「そもそもさ、テオフィルスはどうしてこの下着がヴォイドちゃんの物って思ったわけ?」
じっと探る様な目でギャリーから見られついついテオフィルスはその視線から逃れようと顔を背けてしまう。別にやましい事など何も無い筈だが、取り出せずに未だに胸ポケットに潜ませているブラジャーと同じデザインのパンツはこの瞬間完全にテオフィルスの懐以外の行き場を失っていた。
「ま、前に見た事があったんだよ…アイツがこれ着てたの…」
「は…?テオフィルスってあの殺傷能力高めなエロさが服着て歩いてるヴォイドちゃんのエロさ剥き出しな格好を傍で拝める様な仲なの…?」
羨ましい、と言いたげなギャリーの言葉に普段は屁でも無い筈が一気に体温が上がった様な心地になる。顔にも出て居たのか、熱く赤く上気した頬を隠す様に顔を背けるとテオフィルスはあれやこれや弁明をした。
「ヴォイドってスクラブか下着かみたいな格好多かったろ!?最近はお気に入りの服があるのかそれ結構着てたけど…でも下着にパーカーとか白衣羽織っただけみたいな格好の事も多いだろうが!それ見るなって!?無理だろ!そこに巨乳の谷間があったら拝むしそれ包んでんのがそれなりに好みなデザインのレースのブラだったら脳裏にも焼き付くだろ!?」
「ンな事ァ問題じゃねェ!!俺が問題視してんのはヤったかどうかだ!!」
「おーい」
脱線仕掛けた話をユウヤミがその一言で持って軌道修正する。こほんと咳払いをするとギャリーもテオフィルスも状況を整理した。
「あのさ…それでもやっぱ俺にわかには信じられねぇんだけど」
ギャリーはチラチラ赤ん坊を見ながらそう呟いた。こんな非現実的な話、誰だってそう思うだろう。ユウヤミはまだ何か考えているのか未だに口数が少ないままだ。
「そうだよな…状況だけ述べるなら、たまたま廊下の真ん中で女が服をその場で脱いだ形跡があって、そこにたまたま裸の身元不明の赤ん坊が転がって居た。そしてヴォイドはどうも留守にしてて消息不明、拾った赤ん坊は異様な速度での成長も確認されて──…」
言っていてテオフィルスは頭が痛くなった。むしろここまで色々羅列したのならこの赤ん坊が実はヴォイドであり、何らかの理由で小さくなってしまったと言う方が余程説得力があったのだ。
「いや、ヴォイドが小さくなったって方がよっぽど理由としちゃ
まともだ…」
「だとして、ヴォイドちゃんがそうなった理由って何だよ…?」
テオフィルスもギャリーも頼みの綱はユウヤミだと言わんばかりに彼を見る。しかし、ユウヤミは依然として黙って考え込むだけだった。その内頭をがしがしと乱雑に掻くと「ふぅ」と溜息を一つ。呆けた目を二人に向けた。
「済まない…席を外すよ…」
「ど、どうしただ?急に元気無くなってよぉ…」
「いや…栄養が足りなくてねぇ…」
糖分が足りない。ユウヤミのエネルギー切れ発言に二人は止める道理は無かった。むしろ今はこんな非常識な状況を飲み込むだけの頭の柔軟さと相応の知識、見解が求められており、それに一番適しているのはユウヤミだったからだ。
「ちょっと糖分を摂ってくる。ついでに少し調べ物をして良いかな?」
「あ、ああ…」
「俺らさっき席外したしさ、今度はユウヤミが休んでよ」
「済まない。じゃあ少し休んでくるよ」
ユウヤミが何を話しているのか分かってしまったのか、赤ん坊は「行かないで」と言わんばかりに唸りながら彼に手を伸ばした。
「うぅー…うぅー」
「……」
彼女がヴォイドであって欲しいし、この子がただの「ノイ」でもあって欲しい。赤ん坊に名を付け、絆を育んだユウヤミの胸の内で複雑な思いが渦巻いていた。けれど、もしも本当に彼女がヴォイドだとしたらこれは自然の摂理を捻じ曲げる行為。絶対に歪みが生まれる。そんな事の当事者に彼女を置いてはおけない。
ユウヤミは伸ばされた赤ん坊の手を優しく包むと、反対の手で彼女の頭を撫でた。
「うぅー…にゃんにゃ…」
「大丈夫…にゃんにゃはノイを置いてどこにも行かないよ…」
「うぅ…」
「ちゃんと戻ってくるから、パパ達もいるから安心して」
「…にゃんにゃ、ちう」
「「「……!!?」」」
目を瞑り唇を前に突き出し尖らせる赤ん坊。まさかのキスを求められたユウヤミを含め三人は同時に固まる。ギャリーは「赤ん坊から子供に成長したとは聞いたが随分おませじゃないか!?」と。テオフィルスは「この赤ん坊が本当にヴォイドだとしてこんな甘えん坊な面見た事ないぞ」と。当のユウヤミは突然求められた事で珍しく一瞬動揺した。
「えーっと……?」
「ちう。にゃんにゃ、ちう」
この子は本当にヴォイドだったかもしれない。とは言え、今は赤ん坊の体だ。ヴォイド本人ですらそうなのに不用意に目の前のこの子に過度な触れ方をするのはやはり躊躇われる。
「……赤ちゃん自体は生まれた時に持っていないと言うが、親からのキスや口移しで引き継がれるのが
ミュータンス菌…」
「にゃんにゃ…?」
「ごめんね、お口には出来ないけどほっぺにはしてあげる」
頬へのキスで満足してくれるか心配だったが、いざしてみると赤ん坊は嬉しそうににこりと笑った。
「それじゃあ、私は少し席を外──……うわぁ、メドラー君何て顔してるの」
その様子を見て「これが娘を持つ父親の気持ちか」と、テオフィルスは血涙でも流しそうな顔をユウヤミに向けたのだった。
to be continued