薄明のカンテ - 続・遠くて近くて遠い。/涼風慈雨
「主人(マキール)、勝手に居なくならないで下さい。探したんですよ?」
「おや、探偵の相棒ならこれくらい推理できて当たり前だと思うけれど?」
「25歳児の行動なんて読めません。今度からハーネスつけましょうか?」
「縄抜けの技術が上がりそうだねぇ」
「冗談はともかく、誰と会っていたんです?」
にっこりと笑うユウヤミ。
子供が楽しい事を教えない時のような表情だ。
「……推理しろ、ですか。言質を取らせないつもりですね。」
ヨダカに冷ややかな視線を送られても相変わらずにっこりと笑うユウヤミ。
「付き合いますが、お小言決定です。いつ誰と会って何を話したかの報告は貴方の義務ですから。」
「わかってるよ、ヨダカの推理力を試したいだけだもの。」
「承知しました。……会っていた相手は医療班所属のヴォイド・ホロウですね。」
「うんうん」
「内容はどうせいつもの悪巫山戯……いや、趣旨が違いそうですね。」
「ほぉ?」
「貴方がわざわざ腕を掴む状況……まさか……それは駄目です。貴方に恋愛の自由は無いんです。ましてや元闇医者相手なんて許可が降りません。監視対象に人権はない事を知っていますよね?上に一度相談する案件……あ、連絡手段が」
「ヨダカ〜?妄想力は評価するけど、私、まだ何も言って無いのだけれど?」
ハッとするヨダカ。また嵌められた事に気がついて頭を抱える。
「うん、ホロウ君に会っていたのは正解。けれど、ヨダカが考えているような関係では無いよ?」
ジト目になるヨダカ。ユウヤミの困り眉が憎たらしい。
「初めて会った時から独特の空気があってね、今回は偵察だよ?」
「今回“は”?」
「視界に入ると気になって仕方ないから玩具にしようかと思ってね。そぉしたら期待外れ、玩具にするには塩対応過ぎるのだよ。」
オーバーなほど心底残念そうに肩を下げるユウヤミ。
「諦めてなさそうですね。」
「そりゃぁね。彼女が岸壁街で闇医者をしていた事はヨダカも知っているだろう?」
「もちろんです。みんな知ってますよ。」
「去年委託された捜査案件に連続失踪事件があったろう?岸壁街まで足跡を追ったのにその後が全く出てこない。場所が場所だから捜査打ち切りって言われたあの後味の悪い事件。」
「貴方と岸壁街は最悪の取り合わせですからね。」
「多分そう云う事じゃ無いと思うけど。あんまりにも気になるものだから、あの事件の一端にホロウ君がいるんじゃないかって思ってね。まずは玩具からって考えた訳だよ。これで報告になったかな?」
「そう云う事でしたか。すみません、取り越し苦労でした。まさか仕事嫌いな貴方がきちんと考えて行動していると思わなかったもので。」
「私はいつだって熱意に溢れているのだけれど?ヨダカのセンサー、今度エルナー君の奥さんに診てもらった方がいいんじゃない?」
「……謹んで辞退します。」
もちろん、去年の事件の話は建て前に過ぎない、と頭の中でユウヤミは呟いた。
当時のデータから大体の見当は付いているし、終わった案件に興味なんて全くない。
ヴォイド・ホロウ。
今までに会った事のない、似ているようで似ていない唯一無二の存在だから、だ。
ずっと相手にするには面白くないけれど、“ユウヤミ”の仮面を味気ないと言う目敏さ。
一番厄介な難事件になるのは必至だろうと意に反して口元が緩みそうになる。
この退屈極まりない日常を変えてくれると期待してみようか。