薄明のカンテ - 世の中壁が多い事/燐花
 私の人生はまだ理想ほど薔薇色では無い。
 瞳の色から「ローズ・マリー」と言う芸名を付けられた私は、精一杯笑顔を貼り付けてステージに立っていた。ただし、立ち位置は割と端っこの方だ。中央には我がグループ「ディーヴァ×クアエダム」不動のセンターであるソフィア・マーテルが溢れんばかりの笑顔を見せている。大人気特撮作品「ピアルルSix」のアザレアにどこか似ている彼女は今日だって演技にモデルに忙しそうだ。
 私達のグループの事はまるで知らなくても、彼女の事は知っている。そんな人は結構多かった。
 逆に、グループの事も知ってるくらいコアなファンとかでないと私の事まで分からない。
 十二歳から一生懸命やって来た私の知名度はそのくらいだ。羨ましいとか、妬ましいとかはソフィアに対して持っていない。私はただ、何かグループ活動は自分に合わないような、そんな息苦しさを感じていた。
 人気アニメ「海上の青い星」のリマスター版がネット配信、そして実写映画が公開されるにあたりソフィアがイメージキャラクターを務め、今日はそのお披露目イベント。実際必要なのはソフィアただ一人であって私は違う。今日もまた、忙しそうにインタビューに答える彼女を尻目に私は炒麦(エル・バツ)で作ったおにぎりを口にねじ込んでいた。
「ちょ、ちょっとローズ!」
 マネージャーの中でも、ソフィアに力を入れてる彼女はそんな私を目ざとく見つける。
「何?」
「何食べてるのよ!?誰が見てるか分からないじゃない!」
「ただおにぎり食べてるだけじゃない」
「イベント途中なのに食べてるのが問題なの!試写会が終わったらもう一曲踊るのよ!?」
「あれ?次必要なのはソフィアだけじゃないの?」
「グループ全員で歌う曲があるでしょ!?そうでなくても、誰が見てるか分からないんだから食べ方もう少し気を付けなさい!大口開けて二個も三個も口に放り投げないの!」
 大食らいな私ことローズ・マリーはソフィア・マーテルの後ろでアイドルらしからぬ膨れたお腹でダンスを踊っていたと週刊誌にちょっとだけ載った。

 幼い頃から歌が好きだった。だから芸能人になれて嬉しかった。でも、多分アイドルと言うのは、私の求めた姿ではない。
 大人の言う事をよく聞いて行動していた頃はまだそれなりに良かったけど、自問自答を始めて変に自我を持ってしまってからの数年、私のコンディションは最悪になっていた。
 今日はモデルの撮影がある。とは言え、一般のエキストラさんと一緒に撮る教科書の一ページ。つまり誰でも良かった。
「えー…じゃあ、手の位置もう少し上目に。そうそう、あ、若干手の平こっち見える様に動かして反対の手はもう少し腰に近付けようか」
 モデルさんみたく表現をする事は求められない。指先までポーズは精密に指定されて、笑顔はどのくらいかも指示される。
 今日だけで私は笑顔のリテイクを八回は食らった。
 私である意味って多分ない。
 むしゃくしゃしていたずらに挽麦(クァ・バツ)ケーキを作る際に使った料理酒をラッパ飲みした。残念ながら気持ち良く酔える感じでは無かったし、後からこれを知った事務所にこっぴどく叱られた。
 だからついでに吐露した。アイドルを辞めたいと。
 でも、今はソフィアの売り出し時だからなるべくグループに変化を出したくないと言われた。
 しかし、ソフィアが女優業に力を入れる事になりグループから抜けた瞬間、好きに辞めれば良いと突き放された。
 アホらしくなって、一番私の世話を焼いてくれていた、ローズ・マリーの名付け親であるマネージャーにだけ趣味で書きためていた詞を渡し、大好きなヘビメタロックのカバー音源を聴かせてみた。本当はこんな曲を自分で歌いたかったと。そこからだった。あれよあれよと私のソロデビューの話が上がり、名前も本名のヒギリ・モナルダで行って良いとそんなところまで話は進んだ。

 十二歳から頑張って、ソフィアが抜けた事でグループが解体、二十歳そこそこで路頭に迷いかけたところで上がったソロの話。
 私は、昔から大好きだったオルタナティブの世界を構築できるのではないかとワクワクしていた。
 しかし、ここでも上手くいかなかった。私の構築したい世界と、事務所が売りだそうとする姿に誤差が生じた。
「…違う」
「え?だから、ここでシンセの音に合わせてボーカルに加工入れるんでしょ?ヒギリちゃんの曲はそう言う風にアレンジしてくれって言われたけど?」
「こんなシンセリード入れたら曲がトランスになるわ!て言うかドラムの打ち込みもシンセドラムだし、私はこんなサイケデリックに仕上げて欲しくない!私がやりたいのはギターが絶妙にクサいロックなの!」
「はぁ!?そっちから俺に編曲オファーしたんだろ!?俺のジャンルはEDMだ!おいスタッフ!どう言うことだよ!?気分悪いな!」
 キッと事務所スタッフを睨むと皆非常に焦り出し、編曲家に頭を下げまくっていた。私との意思疎通を疎かにした為にデジタルミュージックの人気者を怒らず羽目になり、私も怒った側の人間の筈なのだが何故か後日彼に頭を下げに行く事になった。一緒に頭を下げてくれたマネージャーの横で不服な顔をしていたら、彼女はそんな私を見て言った。
「貴女の詞も、貴女の好む世界も素敵よ。でもね、貴女のキャラクターも含んでの世界観なの。機械人形が身近にあるこの国では電子音が馴染み深いわ。まだ掴みもできてない今、貴女の求める世界のみを追求した楽曲を作り上げても売れるか分からないの」
「何でよ…あ、アニメとかとのタイアップの話でも出てるとか?」
「違うわ、そうであってもなくても、やりたいようにやりつつでも先ずは今のニーズに合わせなければならない。それに貴女は気付いてないけれど、貴女の曲は電子音を交えた方が安定して聴きやすいわ。貴女放っといたらシャウトで喉潰す曲ばかり要求するでしょう?」
「だってそう言うのが好きなの。何?私に才能が無いって言いたいの?」
「違うわ、聞く好みと作る好みは分けなければダメという事よ。貴女も商品なの。だから私は貴女を、貴女の望む世界ではなく貴女に似合う音楽で売り出したいの。でも勿論、貴女の作家としての腕も買ってるから、別名義でも貴女の好きな世界に合うアーティストと作詞家として組ませたいと思ってるし、また別の毛色の活動もあると思ってるわ。でもそれは、少なくとも今じゃ無い」
「…私じゃシャウトしたりギターゴリゴリ掻き鳴らすのは駄目って事ね…?」
「少なくともシャウトは聴く専門にして。シャウトは正直下手だし、だからって喉痛めて練習しなくて良いから」
 結局私は、己を売り出す不自由さから抜けたつもりで抜けきれてなかった。それでも今回は完全なソロ、ある程度約束された自由。それは私をいつになくやる気にさせた。グループじゃないから人気を得るも失うも私次第。結果を見易くなる上に失敗を周りのせいに出来ない状況だ。うん、デビューが楽しみだわ。その方が燃えるじゃない。

 色々練った結果出来上がった私の曲を並べる。主軸となるドリームポップの曲の中に、少しだけ反旗を翻した自己主張を込めた曲を入れた。初めて作編曲にも挑戦してみた。拙いけれど私のやりたい雰囲気の曲。
 何て言うんだろう?ギターはジャカジャカ鳴るし、女性も声を張り上げて、でも艶やかに歌い上げ、とても和服の似合いそうな曲。ロックだよ、ロックなんだけど、私は声を張り上げるのが好きで女性らしさも忘れたくなくて…要は私自身叫びたかったんだ。
 マネージャーに聞かせたら私が曲を作ったことに驚いてたけど、「せっかくならデビューシングルのB面に入れましょう」と方向性のまるで違うこの曲を入れる為に本職のアレンジャーへの交渉を約束してくれた。
 ドラマとのタイアップも決まり、後はイベントをこなして少しずつ地盤も固めて行く。ゆっくり確実に、私はシンガーソングライターとして精一杯輝くの。
 そんな期待を抱いたほんの数ヶ月後。私の曲が初めてテレビで放映される日のわずか数日前。私のやりたかった曲のボーカル収録も終えた頃。憎きそれはテレビどころか国民全員を視聴者に、そして皆のあらゆる感情を掻っ攫っていった。
『私はギロク…25歳だ。今回の機械汚染を始め、テロを計画したのは私だ。目的はこの国の人間の殲滅だ…私はほとほと人類というモノに幻滅した。人間どもは動物も空気も資源も好き勝手に使い地球を食いつぶしている。君らも長く叫ばれてきた地球温暖化やら資源の枯渇やら聞いてきただろう』
 と、彼は宣った。ギロク博士と言えばその分野に明るくなくても名前は知ってる人の方が多そうな人物。それがあろう事か大問題を起こした。私みたくこれから何か成したくて準備していた人間からはチャンスを、ある人達からは大切な人を、またある人達からは未来を奪ったその事件により、私の挑戦はまた白紙に戻された。
 所属タレントの活動は一時中断。スタッフの中には連絡のつかない者もいる。
 ラジオでその話題が聞こえるたび、私はピックをラジオに投げつけまくっていた。
 マネージャーは言った。私の活動どころではなく、当面再開の見込みは無いと。
 でも私はその時既に策を巡らせていた。運命の神様はとことん私に逆境を乗り越えてほしいらしいから、それならばこれすらもチャンスに変えてやる。
 実際に現場を見に行って、皆の声を聞いて、私自身成長出来たらその時は時代に合った私で皆に寄り添う歌を歌う。
 好きなのはロック。聞きたいのはシャウト。でも歌ったからか今は電子音も好き。好み真反対で一人では決して好きになってなかったジャンルも好きになれた。だから世界を広げに行く。今この世界に居てくれる人が何を求めているのか、それを見に行こう。きっと、アイドル時代の私を知る人なんて居ないから。そうだこれを機に彼氏も作りたい。デビュー前に既成事実を作ってしまえば事務所も煩く言わないだろう。この際動き易いように外堀を埋める。
 歌手活動は一時休止。きっとここで何か動いておけばこやしになる。何より、私自身何かしてないと不安で押しつぶされそうだった。私は多分、止まる事が苦手だから。
 一番良いのは…あそこだろう。噂には聞いていたところ。そこそこ料理が得意だから調理の場に入れたらと履歴書をいそいそと書き始める。
 マネージャーへの報告はとりあえず受かってからで。

 って言うか、受かると良いな。
 マルフィ結社。