになったのは歌よりも彼女の着飾った姿だった。故に歌が上手くなくても盛り上がったとも言えるが。
「やっぱり色んな人に聞いてみて良かった…」
 歌はともかく、綺麗に着飾ったヴォイドを見てヒギリは満足気に笑う。次はヴォイ姐でミスコンとか狙っても良いな、とプロデュース業に対する野望も尽きない。
「ヴォイド…綺麗でしたよ…どう動いてもセクシーで、良いですねそのドレス」
「あ、ありがとう…」
「手探りながらマイクパフォーマンスに挑戦しようとする姿勢、お見事でした」
「え、そうかな…?」
「ええ。なので是非、今夜は私のマイクスタンドをそのカヌル山で挟んでくれませ──」
「言わせねーよ!!」
 とんでも無い事を口走るロードを遮ろうと青筋を立てて飛び込むテオフィルス。
 しかし、そんな事聞いちゃいないヒギリは次は何に挑戦しようかと、ヴォイドに断りもなくまた色々考えを巡らせている。
「あ、テディ…次ヌーブラ着ける時は絶対あっためてからにしてよ…?」
「はいはーい、ごめんてば」
「ヌーブラを…?」
「着けた…?」
 だから、こんな火種が新たに投下されている背後の事なんて、彼女はもう何でも良いのだ。
 もう前しか見えていない。

 次はミスコンだな。