薄明のカンテ - 男だらけの飲み会にて/燐花

いつもと違う飲みの前

「ん?もう一人追加?」
 汚染駆除班で残りの仕事を片付けて居る最中端末がメッセージを受信した音を聞き、画面を確認したテオフィルスは今夜一緒に飲もうと約束していたタイガからの申し出に首を傾げた。珍しい事もあるものだ。タイガが急に誰かを誘いたい等と連絡してくるなんて。
 テオフィルスは顎に手を当て色々と頭の中を整理してみる。一応「人事部の人か?」とはメッセージを打っておくが、さて。タイガがもう一人追加したいと言うからには人事部の人間と考えるのが妥当か?彼と仲が良いと言うとあの女の子三人の内誰かだろうか?
「女…」
 心許せるタイガと一緒とは言え変わり映えしない飲みの席。そろそろ華やかな雰囲気もテオフィルスには必要である。彼と仲の良い三人の女性達はある意味適役ではあった。
「エーデルちゃんかなぁ…?ヴィーラちゃん?シーリアちゃんか…?」
 しかし、あの三人は三人で一つと言うくらいに仲の良い子達だ。誰か一人がタイガと来ると言うのも想像出来なかった。いや、しかしもしその内一人がタイガと付き合うと言う事になればそう言う形も有り得るのか?
 それでもすぐその可能性を否定したのは、彼が給食部のヒギリに憧れていたのを思い出したからだった。勝手な憶測ではあるが、タイガのヒギリに対する「好き」の度合いは、彼がそれを抱えたまま他の女性と恋愛をするには大き過ぎる気がした。多分タイガはあれだけの好意をヒギリに向けておいて同じ様な熱意で他の女性と恋愛をするだなんてそんな器用な事は出来ないだろう。
「童貞には無理だろ…そんな器用な事」
 ボソッと呟くテオフィルス。別に見下しているわけではない。見下しているわけではないが、世間一般に経験の無い男なんてそんなもんだ、と彼は思う。
 とりあえず端末を起動すると、タイガに承諾のメッセージを送った。誰が来るかは分からないが、その分つまみが一品増えるのは良い事だ。
「あ、いや…今日はタイガの部屋でだからノエが居るのか」
 タイガの部屋で飲めると言うのはラッキーだった。彼の部屋にはノエが居る。ノエと言えば前職は首都・ソナルトにあるグランメゾン「フリッツ・カール」で調理をしていた機械人形だ。流石と言うべき料理の腕とバリエーションなのでテオフィルスは密かに彼の料理が食べられるのを楽しみにしていた。
 今日はそんなノエの料理が楽しめる日でもある。だからこの際、誰が来ようがそんなに気にする事ではない。
 ただ、どうせなら可愛い女の子が良いなーと思いを馳せる。
 エーデル、ヴィーラ、シーリアの三人は仲が良いのかびっくりするくらい同じ格好をしている。最近よく見る「綺麗なお姉さん」と言う感じだ。雰囲気が近いし身なりに気を遣ってるのでもしそう言う事・・・・・になっても抱くのには申し分ない。三人とも可愛いしスタイルもなかなかだから久しぶりに満足出来るだろうなとも思う。
 しかし矢張りいつも三人一緒に居る彼女達の内一人だけが来ると言うのは現実的でない。となるとまさか、人事部の華ことサリアヌが来るのか?
 テオフィルスの体を一気に緊張が駆け巡る。もしもサリアヌだとしたら、残念ながら間違ってもそう言う事・・・・・にはならないだろう。年齢的にも性格的にも立場的にも、遊びで男と寝る様な人間では無いからだ。と言うか、散々妄想と願望を巡らせたがそもそも結社にそのタイプの女性は少ない。
「はぁー…人肌恋しい…」
 生身の足を片方失った自分の口から飛び出る「人肌恋しい」はなんて皮肉だろうかと思った。これは聞く人を選ぶ冗談だ。自分としてはこう言う場で出た時は迷う事なくツッコんで笑って欲しいが、聞く人によっては冗談では済まないだろうなと。
 機械班のアンやロザリーにはこの冗談は冗談として通じないだろうなとか。
 前線駆除班はそれこそ人を選びそうだ。特にセリカには何を言っても冷ややかな目を向けられる気しかしない。同じく義肢を着けたエレオノーラは…いや、彼女なら多分豪快に笑う。
 医療班…ミアに言ったらもれなくネビロスの怒りを買うだろうなとか。そう考えると何かネビロスってとんでもなく過保護だなとか。意外と嫉妬の鬼みたいだなとか。元既婚者の割に余裕無いなとか色々考える。
 医療班と言えば、ヴォイドは何をしているだろうか。幼い頃を知って居る彼女と一緒に酒を飲むと言うのも大人ならではの楽しみ方の様で良いなと思いつつ、少し前のお菓子数口での酔っ払いぶりを思い出して少しだけ妙な気分になる。彼女のあの酔い方は見ていて色々と危ない。と、同時に後悔の気持ちが沸々と湧き上がる。
 何故あの時自分は義足の点検を怠っていたのだ。何故勿体ぶらずにさっさと彼女をソファに誘導しなかったのだ。何故下着の材質なんてご丁寧に確認していたのだ。事が終わったら色々考える、の方がどう考えても美味しい結果だっただろうに。
「……良し」
 絶対あり得ないと思うが、もしもタイガが万が一にもヴォイドを連れて来る事があれば彼の前だろうと関係無く彼女を襲おうと心に決める。タイガの酒の弱さは知って居るので最悪酔い潰してしまえば良い。俗に言うところの睡姦は趣味じゃ無いので酒に弱いヴォイドにはどのくらい飲ませるのがベストか…と悶々と思案して居ると、再び携帯端末がメッセージを受信した。
 そこにはタイガからの無慈悲な「人事部の人だよ」と言う一言が刻まれていた。
「まぁ、だよなー…」
 一歩間違うと危うく地上の感覚では犯罪染みた自分の考えをとりあえず忘れる事にする。しかし人事部となるとあの三人以外にやはりサリアヌ以外候補の挙げられない自分としては楽しく酔う前に既に変な緊張をしてしまっていけない。
 或いは、一度だけタイガと話しているのを見た事があるあのオタクっぽい彼だろうか。名前はクロードウィッグ・ケレンリーと言ったか。何とも仰々しい名前だ。しかし、彼のあの陰気なオタクっぷりが自分と合わなそうでもし本当に来たらどうしようかとテオフィルスは頭を抱えた。実はクロードウィッグ、オンラインでは偶然にもテオフィルスと同じ「セーラ・マリン・ポラリスを愛する者」として活発な動きを見せており、何ならオンラインでは見知った仲ではあるのだがそれはまだ彼の知るところでは無い。
 さて困った。タイガと飲むのは楽しいが、意外にも彼の交友関係の範囲内では自分が彼と同様に仲良く楽しく飲めるかどうか分からない人間の方が多かった。かと言ってタイガに連れてくるなと言うのも違うし、それは自分の都合だから大人として言うべきでは無い。ここは一つ、楽しく飲んで自分も新たな地上の友を作るべきでは無いだろうか。
 時計が午後六時半を指す頃、やっと仕事を終えたテオフィルスは席を立つ。一週間分の疲れが溜まってか、伸びたら体がゴキゴキと凝り固まった音を立てた。
「あ、えっと、メドラーさんお疲れ様です…」
 何でかブラックコーヒーを手に持ったニコリネにそれを手渡され、テオフィルスは目をパチクリと瞬かせた。
「え?ニコリネちゃん、これ俺に?何?わざわざ買ってくれたの?」
「そ、それが…一本買うだけのつもりが…故障してたのか何故か六本も出て来ちゃいまして…」
「それは確かに多いな」
 そう言えばさっき、自販機の方から「ひぁぁぁぁぁあっ!」と言う情け無い声が聞こえた気がした。なるほどあれは予想外に多く飛び出た缶コーヒーに驚いたニコリネの叫び声だったか。迅速なメンバーが多いからかもう当該の自販機には「故障の為使用中止」の貼り紙が貼られて居る。まあ、いきなり六本も出て来たら確かにお裾分けしたくもなるか。
「…ありがとな、ニコリネちゃん」
「い、いえ…メドラーさん、よくブラックコーヒー飲まれてたよな…と思って…」
「おう、俺ブラック好きなんだよ」
「わ、私がご馳走しようと思って買ったものじゃ無いですけど…け、結果的にご馳走できる形になったんですけど、その…少し前買って貰ってしまったコーヒーの…お、お礼…です…」
 何だっけ?と思い出を掻き分けて進むも、ニコリネ曰く買って貰ってしまったなんてそんなやりとりがあったかなぁ?と、女の子に当たり前に奢るテオフィルスにはどこまで突き進んでもその思い出に突き当たる事は無かったが、くれると言って居る物は遠慮なく頂こうと思った。
「おう、じゃあこれ、貰ってくわ」
「は、はい!」
「じゃあ、また休み明けになー」
 ひらひらと手を振りながらテオフィルスはタイガの部屋に向かう。そんな彼の背を見て、ニコリネは満足気に笑った。
「ふひひ…クルト、お姉ちゃんやったよ…!陽キャじゃ無いけど…タイガ君ともまた違うタイプの人とちゃんと職場でコミュニケーション取れた…!そう、職場で同僚とコミュニケーションなんて陽キャ以外成し得そうに無い事を…!!」
 久しぶりにこの成果を引っ提げ弟のクルトに連絡しよう、と人知れず達成感に浸るニコリネだった。

狐につままれた心地(R-15)

 タイガの部屋に行く前に酒を購入する。タイガは甘いものしか飲めない上にそんなに飲めるタイプでは無いので、以前準備の全てを彼任せにしたところ甘い酒しか用意されなかった上に量も足りず物足りなかった思い出がある。
 ノエが居るからツマミは心配しなくて良いとして酒は自分の好みを準備する必要があったので、動かしにくい足に鞭を打ちながら売店まで購入しに行った。タイガの部屋に着き、コンコンとドアを叩く。ガタガタと音を立てて人の気配が近付いた時、ドアを開けて笑顔のタイガがにゅっと顔を出した。
「テオ君!」
「よう。さて?人事部の誰だって?今日一緒に来たのはさ」
「え?テオ君見てない?さっき端末にメッセージ送ったんだけど…」
「は?マジか?」
 テオフィルスは酒の入った袋を脇に抱え、ガサゴソと端末を探す。タイガから連絡が来ていたなんて露知らず、最近着信音に気付かない事が多いなと愚痴を零しながら探して居ると部屋の奥から特徴的な笑い声が聞こえて来た。
「うふふ、おやおや。メドラーさん」
「……え?お前…?」
「うん、今日一緒に飲むの、ロードさんだよ!」
 そこに居たのは人事部は人事部でも新規勧誘課のロード・マーシュだった。彼の顔を見た瞬間テオフィルスは何とも言えない表情をうっかり表に出してしまう。彼の纏う空気にテオフィルスはよく分からない警戒心を抱いていた。年が明けて間もなくテディの思い付きのテレビの番組ごっこに付き合わされた時、一見するとこの上品そうなスーツの男は見て居るのが自分達身内しか居ないのを良い事に『ヴォイドに着て欲しい服』と言うテーマでランジェリーをカゴに入れたのである。それだけならまだしも、ローションやらゴムやらバイブやらも入れていたと後からシリルに聞いた。二人で話した時もいきなり妙な事を口走ったし、「可愛い女の子が来る」なんて美味い話はそうそう無いかとは思ったが、この得体の知れない男が来るなんて事もそうそう無いと思っていたのに。
「って言うかタイガ。いつのまにロードと仲良くなってたんだよ…」
「年末に一緒に飲みに行ったんだよ。その後年明けてすぐお話ししたら楽しくて!面倒見良い人だよねー!」
「え?アイツってそんなタイプなのか?」
「うん!後ね…話す事が『大人』って感じで…!」
「『大人』…ねぇ…?」
 何だろう。猥褻の間違いじゃ無いだろうか。
 部屋の奥でノエの手伝いをしていたロードの目線がテオフィルスと絡み合った。テオフィルスがどんな顔で返そうかと悩んでいると、ロードがペロリと舌舐めずりをしたため彼の背中を悪寒が走った。あれは品定めをする目だ。
「テオ君!早く早く部屋入って!寒いし!」
「お、おう」
 まあ、タイガも居るし。きっと滅多な事は起きないだろう。そう思いながらテオフィルスは部屋へと足を踏み込んだ。

 * * *

「えー…本日はお忙しい中オレの部屋にお集まりいただき…」
「お前は何でいつもそうなんだよ」
 いつもながらタイガのこの堅苦しい挨拶は何だ。結婚式のスピーチか、或いはネット知識だがいわゆる校長先生の挨拶とやらだろうかと思っていると、何故か隣にいたロードのツボに入っていたらしく彼は耳まで赤くして耐えていた。
「うふふふ…相変わらずタイガさんの挨拶は渋くて最高ですね…うふふ」
「お前、面白がるなよ…」
「いや、面白いじゃないですか」
「ねぇ!テオ君、ロードさん!これ掴みはオーケー?」
「お前もネタありきと思って挨拶するなよ。と言うか最初から狙って笑わせる目的だったのか」
「だって楽しい方が良いじゃん?」
「ええ、オーケーですよ。私の心のやらかい場所を思いっきり締め付けてますねぇ」
「お前もよく分かんねぇ返しするなよ」
 どう言うわけか、想像よりも意外な程穏やかに飲み会がスタートしたのでテオフィルスは少し拍子抜けした。得体の知れないと思っていたロードも話せばなかなか面白い人間で、今の所身の危険と言うか貞操の危機は感じないし彼が参加者だと分かった瞬間に感じた心配は杞憂に終わるのか?とすら思う。それ程までに本当に楽しい。
 案の定、楽しみながら飲んでいたタイガはいつもより酒を飲むペースが早かったらしく早々に一度目の酔い潰れを迎えた。
 慣れた様に甲斐甲斐しく毛布を掛けると、再び調理に戻るノエ。茸とサワークリームのグラタンを用意してくれたのでロードとテオフィルスは静かに口に運ぶ。タイガが酔い潰れてしまったからか、少しだけ二人の間を纏う静寂は痛かった。
「…そう言えば」
「あァ?」
「メドラーさん、クラッカーだったんですよね?」
「…ああ、岸壁街でな。人事部だからそう言うの気になるわけ?何だ?それを知って急に軍警に突き出したくでもなったか?」
「いいえ、そう構えないでください。貴方の能力に興味が沸いただけでどうこうする気はありませんし貴方の過去の仕事・・・・・は私には関係ありません」
「ふーん。ま、それなら良いけど。俺の衣食住確保に危機が無けりゃあな。で?何に興味が沸いたわけ?」
「いや?その気になれば裏ビデオとかすぐに探せるのかなぁ?と思いましてね。乱交、ハメ撮り、青姦、何でも嬉しいですが…」
「…お前、シンプルな顔してどぎついもの要求すんな…」
「…メドラーさん、シンプルな顔は余計です。そこは優しそうとか爽やかなイケメンとか当たり障りなく称していただけると」
「爽やかなイケメンねぇ…何か引っ掛かるけどまあ良いか。言っとくけど俺は高いぜ?」
「うふふふ…法外な値段ふっかけられそうで嫌ですねぇ…ちなみに私はシチュエーションなら看護師が検温に来てそのままなし崩し系が良いです」
「何ちゃっかりリクエストしてんだお前」
 少し警戒していたがロードが趣味を思ったより開けっ広げにして来たので、逆に変に潔癖で無かった事にテオフィルスは安心した。意外にも男性にもこう言う話が出来ない人間は居る。酒の席だからと思わず、どのくらい話せるかを見極めないとこの地上の仕事場は人間関係に支障をきたすのでは無いかとタイガとの付き合いで学んだのだ。
 結果として酒の勢いもあったのかハメを外したテオフィルスは、ここぞとばかりにロードを質問攻めしてみる。彼に恋人は居るのだろうかと思ったが、まあヴォイドに憧れていると言っていただけあって案の定おらず遊ぶにしても意外にもロードは結社内メンバーには決して手を出さないと言うのを信条に後腐れ無く外でと言うのでその場と酒の勢いでお勧めの店を聞いたら逆に事細かにカウンセリングの如く質問され、テオフィルスは閉口した。そしてしっかり趣味に合いそうな店とキャストを勧められた。おそろしい程の店の知識である。
「メドラーさんは普段はどう言ったところで?」
「最近はめっきりコールガールだな…。金さえ払えばって感じだし、岸壁街の切羽詰まった女達と違って、ちょっと楽しむ余裕ある子が多いのが良いよな。何でそんな遠慮がちに聞くんだよ」
「すみません、そこに触れて良いものか、聞くのもなかなか難儀だと思ったのですが…」
「…ああ、足だろ?良いぜ気にしなくても。確かにあのテロで色々失くしたのは事実だよ。一番大変だったのは足だったけどな。まあ、俺はこの頭脳と指さえ失くさなかっただけ神や仏の存在を信じたくなったよ」
「なるほど、商売道具ですもんねぇ」
「そ。この優秀な頭脳もそうだけど、こっちもな」
 テオフィルスは言いながらちろちろと指を動かすと、そのままちらりとノエの方を見る。ノエはおそらく人間であれば嫌そうな顔の一つも浮かべそうなタイプだが、おそらく機械人形なので主人マキールのタイガに悪影響さえ無ければ良いのだろう。顔色一つ変えず寝ているタイガに合わせてか省エネモードに入っていた。
「…タイガはそんな開けっ広げねぇからこんな話大声で出来んの逆に新鮮だよ」
「うふふ、指ねぇ…何に使うやら…」
「あン?女の子の身も心も癒す為には必要だろ?」
「うふふふ、その為の自慢のムスコさんじゃないんです?」
「馬鹿お前、先に指で良いとこ解しとくから自慢のムスコがしっかり活躍すんだろ?隙を生じぬ二段構えってやつだよ」
「うふふふふ、確かにそうですね」
「女の子の良いとこ探るの割りと得意だぜ?俺」
「おやおや奇遇ですね、私もです」
 それから、結社の女性メンバーの誰となら寝れるだとかそんな話にシフトした。そんな話題をロードと交わせる程になったと言うのがテオフィルスにとってここ一番の衝撃だった。酒と言うのは凄いものだ。
 テオフィルスがグラスを口に当て煽ると、中の氷がカランと静かに音を立てる。静寂の中その音を聞きながら彼はしみじみ口を開いた。
「ミアちゃん…ありゃどう見てもそう・・だよなー…」
「おや…?もしやメドラーさん、気付いてます?」
「そりゃあれだけ顔赤らめてほわほわしてるとこ見りゃあ…それに、可愛い女の子の話だし変化に気付くのは当たり前だろ。本当勿体ねぇ…何でネビロスが良いんだ…?」
「全くもって同意です。あんな仏頂面のムッツリ仮面、何考えてるか分からないと言うのに…」
「随分私怨込めてるな」
「ちょっと前に人事部の仕事で揉めましてね。ああ、タイガさんも知ってる事なんですが。あの方勤務日数が馬鹿みたく多くてですね…丁寧なフリして色々雑で無茶なんですよ」
「おまけに不機嫌になると目に見えて顔怖いしな」
 医療班のネビロス・ファウスト。彼は女性は違う様だが、男性に対する処置の荒さと愛想の悪さからそんなに良い目で見られては居ない様だとロードもテオフィルスも察した。
「そうだ、医療班と言えば。ヴォイドはどうなんです?あまり聞いた事ありませんでしたが…彼女、相当メドラーさん好みなんじゃないですか?」
「…え……ヴォイド…?」
「幼馴染と言うならば是非、昔の彼女の話が聞きたいものですねぇ…」
 きっとすぐ言葉が出てこなかったのは、酒に酔ったせい。そう思いたい。
 ロードの口から彼女の名前が飛び出た瞬間、部屋の暖かさに溶けた氷がグラスの中でカランと音を立てた。

「ほんとう」を酒で吐く

 おそらくヴォイドの事をしっかり女として意識したのは、今日みたくアルコールで体がぽかぽかしていたこんな夜だった様な気がする。昔を思い起こしてテオフィルスはそんな事を考えた。
 しかしその時彼女の体はまだまだ薄っぺらで、ついうっかり広がった襟口から覗き見えてしまった胸もお世辞にも大きくは無く、それは母親ナンネルの思い出と普段カヌル山の様なボリュームを相手にしていた事も相俟ってすっかり巨乳好きを自覚していたテオフィルスにとっては「対象外の子供の体」だった──筈だった。
 しかし、未だにあの夜の事を思い出すと、あのあどけない彼女を思い出すと何故か照れてしまう。何故かはよく分からない思い出に過ぎなかった筈なのに、目の前のロードはそれを掘り起こそうとしている様に見えた。
「…何で俺に聞くんだよ?」
「おや?ここで貴方以外誰が居ます?」
「ここはまあ、そうだけど…ユウヤミとか?あいつも仲良さそうじゃん?」
「ええ、でも今聞くに一番最適なのはメドラーさんでしょう?それに、私も闇雲に聞いているわけではありませんよ。私は彼女のファンですが、勿論ただのファンで終わるつもりはないです。どうにか事を運びたいですが、そう思っても貴方筆頭に彼女と絡む男が多過ぎましてねぇ。実際ライバルの数が多いのか少ないのか、彼女とどうこうなりたい意思があるのかどうか少しでも把握するに越した事はないでしょう?それに貴方は幼馴染。古来より幼馴染フィルターや幼馴染萌えと言うのはなかなか大衆向けに好まれる程のシチュエーションですからねぇ、実際貴方手も早そうな上に幼馴染なんて危険度で言ったらマックスなんですよ」
 そう言いながらロードは酒を口に運ぶ。先程からペースが遅いと思っていたが、しっかり頭を回転させる為敢えて余力を残していたのかもしれない。まあこの饒舌っぷり、しっかり酔ってはいそうだが。
 そもそも自分が恋バナなんてガラじゃないと思うし目の前のこの一癖も二癖もありそうな男の腹の底が見えず変な気分になった。
「お前…本当にヴォイドの事好きなのか?」
「ええ、勿論」
「その割には…他所で遊び過ぎな気もするけどな」
「うふふ、そこはあくまでビジネスライクな関係ですよ。追い掛けて追い掛けて振り向いてくれない彼女を想って夜を過ごす時この上なく人肌恋しくなるものでして」
「……それであの回数、あの人数?お前の恋しさもなかなかでけぇな」
「うふふ。喉が渇くと水を飲みたくなるでしょう?収まり切らないから出したくなる、そんな様なモノです。出来るなら出したもの全部ヴォイド本人に受け止めて貰いたいですけどね」
「はは…何回する気だよ…そんなん──」
 ──ヴォイドの奴、一晩で音を上げそうだな。
 頭では浮かんでいたその言葉は、口に出したくなかった。何だか彼女をこの会話の主軸にしたくなかったのだ。それに目の前にいるロードが、いやこの男に関わらずヴォイドがいつか誰かとそう言う仲になるのか?と考えると不意にモヤモヤと黒いモノが胸の奥で渦巻いた気がして仕方がなかった。
「そんなん…何です?」
 ロードに尋ねられ、テオフィルスは口をもごもごさせる。何故だろう?言いたくない。
「いや…それより、アイツが愛想良かった時代があるって知ってっか?」
 我ながら上手い誤魔化し方だ。テオフィルスはそう思った。案の定ロードは食い付きが良く、その時の話を是非聞きたいと言う。そう言われてまたしまったと言うか惜しいと言うかそんな気になってしまう。自分だけしか知らない彼女の話を何が悲しくて彼女を恋しく思う男に話さなければならないのかと。
 しかし、それではまるで自分も彼女を好きで居て、独占欲が故の嫉妬の様で。そんなつもりなかった筈のテオフィルスはすっきりする筈がまた何とも言えないモヤモヤを抱えた。
「ヴォイド…昔はもっと人懐っこくてさ。ちょっと迂闊なところあって」
「ほう、迂闊?」
「ああ。襟の伸びたシャツなんて大事に着ててさ。おまけにブラも着けてねぇから中丸見えなんだよ」
「うふふ、おやおや…」
「それでもそんな事気にしないって感じで飛び回っててさ。昔のアイツはありゃ猿だったな、本当」
「うふふふ、猿ねぇ。誰しもにやんちゃな時代ってあるんですかねぇ?」
「体も薄っぺらいしチョロチョロしてるし、本当小さくて可愛かったんだよアイツ。おまけに物もらった時のリアクションが独特でさ、娼婦の女達からも可愛がられてて」
「ほう、どんな?」
「何かもの貰った時さ、アイツ嬉しいとかそう言うの口に出す前に頬赤らめて貰ったものぎゅって抱き締めるんだよ。そのリアクションが可愛いって女から人気あったな」
「うふふ、おやおやそれは庇護欲を掻き立てられますねぇ」
「一部からはペットとして人気があった」
「犬猫じゃ無いんですから」
 ここで止めておけば良かったのに。酒もあってか彼女への想いがあってか、テオフィルスの口は言葉を紡ぐ事を止めてくれなかった。比例する様に喉が渇くし、場が保たないから手癖の様に酒を煽る。
「そんなアイツがさ、何があったのか一回居なくなって、再会した時にはあんなに虚しい顔してた」
 ぴくりと体を震わせたロードの顔が一瞬険しいものになる。しかしテオフィルスはそれに気付けず、彼女への想いを口にするだけだった。
「何があったか。話す機会が無かったわけじゃねぇが…話し方を忘れちまった。再会した時自覚したんだよ、『大人になった』って事を。自覚したら、そう言う突っ込んだ話の仕方を忘れちまってた。何でも話し合える時代ってきっと短い子供の内だけなんだろうな。俺とヴォイドの距離感が時間が空いて大人の距離感に変わったらさ、何かあったのか?って気になるのに、上手く声掛けてやれなくなったんだよ」
 テオフィルスはまたもぐいっと酒を流し込む。さっきからペースが早くなっている気がするが多分気のせいではない。
「でもさ…何でか分かんねぇけどすげぇ知りたい…同時に知ったらいけないって気持ちも同じだけあって…それに、俺に慰めたり出来るのかってのも自信ねぇ。ただ、一個だけ気付いたのは、アイツがアレだけショック受けた程の何かが絶対あったって事だ。岸壁街だし、碌なもんじゃねぇかもしれない。人攫いも多かったから…そう言うのに遭って金持ちの変態共に食われる奴らを間近で見たのかもしれないし、居なくなる少し前くらいから体付きも良くなってたから…知らねぇ奴に輪姦マワされたりもしたのかも…まあ、もれなく女も変な奴多いから女にやられた可能性もあるが…。それかもっと別の何か…理由は分からねぇけど、人懐こかったアイツが人に頼るって事を一切やめて人に期待するのも一切やめた顔する程の何かだ。相手にどんな事情があってそうするしか無かったみたいな話もあるかもしれねぇけど、結果として…ヴォイドのあの顔を引き出したって事実は変わらねえ…そんな顔にさせた奴が目の前に居たら、俺は理由聞くより前にそいつの事殴らなきゃ収まんねぇ…かも…」
 目が少しだけ霞んで来る。しばらく荒々しく飲みながら話していたテオフィルスは、その内驚く程ゆっくりした呼吸になる。そんな彼を見ていたロードは沈黙の後口を開いた。
「もし、貴方がその理由でその男を殴るとしたら。それは…どう言う気持ちです?」
「どう…?俺は…兄ちゃんだったんだよ…アイツにとって…」
「…果たしてそうでしょうか…?」
「あァ?疑ってんのか…?俺これでもちゃんと兄ちゃんしてたし面倒見良いんだぜ?」
「そこではないです。貴方がその立場で収まって良いと本心から思って無さそうな気がしてしまったんですよ」
 霞む目の先にいるロードは何故か泣きそうな微笑みを浮かべており、「この話の流れで何故?」とテオフィルスは酒でふわふわする頭で考えた。でも、答えは出て来なかった。
「俺ァ……大事なんだよ…ヴォイドが…アイツしか昔を知ってる奴、居ねぇから…」
「本当に、それだけですか…?もし私がその男で、『あの時離れざるをえず姿を消して彼女を傷付けた罪滅ぼしをしたいから今度こそ彼女の傍に居たい』と言ったら、貴方は本当に『兄』と言う立場でヴォイドを送り出して下さるんで…?」
「あァ…?ん?『男』…?やっぱそいつ、男なのか?って言うか…姿を消してって…何言って…?」
 駄目だ。久しぶりに物凄く酔った。何も考えられない。
 テオフィルスは自分の心を掴む不思議な気持ちの正体がいまいち分からなかったが、意識を手放す間際になって一つだけ気づいた事があった。
 ヴォイドを特別に想っているのは事実だ。でも、今いる彼女とこれからをやり直すにしても、自分が傍に居て横でこの先彼女を見ていたいと思っても、或いは他の誰かの横にいく彼女を見送るにしても。どちらにせよもうそれは、子供の頃抱いていたままごとの様な気持ちでは居られない。だから自分勝手でも良い、彼女が居なくなった時に止まってしまった「愛してた」と言う気持ちを、一度どんな形でも精算して前に進まなくては。
 ──ああ、やっぱ俺もうあのチョコレートカクテルに酔った幼い夜、女として見ていたヴォイドを抱きたかったんじゃないか。

 すうすうと寝息を立てるテオフィルスを見て、ロードは一人小さく呟く。
「やっぱり、貴方は私の想像した通りの壁じゃ無いですか…」
 誘導する様にじわじわ聞く間もなく、酒の力を借りてか話をしてくれたテオフィルス。それはロードにとって有益なものであり、同時にやるせない気持ちになるものだった。
 自分以外にこんなにも彼女を想う人間がいる。彼女が孤独を感じないであろう環境の裏付けは嬉しい筈なのに、まだ成就の見えない焦りからか同時に抱く嫉妬が重くて重くて仕方ない。
「ふぅ…結局恋心に気付かせる結果になってしまうとは下手を打ちました…私も酔ってますねこれ、絶対に…」
 どうせ酔うなら今夜はとことん馬鹿になりたい。
 ロードはグラスに入った酒を飲み干すと、すかさずビールに手を伸ばし間髪入れずプルタブを引く。そしてそのまま一気に煽るとたちまち一本空にしてしまった。

うって変わる空気

 シキは端末にロードからのメッセージが入っていた事に気が付き分かりやすく慌てた。何故ならそのメッセージは数時間も前に入れられたものであり、これが急用であればそれをすっぽかした自分を「まあ、シキだから」と許しはしないだろう。しかし読んでみると内容的に急な話ではなかったのでシキは静かに安堵した。
「び、びっくりした…」
 内容は、『蜂蜜酒を買ってきてくれ』と言うもの。ロードが自分にお遣いを頼むなんて珍しいなと思いつつ、届け先がロードの部屋でなかった事にも珍しさを覚えた。届け先はタイガ・ヴァテールの部屋。彼は疲弊するユーシンを見兼ねて自分をテディにあてた人だった。彼の読みは当たっており、シキをあてがった事でテディの世間知らずが故の度を越したわがままは少し落ち着いたのだから凄い事だ。
 久しぶりにタイガと顔を合わせるのも良いし、そもそもとしてロードの交友関係が面白い。そんな事を考えながらシキはこの真冬にアイスを買いに行きがてら外に出た。ご丁寧にもロードが蜂蜜酒を扱っている店の指定までしてくれたので「求めて彷徨う」事は無かった。
 会計を済まし、結社に戻るとそのままタイガの部屋に向かう。インターホンを鳴らすが、出て来たのはタイガではなくロードだった。
「はい…?」
「あ、兄貴?頼まれてたもん持って来た…けど…」
「おやおや…ご苦労様です…」
 シキが言葉を失ったのも無理はない。何故ならそこに居たのは、いつものきっちりしたスーツ姿の彼では無く、シャツの胸元を開き何故かネクタイを頭に巻いた「出来上がったロード」だったからだ。
 真っ赤な顔でゆっくりこちらに歩み寄り、いつもよりも人との距離感がバグりいつもより怪しさの増した顔でにこりと笑う。シキは少し前に見たのと同じ姿の彼を前に少しだけげんなりした。
「あ、兄貴…何でまたそんな飲んでるの…?」
「うっふっふ…いやいや、ちょっと飲みたい気分だったもので」
「タイガさんは?」
「寝てます…それはそれは欲情するくらい可愛らしい寝顔で…うふ」
 駄目だこれは結構酔ってる。普段男になんて見向きもしないロードだが何故か酔った時には「誰彼構わず」な発言を多くする。口元は締まりなくニヤニヤし、座った目で眠るタイガを見つめるロードをじっとりした目で見ていると、それに気付いた彼は何がおかしいのかまたゲラゲラ笑い始めた。
「あっはっは!何ですかシキ、その顔は!」
「何、って」
「あはは…ふぅ、私の大好きな大好きな愛してやまないヴォイドと同じ様な顔してー!そんな顔してもエロい目でなんて見ませんよ?」
「……良いよ見なくて。もう、酔ったら男も女も関係無く似た様な表情全部ヴォイドさんに見えるんだもんなー兄貴は。ってか、テオフィルスさんは?」
「えぇー…彼もそこで寝てますよー…?何されても起きなそうな無防備で可愛い顔してね…うふふふふ」
「…良いけど、いつもの兄貴らしくないし男相手に間違い起こさないでよ?」
「ええ、うふふ…残念ながら飲み過ぎて勃ちませーん」
「あ、そ…」
 そこまで酔うなんて珍しいなと思いつつ、ノエの姿が見えたので声を掛けたシキは彼にこっそりロードを頼む。これ以上はペース落とさせてだとか、とりあえず水を飲ませてだとか、男を襲わない様に見張っていてだとか。ノエはシキの心配を汲むといつも通りの営業スマイルを浮かべながらにっこり笑ったので、シキは彼が機械人形で本当に良かったと思うのだった。
 依然としてにやにやと笑いを堪える様な顔のままのロードに少しげんなりしたシキは、ここぞとばかりに思い出した事をロードにぶつけようと帰り際にふと立ち止まり振り返った。
「兄貴」
「うふふ…何ですー?」
「予言。今から俺が言う事で兄貴は絶対笑う」
「うっふっふっふ、大した自信ですねぇ…さて、どんな事で私を笑わせてくれるのか…」
 何故かアニメの悪役の如く言い方でノッてきたロードを尻目に、シキは先日ギャリーに教わった、もとい吹き込まれたとも言うそんな事を口にする。
「『珍玉、或いは棒玉戦法は舐めプなのか?』」
「ぶふふっ!!お、お前何を…!!何をいきなり…!!」
 笑った。意味は分からないがギャリー凄い。と言うかロードの沸点が低過ぎる。これは東國でポピュラーなボードゲームに由来する戦法名らしい。正直何が面白いのかシキにはよく分からないが、ギャリー曰く「酔ったロードなら笑うんじゃねぇ?」との事なのだが本当に笑った。後、「ぶふふっ」って初めて聞いた。
「…ノエさん、俺もう寝るから兄貴の事頼むね」
「ええ。皆さん明日もお休みの様なので程々に良い気分になっていただきますね」
「ごめんね。テンション高い兄貴、うざいでしょ?」
「とんでもない。と言うか、私は機械人形ですのでそう言った感情はありません。今のところ私の主人マキール、タイガにも悪影響は無いと見ておりますし。ああ、私の判断基準はあくまでタイガですので御了承を」
「うん、大丈夫。まさかこんなに酔ってると思わなくて兄貴に蜂蜜酒渡しちゃったけど…」
「……そこはチェンバースさんの心配が増さぬ様努めます。大事に至る様なら取り上げますので」
「お願いね」
 ノエに託せばとりあえず心配は無いだろう。そう思いながらシキは帰り際何を思ったかギャリーに電話を掛ける。
「あ、もしもしギャリーさん?シキです」
 一応最初の挨拶だけ礼儀正しく行なったシキは、すぐにギャリーに成果を報告した。
「この間ギャリーさんに教わった言葉、兄貴に言ってみたよ。え?他に…?ノエくらいしか聞いてなかったけど。うん、部屋にタイガさんとテオフィルスさん居たんだけど、酔い潰れて寝てた。うん、兄貴もベロベロに酔ってた。うん…うん…え?」
 そしてギャリーから「下ネタでも無いのに字面のせいか笑っちゃうんだよね」と教わった言葉の真意を聞き、シキはムスッと不機嫌そうに眉を寄せた。
「女の子居なくて良かった…って言うか、何教えてくれてんだよ」
 部屋に着くまで文句を言うのに費やしたシキ。実は予想外に暖かいタイガの部屋で長居したせいかアイスは少し溶けていた。しかしシキが部屋に着いた頃アイスは食べ頃になっており、彼はその日の夜ガンガンと暖房を入れた暖かい部屋でアイスを食べると言う大変ギルティーな夜を過ごしたのだった。

タイガと尻ヒギリ

 ヒギリちゃんはお尻が可愛い。
 そんな事を彼女がローズ・マリーの時から思っていたからか妙な夢を見た。それ・・は、顔はいつものヒギリだが胴体が無い。頭のすぐ下に尻がある。そして足がある。胴体が無いのにいつもの顔にいつもの尻と足が付いた約四頭身の不可思議な見た目の生き物。
「タイガ君。私これから『尻ヒギリ』として生きていくしかないんだよ…」
「ヒギリちゃん…」
 いや、尻ヒギリちゃんですら可愛いと思ってしまうのはドルオタとして末期だろうか。いや、むしろ人として末期だろうか。そう思った。
「オレ…お尻好きだから問題無いよ」
 自分でも言っていてワケが分からない。何が問題無いと言うのだろう。そう思ってしまったからか、夢の中のヒギリすらも引いた様な顔をしていた。
「あれ…?」
 ヒギリの前で瞬き一つ、目を開けた時目の前に広がったのは見慣れた自分の部屋だった。
 オレどうしたんだっけ?何してたんだっけ?そう思いながらまだまだボーッとする脳を何とか回転させようと努めると、タイガの目の前でロードが寝ていた。しかも珍しくシャツを肌蹴させ、頭にネクタイを巻いて。
「ん…?ロードさん!?ロードさん、大丈夫ですか!?」
「んー……?」
「ロードさんが居る?テオ君も?あれ?あ、そっか飲み会してたんだ…」
「ん?タイガさん…?」
 ロードの目覚めとタイミングを同じくして充電ボードから降りたノエがコップに水を入れてやってくる。ロードはそれを受け取ると、少し照れながら頭に巻かれたネクタイを外した。
「オレ、変な夢見てたから一瞬何が起きたか分かんなくて混乱しました」
「うふふ…私も結構お見苦しいところ見せちゃいましたねぇ」
「そう言えば何でロードさん、頭にネクタイ巻いてるんですか?」
「うふふ。一種のパフォーマンスみたいなものですねぇ。私酔ってますよ、を具体的に分かりやすく可視化したと言うか」
「そうなんですか!?」
「ええ、なので割とこれを巻くとそれ以上酒を無理に勧められなくなるんです。後、スーツとネクタイとこの髪型でしょう?前の職場でも、そう言う東國のテンプレ的な物をどうも期待されやすかったんですよねぇ…」
 そう言いながらロードが手に取ったのはタイガの見覚えの無い酒の瓶だった。自分が寝る前にはこんな物無かった気がするが、後から足されたのだろうか。
「ロードさん、それは…?」
「ん?ああ、蜂蜜酒ですよ。私が好きなのは甘さの強いタイプのものなので、タイガさんも美味しく飲めると思いますがいかがです?」
「あ、じゃあ是非」
 グラスに氷、そして酒。そんな普通の事なのに何故だか特別な感じに見えるのは、この酒が自分の髪の様な蜂蜜色をしているからだろうか。
「そのお酒、タイガさんに似合うと思いまして」
 不意にロードがそう呟く。タイガは心の中を読まれた様で少しくすぐったそうにふっと笑った。
「オレ、こんな綺麗な色してますか?」
「ええ、よく似てます」
「あはは、そうですか」
「ええ…綺麗で、美味しそうな色をしていますね」
 ぺろりと舌を覗かせ、流す様な視線で此方を見るロードに同性ながらどきりとした。何だろう、この色気。酒の入ってふわふわした頭でこんな視線を向けられたら、自分が女の子だったら落ちてしまうかも。いや、もし女の子に生まれ変わってもそんな軽いつもりは無いけれど。しかし、一晩くらい良いかもしれない。彼の射る様な視線に「火遊び」の三文字を感じ取ってそう思案していると、ロードが蜂蜜酒の入ったグラスをタイガに向けていた。
「さぁ、どうぞ」
「ありがとうございます」
「うふふ、警戒なさらないで?変なものは入ってませんから…」
「あはは、そんな事思ってませんよ」
 グラスを受け取りくいっと軽く傾けてみる。砂糖とは違う、とろりとした甘さが口いっぱいに広がった。
「あ、美味しい…」
「うふふ。親密な状況を表す言葉を『蜜月』とよく言いますが、それは藤語のハネムーン…『ハニームーン』から転じた言葉と言われています。蜂蜜は古来より滋養強壮に良いと言われ、結婚後三十日は蜂蜜酒を飲む習慣があったらしいですよ、うふふふ。だから私も蜂蜜酒が好きなんです。何か良いじゃないですか、エロスを感じて」
「蜜月…」
 その瞬間、とろんとしたタイガの瞳は何故か夢の中の尻ヒギリの姿を捉えていた。オレって変なのかも。ヒギリちゃんはお尻だけでも可愛いよ、なんて。変態なのかな?
「私、尻ヒギリでなんて生きて行きたくないんだよ…!早く人間になりたい!!」
 そう言って頭の中の尻ヒギリが去ったと思ったらいつものヒギリが現れる。しかも、彼女の健康的で整ったぷりっとしたお尻がセクシーだと電子世界ではあのソフィア派すらも認めたパンツルックの衣装を着た姿で。
 そして悩ましく眉間に皺を寄せプルプルした唇を震わせ可愛らしい声で
「蜜月」
 と呟く。全て妄想だ。妄想なのだが、もしも目の当たりにしたらと考えた途端にかぁっと変な気持ちが湧き上がった。
「おやぁ…?おやおやおや…?タイガさん?何を考えているんです…?」
 蜂蜜酒に口を付けながらロードがタイガを見る。タイガは自分を凝視するロードに何故か見透かされている気がして思わず吃ってしまった。
「え?あ、あの…」
「…うふふ、そんなに慌てて…生理現象ですから恥じらう事ありませんよ」
「でも…ロードさん、その…」
「うふふふ…慣れてなさそうな初な顔って男性でも唆るもんなんですねぇ…」
「ロードさん…」
「うふふ…大丈夫ですよタイガさん。苦しいなら私が楽になるお手伝いをしましょうか…?」
 じりじりと近付いてくるロード。タイガは動けないまま彼を見つめた。
 どうしよう。もしロードさんにこんな風に迫られたら女の子はイチコロなんじゃないだろうか。それはきっとヒギリも例外なく、と思った瞬間にまた妙な事が頭を過ってしまう。ヒギリ・モナルダがディーヴァ×クアエダムのローズ・マリーな事は確実だ。となると気になるのが彼女の週刊誌のアレ・・だ。
 男性芸人との飲みの席で芸人モノマネメドレーを本気でやり過ぎてその場の全員に引かれたと言うネット記事。アレは蓋を開ければ結局のところ、ソフィアだけは純粋に楽しんで見ていたと言う締め括りのソフィア上げを目的とした記事だったわけだが後にソフィアも当時の事を語った辺り本当にあった話なのだろう。
 当時の飲みのメンバーにはイケメン芸人と持て囃された者もいる。しかもその後二股騒動で週刊誌を騒がせていたし、翌月には実は二股どころか三股だった事が判明した男だ。そんな彼がヒギリに手など出していなければ良いが、実際のところヒギリにはそう言う経験はあるのだろうか…?
「こら、酔っ払い」
 その時、のそりと起き上がったテオフィルスがペチペチとロードの後頭部を叩く。ロードは笑みを崩さず彼の方を向いた。
「おや?起きていたんですか?」
「今起きてお前がタイガに迫ってんの見て慌てて叩きに来た」
「酷いですねぇ、流石に男襲ったりしませんよ」
「どうだかな。傍目にお前、かなり怪しかったぜ?」
「うふふ、タイガさんならツッコミつつ拒否してくれるかなー?と思いまして」
「だ、そうだ。タイガ、ロードはこう言う…お、大人なボケかます事多いからお前もその都度ツッコミ入れてくれよ。全部ツッコミ役俺にまわされたら疲れるっての」
「分かった…」
 とは言えヒギリの事を考えるとその思案の方が大き過ぎてツッコミなど入れていられない。そんな黙りこくってしまったタイガを見て何を勘違いしたのかこちらも酔っているテオフィルスは少し疑惑の混じった目をロードに向ける。
「おい、ロード。お前本当にタイガに手ぇ出して無ぇよな?」
「えー…何度も言わせないでください」
「本当だよな…?お前、経験人数的にも色々怪しいぜ…?女に飽きて男に行きたくなる可能性もあったりしそうだよなぁ…!?」
「そんな数十人数百人と関係持ったくらいで男に走りたくなどなるものですか。まだまだ女体の良さを味わい尽くせてる気がしませんし」
 そう言いつつロードはチラリと蜂蜜酒の入ったグラスを手に持つタイガを見る。そしてその手を──正確には指先を見て微笑ましそうに笑った。
「タイガさん、爪が少し伸びてますよ」
「あぁ…あまり気にして無かったんでここのところ切るの忘れてました」
「うふふふふ。なる程、好色なメドラーさんがそんな話もせず躍起になって守ろうとしているのも分かります」
 そう言うロードの爪は深爪と言うくらいには短かったし仕上げでやすりも使っているのか丸く綺麗に整っている。彼の言葉の真意を汲んで頬杖を付きながら変な顔をしているテオフィルスの手の爪も長くない。
「…言ったところでタイガの反応見てりゃ罪悪感しか感じねぇもんさ。分かるだろ?いくらお構いなしなお前でも」
「うふふ。ええ、それはまあ。安心して下さい、私はまだ男に飛び掛かる程飢えてませんよ。ヤれなくは無いですが」
「怖ぇえよ」
「まぁ、流石にそれは、ねぇ?いくら何でも、筆下ろしは推しの女性とが良いでしょう」
「ははっ。だよな。初恋の正体が男でそんなとこも男相手なんて目も当てられ無ぇよ。いつになるか分かんねぇけど、飲み仲間としちゃあ童貞卒業するなら可愛い女の子とにして欲しいもんだぜ」
 キョトンとした顔のタイガにテオフィルスもロードも収拾モードだ。さてさて、お戯れはこれくらいにしてタイガが聞きやすいような全年齢版のお喋りにしようか。そう切り替えんばかりにクイっとグラスに残った酒を同じタイミングで流し込む二人。タイガはキョトンとした顔が段々いつもの顔になったかと思うと一言呟いた。

「え?オレ童貞じゃ無いけど?」
「な!?」
「ぶっ!!」
 別に見下していたわけではない。見下していたわけではないが、世間一般に経験の無い男の前で色々言っても分からないだろう。特にこんな純粋無垢を体現した様なタイガなら尚更。そう思っていたのに、彼からまさかの言葉が飛び出し二人して思わず絶句する。
 何だかタイガの一言によって、自分達は大きな世界の一部をやっと垣間見たちっぽけな存在であると自覚した様な妙な気分になった。

さくらんぼよ何処へ行く

「タ、タイガさん!?嘘言っちゃいけませんよ!?」
「そ、そうだぜタイガ!いくらこの場に経験豊富な奴しか居ないからって…合わせて背伸びする事無ぇんだからな!?」
「そうですよ!話を変えましょうか!?ラシアスに贔屓にしていた花屋さんがありましてね!そこのお嬢さんが愛らしくて…今高校生くらいですかねぇ…どうしてるかな…懐かしい」
「お前急にスイッチオフってノスタルジーに浸るな!帰って来い!遠い目してないでこの場をどうにかしろよ!」
「はっ!?申し訳ないです、すっかり現実逃避に意識が行ってしまいました…!しかし、タイガさん──」
「ああ、タイガ──」
 ──ただ一人で黙々と続けたってそれは脱童貞とは言わないからな。

 ロードとテオフィルスの言葉が嘘の様に綺麗にハモった瞬間だった。
「一人で…一人でもするけどそれと相手有りとは別でしょ?当たり前じゃん」
 しかし尚も当たり前をそう告げるタイガをロードとテオフィルスが慌てて宥める。やめろ、やめろ。童貞が非童貞だと嘯く事程後から自分の首を絞める強力な縄も無い。
 それに、先程の爪の少し伸びた指先を見るにタイガが本当にそうだとして、それは結社以前の話になる。つまり、卒業したのは彼の年齢から一番低く見積もると学生時代かそこらの可能性もあると言う事だ。
 ロードとテオフィルスが珍しく意思を一つにタイガを見つめる。タイガはぷくぅっと頬を膨らませた。
「いくら何でも失礼だなぁ、ロードさんもテオ君も。オレが嘘つくように見える?」
 この件に関しては、嘘であって欲しい。
 そう願う二人の気持ちをタイガは知らず、更に追い討ちを掛けんばかりに口を開く。二人が勝手に思い描いていた、身も心も汚れ知らずなタイガのイメージがガラガラと音を立てて崩れていった。
「学生時代だったよ。高校入学してすぐだったんだけど、当時付き合ってた彼女が一個上の先輩でさ。先輩はもう元彼とそう言う関係まで行ってたみたいでオレと付き合ってすぐでもあんまり抵抗無い感じだったんだ」
「に、入学してすぐ…!?」
「しかも年上かよ…!?」
「まあ、それは別に良いんだけど…押しが強くてグイグイくる感じの人で…オレの姉ちゃんもそんな感じだったからキツい性格の人はもう『引っ張ってくれそう!』とか『しゃんとさせてくれそう!』とかより単純に苦手になっちゃって。付き合うのにそう言う人は対象外になっちゃったんだよね」
「タ、タイガが女を語ってる…!」
「しかも、元カノの話…!」
 岸壁街の最下層出身を大っぴらにしているテオフィルス。隠してはいるが、実は岸壁街で生まれ育ったロード。二人は爛れた生活を送っていたが故か、学生時代の甘酸っぱい恋の思い出と言う物とは縁が無かった。
「お、おいロード…お前、学生時代とかに元カノって…?」
「まままままさか居ないわけないでしょう?えーっと…」
「何動揺してんだ…」
「…えーっと…学生時代の爛れた思い出…」
「……何で学生時代の元カノでイコール爛れた思い出なんだよ。先に言っとくけど…『制服プレイ』したセフレやイメクラ嬢はカウントするなよ…?」
「……えー………っと……」
 実はそもそもとして学校すら行っていたか定かで無い二人は大層慌てた。
 別に見下していたわけではない。見下していたわけではないが、世間一般に言う『経験の無い男』の感じをこんなにも醸し出していたタイガからあれよあれよ出るわ出るわ。実は思春期を殺伐とした生活の中で送っていたと言う共通点のある二人、この二人には眩しい青春を送ったタイガの一言一言がクリティカルヒットであった。
「でも…正直初めての記憶あんま無いんだよね。強引に進められたからってのはあるけど…あ、襲われたとかじゃ無くて、単純にオレがその辺の知識無さすぎて色々衝撃であんまり記憶に残らなかったって言うか」
「ま、まさか初めてはお姉様にリードされた系ですか!?」
 ロード、クリティカルヒット。
「ロード!大丈夫か!?」
 そうして倒れ込むロードをテオフィルスはがしっとしっかり抱き抱える。
「あぁ…っ、私…そんなシチュエーション…AVでしか…観た事…無かっ……」
「ロードォォオ!!」
 最早何が繰り広げられているやら。人間の酔っ払うと言う行為は心のままに振る舞えて大変楽しそうで何よりです。
 そうノエが考えたか定かでは無いが、彼は空いた食器をカチャカチャ音を立てて洗いながら横目で三人を見、仲の良さに微笑んだ。タイガも何だかんだいい友達が出来たものだ。少々、爛れているが。
「いやー…オレもよく分からないまま気付いたら終わってたって感じだし」
「注射かよ!!」
「うふふ、ある意味お注射ですけどね!」
「お前黙れ。瀕死なら瀕死なポージングしろ」
「まあ、その後に付き合った子はどっちかって言うと子供っぽい感じの子だったからその子との方が覚えてるかなぁ?」
「はぁ!?お姉様の次は妹系だと!?」
 テオフィルス、クリティカルヒット。
「メドラーさん!大丈夫ですか!?」
 選手交代と言わんばかり。倒れ込むテオフィルスをロードはがしっとしっかり抱き抱える。
「あぁ…っ、俺…ロリ系に手を出すのは何かよく分かんねぇけど…何か…何か許せねぇ」
「メドラーさぁぁあんっ!!」
「でも…二人とも何でオレの爪の長さ気にしたんですか?」
 しかし、一部そんな純真さが見え隠れするタイガの言葉にふざけていたロードもテオフィルスもピタリと止まる。そして「遊び人クズだがだからこそ一夜を共にする女性の体は特に大事に扱いたいロード」と「男娼時代を経て女性を大切にする考えが染み付いているテオフィルス」は二人して顔を見合わせ、そしてそのままぐるりとタイガの方を向いた。
「…二人とも…?」
「タイガさん…爪を切る事の意義が分からない、と…?」
「おいおいタイガ…そんなんで女の子とヤるとか無しだろ…?」
「へ…?」
 そして二人して示し合わせた様に声を揃えて言った。
「「男ならナカまでトロトロに愛撫してなんぼ!!」」
「へ!?ふ、二人とも何言って…!?」
「チェリーならその発言も微笑ましいものですが…そうで無いなら今後の良き生活の為学ぶ必要がありますねぇ…」
「女の子の体ってのは繊細に出来てんだぜ?もし今後お前が初めての子相手にした時その子に痛い思い出だけ残したら可哀想だろ…?」
「そ、それはそうかもだけど…え?それでこれから何するの…?」
「「朝まで『良い子の性教育〜いざ実践編〜』開講します」」
「嘘でしょ!?」
 タイガはサッと振り向きノエに助けを求める。求められたノエは、メモリ内で光の速さで色々な計算を巡らせた様だが、その内結論が出たかの様に微笑んだ。
「せっかくなので学ばせて貰ったらいかがです?」
「ノエ!?」
「そう言う事は大切な人とのコミュニケーション手段として、互いに嫌な気持ちにならない様に知っておくに越した事は無いと判断しました。ただでさえセンシティブな話題で且つ女性の方が苦痛に関する悩みが多いと聞きますし、言いづらそうなお相手の女性の方の態度を見、先に男性側が気付けて円滑に進むならばそれが一番では無いでしょうか」
 ノエにそう言われ少し納得したタイガの目の前に何とも上品で無い言葉が羅列された週刊誌が置かれる。袋綴じだのフルヌードだの、馴染みの無い言葉にタイガがギョッとしているとテオフィルスが口を開いた。
「じゃあ今配った教科書の三十二ページ、『私の初体験記』コーナーを開いて」
「教科書!?これ教科書!?」
「今日は俺が先生だ」
「テオ君それどんなノリ!?」
 結論から言うと三人とも酔っている。そしてそんな状態でまともに話が進むわけが無く。
「まぁ、何はともあれタイガが楽しくお友達との時間が過ごせれば、それで…」
 すっかり酒臭くなった三人の為に、粥麦ウィミ・バツをふやかし始めるノエ。魚のほぐし身や山葵を用意すると、東國で酒飲みがそのシメとして好んで選ぶと言うお茶漬けをさっと作り上げる。
 そしてタイガの様子を見つつ、彼が限界そうならそこで出しに行ってやろうと思う。明日は三人とも休みらしいから、白熱して心のまま楽しく語らったらこれでも食べて一旦リラックスしてもらおう。そんな事を思いながらノエはおろした大根と山葵をトッピングした。
「さあさあ皆さん、飲み過ぎですよ。そろそろこちらの粥麦の鮭茶漬けを食べてシメにしてください」
 目論見通り、ワンクッション挟んだ結果勢いの止まったテオフィルスとロードにほっとしつつノエは後片付けを始める。
 飲み過ぎたのか話の勢いが強過ぎたのか、結局のところ翌日タイガは話した内容の殆どを忘れていたので熱を上げていたテオフィルスとロードは彼のキョトンっぷりに起きて早々力が抜けたのだった。