目が覚めたら、見知らぬ天井がそこにあった。
此処がどこなのかーー意識が落ちる前を思い出したフィオナは一気に起き上がった。
真っ白な部屋の中にスクリーンが一つ。
『ここは、全力で推しへの愛を語らないと出られない部屋です』
その文字をしかと読み取ったフィオナの口角がニヤリと持ち上がる。大きく息を吸い、叫ぶ。
「キターーーーーー!!!!」
言葉の後ろに顔文字で(゚∀゚)と表記されていてもおかしくない叫び方である。実際、フィオナの脳内では某動画投稿サイトのように文字で弾幕が貼られている。
「推し語りしていい部屋とか最高じゃないですか普段煩いから黙れって言われるんで自重してるんですけどこう言う企画部屋だったら何をどれくらい話しても良いって事ですよねありがとうございますこの溢れんばかりの推しへの気持ちを吐き出しても怒られないってすごくないですかしかも1人なのは寂しいですけど一々相手の反応考えなくていいとか楽この上ないので嬉しいです!!」
一息に言うフィオナ。実は彼女は唐突にこの部屋に来たわけではない。部屋が設置されていると聞いた日から入り方を模索していたのだ。そして今日、ようやく推し語り部屋への自力アクセス方法を見つけたところだった。
「あぁ〜どうしよう、語りたい人も語りたい事も多すぎるぅ〜!だってこの結社の中でリアルにナラ下巻き起こってるんですよ!?黙っていられるオタクがいるわけないじゃないですか毎日毎日毎日毎日推しと推しカプ見られるとか寿命が伸びてく感覚わかります!?そろそろ10年4ヶ月くらい伸びたと思うんですが」
これだけ喋っているが、フィオナの目の前にあるのはスクリーンだけで誰もいない。
「誰を語ってもいいと言われると誰から何を言えばいいのかわからなくなるんですよとりあえず一人一言くらいは言った方がいいですよね」
つまりこれは盛大な独り言である。尚、スクリーンには部屋のタイトルとルールしか表示されていない。
「萌ぇ〜プリズムパワーメイクアップ!愛と萌えのサイボーグ戦士!ゼロゼロフィー!普段溜まってる分に代わって推し語りよ!」
誰もいない虚空に向かってポーズを決めるフィオナ。見た目の変化は一切ないが、気持ちは切り替わったようだ。
流石のスクリーンも耐えきれずに『待って、フィーちゃんそれ恥ずかしくないの?』と表示を出してしまう。
「奥歯の加速装置押してあるから大丈夫!」
自信満々に言うフィオナに『ネタはセ●ラーム●ンか0●9か一種類に統一してくれ』とスクリーンが返す。だが、そんな事に気を遣う彼女ではない。
「先ずはマテ……マーシュさんですね推し兼オタ友の」
コホン、と咳払いをすると口を開く。
「初めてお会いした時からマテオに似てるよなあの時の俳優さんとは別人だけど小説読んで脳内に登場したマテオそっくりそのままで二次元が三次元っていうか一次元が二次元すっ飛ばして三次元に来たかもしれないくらい驚いたもんですよまさかの脳内構造まで本家を通り越してマテオだったんで余計に酷いですよね青スーツ着ると本家を超えてマジマテオな状態になるんでやっぱり存在が罪です最高ですありがとうございます今日も明日も100年先も健やかにお過ごしくださいそれと今度カミナリに飲みに行きましょう」
一息に言ってドヤ顔をする。「一言」とは「一息に言う」の略ではないはずだが、そんな細かいことは気にしないのがフィオナ流である。
「次は……メドラーさんですかね直接の絡みは多くないですが」
フィオナが大きく息を吸う。
「パッと見てジョアンだとは思わなかったのが正直なところですが話し方といい女性への接し方といいジョアンみはあると思いましたなんと言ってもあの清々しい程に女子を優遇するところですねわたしもあのフェミな言葉リアルに言われて溶かされかけたんで推し変しそうになりましたがすんでで食い止めたんですよあの瞬間ジョアンが此処にいる足怪我してるとか前髪短いとか汚染駆除班にいるとかジョアン過ぎて尊いって確信に至りましたねケルンティアちゃんに刻まれてる時の表情まで本家と同レベルでもっと見たいんで今後も健康でいて下さいっていうのが今の感想」
ぜぃぜぃ、と肩で息をするフィオナ。持参していた水筒の水をグビグビ飲む。ちなみに水筒はナラの木がプリントされているが、公式グッズではなくイメージで連想して買ったものである。
「うーんと、次はモニ……じゃないホロウさん!」
下がってきていた眼鏡を指でくいっと上げる。
「やっぱり見てすぐモニカには見えなかったんですけどなんかナイスバディでネグリジェでうろうろしてるのオフのモニカによく似てるよなぁとは薄々思ってたんです確信に至ったのはマーシュさんがぞっこんだって知った時ですね食堂で遠巻きに見たら凄い量食べてましたし無機質な表情で何考えてるかわからないって評価を同僚から聞いたのも理由の一つです後からメドラーさんと幼馴染みだって発覚したんで無事関係性萌が花開きましたよ未だにこれと言ってお近づきな関係になってはいないんですが何処かで撮影会してモニカのコスプレして貰いたい願望です」
この間の
リアルマテモニはただの事故だったとは言え、美味しい事があった話を聞き出せていたフィオナはなんとかして合成写真を作りたかった。
「と、きたらくろいののなり損ねリーシェルさんですかな」
さっきまでのハイテンションはどこへやら、眉間に皺を寄せる。
「初見は凄くくろいのだったんですよホロウさんとセットでいると番外編の続きを見てるようでやっぱりくろいのなんですけどなんかこう心にグッと来るもんがないんですよね言動とか冗談の言い方とかよく似てるんですけど言語化できないんですがこれじゃない感思ってたんと違う感が拭えないんですよなんでですかねやっぱりヨダカ様に迷惑かけまくってるのがよろしくないんだと思うんですよ猫より擬人化版よりしろいのに迷惑かけ過ぎてるんだと思うんですとりあえずヨダカ様の為に心を入れ替えて欲しいところです」
ふん!と鼻から息を抜く。途中から推し語りというよりただの愚痴になっているが、ツッコミを入れる人はこの部屋にはいない。1人は気ままなものである。
「しろいのだけどそれ以上にカッコ良すぎるヨダカ様ぁぁぁぁ!!」
叫び過ぎて曇った眼鏡を一度外してレンズを拭く。かけ直して天井を見上げて目を閉じる。
「……いっぱいちゅき……無理……尊い……何を言ってもこの気持ちに名前などつけられぬ……!」
溜息ばかり出てきて言葉が出てこなくなっている。先日、愛の日に滑り込みでヨダカにカスミソウの花束を渡した時の様子がフラッシュバックして尊さに悶え苦しむフィオナ。だらしない緩みまくった表情で床をごろごろ転がっている。
「語ろうと思ったら1時間でも2時間でも半日でも1日でも語れるんですがあの方は国宝級というか世界遺産レベルなので到底この短尺の中じゃ語り尽くせないです一言なんて足りないし尊すぎると人って本当に死んじゃうんで言語化は辞めます」
ぬおぉぉぉ!!と女子とも思えぬ野太い声を出しながら転がるのが止まらなそうなフィオナの前でスクリーンに言葉が表示される。
『そろそろ収録の尺の問題が出てきたのでこの辺で物真似一つお願いします』
「物真似……?」
むくりと起き上がるフィオナ。真剣な眼差しでひとしきり悩んだ後、ぐっと目をつぶって覚悟を決めた。
「じゃ、しろいのの物真似しまーす」
肩幅に足を開いて片手で反対の腕を抱く。顎は引き気味に視線は少し目線の低いモニカと合うように。呆れた視線にするのも忘れずに。
「横着、しないでください」
腕の角度、目の開き具合、頬の動き具合。頭のてっぺんから足の爪先まで一寸の隙もなく再現する。
そして表情を和らげて背を向けて振り返るように。この間聞いたヨダカの去り際のセリフを口に出す。
「それでは失礼します、よい夢を」
数秒ポーズを止めた後、やり切った表情で小さくガッツポーズをする。
『お疲れ様でした。しろいのの物真似とヨダカの物真似、完成度高いですね』とスクリーンに表示が出て出口の扉が出現するもフィオナが部屋から出る気配はない。
「まだ語っていいかって聞いちゃうと外に出されそうだから言うけどわたし全ての機械人形が好きなんですよだからヨダカ様は別格だけどアサギ君もシリルさんもガートちゃんもシュオニ君もノエさんもオルカちゃんもミーナちゃんもジークフリートさんもフユちゃんもヘラさんもムーンちゃんとサンちゃんも大好きなんです全ての機械人形が尊いので全ての機械人形が幸せに仕事を続けられるような人間と共存共生できる未来になって欲しいんです」
にこりとフィオナが笑う。
「だから、これからもこのマルフィ結社って場所から機械人形の皆んなの為に働きます。勿論、自分が壊れない程度に」
確たる信念を感じさせるフィオナの言葉。直後、何かを思い出したように目を輝かせた。
「そろそろ旅行行きたいな……マーシュさんじゃなくて旅行に一緒に行ってくれる機械人形さん誰かいないかな」
「シリルさんと旅行とか楽しいだろうな」等々呟き始め、話が完全に脱線して1人で脳内旅行計画を練るフィオナ。
目の前に扉は開いている。それでも思考の海に飛んだ人は中々帰ってこない。
今回わかったこと
- マテオ=ロード、しろいの=ヨダカ、とは見えているが他のメンバーについては関係性萌であって本人そのものという認識は濃くはないらしい(薄いとは言わない)