薄明のカンテ - 届かぬ星に手を伸ばし/べにざくろ


あしたはおやすみ

 回収してきた機械人形マス・サーキュ機械マス班へ引渡し、前線駆除リンツ・ルノース班第三小隊の本日の仕事は終了だ。解散、となったところでセリカが何気ない世間話として口を開く。
「 無事に終わりましたねぇ。ルー君は明日のお休み、どう過ごすんですかぁ? 」
 セリカに問い掛けられたルーウィンは「 んー…… 」と声を上げて考え込むように何も無い上を見つめると、何かを思いついたような顔をした後に何ともないような顔で言い放つ。
「 デートっすね 」
「 あら、誰と? 結社の子かしら? 」
 ルーウィンの言葉に楽しそうに微笑むのはバーティゴだった。優雅にも見える笑みを浮かべている姿は上品な女性のようでもあったが、その手に本日の戦闘で無理矢理に機械人形マス・サーキュを殴り付けた為に壊れて外れた義手があって表情と身体が合っていない。しかし、そこはバーティゴの元で日夜働く第三小隊のメンバーであるセリカとルーウィンは慣れたもので、それに関してツッコミを入れることはなかった。
「 結社の子っすね。背の小さい金髪の 」
 「 デートっすね 」発言に驚いて絶句していたセリカは続いたルーウィンの言葉に我に返ってマルフィ結社内で金髪を持つ人間を思い浮かべる。
 “ 背の小さい金髪 ”といわれて最初に思いついたのが汚染駆除ズギサ・ルノース班の天才少女であるミサキ・ケルンティアだった。しかし、彼女は人付き合いを好まなそうな性格であるし、そもそも直情型のルーウィンとはタイプが違いすぎて間違っても意気投合しそうにない。
 次に思いついた人物は機械マス班のロザリー・エルナーだった。しかしロザリーは既婚者であるし、見ている限り夫であるベルナールとの仲も良好そうである。まさか浮気なんてことはないだろう。
「 セリカ。いつものルーの冗談よ 」
「 え? 」
 一所懸命に金髪を持つ女子でルーウィンと親しそうな子を思い浮かべようとしていたセリカは、バーティゴの言葉で思考することを止めてルーウィンを見つめる。そんなセリカに見つめられたルーウィンはイタズラが成功した子供のような顔を見せた。
「 そうっすよ、セリカさん。明日はタイガと買い物に行く予定で…… 」
 納得した。
 総務ロル・タシャ班人事部所属のタイガ・ヴァテールのことは時々、剣の稽古をつける間柄のためセリカも知っている。そういえば、そんな稽古の間にルーウィンとは歳が近いのもあって仲が良いと言っていた。
 それに確かに大柄なルーウィンからすれば男性の平均身長以下のタイガは“ 背の小さい金髪 ”だ。そこは間違ってもいないし、デートは必ず異性とも限らない。
 嘘は言っていないが勘違いさせるような発言をわざとしたルーウィンに、セリカは言い返すことにする。
「 もうっ、歳上をからかうのは良くないですよぅ。それに逢瀬だなんて……バートンさんに言っちゃいますよぅ? 」
「 べ、別にアイツのことなんて何も思ってねーし! 」
 面白いくらいに動揺を見せるルーウィンは好きな女の子を当てられた小学生男子の様だった。セリカが更に何か言ってやろうかと考えていると援護射撃が横から飛んでくる。
「 どうだか。牛乳をいそいそと貢いでいるらしいじゃない 」
 バーティゴの言葉にルーウィンが目玉が零れ落ちるんじゃないかという程に驚いた顔を見せた。
「 え……あ……なん……え……? 」
 全くもって言語化しない文字の羅列を口から吐き出してバーティゴを見つめるルーウィンだが、バーティゴは楽しそうに微笑むばかりで何も言わない。
 暫く経ってから、ようやくマトモな言語を扱えるようになったルーウィンが不貞腐れたように言う。
「 いや、あれはアイツがおもしれーくらいに良く飲むからで……つーか、その話どこ情報っすか? 」
「もちろん紫色の本人からよ? 」
「 マジっすか…… 」
 頭を抱えて座り込むルーウィンに上からセリカは声をかけてやった。
「 青春って良いですねぇ 」
 セリカとバーティゴはニコニコの笑顔の裏にニヤニヤという言葉が透けて見えるような顔で笑う。大人のお姉様達に揶揄からかわれては勝ち目がないと判断したルーウィンは「 降参 」と白旗を上げる代わりに軽く両手を上げた。
 駄目だ。全くもってこの人達に口で勝てる気がしない。
 特にバーティゴには武力的な意味でも勝てる気はしないけど。
 そんなルーウィンの内心に気付いているのか気付いていないのか、バーティゴが真面目な顔をして口を開く。
「 冗談はともかく、明日の休暇はしっかりと休養して頂戴。ただし外出するなら武器の携帯は忘れないように 」
「 了解 」
 バーティゴの忠告に思わず戦場の如くしっかりとした返答をしてから、ルーウィンは悲壮感を漂わせながら眉を寄せる。
「 何かその姐さんの言葉、嫌なフラグが立つセリフみたいで嫌っすね…… 」

たのしいきゅうじつ

 ルーウィンは辟易していた。
 渋い顔をするルーウィンに、あざとく首を傾げるのはテーブルを挟んで向かい側に座るタイガである。彼の手には携帯型端末が構えられており、ルーウィンに声を掛けられるまでテーブルに鎮座するそれを角度を変えて撮影していた。
「 どうしたの? 」
「 いや…… 」
 問い掛けられても何も言えずルーウィンは言葉を濁して店内にさり気なく目をやる。さり気なく目を向けたはずなのに、こちらを見ていた何人かの女性客と目が合ってしまい、女性客に笑われたり慌てて目を逸らされたりして余計に気まずくなった。
「 別に女性専門店じゃないんだから気にしなきゃいいのに 」
 満足する撮影を終えたタイガが携帯型端末を鞄にしまうとルーウィンに呆れたように呟き、スプーンを手にとる。
 タイガとルーウィンの間にあるテーブルに置かれているのはアイスクリームに、生クリーム・チョコレート・シロップや果物・ジャムなどを添えてグラスに彩りよく入れた冷菓――パルフェだった。
 但し普通のパルフェではなく、写真映えフォトジェニックのするいわゆる女子ウケ抜群のものだ。当然の如く店内には女性客ばかりで、たまにいる男性といえば恋人と来ている( ルーウィン的には渋々付き合わされているように見えた )のみで男性同士の組み合わせはルーウィンとタイガしかいない。
 その上、何だか知らないがタイガは店の空気感に上手く溶け込んでいるように見えるものだから店の中で異質感を放っているのは自分だけのような気がして余計に気まずい。
 何で男同士でこんな店に来なきゃいけないのか。
 そう思ったルーウィンはタイガが撮影し終えたパルフェにスプーンを突っ込みながら口を開く。
「 ……おまえ、好きな女いるならソイツと来れば良いんじゃねーの? 」
 確かタイガはマルフィ結社の総務ロル・タシャ班給食部に所属する女子が好きだったはず。面と向かって聞いた事はないけれど、確かそうだったような気がする。
 そんなことをルーウィンが思っているとタイガはきょとん、とした顔でルーウィンを見た後、その「 好きな女 」と一緒に来るのを想像して頬が照れたように赤く染まる。
「 いつか来れたら良いけど……彼女は有名人だし…… 」
「 社内では有名人だろーけど外では無名だろ 」
 『 食堂のアイドル 』として有名であるがそれはあくまでもマルフィ結社内の話だろう。そう思って言ったのだが、タイガは変な顔をしていた。
「 何言ってんの? ディーヴァ×クアエダムのメンバーだよ? 」
 タイガの言葉に今度はルーウィンが変な顔になった。
「 ……タイガ。今、誰の話してんの? 」
「 ローズ・マリーちゃんだけど? オレの超推しのアイドルの 」
 実際のところ『 マルフィ結社の食堂のアイドル 』と『 ディーヴァ×クアエダムのローズ・マリー 』は同一人物であるのだが、ルーウィンは知る由もなければ気付くような観察眼もなかった。
 だから、タイガに対する評価はこうなる。
「 アイドルとデート妄想してる二次元に恋する男ってきめーな 」
「 さ、三次元だから! 実在する人だから!! 」
「 会えねーんだから二次元みてーなもんじゃん 」
「 こ、コンサートとかでは会えたし…… 」
 言いながらもタイガの声は小さくなっていく。タイガを「 アイドルにガチで恋する気持ち悪いオタク 」と看做したルーウィンはドヤ顔で言い放った。
「 よーするにタイガは同担拒否強火独占欲過激派ガチ恋勢ってやつだよな 」
「 え、何それ気持ち悪い 」
電子世界ユレイル・イリュで見たんだけど、内容読んだらめっちゃタイガじゃんって思った 」
「 違うよ。オレはローズちゃんにそんな気持ち悪い恋愛感情ぶつけてないし 」
 同担拒否強火独占欲過激派ガチ恋勢とやらに向けて散々、「 気持ち悪い 」を連呼する2人。
 まさかマルフィ結社に「 同担拒否強火独占欲過激派ガチ恋勢 」の男がいて、しかもそれがタイガの憧れの大人であるロード・マーシュのことであるとは夢にも思っていない。きっと、今頃ロードは盛大なクシャミをしていることだろう。
「 ……そういうルーは、誰か結社内で『 かわいいなー 』とか『 きれいだなー 』って思う人いないの? 」
 店内の女子だらけのフワフワな雰囲気に乗せられたのか、単に話題を誤魔化そうとしたのかタイガが唐突にルーウィンに恋バナ的なことを問い掛ける。フルーツの前にアイスを食べてしまったせいでフルーツの甘みを感じられなくなって顔をしかめていたルーウィンの顔がそれを聞いて余計にしかめられた。
「 それ聞いてどーする訳? 」
「 別に? 気になるから聞いてるだけ 」
 タイガはフルーツを食べ終えてからアイスに手を出し始めていた。食べるスピードは流石に男子というべきか早く、アイスはまだ溶け始めていない。
「 ……綺麗なら断然、うちの姐さんだろーな 」
「 ブリノヴァさん? 」
「 あの肉体美、マジでヤベーって。本人には言わねーけど腹直筋の縦線ヤベーなってなる 」
 どうやら自分とルーウィンの「 綺麗 」の定義は違うらしい、とタイガは悟った。タイガからすればルーウィンの言うエレオノーラ・ブリノヴァは迫力のある怖い女性という印象が強くて、更に顔にとても目立つ傷があるから綺麗とかそういう印象を抱き難い。
「 あと第四の花の姉ちゃん 」
「 花……? ああ、ユリィ・セントラルさんだね 」
「 鍛えてるって感じの身体しててすげーよな。無駄がないっていうか 」
 こちらもまた鍛えられた身体か否か、というのがルーウィンの判断だったらしくタイガは肩を落とす。
 ダメだ。やはりルーウィンと恋バナ的な話は出来そうにない。
 自分が振った話題の失敗を悔やみつつ、この話をどうやって終わらせようかとタイガは悩んだ。自分で振っておいてやっぱり興味無いとは言い辛い。
 そんなタイガの内心に気付かないルーウィンは更に言葉を続ける。
「 かわいい、だったら食堂のアイツだなー 」
 食堂。
 その単語にスプーンを止めてタイガはルーウィンの顔を真剣に見つめた。
「 どの人? 」
「 良く配膳してくれる茶髪のー……紫目の嬢ちゃん 」
 そう言ってルーウィンはニヤリと笑う。
「 結社でタイガが好きなのは、その嬢ちゃんだろ? 」
「 嬢ちゃんって……モナちゃ、モナルダさんはルーの一個上だよ 」
「 マジか。見えねー 」
 素直に驚くルーウィンに口は笑いつつもタイガの目は笑っていなかった。
 確かにヒギリ・モナルダは可愛い。元々の顔の造形が可愛いのもあるし、愛嬌があって配膳にテキパキと動く姿も可愛い。笑顔なんて、もうそれだけでご飯が食べられそうなくらい可愛い。だから「 結社の可愛い子 」と聞いてヒギリの名前が出るのはタイガにとって当然のことと言えた。
 それでも「 可愛い 」から「 好き 」になられたら困るのだ。ライバルは少ない方が良い。
「 モナルダさんは前線駆除リンツ・ルノース班のエリック・シードさんと汚染駆除ズギサ・ルノース班のテオ君……テオフィルス・メドラーのことが好きみたいだからルーの出る幕無いよ 」
「 いや別に可愛いって思ったから言っただけだし 」
 言いながらもルーウィンは憐れみの目をタイガに向ける。何も言わないが目は何よりも雄弁だった。
「 別にオレ、まだ失恋してないからね! 」
「 ヤケ酒なら付き合ってやるから安心しろ 」
「 だからまだ振られてないって! 」
 思わずタイガが声を上げると近くの席の女性客に会話が聞こえていたようでクスクスと笑われる。恥ずかしくなったタイガとルーウィンは声を小さくすることにした。
「 テオなんちゃらはお前が仲良い三つ編みで、エリックってのはあの第四の影の薄い眼鏡だよな。キャラ違くねー? 」
「 それはオレも思うけどモナルダさんの好みだから仕方ないよ 」
 ヒギリの好みのタイプが分かるなら自分だって知りたい。
 実際、ヒギリに好きな男性のタイプを聞く気になれば給食部に所属している自分の機械人形マス・サーキュであるノエに頼めば良いのだけれど、そこまでの勇気はタイガにはない。
 何故ならば背が平均より高くて髪の毛がサラサラで頭脳明晰な人と言われたら自分に当てはまらなすぎて泣くしかないからだ。さすがに今から成長期が来て背が伸びるとは思えない。
 結局、会話がルーウィンが意図していないとはいえヒギリ・モナルダのことに戻っていることに苦笑しつつ、タイガは「 他に誰かいないの? 」とそれとなく渦中の人物を変えることにした。
「 他? 他なら機械マス班の赤毛の姉ちゃんだなー 」
 ヒギリとは随分とタイプの違う女性が出てきてタイガは驚いて目を丸くする。
 機械マス班の赤毛の姉ちゃん、に該当する女性は1人しかいない。
「 アン・ファ・シンさん? 」
「 そんな名前だった気がすんなー 」
「 モナルダさんのこと言えないくらいキャラ違くない? 」
 ヒギリ・モナルダとアン・ファ・シン。
 ヒギリと違い、アンを見て「 愛想の良い人だ 」と思う人はいないだろう。アンが、タイガが一方的に天敵だと思っているミサキ・ケルンティアと仲が良いこともあってタイガは関わりがなかったが、それでも愛想の良い女性ではないことくらいは知っている。
 ヒギリとアンが似ているところといえば、性別と髪の毛を二つ縛りにしているところと目の色が紫であることくらいだろう。
「 どの辺がかわいい? 」
「 どの辺っていわれてもなー。何となくかわいいって思うだけだし 」
 ルーウィンにも「 可愛い理由 」は分からないらしい。
 「 何でだろーなー? 」と首を捻りつつ、可愛らしかった写真映えフォトジェニックなパルフェを完食する。
 それを見て慌ててタイガもパルフェを口に運んだ。体格の差か、喋っていた量の差か、タイガも遅い訳では無いのだが、やはりルーウィンの方が食べ終えるのが早い。
「 ……紫の目が好きなの? 」
 何とはなしに呟くと口腔内の甘味を消す為に水を飲んでいたルーウィンが噴き出しそうになり堪えてせた。
「 べ、別にそういう訳じゃねーし。まぁ、変わった色彩いろだから目が行くってのはあるかもしんねーけど! 」
 紫色の目は確かにルーウィンが言うように珍しい。だからこそ紫色の目の人間ばかり「 かわいい 」というのは不思議で仕方がなかった。
 そういえば紫色の目をしている人間が他にもいたな、とタイガはその人物の名前を上げる。
「 バートンさんは? 」
「 は? 」
総務ロル・タシャ部のクロエ・バートンさんだよ。あの子も紫色の目をしてたよね 」
 ヒギリとは似ていないがアンとは似ている気がしなくもないので、もしかしたら「 かわいい 」の部類に入るのかもしれない。そう思って問いかけただけなのだが。
「 食い終わったなら、さっさと出るぞ! 」
 タイガがスプーンを置いていたことに気付いたルーウィンがさっさと立ち上がる。
 余程、焦っていたのだろう。
 パルフェ代を両方とも支払いをしてくれたおかげで出費が抑えられて密かに笑うタイガなのであった。

 * * *

 ルーウィンは再び辟易していた。
 買い物カートをカラカラと押しながら隣を歩くタイガは、これまたあざとく首を傾げてルーウィンを見上げる。これが女子だったら可愛い動作であるが、残念ながら相手はタイガである。可愛くも何ともない。
「 どうしたの? 」
「 どーしたもこーしたもねーよ。何でヤロー2人で食料品売場に来てんだ俺達 」
「 食料品買う為だけど? 」
「 そりゃそーだろーけど…… 」
 写真映えフォトジェニックな可愛いパルフェの店の後は、タイガとルーウィンは普通に服を買ったり、ゲームコーナー的なゲームセンターで遊んだり、モビーディックス・コーヒー( 通称・モビデ )の期間限定フラップッチーノを飲んだりと今時の男子的に買い物を楽しみ有意義な休日を過ごした。
 機械汚染マス・ズギサされた機械人形マス・サーキュは人を襲うが、屋内にいると襲われない。
 そんな言葉が人々に周知されつつある中、この屋内の買い物施設の中は安全だと理解している人々が笑顔で歩き、テロ以前の風景が戻ってきているかのようだった。その雰囲気に乗せられて少々、買い物を楽しみすぎたところもある。給料日が待ち遠しい。
 しかし、その笑顔溢れる風景の中に人間とは違う淡い色の髪の姿は無い。
 物事が色々と分かるようになった年頃には一般用の機械人形マス・サーキュが発売されており且つ購入ブームが起こっていたために、彼等の姿が共にあることが当たり前だったタイガやルーウィンのような年代の人間にとっては何処か違和感のある風景だ。
 ――と、少々真面目なことを考えてみたルーウィンだが、状況は何も好転しない。タイガとルーウィンは周囲から見れば仲良く食料品の買い物に勤しむ若い男2人だ。残念ながら共に恋愛対象は異性であるので、全く楽しい状況では( 特に付き合わされているルーウィンにとっては )ない。
「 何買うんだよ? ノエさんに頼まれたとか? 」
「 ある意味ではノエに言われたんだけど……オレが料理するって言ったら『 では、食材の買い出しから練習して下さい 』だって 」
 不満顔で言いながらタイガは野菜コーナーで馬鈴薯じゃがいも人参にんじん玉葱たまねぎを数個カゴに放り込んでいく。何やら作る物は決まっているらしく「 次はー……季節の茸って何だろう? 」と呟いていた。
「 茸ならうちの班にプロがいるじゃん 」
「 あ、ミカナギさん? そういえば、そうだよね。聞いてみよ 」
 タイガはそう言って携帯端末を素早く操作してセリカにメッセージを送る。暇だったのかタイミングが良かったのか話題が茸だったからか知らないが、直ぐにセリカから返信がある。

――時節柄ならモリーユやムースロンが推奨品ですが、値段が値段なので旬の関係ないマッシュルームで良いと思います。

「 ……これ、セリカさんが浮かれながら送ってきた光景が目に浮かぶんだけど 」
「 オレもそう思う 」
 言いながらタイガは茸の売り場へ向かうとマッシュルームを手に取った。そんな光景を見ながらルーウィンは最初から聞こうと思っていたことをようやく口にした。
「 そもそも何作んの? 」
「 スープだよ。サオトメ先生の家の 」
「 サオトメ先生……? ああ、第四小隊の小隊長さんか 」
 ロナ・サオトメ。その名を聞いてルーウィンは前線駆除リンツ・ルノース班第四小隊の小隊長を務める赤毛の彼の姿を思い浮かべた。
 そして、そういえばタイガはミクリカでロナの経営する剣道道場に通っていたのだっけ、と過去に聞いた記憶を呼び覚ます。
「 ミオリちゃんが作ってくれて……ミオリちゃんっていうのはサオトメ先生の機械人形マス・サーキュなんだけどね、ああいう可愛い機械人形マス・サーキュが欲しいって皆で良く言ったなぁ…… 」
 ロナが現在、主人マキールをしている機械人形マス・サーキュはルーウィンも良く知るアサギだけで、ミオリという機械人形マス・サーキュは連れていない。ミクリカという地名から察せられるものがあったルーウィンはそれをわざわざ口に出すことはせず、黙ってタイガの言葉に耳を傾ける。
「 でね、オレの作りたいスープはサオトメ先生曰く『 先祖がこの国に流れ着いた時に故郷の味を再現したくて頑張った結果の伝統あるスープ 』なんだよねー 」
「 何か格好良いかっけーな、そのスープ 」
「 ねー。上手く出来たらお裾分けするね 」
「 マジで楽しみにしてるわー 」
 素直にロナの家のスープとやらの味が楽しみで返事をしたルーウィンだったが、ちょっとした悪巧みを思いついて悪い顔で笑う。
「 それ出来たらセリカさんにも分けてやってくれねー? 」
「 そうだよね。今お世話になったしお裾分けしないと悪いよね! 」
 ルーウィンの言葉を素直に受けてタイガは頷いた。それを聞いてルーウィンは内心ほくそ笑む。
 ルーウィンの同僚であるセリカ・ミカナギといえば無類の茸好き。
 そして、上司のエレオノーラ・ブリノヴァは大の茸嫌い。
 タイガが茸の入ったスープをお裾分けすれば、間違いなくセリカは茸が入っていることに気付いてエレオノーラへお裾分けをするだろう。そういう女なのだ、セリカは。
 これは昨日、クロエ・バートンのことでからかわれたお礼だ。
 スープの中身に気付いた時の姉さんの顔が見ものだな。
 ニヤリと再びルーウィンは笑った。

たのしくないきゅうじつ(前編)

 最初にその違和感に気付いたのはタイガだった。
「 ルー 」
 買い物を終えての帰り道、住宅街の中ですれ違った人間の顔を見たタイガは硬い声でルーウィンを呼ぶ。
「 どーした? 」
「 ……今すれ違ったフードの人、機械人形マス・サーキュだ 」
「 マジか 」
「 目までは見えないけど口元の感じとか……人間じゃなかった 」
 ルーウィンは背が高いためフードを被った人物を上から見ることしか出来なかったが、この場合は幸いなことに背の低いタイガはその人物を下から見ることが出来ていた。また、人の顔の判別が得意なタイガにとって人間と機械人形マス・サーキュを見分けることは容易であり、それを良く知るルーウィンは決してタイガの言葉を笑い飛ばしたりしなかった。
「 結社に連絡頼んだ。俺は今の奴を追う……全く、姐さんの言った通りになりそーだ 」
 遊びに行くには大きな鞄を背負っているなとタイガが最初から思っていたルーウィンの鞄から彼の武器が出てくるのを見てタイガは目を丸くする。まさか武器を持って来ているとは思いもよらなかったからだ。
 そんなタイガを横目に素早くショルダーホルスターを装着したルーウィンが立ち去り際、改めてタイガを見た。
「 屋内なら無事だから上手く隠れてろよ? 」
「 ……分かった 」
 ここで「 オレも戦う 」とはタイガは言えなかった。
 先日、同じ人事部のロードは医療ドレイル班のベッドに数日お世話になるような怪我を負ったものの機械人形マス・サーキュを何体も倒したのだというが、そんな格好良い事を自分が出来るとは到底思えなかった。
 だから自分にも出来ることをするために手早く携帯型端末を操作して結社へと連絡を入れる。今は前線駆除リンツ・ルノース班の何班が結社に居ただろうか。ルーウィンの所属する三班のメンバーはいるかもしれないが休暇中では直ぐに出動することは難しいだろう。
 隠れていろよ、とルーウィンに言われたものの、戦えばせずとも相手の数を把握できた方が良いだろうと判断したタイガは直ぐに隠れずに動くことにした。
「 うーん……荷物どうしよ…… 」
 そう考えたものの買い物の荷物が邪魔である。ルーウィンが置いていった分もあり、これを持って動いていてはまともに行動は出来そうにもない。今回は要冷蔵品を買っていないので保冷の点では心配はないのは唯一の救いといったところか。
「 ちょっと! ちょっと、アンタ! 」
「 はい? 」
 呼ばれた方向を見ると民家の玄関前から手招きする竹箒を持った恰幅の良い中年女性がいた。清掃部のザラ・カルラティを彷彿とさせるその女性に近付いていくと、女性はタイガの顔を見て「 あ! 」と声を上げる。しかしタイガの記憶にその女性はいない。
「 あらっ、マルフィさんでうちの娘が世話になってますー 」
「 えっと……? 」
「 エーデル・カルンティの母です 」
「 ええっ!? 」
 エーデル・カルンティといえばタイガにとっては人事部のお姉様三人衆ロード親衛隊の一人だ。言われてみると顔のパーツの要所要所が似ている。多分、似ているとエーデルに言ったら怒られるのだろうけど。
 同僚の母に会ってしまってからには挨拶をしなければならないだろうと考えたタイガは慌てて頭を下げる。
「 お、オレはタイガ・ヴァテールって言います。こちらこそエーデルさんにはお世話になってます 」
「 急に話しかけてごめんねぇ。娘から飲み会で撮ったって写真見せて貰った時に写ってた子だなぁと思って 」
 飲み会の写真といえば親衛隊がどうしてもロードと撮りたいからといって巻き込まれた時の写真だろう。その時のことを思い出して乾いた笑いを浮かべるタイガだったが、すぐに今はそれどころではない状況であることを思い出した。
「 あの、今はちょっと忙しくて…… 」
「 ああ、そうそう! 機械人形マス・サーキュが出たんだって? 外を掃いてたらアンタ達の会話が丁度聞こえてね 」
 エーデル母はそう言ってタイガの大量の荷物を見た。
「 おばさんが預かっててあげるから! ほら、アンタもマルフィさんの社員なら行ってきな! 」
「 いや、オレは人事部だし武器も無いし…… 」
 タイガがそう言うとエーデル母は「 待ってな! 」と竹箒を投げ捨てて家の中へと消えた。そして、すぐに振り回すのに丁度よさそうな長さの鉄パイプを持って出てくる。
「 もしものために買っておいて良かったよ! ほら、これが武器になるだろ!? 」
 押し付けられるように渡された鉄パイプはそれなりに重みがあるが、タイガが日頃素振りで使う木刀と大差のない重みだった。これなら最悪の事態になった時に使えそうだ。
「 ありがとうございます! それじゃ、荷物はお願いしていいですか!? 」
 鉄パイプの礼を言いながらお願いをするとエーデル母は両目を瞑った。きっと、この年頃の女性にありがちな「 ウインクをしたら両目を瞑ってしまう 」という現象なのだろうと判断したタイガはもう一度「 ありがとうございます! 」と声を上げてから、踵を返してルーウィンの走っていった方向を目指したのであった。

 * * *

 無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理!!!!
 相手の数だけでも把握しようなんて呑気なことを思った十数分前の自分を、手に持つ鉄パイプで殴ってやりたいくらいタイガは自分の軽はずみな行動を後悔しながら走っていた。
 タイガの後ろを走るのは機械汚染マス・ズギサされたことを示す赤く光る目をした機械人形マス・サーキュだ。その機械人形マス・サーキュが子供型のため手足が短く、直ぐに追いつけないことがタイガを生き延びさせていた。
 夏に機械人形マス・サーキュがギロク博士によって機械汚染マス・ズギサされたものの、タイガは今まで実際に機械汚染マス・ズギサされた機械人形マス・サーキュを見たことがなかった。テロの日、タイガは会社の夏休みをとってミクリカから実家のソナルトへと帰っていたし、タイガの家には一家に一台以上いるといわれる機械人形マス・サーキュはいない。代わりに古くから付き合いのあるソナルト家政婦紹介所から派遣される人間の家政婦が通ってくる形式がずっと続いている家だからだ。
 そしてマルフィ結社に入ってからも自分が主人マキールとなったノエを始めとする何らかの理由で機械汚染マス・ズギサを逃れた機械人形マス・サーキュか、前線駆除リンツ・ルノース班が回収して動かなくなった機械人形マス・サーキュしか見ていない。だから、機械汚染マス・ズギサされた機械人形マス・サーキュの恐ろしさをどこか軽視していたのかもしれない。
 同じ人事部のロードさんが何体も機械人形マス・サーキュを倒せたなら、オレだって一体くらい倒せるかも。
 ロードの過去を知らないタイガはそんなことを思っていた。
 しかし実際に機械人形マス・サーキュと対峙してみたことで、そんな軽いものではないと痛感していた。機械人形マス・サーキュの行動を止めるために関節の隙間を狙うとか耳の奥のスイッチを押すとか対処法は聞いているが、とてもではないがやれる気はしない。
 どこかで人の悲鳴が上がっている。その人が助かって命を失ってしまうことがないことを願いながらタイガは現れた丁字路を左に曲がり、後悔することになる。
「 嘘でしょ…… 」
 そこには「 通行止め 」の文字を掲げた看板と水道管でも直しているのか穴の空いた道路があった。工事現場の人間は騒ぎを察知したのか逃げていて誰もいないことが、せめてもの幸いか。
 振り向けば機械人形マス・サーキュは直ぐそこまで迫っていた。もはや逃げ道はない。
「 あー! もー!! 」
 自棄になって声を上げて振り向き様に思いきり鉄パイプを横に薙ぐ。
 実戦は剣道の試合とは違い、どこにでも当たれば良いのだ。タイミングと高さが偶然にも合って機械人形マス・サーキュの側頭部を殴りつける形になり、人間の脳と同じようにプログラムの詰まった繊細な部分に損傷を受けた機械人形マス・サーキュがフラついて住宅の塀に叩きつく。
 そのまま壊れて欲しいと思うタイガだが、機械人形マス・サーキュはそんなことでは壊れない。だからタイガに出来ることは、このチャンスを生かして走って逃げることだけだ。
「 タイガ!? 」
「 あ、ルー!! 」
 何度目かの角を曲がったところでルーウィンに鉢合わせた。
「 馬鹿か!? 何でいるんだよ!? 」
「 事情は後で! 後ろ! 」
 タイガが叫ぶとルーウィンは素早く振り向き襲いかかろうとしていた機械人形マス・サーキュの腹部に蹴りを入れて転倒させると、馬乗りになってその耳にサバイバルナイフを差し込むようにして破壊する。
 その動かなくなった機械人形マス・サーキュの顔を見てしまったタイガが顔を青くして息を飲む。
「 どうした? 」
「 その機械人形マス・サーキュ……ノエと同じ型番だ…… 」
「 は? 」
 ルーウィンの倒した機械人形マス・サーキュは確かに中年男性の姿をしていたが髪の色は薄青であるし、顔立ちもどちらかというとワイルドな顔立ちをしていてタイガの言うノエには似ても似つかない。
 もしかして、と一つの可能性に気付いたルーウィンは自分で自分の考えを否定しながらもそれを口に出した。
「 何……オマエ……ベースの機体まで分かる訳……? 」
「 だって人間の骨格みたいなものだから 」
 タイガの超相貌認識力スーパー・レコグナイザー機械人形マス・サーキュにも発揮するらしく、それを聞いたルーウィンは気持ち悪さすら感じた。それと共に、その能力があったら機械人形マス・サーキュとは戦えないだろうとも判断する。
 機械人形マス・サーキュの容姿は千差万別だが、骨格となるベースの機体は量産品で種類が限られている。一体一体対峙する度に「 誰々と同じだ 」と考えていては、ただでさえ人間に似ている為に倒すことに抵抗を抱きやすい機械人形マス・サーキュと戦うことなんて出来ないだろう。
「 結社に連絡は? 」
「 したよ。待機してる班を向かわせるって 」
「 じゃあ、オマエはどっかに隠れてろよ。危ねーし 」
 機械汚染マス・ズギサされた機械人形マス・サーキュは外に居る人間しか襲わない。だから今のタイガとルーウィンは「 機械人形マス・サーキュに襲ってください 」と言っているような状況だ。
「 うん。どこか屋内に…… 」
 言いかけたタイガの言葉が止まる。
 驚愕の表情で見つめているのはルーウィンの背後だ。
「 どーした? 」
 言いながら背後を確認したルーウィンもタイガと同じ表情になる。
 そこにいたのはフードを下ろして人間ではないことを証明するかのような薄い色の髪を惜しげも無く人目に晒し、赤い目を光らせた機械人形マス・サーキュ
「 ……撃つ? 」
「 馬鹿言え。住宅街で銃なんか使うわけねーだろ 」
 言いながらルーウィンはサバイバルナイフを構える。
 絶体絶命の危機が、今そこにはあった。

たのしくないきゅうじつ(後編)

 ルーウィンの後ろからだけ機械人形マス・サーキュが来ていたと思っていたタイガだったが、やがて自分の後ろからも機械人形マス・サーキュが来て自分達は取り囲まれてしまっていたことに気付く。気付いたところで、もう遅い。理解できるのは逃げ場がないということだけなのだから、理解したところで何の状況の改善も見込めない。
 相談をする訳でもなくルーウィンとタイガは背中合わせになっていた。機械人形マス・サーキュを威嚇するように睨みつけてみるが当然ながら怯む様子なぞ見せる訳はなく、むしろ誰から飛び掛かるかとお互いに目配せをしているような仕草を見せていた。
「 俺は此処で死ぬ気はねーかんな 」
「 うん。オレもだよ 」
 背中越しにルーウィンの声に答えて頷いたその瞬間、機械人形マス・サーキュがタイガ達に襲いかかる。もはやタイガは形も技も何も関係なく無我夢中で鉄パイプを振り回すことしかできなかった。しかし、その捨て身が功を奏したのか既に故障しかけていた機械人形マス・サーキュだったのか分からないが、先程の子供型は倒せなかったけれど今度は一体がタイガによって殴り倒される。
「 やった! 」
 思わず喜びの声を上げるが、すぐに別の機械人形マス・サーキュが迫りタイガの服を掴んできた。引き離そうと藻掻くものの機械人形マス・サーキュとの力比べに人間が勝てる訳もなく思い切り引きずり倒されてしまった。
「 タイガ!! 」
「 だ、大丈夫!! 」
 本当は何も大丈夫ではなかったが、これ以上ルーウィンに負担をかけさせる訳にはいかないし、彼は彼で複数の機械人形マス・サーキュを相手にしていてタイガを助けに来られる状態ではなかった。
 崩れた体勢からでもどうにか鉄パイプを振り回そうとするタイガの上に、一際体格のいい大きな機械人形マス・サーキュが伸し掛る。カンテ中央銀行の入口に立っていた警備員の機械人形マス・サーキュと素体が同じで顔も似ているから、ひょっとしたら同じような用途の機械人形マス・サーキュなのかもしれない。
 あれ? やっぱりオレ、ここで死ぬのかな。
 そう思った瞬間に脳裏に浮かぶのは食堂のアイドルの女の子だ。
 ヒギリちゃん、オレが死んだら泣いてくれるかな。
 泣いてくれたら嬉しいけど、でもやっぱりヒギリちゃんには笑顔が似合うから泣かないで欲しいな。
 ……主人マキールが死んだらノエはどうなるんだろう?
 食堂班で重宝されているし破棄されるようなことはないだろうけど……出来たら機械マス班にオレの記憶は削除デリートして貰って、綺麗さっぱりオレの事は忘れた状態でヒギリちゃんに主人マキールになってもらえたらなぁ――。
「 ぎゃッ!! 」
 死を覚悟すらしていたタイガの上から、悲鳴とも何ともいえない声と共に重みが消えた。それと同時に機械人形マス・サーキュが新たにやってきた脅威を威嚇するように動いた。機械人形マス・サーキュの一体がその脅威に向けて飛びかかったが、彼が手にした刀を横薙ぎに振るだけで関節と関節の間に刃が滑り込み地面に叩きつけられて終わる。
「 えっ……? 」
 タイガがその脅威に目を向けると、そこには和装を身に纏い刀を手にした浅葱色の髪の青年型の機械人形マス・サーキュが立っていた。
「 アサギさん!! 」
 ルーウィンが機械人形マス・サーキュの首を掻っ捌きながら、かつての同僚の名を喜びに満ちた声で呼ぶ。
「 ウチもいるよ――っと! 」
 そんな涼やかな声と共に、しなやかな動きを見せて乱戦の中に飛び込んでくるとルーウィンに群がっていた機械人形マス・サーキュの一体を行動不能に陥らせたのはユリィ・セントラルだった。
 アサギがいて、ユリィがいる。
 つまり本部に待機していた前線駆除リンツ・ルノース班は第四小隊だったということだ。
「 平気か? 」
 急に現れた強力な助っ人達に機械人形マス・サーキュ達が攻めあぐねているのを良いことにアサギがタイガに手を差し出す。その手に身体を起こしてもらいながらもタイガは何処か夢見心地だった。
「 うん。ありがとう、アサギ君…… 」
 まだ機械汚染マス・ズギサされた機械人形マス・サーキュに囲まれた状況は何も変わらない。それでもアサギとユリィが現れたことで絶望の状況は終わったように感じられた。
「 じゃ、行くよ 」
 ユリィがポキリと指を鳴らして呟く。
 逆襲の時間が始まった。

 * * *

「 アサギさんと共闘出来たとか夢みたいっすねー! 姐さんに見せてやりてー! 」
 機能停止した機械人形マス・サーキュを後からやってきたビクターと共に一箇所に集めながら上機嫌のルーウィンがアサギに声を掛けている。PL-pluginを削除する前のアサギとしか一緒に戦ったことのなかったルーウィンにとっては、今のアサギは色々も衝撃的な存在だった。
 前は独りで戦うことを選び、また独りで戦うことしかできなかったアサギが人の指示を聞き、また人を庇って戦うことも出来ている。今のアサギを見たらバーティゴもさぞや喜ぶことだろうとルーウィンはご機嫌である。
 タイガとルーウィンだけでは絶望的な状況もアサギとユリィが来たことで好転した。そして、後にビクターとヘラも合流したことで機械人形マス・サーキュは綺麗に片付いたのだった。
 この場にいない前線駆除リンツ・ルノース班第四小隊のメンバーの動向が気になるところだが、彼等は別の場所にも機械人形マス・サーキュがいないか見回っているのだという。タイガとルーウィンが騒いでいたおかげで今回の機械人形マス・サーキュは全て此処へ集まっているようだが念の為とのことだ。
「 ねぇ、ピーナッツ 」
「 何すか、花の姉さん 」
 ユリィに呼ばれてルーウィンは彼女へと目を向ける。今日もユリィはスラリと背が高くて綺麗だ、なんてことを思っていると、ユリィの綺麗な指がツイと一箇所を指さした。
「 アレは大丈夫なの? 」
「 あー……ダメっすね 」
 ユリィの指さした先には膝を抱えて壁に背を預けて蹲ったタイガがいた。その表情は戦闘に勝利した後とは思えない程に暗い。
 なおユリィはタイガがマルフィ結社の社員と認識していないので、タイガのことを巻き込まれた民間人か何かだと思っている。しかし、ルーウィンはユリィがそんなことを思っていることに気付いていないので会話はそのまま続いた。
医療ドレイル班に診せる? 」
「 いやー、多分落ち着けばどうにかなるんじゃないっすかね。診せる程じゃないと思います 」
 ルーウィンはそうとしか言えなかった。
 超相貌認識力スーパー・レコグナイザーを持った人間に今までの人生で会ったことはなく、そんな人間が今何を考えているかなんて、精神科医のアペルピシアやカウンセラーのクインにだって分かる訳がないと思ったからだ。
 時間が解決してくれる。ルーウィンはそう判断していた。
「 おーい、ちょっと手伝ってくれ! 」
「 了解っす! 」
 ビクターに呼ばれてルーウィンは再び機械人形マス・サーキュの片付けにとりかかる。
 タイガのことが気にならない訳では無い。しかし、そんなタイガの元に周辺の見回りを終えた赤毛の男性が近付いていくのを見て、ルーウィンは彼にタイガを任せることにしたのだ。
 赤毛の男性のことをタイガが尊敬しているのは良く知っていたし、あの人ならばどうにかしてくれるだろうという謎の信頼感があったからだ。

 * * *

 子供の時に観ていた特撮番組のヒーローみたいなものだと思っていた。
 人間を殺す悪い機械人形マス・サーキュを倒す格好いいヒーローが前線駆除リンツ・ルノース班だと思っていた。
「 タイガ? 」
 名前を呼ばれてノロノロと顔を上げると、今一番会いたくて会いたくない人が困惑した表情で立っていた。
「 サオトメ先生……こんにちは 」
「 あ、ああ…… 」
 タイガらしくもない陰鬱な光を湛えた目にロナが映る。春になって萌え出づる若芽のような色彩をしている筈の目が、今は澱んだ水の底に揺蕩う藻のようだった。
「 オレ……その機械人形マス・サーキュ倒したんです。その時は倒したことが嬉しくて気付かなかったんですけど…… 」
 タイガが力無く指さす先に転がる機械人形マス・サーキュを見たロナの空色の目が見開かれる。
 それは薄紫色の長い髪を地面に広げて俯せに倒れる女性型の機械人形マス・サーキュだった。髪の長さが違う。しかし、その薄紫色にロナはタイガ以上に見覚えがあった。

――おかえりなさい! お昼の準備はもう直ぐできますよ〜

 忘れられない、忘れてはいけない声がロナの脳裏に響き渡る。
「 ミ…… 」
 名前を口に出すことが出来ず絶句するしかないロナにタイガは力無く薄く何も楽しくないのに笑った。
「 顔も良く似てました……素体は一緒ですね……ミオリちゃんに 」
「 ……そうか 」
 絞り出すようなロナの声だった。
 倒れる機械人形マス・サーキュのその先にロナがミオリの幻影を見ていることなんて知らないタイガは更に言葉を紡ぐ。
「 オレ、前線駆除リンツ・ルノース班に憧れてました。でも無理だって分かりました。だって、相手が機械人形マス・サーキュとはいえ…… 」

――人を殺すのと何が違うんですか?

 その言葉は飲み込んだ。それは前線駆除リンツ・ルノース班として最前線に立つ人間に向けるべき言葉ではないと理性が留めさせたからだ。
 しかし空気感が、直前の言葉がタイガの言いたい言葉をロナに伝えていた。
「 だからこそ俺達がやらなきゃならないんだ 」
「 先生…… 」
 ロナの言葉は「 俺達 」と前線駆除リンツ・ルノース班全体を、ひいてはマルフィ結社を指しているかのような言葉だったが、その響きはどこか強迫観念にかられたような「 自分が 」と己だけに枷を付けているようなものがあった。しかし、それが分かったところで自分には何も出来ないタイガは無力さを痛感する。
「 ロナさん。今回はこれで全部だったようです 」
 そんなロナとタイガの元へやってきて報告するのはエリック・シードだ。食堂等で見掛ける時はもっとオドオドとした雰囲気の青年だったような気がするが、今はどこか落ち着き払った雰囲気を漂わせている。
「 そうか。ビクターに車を回して貰ってくれ 」
「 はい 」
 ロナに返事をして、ビクターに指示を伝えるべく歩き出したエリックの僅かに青みがかった黒髪の下にある明るく淡い青の瞳がタイガを一瞥した。
 エリック・シード。ヒギリちゃんの好きな人。
 普段のタイガならば張り合うように見つめ返しただろうが、今は己の無力感にうちのめされているので逆に目を逸らす。
 彼だって機械人形マス・サーキュと命を賭けて戦っているのだ。そんな彼に自分なんて適うはずも無い。勝ち目なんて無い。
「 ロナ! 」
 今度、ロナを呼んだのはアサギだった。
 ロナは第四小隊の小隊長。故に仲間が彼の指示を仰ぐことが多いのは当然のことで、そんな彼を私事で留めてしまっていたタイガはなるべく元気そうに見えるように笑った。
「 サオトメ先生、行ってあげて下さい。オレなら大丈夫なんで 」
「 だが…… 」
「 先生は皆に必要とされているんですから早く行って下さい。オレなら…… 」
 片付けに区切りがついたのか丁度ルーウィンが二人の元へ向かってくる姿が見えたので、それを理由にする。
「 ルーが、友達がいるんで大丈夫です 」
「 サオトメさん! ちょっと見て欲しいですの! 」
「 みかん! 」
 それでも逡巡するロナを更にヘレナとユリィが呼んだ。最後のひと押しとばかりにタイガは口を開く。
「 行って下さい 」
「 ……すまない 」
 ロナはタイガに軽く頭を下げると仲間の元へと向かって行った。
 代わりにやってきたルーウィンはタイガの顔を見ると何ともいえない顔になる。下味を忘れた魚の揚げ物を食べた時のような彼の顔を見て、タイガは苦笑いを浮かべた。
「 オレ、そんなに酷い顔してる? 」
「 すっげー顔になってる。その顔で女に会ったらそっこー振られる位ヤバい 」
「 えー……それは嫌だなぁ…… 」
 力なく笑うタイガを見てルーウィンはロナ・サオトメでもどうにもならなかったかと内心で肩を落とす。そんなルーウィンの内心なぞ露知らず、タイガはいつまでも此処でグズグズしている訳には行かないだろうと立ち上がった。
「 ……何だか凄く疲れた休日になっちゃったね 」
「 そーだな。明日も休みにしてくんねーかなー 」
 顔色は酷いままだろうがなるべく普段通りを心掛けてタイガが言うと、その意図を組んだルーウィンも普段通りのノリで言葉を返してくる。
「 そーいや、オマエ荷物はどうした訳? 」
「 あ、それはね…… 」
 人事部のエーデル・カルンティの実家に預けてきたことをルーウィンに話すと「 世の中狭いな 」とタイガも思っていたことをルーウィンが言うので「 オレもそう思った 」と同意しておいた。

 機械人形マス・サーキュの回収や後処理は第四小隊に任せてタイガとルーウィンは帰路につく。
 こうしてタイガの胸に苦いものを残して休日は終わっていったのだった。