薄明のカンテ - 相思相愛薔薇の花/べにざくろ



願はくは

 目を覚ますと、この半年間ですっかり見慣れた天井が目に入った。
 目覚まし時計のアラームは今日はオフだ。だって、今日は誕生日の翌日でお仕事はお休みの日だから。
「 まだ眠い…… 」
 誰に言うでもなく呟くとミアは寝返りをうって、カーテンから漏れ入る朝の光を遮断するように布団を被る。二度寝ってどうしてこんなに気持ちいいのだろう。ぬくぬくした布団って本当に気持ちいい。二度寝、最高。
 そんなミアのボンヤリと覚醒しきらない意識の中に、突然昨夜の記憶が蘇ってきた。私服のネビロスさん、カミナリ、ネビロスさんの部屋、ルミエルさん、そして、そして――。はっきり言って頭がショートするかと思った。
 前言撤回。二度寝なんてしていられず、ミアは跳ね起きる。
「 ゆ、夢じゃないよね……? 」
 お酒を飲んで酔っ払って幻覚、幻聴の類を見た訳ではないと信じたい。
 慌ててテーブルに駆け寄ると、そこに置いてあったジュエリーケースを手に取って中身が昨日見た通りの薔薇をモチーフにした控えめで上品なデザインのネックレスであることに安堵する。
「 夢みたいだけど夢じゃなかった……良かったぁ…… 」
 ジュエリーケースを胸に抱いたままその場に座り込む。顔の筋肉が自然に緩んでしまうのは誰にも止められないことだ。
 散々ジュエリーケースを抱き締めて満足したミアは改めてケースの中からネックレスを取り出す。それは全体がシルバー基調で同色の薔薇の形を模したペンダントトップがついたネックレス。ペンダントトップの真ん中にはローズクォーツが嵌っていた。
 シルバーって何かネビロスさん本人みたい。
 髪の色も目の色も灰色のネビロスを思い出してミアはニヤニヤと笑う。
 あ、でも目の色は本当はもっと濃い色だった。いつも見慣れていた色じゃないネビロスも格好良かった。
 自分だけが知っていると思わしきネビロスのカラーコンタクトの下の本当の目の色を思い出して再び顔が緩んでいく。
「 いけない、いけない 」
 緩んだ顔でネックレスを長時間眺めていたミアだったが我に返る。折角の休日をパジャマ姿でダラダラとしている訳にはいかないのだ。大陸の言葉で何て言ったっけ? そうだ、時は金なりだ。
 今日はお休みだから少し手をかけた朝ご飯にしよう。
 そう思ったミアはキッチンでリンゴを手に取って朝食作りを始める。今日の朝食は、すりおろしたリンゴとクルミの入った挽麦クァ・バツに、フライパンで薄切りにして蜂蜜をかけて焼いたリンゴを添えたものだ。
 無音でご飯を食べるのが味気なかったのでテレビを付けると昔の医療ドラマの再放送が映った。
 ギロク博士のテロ以降、ドラマは撮影が中断しているものが多くてテレビは再放送が多い。確かこれはミアが産まれる前のドラマだけど、凄く人気があったとかいうから再放送をしているのだろう。一応は医療関係の仕事についているのだから観るべきかもしれないが、途中から観ても訳が分からないので違うものを観ることにした。
 そうやって結局、朝のニュース番組を何となく観ることになる。
 ニュースではテロで最大の被害を受けてほぼ壊滅したミクリカの復興についてやっていて、未だに復興が進まず瓦礫の場所があるものの少しずつ再建に勤しむ人の姿があった。インタビューを受けていたのはクリス・P・ベーコンという美味しそうな響きの名前のおじさんだ。どうやらお店を経営しているらしく「 T-BONE 」というこれまた美味しそうな名前で飲食店ではなくアロマ屋さんをやっているらしい。
『 愛こそはすべて!』
 今度、行ってみようかな。
 ビシッとカメラに向かってキメ顔すら決めるおじさんの姿が面白かったので、ミアはそんなことを思って携帯型端末にお店の名前とおじさんの名前のメモをとっておく。
 デートで行きたいな。
 ボンヤリとそんなことを思ったミアの脳内に何人ものミアがぽんぽんっと産まれてくる。
 議長兼司会・進行役ファシリテーター、ミア・フローレス。
 発表者プレゼンテーター、ミア・フローレス。
 書記、ミア・フローレス。
 当然の事ながら傍聴者オブザーバーもミア・フローレスである。
 要するにミアのミアによるミアのための会議だ。
「 では、ネビロス・ファウスト氏をデートに誘う為の作戦会議を始めます 」
 議長らしくカイゼル髭をたくわえたミア議長が開会を重々しく告げる。
「 やはり、ここはストレートに『 デートに行きたい 』と告げるべきです! 」
「 そんなの恥ずかしくて無理だよ! 」
 発表者プレゼンテーターの言葉に書記が思わずツッコミを入れる。傍聴者オブザーバーも「 じゃあメールで…… 」「 本人に言うべきだよ 」「 でもでも恥ずかしいよ! 」と大騒ぎだ。
「 静粛に! 」
 会議のはずなのに、裁判官のように木槌ガベルを叩く議長。何処から出てきたとか突っ込んではいけない。だって、脳内会議だもん。
 議長の言葉に、脳内はしんと水を打ったように静まりかえった。
「 議長。発言をよろしいでしょうか? 」
 沈黙の中、手を挙げたのは分厚い眼鏡をしたインテリ風のミアだ。色素が他の者と比べて薄いのは、きっと頭が良いイコール汚染駆除ズギサ・ルノース班のミサキ・ケルンティアとミアが安直に思っているからだと思われる。
「 宜しい、発言を許可する 」
「 ありがとうございます 」
 インテリ風ミア( ミサキ風味 )が議長に礼を述べてから周囲を見る。
「 そもそも。ミア・フローレス私達は、ネビロス・ファウスト氏に想いを伝えておりません。デート云々よりもそちらが先なのではないでしょうか? 」
 先程以上に沈黙する脳内。図星すぎる指摘に、全員が顔を真っ赤にしている。
 そう。昨夜も言っていないと思ったもののネビロスからおデコへのちゅーをいただいてしまったミアの脳は完全にそこでフリーズしてしまっていて、自分自身の口からはネビロスへ「 好きだ 」と伝えていないのだ。これは由々しき事態である。
「 ぎ、議長! 至急、ネビロス氏へ『 好きだ 』と言いましょう! 」
「 そ、そうだな……では議題を…… 」
「 議長! 」
 ノーマルミアが元気よく手を挙げる。
「 何だ、何か他にも問題か!? 」
「 良く考えたらネビロス氏に『 好きなんです 』と言われましたが、別に『 付き合ってください 』とは言われていません!! 」
 ザワつく脳内会議場。
 素早くインテリミア( ミサキ風味 )が過去資料を取り出して会議場のスクリーンに投影する。

 パターンA。中学校時代の初彼氏A先輩の場合。
『 フローレスさんの素直なところが好きだな。僕と付き合ってもらえませんか? 』

 パターンB。高校時代の彼氏B先輩の場合。
『 好きだよ。ずっと一緒にいたいから俺の彼女になってよ 』

 ミアの過去資料は二つしかなかった。しかし、二人ともちゃんと『 付き合って 』とか『 彼女になって 』とか明確に言っていた。
「 もしかして盛り上がっているのはミア・フローレス私達だけなのではないでしょうか……? 」
 誰かの呟きで再びざわめきだす脳内。しかし、もはや議長ミアもショックを受けているのでそれを止めることも出来ない。脳内で会議を開いた意味が何もないくらい脳は混乱している。
「 はいはーい! 皆、ちょっと聞いてー!! 」
 その時、ミアらしからぬミアの声が脳内に響き渡った。脳内ミア達が声の主に注目すると、そこには頭に小さな角、背中に蝙蝠の羽、お尻からは先端がスペード型の尻尾を生やしたちょっぴりセクシーな服を着た悪魔ミアが立っていた。
「 昨日の感じだと絶対ネビロスさんだってミア・フローレス私達のこと好きだよ! 今夜、ネビロスさんの部屋に突撃して付き合ってくれるのか聞いちゃおうよ!! 」
 悪魔になってもベースがミアなだけあって、決してネビロスを呼び捨てにすることの出来ない純情悪魔ミアの言葉に全員が聞き入る。
「 それで、その時にミア・フローレス私達の気持ちも伝えようよ!! 昨日、あんなにこっちはドキドキしたんだよ? ネビロスさんを驚かせてみたくない? 」
 悪魔の言葉が脳内に染み渡った。ネビロスさんをドキドキさせる? そんなこと……出来るものならやってみたい。
 全員の気持ちが一致して議長を見つめる。議長ミアは、コホンとわざとらしく咳をしてカイゼル髭を一撫で。
「 では、本日まるきゅうまるまる。ネビロス・ファウスト氏の部屋に突撃をかけることにする!! 」
 議長の言葉に上がる歓声。カンカンと高らかに木槌ガベルを鳴らして脳内会議は閉会となった――。

われ春風に 身をなして

 まるきゅうまるまる、つまりは午後九時。
 ミアは朝の脳内会議に従って動き出していた。
「 よし! 」
 昨日はお夕飯デートということもあってフェミニンなワンピースだったミアだが、今日はあえてのカジュアルスタイルなパーカーワンピースにしてみた。実際のところは何時間もかけて考えた気合いが入っている服装なのだが、テーマとしては「 別に気合い入れて貴方に会いに来た訳じゃないんだからね! こんなのただの普段着なんだから! 」というツンツンデレデレな服装のつもりである。靴も可愛いけれどスニーカーだ。
 もちろん貰ったネックレスはしっかりと付けているけれど。
 お化粧だって今日はいつもと一緒。一点違うのはグロスだけは昨日のデートと同じ、いつもよりもピンクが強く発色してプルプルな唇に見えるものにしてみた。これくらいの違いなら男性は気付くことはないだろう。
 アウターにノーカラーのブルゾンを羽織って携帯型端末を手に部屋から出ていくミア。数歩進んだところであることに気付いて足を止める。
「 鍵かけ忘れた 」
 慌てて数歩戻って部屋の鍵をしっかりとかける。実は部屋の鍵をかけ忘れる程、ミアは緊張していたのだ。
「 大丈夫、大丈夫 」
 自分に言い聞かせてミアは再び歩き出す。
 寮の外は、まだまだ寒い。それに夜の道は何だか暗く感じられて怖かった。
「 大丈夫、大丈夫 」
 再び、言い聞かせて歩く。
 大丈夫、大丈夫。お化けなんていない。赤い女なんていない。あれは都市伝説。そういえば最近、結社の資料室に動物の霊も出るんだっけ? いやいや、あれはきっと誰かの気のせい。幽霊なんていない。お化けなんていない。
「 おーい、ミア! 」
 その時、男性の声と共に後ろから肩を叩かれて驚きと恐怖でミアは悲鳴も出なかった。
 正体を確かめるべく振り返れば、そこには長身の見知った男性の姿があって安堵する。
「 しゅ、スレ先生…… 」
 『 しゅれしぇんしぇい 』になってしまいそうな所を寸での所で耐えて彼の名前を呼ぶ。呼ばれたスレイマンは呆れたような怒ったような顔でミアを見下ろしていた。
「 こんな時間にどうしたんだ? 危ないだろ? 」
「 スレ先生こそ、どうしてここに? 」
 質問に質問で返すのは失礼かと思いながらもミアはスレイマンに問い掛ける。するとスレイマンは怒る訳でもなく、少し照れたような顔を見せた。
「 今、仕事が終わったところなんだ 」
 ミアは今日の医療ドレイル班のシフト表を思い出す。そして、スレイマンとその恋人であるアペルピシアの二人が上がる時間が同じ日であったことに気付くまでさほど時間はかからなかった。
「 エル先生を送ってきたんですね 」
 さしずめ結社から寮までの短い帰宅デートといったところだろうか。
 貴重な医師免許持ちの二人にかかる仕事の負担は大きく、デートもままならないのだ。それを考えると申し訳ない気分になる。
 照れ臭そうに頬を掻いたスレイマンは「 今日もエルが可愛くて 」とさり気なく惚気けると、笑顔を浮かべたままだが真剣な目でミアを見た。
「 それで? おれは答えたから次はそっちの番だよ? こんな時間にどうしたんだ? 」
「 えっと……コンビニに行こうと思って 」
「 方向が逆だよ 」
「 う…… 」
 簡単に嘘を見破られてミアは言葉に詰まる。しかし、スレイマンに「 ネビロスさんのお部屋に行くんです 」と言うのは恥ずかしい。
 何と言ったら分からず沈黙を続けるミアの顔を見ていたスレイマンは一枚上手だった。ミアが向かっている方向にあるのはマルフィ結社が借り上げて男性寮に使用している建物。そこに住んでいてミアと紐付られる男性といえば一人しかいないことをスレイマンは良く知っていた。何故ならミアはとても分かりやすいから。
「 おれも帰るところだから一緒に行こうか 」
「 え? 」
「 迎えに来て貰えば良かったのに 」
 誰に、とあえてスレイマンは言わなかった。しかしミアにはスレイマンの言いたい「 誰か 」が分かるので顔を真っ赤にするしか他ない。
「 あの人には内緒で来たので……でも、スレ先生に会えて安心しました。一緒に行って貰えますか? 」
「 いいよ 」
 そう言って二人並んで歩き出す。会話の内容は、やはり今日は胃薬を求める人が多かったとか、今日も前線駆除リンツ・ルノース班の出動がなくて良かっただとかいう他愛もないものだ。その会話の合間にも今日も如何にアペルピシアが可愛かったのかを告げてくることを忘れないスレイマンに、ミアは羨ましくてたまらなくなる。
「 スレ先生は、本当にエル先生が大好きなんですね 」
「 ミアだってネビロスのこと好きだろ? 」
 当たり前のことを聞くような顔でスレイマンがミアに問い掛ける。今までのミアだったらそんなことを聞かれたら慌てることしか出来なかったが、今夜のミアは顔を再び真っ赤にしながらも頷いた。珍しい彼女の反応にスレイマンは緑色の目を見張るが、彼は大人なので茶化すこともせず「 そっか 」と呟くだけに留める。
 スレイマンのおかげで恐怖もなくミアは無事に寮に辿り着くことができた。スレイマンにお礼を言って彼が寮の中へ入っていくのを見送ったミアは、携帯型端末を取り出すとネビロスの番号を表示させて呼び出した。
 何も考えず突撃に来ちゃったけど、留守だったらどうしよう。
 今更、そんなことを考えながらネビロスが出るのを待つ。
『 ミア? どうしました? 』
 数回のコールの後、ようやくネビロスの声が聞こえてミアはほっとする。
「 あの……私、今、ネビロスさんの寮の下にいるんです 」
 言ってから、この言い方じゃ都市伝説として語り継がれる『 マリーちゃん人形 』と一緒だったと猛省する。マリーちゃん人形は次は階段の下、部屋の前と、電話がかかる事にどんどん近付いてくるという恐怖の人形の話だ。
『 入口の所にいるんですね? 』
「 はい。ちょっとだけ、会って話したいことがあって…… 」
 ミアが言っているうちに電話の向こう、ネビロスの背景音が騒がしい。扉の音がしたと思えば足音がする。
『 そこから動かないで下さい 』
「 はい? 」
『 良いですね? 』
「 はい! 」
 疑問系な上にいつもの優しいネビロスの声なのに何故か有無を言わせない迫力を感じとったミアは、思わず仕事のようなしっかりとした返事をする。ネビロスはそれに対して何も言わなかった。無言で聞こえてくるのは足音だけだ。
 あれ。もしかして向かってきてくれている?
 ミアがその事実に気付いた時、ネビロスの姿は既にそこにあった。
 急いで来てくれたのだろう。髪が少し乱れているが、それすら妖にして艶な様にしか見えない。
「 こ、こんばんは 」
 思わず夜の挨拶をしてみるがネビロスの表情は硬かった。やはり突然の訪問は迷惑だったのだろう。
「 どうやってここまで来たのですか? 」
「 えっと、それは勿論歩いてですけど…… 」
「 夜道は何があるか分からないのですから危ないでしょう? 」
「 スレイマン先生に会ったので一緒に来たから危なくないです! 」
 にっこり笑って安全だったことをアピールするが、呆れたようにネビロスは溜め息をついた。それすら格好良く見えるのだからミアの恋心は末期症状である。
「 此処では何ですし、行きますよ 」
 ミアが何処に、と聞き返す前にネビロスに肩を抱かれて、近付いた良い匂いのする身体にウットリする間もなく歩かされる。肩を抱かれて歩くなんて垂涎ものの行為だが、何だか逃げられない肉の檻に囚われたような気分になるのは何でだろう。
 これはエスコートというより“ 連行 ”なんじゃないだろうか。
 ミアは少しそんなことを思った。

憂ある人の 門をとはばや

 連行されるまま昨日も訪れたネビロスの部屋に今日も来てしまった。昨日の今日で来た部屋には特に変わりはないけれど、テーブルの上にミアの贈った薔薇が飾られているのが見えて思わずミアの頬が緩む。
 やはり昨日と同じようにベッドに座るように促されてドキドキしながら座った。その隣に硬い顔をしたままネビロスが座る。
 さて、どうやって告白しようか。
 ミアは緊張しながらも声を発するタイミングを窺っていた。そっとネビロスを見ると彼の顔は少し青ざめているようにも見えて、もしかしたら体調が良くないところにお邪魔してしまったのではないかとミアは不安になる。
 どうしよう。
 そう思うものの緊張しすぎているせいなのか脳内会議は開催されない。
「 ……ミアが無事で良かったです 」
 沈黙を破って絞り出されるように発せられたネビロスの声に、ミアはようやく彼に心配をかけてしまっていたという事実に気付いた。マルフィ結社にいて安心しきっているが機械人形マス・サーキュの暴走はなくなったわけでもないし、そもそも人間にだって悪い人はいるのだから、軽い気持ちで一人で夜間に外出するべきではなかったのだ。己の危機感の欠如がネビロスに心労を与えたことに思い当たったミアは謝罪の言葉を述べるしかなくなる。
「 ごめんなさい……心配かけちゃいましたね 」
「 次からは迎えに行きますから、連絡をしてください 」
 次からは。
 その言葉にミアは謝っていたことを忘れて夢でも見ているような呆けた顔でネビロスを見た。そんな顔で見られると思っていなかったネビロスの表情が怪訝なものに変わる。
「 どうしましたか? 」
「 ええっと……次があるんだ、って思って驚いてました 」
 えへへ、と呑気に笑うミアに顔色を戻したネビロスは目を細めた。先程までの表情と一転、唇の端が上がっていて何だか楽しそうだ。
「 昨夜のことは忘れてしまいましたか? 」
 耳元に口を寄せられて甘くて優しい低音で囁かれると怖い訳では無いのにミアの背中にぞくっとしたものが走った。
「 わ、わわ、忘れてなんかいません…… 忘れてないから今日来たんですー!! 」
 ネビロスが自分の耳元に口を寄せていたことは忘れて思いきり彼の方へ顔を向けてしまったミアは、当然のようにネビロスの整った顔が近過ぎてビックリして仰け反る。そんな大慌てするミアに対して、ネビロスはそれを見て笑う程度の反応しかしなくて、ミアは子供っぽいとは思いつつも頬を膨らませた。
「 何か……私ばっかりドキドキしてます。ネビロスさんばっかり大人でズルいです 」
 今日の脳内会議でもネビロスをドキドキさせようって決めたのに、結局ドキドキしているのはミアばっかりの気がする。
 そう言うとネビロスは困ったような顔を見せた。
「 実際のところ私の方が29歳で……ずっと大人ですからね 」
 それはどこか突き放したような言い方だった。確かにネビロスとミアには12歳の年齢差はあるけれど( 今はミアが誕生日を迎えて11歳差であるが )、それは出会った時から変わらないもので縮められるものではないのだからミアにとっては何も気にするものではなかった。しかしネビロスはそうではないようだ、とミアは昨夜の話と総合して理解する。
「 私はネビロスさんが何歳上でも気にしないですよ? 」
「 そう言いきれますか? 私の方が先におじさんになってお爺さんになってしまいますよ? 」
 言われてネビロスが歳を重ねた姿を妄想してみる。
 まずはおじさんになったネビロス。白髪が出てきてもネビロスの髪色だと目立たないだろうから顔に皺を足してみる。うん、何だかダンディーで渋くてカッコいいおじさまみたい。
 次に想像したのは、もっともっと歳を重ねたネビロスの姿。きっとお爺ちゃんになっても背筋がピンとしてて、穏やかか表情を皺だらけの顔に浮かべていて、とっても日向ぼっこが似合いそう。
 ついでに隣に同じだけ歳を重ねた自分を並べてみると自分の歳をとった姿が可愛くなくて、どちらかというとそちらに愛想を尽かされる方があり得そうで心配になった。
「 ネビロスさんは素敵に歳を重ねそうだから大丈夫です!それにたとえ頭髪が寂しくなっても、お腹がタヌキみたいになってもそれはそれで可愛い気がします! 」
 禿げても、太っても。
 直接言わなかったのはミアなりの優しさである。
「 だから、私はネビロスさんとずっと一緒にいたいです 」
 そう言って一度言葉を切る。そして、朝から言おうと思っていたことを言うチャンスは今だ、と悟ったミアは息を大きく吸って心を落ち着かせた。
「 私と付き合って下さい! 」
 ミアが言い放った言葉にネビロスの目が丸くなった。こんな驚く表情をする彼を見るのは初めてで、今までに知らないネビロスの顔をひとつ見れたような気がしてミアはそれだけでも言ったかいがあったと満足してニコリと笑う。
「 私、ネビロスさんの彼女になりたいんです 」
 駄目押しのように言ってネビロスの顔をじっと見つめる。
 じっくり眺めることで今日は彼が既にカラーコンタクトを外していることに気付いた。見慣れた灰色アッシュグレイではない濃灰色スレートグレイの目は本来の彼が持つ色彩なだけあってネビロスに良く似合っているから、思わずミアは彼の目に見惚れてしまう。
 そんな鉄隕石ギベオンのような目に困惑と歓喜が混じりあった色が浮かぶ。
「 ミア。私は過去に妻がいた身ですよ? 」
「 はい! ルミエルさんですよね? 昨日教えてもらったから、しっかり覚えてます! 」
 ネビロスはミアがルミエルに「 少しだけ似ていた 」と言っていた。人によっては私は彼女の代わりなの? と苦しむ要素なのかもしれないが、ミアはポジティブシンキングな性格故にこう考えることにした。
 つまり、ネビロスさんの奥さんに似ているってことは私ってばネビロスさんの好みの女になれるんじゃないの? と。
「 年齢だって…… 」
「 私のパパとママは15歳差でした! 私達の方が近いですよ? 」
 さっきは恥ずかしくて思わず逃げてしまったけれど、今度はミアからネビロスへ顔を近付けた。ネビロスの目に自分しか映っていないことが見えると、自分にも知らずにあった独占欲が満たされたような気分になって楽しくなってくる。
 ミアは大人しくネビロスを見つめたまま、彼が何かを言い出すのを待つことにした。ネビロスは何かを言おうとするかのように口を開きかけ、そのたびに声を出せずに再び口を閉じていた。それを何度か繰り返した後、一度覚悟を決めるかのように目を伏せる。それから、深く息を吸う音がした。
「 本当に良いんですか? 」
 その問いに、一切のためらいも逡巡もなくミアは頷いてみせる。
「 はい、もちろん! 」
 返事をした次の瞬間、ぎゅっと強く抱きしめられてミアはネビロスの腕の中に収まっていた。少しだけ調子に乗って甘えるように胸に頬を擦り寄せると、ネビロスの少しだけ鼓動の早い心臓の音が聞こえてミアの口元が緩む。
 良かった。ネビロスさんがドキドキしてくれている。
 自分の心臓はそれよりもずっとドキドキしてしまっているけれど、ひたすらにネビロスの鼓動の音が心地良くて聞いていて気持ちがいい。
 ネビロスの温もりと心音を満喫したミアは視線を上げて彼の顔を見た。ネビロスもミアを優しい目で見つめてくれていたので、結果、長いこと目が合った。ネビロスが僅かに口角を上げて笑う。照れくさそうに、見ようによっては嬉しそうに。
「 こいびと、ですね 」
 自分とネビロスを交互に指差してミアも同じように笑いかけると、彼は静かに、しかし、確かに頷いた。そして、ネビロスが細くて長くて綺麗な指を伸ばす。指はミアの首筋をなぞる様に動いて首にかかったシルバーチェーンを引っ掛けると、服の中に隠れていたペンダントトップを外へと引き出した。それは、ネビロスがミアにくれた薔薇モチーフのペンダント。
「 付けていてくれたんですね 」
「 出来たら仕事中にも付けていたいなって思ってます。あ、もちろん危なくないように服の下にしまっておきます! 」
 チェーンを長くつければ服の下につけておいても、よっぽど前屈みにならなければ勝手に飛び出してくることはなさそうなので毎日付けていたいとミアは思っていた。何たってネビロスから貰った大事な大事なペンダントだ。肌身離さず身につけていたい。
「 ……ミアは薔薇の意味を知っていますか? 」
「 全般的には『愛』と『美』です……? 」
 花言葉を答えながらもミアは別の意味があるのではないかと思った。ネビロスから貰った愛の日のマカロンにだって「 お菓子言葉 」という意味があった。花言葉だったとしたら聞かれるまでもなくミアは知っているのだから、今回は別の意味の何かなんじゃないだろうか。
 好奇心で答えを期待してネビロスを見つめる。そんなミアの髪を撫でながらネビロスは思いのほか、真剣な顔でミアを見つめて重々しく口を開いた。
「 薔薇には棘がありますね? 」
「 はい 」
「 その為、薔薇のモチーフには『 魔除け 』の効果があるんです 」
「 魔除け? 」
「 そうです。ミアに悪い虫が付かないよう・・・・・・・・・・に魔除けです 」
 ネビロスの言葉にミアは眉毛をへにょりと下げた。
「 私、虫は苦手です 」
「 そんなミアに御守りですよ 」
 内心でミアはネビロスに虫が苦手だって話をしただろうかと首を傾げる。しかしすぐに大抵の女性は虫が苦手なものだし考えるまでもないかと思い直すことにした。
 そして彼女はネビロスの言う「 悪い虫 」が「 人間の男 」であることは思い付きもしない。素直に「 悪い虫 」の言葉通りの昆虫の「 害虫 」であると思いこんでいる。
「 これから暖かくなると虫が増えますもんね! ありがとうございます 」
「 ええ、気候に併せて浮かれた輩が増えると良くないですから 」
 噛み合うようで噛み合わない会話だが、二人はお互いに真剣である。
「 ねぇ、ネビロスさん。今度、お休みが一緒の時に……デートしたいです 」
 そうしてミアは今朝のテレビで観たアロマ屋の話をネビロスにする。直近ではシフトが合う時はなかったはずだから、きっと暖かくなった頃には行けるだろうという希望的観測を込めて。
「 ええ。行きましょう 」
 ミアのお願いに柔らかい笑みを浮かべてネビロスが頷く。それが嬉しくてミアは思わずネビロスの首に両手を回して思いきり抱きついた。
「 ありがとうございます! 」
 ぎゅうぎゅうと抱き締めながら彼を好きなだけ抱き締められる幸せに浸る。いくらだってぎゅーってしていいのだ。だって私達、恋人同士だもん。
「 ミア。我儘を一つ言っていいですか? 」
「 はい! 何でしょう? 」
 そう言ってネビロスの顔を見たミアはハグを止めて軽い気持ちで彼の顔を見た事を後悔することになる。なんと言うか……いつも格好良いネビロスであるが、今のネビロスは格好良いが限界突破している。
 その格好良いが限界突破しているネビロスがミアの髪を撫でながら、彼女に問い掛けた。

 其れは12歳の時。
――ルミエルは……僕のこと好き?
――うん! 好き! 施設の先生も、病院の先生も、年下の子達も皆大好き!

 其れは19歳の時。
――ルミエルは、俺の事好き?
――うん……

 そして、これは妻を亡くして二度と誰にも聞くはずがないと思っていた29歳のネビロスからの問い掛けだった。

「 ミアは……私の事好きですか? 」

 ネビロスのそんな事情は知らないミアであったが、その問いにどことなく懇願するような暗い響きが入っているように感じられて、自分の羞恥心は海に投げ捨てて海神様に海底へと持って行ってもらうことにした。
「 はい! もちろん、大好きです! 」
 目一杯の笑顔で答えるとネビロスは一瞬、子供のような泣きそうな顔を見せてミアを抱き締める。
「 ミア 」
 愛しくて堪らないと言わんばかりの声で名を呼ばれると舞い上がりたくなるくらい幸せだった。
「 口付けをしてもいいですか……? 」
 耳元で囁かれてミアの耳朶をくすぐる熱い吐息に操られるように「 はい 」と返事をする。その途端、耳に感じる温かい感触にミアの身体が驚いて跳ねた。まさか耳にキスされるなんて思いもよらなかったのだ。昨夜のように額か、もっと進んでも頬だと思い込んでいたのだ。
「 驚きましたか? 」
「 はい……驚きました 」
 呆然と答えるミアの顎にネビロスの指が添えられる。そして、服からネックレスを取り出した時のような流れる動きで顔をやや上を向くように固定された。鈍感なミアにも分かる。これは少女漫画で良く見るキスの前の動きだ。
( まさか口付けってこっち!? え、心の準備が!? )
 焦るミアの内心が透けて見えていたのかネビロスが「 目を閉じて下さい 」と大人の色気を漂わせる声で囁くので、ミアはネビロスの声に操られるように目を閉じる。目を閉じたせいで耳に衣擦れの音が良く響いた。
 唇に一瞬、温かな感触。
 離れると何だか寂しくなってミアは目を開こうとして、再び唇に温かな感触があって驚く。
「 ネ…… 」
 再びそれが離れた時、ネビロスの名前を呼ぼうと中途半端に開きかけた口がネビロスのそれで再び塞がれた。更に口の中を何かで思いきり蹂躙されて。

――ミアがしっかりと覚えているのはここまで。
 ふわふわとした気持ちに流されていて、気付いたら自分の部屋の自分のベッドで朝を迎えていたのだった。




2月24日 二次創作的要素の強いオマケ

「 ヴォイド……ロードを見るのと同じ目で私を見ないでください……」から数時間後。
 ミアを心配したヴォイドはミアから一時たりとも離れなかった。ついでにネビロスに視線だけで人を刺せそうな目を向けるので、ネビロスもミアに近付くことは出来ない。
「 ねぇ、ミア 」
「 はい! 何でしょう? 」
 カルテを並び替えながらヴォイドはミアに声をかけた。同じ作業をしながらミアは元気に返事をして彼女を見る。
「 ミアは子供の作り方を知ってるの? 」
「 え!? 」
 ミアの困惑した良く響く声が医療ドレイル班中に響き渡る。
「 い、いきなりどうしたんですか、ヴォイドさん 」
「 気になったから 」
「 し、知ってますよ……学校で習いますもん…… 」
 学校の保健体育の授業と少女漫画と恋愛ドラマ。
 それがミアの知る精一杯の性的な知識だった。薄っぺらい知識にも程がある。
「 何を大きい声を出しているんだ? 」
 女子のとんでもないトークの場に呆れたような顔をして姿を現したのはスレイマンだった。
「 あ、スレイマン先生。昨夜はありがとうございました! 」
「 おれも帰宅のついでだったし、良いってことさ 」
 そう言って爽やかに笑うスレイマン。ともすれば猥談になりそうな空気を吹き飛ばす程の爽やかさを持ち合わせている男が現れたことで空気が洗われる。しかし、ヴォイドはそれを許さなかった。
「 ミアは本当に知ってるの? 」
「 ヴォイド。ミアに口で説明させる気か? それは流石に誰でも困るだろ? 」
 二人の会話が全部聞こえていたらしいスレイマンが諌めるようにヴォイドに言う。医学的に子供の作り方こと妊娠の仕組みを説明することに何ら抵抗のない人間の多い医療ドレイル班ではあるが、ミアがそういう類の人間ではないことは火を見るより明らかだ。
「 ちゃんと知ってます! キャベツ畑から産まれるんです!! 」
 ヴォイドとスレイマンはミアの言葉に全く同じ驚愕の顔になった。
 キャベツ畑。
 それは無邪気な子供の「 赤ちゃんはどこから来るの? 」の問いに対して大人が誤魔化す時に使う有名な伝承である。間違えても学校の授業ではそうは教えない。
 ミアが本気で言っているのか、それとも冗談で言っているのか彼女の表情を見ただけでは二人には判別がつかなかった。ミアならば、本気で言っていても何もおかしくはない。
「 そうですよねぇ。キャベツ畑に収穫に行くんですよねぇ 」
「 え!? あ、そ、そうです! 」
 春の陽だまりのような笑みを浮かべてミアの言葉を肯定したのはアキヒロだった。キャベツ畑のことは知っていても、その先を知らなかったミアは慌ててアキヒロの言葉に頷く。
 アキヒロはそんなミアにニコニコと笑いかけながらも彼女に気付かれないように、ヴォイドとスレイマンに目配せをする。
「 収穫をする時は人目を避けなくてはなりませんからねぇ 」
「 子供を運ぶ蝶が逃げてしまうからね 」
 アキヒロの言葉に早速乗っかるスレイマンにミアの目が丸くなった。
 そんな深い話まで知らない。
「 どうして蝶々が必要なんですか? キャベツが受粉するために虫が必要だからですか? でも、それなら蜂でも他の虫でも良くないですか? 」
 おそるおそる尋ねたミアに訳知り顔のヴォイドが言う。
「 普通は見えない特別な蝶だから 」
「 え!? そしたら皆が見えなくて子供が産まれなくなっちゃいませんか? 」
 慌てるミアを宥めるように、内心では笑いを堪えつつスレイマンが真面目な顔を見せた。
「大丈夫。ある日、突然見えるようになるんだよ 」
「 もしかして成人したらとかですか!? 大人になるってすごいですね! 」
「 違いますよぉ。口付けをしたら見えるようになるんです 」
 アキヒロの言葉にヴォイドとスレイマンは同調するように頷く。
 しかし、ミアにとっては青天の霹靂だ。学校でそんなことは教わっていない。
「 そんな……キスしたら子供が出来るなんて…… 」
 呆然と驚愕の表情で固まるミアに大人三人はそれとなく近付いて彼女に聞こえない声で囁き合う。
「 どうするの。ミアが信じちゃった 」
「 振り上げた拳のもって行き場がないな 」
「 良いんじゃないですかぁ。これで流されるままに何かすることがなくなって 」
 三人の言葉が聞こえていないミアは誰に言うでもなく呟いた。
「 じゃあ、もう私とネビロスさんの子供がキャベツ畑に……? 」
 今度、驚愕するのは大人三人だった。
 キャベツ畑に子供がいるということは、既にキスを済ませているという訳で。そんなまさか、と三人は目を見張る。
「 ネビロスさん、調達ナリル班に行ってるんですよね? ちょっと聞いてきます! 」
 カルテをテーブルに置いて立ち上がったミアに大人達は慌てた。ちょっとした冗談のつもりで始まった会話がうっかりネビロスの耳に入ったら大ごとになることは明々白々だ。
「 ミア、落ち着いて! 」
「 冗談! 冗談だよ!! 」
 ヴォイドとスレイマンがミアを落ち着かせに入る。暴れ馬を落ち着かせるように「 どーどー 」とどちらともなく言い出しているが、それに対しては誰も何もツッコミを入れない。
「 随分と騒がしいですが、どうしましたか? 」
「 ネビロスさん! 」
 そこへ帰って来て欲しくなかった男ナンバーワンのネビロスが調達ナリル班から帰ってきてしまった。怪訝な顔をするネビロスにミアが駆け寄っていく。
「 ネビロスさん、大変です! キャベツ畑に私達の子供が!! 」
「 ……はい? 」
 とんでもないことを言い出したミアにネビロスは自分の耳を疑いながらも聞き返して自分の耳が間違ってなかったことを確信し、彼女に優しく事情を問いかける。ミアは素直に手に入れた情報を喋った。
「 早く迎えに行ってあげないと赤ちゃんが可哀想です…… 」
 キャベツ畑にポツンと放置された赤ちゃんを想像すると可哀想すぎる。他の子はきっと早く迎えに来てあげているのに、自分とネビロスの子だけが放置されているのだ。2月のカンテ国は寒い。赤ちゃんなのに外に放置されてたら死んでしまうかも――。
「 うう…… 」
「 安心してください、ミア 」
 涙ぐみ始めたミアの頭を撫でながらネビロスは微笑む。
「 子供が欲しいってお互いに願いながら口付けをしないと子供は出来ませんから 」
「 本当ですか? 」
「 ええ。そうしないと滅多に口付けが出来なくなってしまうでしょう? 」
「 言われてみると……そうですね! 」
 キスするたびに子供が出来ていたら少子化は心配しなくていいが「 いってらっしゃいのちゅー 」も「 おやすみなさいのちゅー 」も出来なくなってしまう。それに、そのたびに子供が出来ていたなら、ミアは何百人も兄弟のいる子供になってしまっていた事実にようやく気づいたのだ。
「 ね? だから泣かないでください 」
「 はい 」
 さりげなくネビロスから頭にキスを落とされてミアは笑みを浮かべる。
「 ちょっと、顔洗ってきますね! 」
 ネビロスと、ヴォイドにスレイマンにアキヒロに笑いかけてミアは医療ドレイル班の部屋を後にする。彼女を笑顔で見送って、ネビロスは三人を見た。
「 さて、御三方。詳しいお話を聞かせていただいても良いですか? 」
 笑顔なのに有無を言わせない圧倒的オーラを纏ったネビロス。
 魔王が医療ドレイル班の部屋に降臨した瞬間だった。

 * * *

 みんな、嘘をつくのが上手だなぁ。
 トイレに向かいながら、ミアはうっかり涙ぐんでしまった自分を笑う。
 さすがのミアもキャベツ畑を本気で信じている訳では無い。しかし、まさかそんな冗談を言うとは思えなかったアキヒロに真面目に言われて、真実はそうであったのかと信じかけていたのは事実である。
 ネビロスと付き合うことになったことは医療ドレイル班中に既に知られている。何たってミアは自他ともに認める分かりやすい性格だし、声も良く響く大きいタイプだからだ。
 ミアのことをみんななりに心配してくれた結果が、面白がっている節が強かったとはいえ、あの会話なのだろう。構って貰えた事実の方が大きくて、怒る気は微塵もない。
「 ネビロスさんだって本気で怒ったりしないよね…… 」
 医療ドレイル班に魔王が降臨していることなんて露知らず、ミアが呟いた言葉は誰にも聞かれず消えていった。