眠い。
休み明けとは思えない疲れた心でアルヴィは出勤していた。
結社に帰ってアンと別れたアルヴィは部屋に帰ってシリルに購入した服の報告をしつつ、シリルに妹のウルリッカを呼び出して貰った。自分で呼べばいいのだが、アルヴィでは電話に出てもくれないので( ようやく最近電話番号を交換したのだ! )仕方なくシリルを通しての連絡である。
「 ウルちゃーん。モビデのお菓子がいっぱいあるわよー! 食べにいらっしゃい? 」
集落にはないお洒落コーヒーチェーン店の名前を言ってもウルリッカには通じないかと思っていたが、ウルリッカはあっさりと来た。
「 ウル。モビデ知ってたんだね 」
失礼かとも思いつつモビデのシュガードーナツを黙々と食べ始めたウルリッカに問いかけると、彼女は一つ目をあっという間に完食した後に平然とした顔で答えた。
「 シキに連れてってもらったから 」
そう言って二つ目に手を伸ばして食べ始める。一個286キロカロリーのドーナツもウルリッカにかかれば、ただの駄菓子感覚だ。
「 あらー、シキって
調達班の背の大っきい子よね。ウルちゃんったらデートなんてやるじゃない 」
ウルリッカの座る前のテーブルにカフェオレを置きながらシリルが茶化して笑う。しかし、そんな姿もアルヴィの目には何故か霞んで見えるようだった。
シキ。
調達班。
可愛い妹にたかる虫は早々に
殺ってしまわねば。
以前、シリルにウルリッカが恋をしたらと問いかけられた時に物分かりの良い兄らしく「 僕はウルが選んだなら……多少の不満があったとしても文句は言わないよ 」と言っていたアルヴィだったが現実にそれらしき男が登場してくると、やはり話は違った。
昔使っていた猟銃は、マルフィ結社に来る前の
機械人形との戦闘で崖下に落として紛失してしまったから新しい銃が必要だ。まさか
調達班に調達してもらう訳にもいかないから、
前線駆除班のヘレナ・マシマに銃が売っているところを聞いてみようか。アルヴィは物騒なことを考える。
「 別にデートじゃない 」
シュガードーナツを三個お腹に入れて一旦は落ち着いたウルリッカがカフェオレを飲みながら言う。
「 行ったことないって言ったら連れてってくれただけ。ねぇ、お兄ちゃん 」
「 何だい!? 」
滅多にないウルリッカからの「 お兄ちゃん 」呼びにミステリー小説の犯人も真っ青の殺人計画を練っていたアルヴィのテンションは急上昇だ。
そんなアルヴィに珍しくウルリッカが薄らとだが微笑む。
「 ドーナツ、ありがと。あと、今日は格好良いね 」
それは永遠に映像付きで脳に刻み込める言葉だった。思わず感涙に咽び泣く。
「 シリル……僕、頑張ろうと思うよ 」
「 そのコトバ、忘れないでちょうだいね 」
シリルに釘を刺されるが、アルヴィの心はフワフワとしていてシリルの言葉は届いていなかった。
そんなアルヴィの脳裏に愛の日にリヤカーを引いていた長身の大道芸人の姿が浮かぶ。
大丈夫。シキはあんな格好をするような無害そうな少年じゃないか。
彼と友人になって遊んでいたって何の問題もない。
ウルリッカの言葉に喜びすぎて急にそう考えるようになって、先程までの殺人計画を脳内カヌル火山のマグマの中に沈めておく。
「 アル兄も食べるよね? 」
「 うん、勿論! 」
それから二人で仲良くアルヴィの買ってきたモビデのお土産フードを食べて。
更にウルリッカが夕飯も食べると言うから作ってあげて。
ウルリッカが帰った後も浮かれていたアルヴィはベッドに入って布団をかぶった瞬間に気付いた。
( あれ? シキ君って、確かマーシュさんのこと『 兄貴 』って呼んで親しかったような…… )
以前、たまたま食堂で見掛けた時にそんな光景を見たのだ。
そして、その兄貴と呼ばれるロード・マーシュは涼しい顔で
尾籠な言葉を吐き出す男である。(
大人の会話/燐花参照 )
( シキ君だって今は無害そうだけど、いつかはああなるのかもしれない )
そう考えると急に不安になって、まともに睡眠が取れなくなるアルヴィなのであった。
* * *
そんな眠気に満ちたアルヴィを迎えたのは何処かガッカリした顔のギャリーだった。
「 今日は普通に戻ってるね 」
「 ちょっと購入した服を配送にしたので間に合わなくて…… 」
「 ちょっと 」どころではなく「 ガッツリ 」購入しすぎた故の悲劇である。昨日のアルヴィの姿にギャリーは日頃「 磨けば絶対光るよな 」と思っていた自分のカンが当たっていたことを満足していただけに、いつも通りの“ ダサくてモサい ”アルヴィは見慣れているのに何だかガッカリする。
だからちょっと揶揄うつもりでそれを口にしたつもりだった。
「 昨日はデートだったりして 」
その瞬間、アルヴィの手から纏めていた領収書が滑り落ちて机の上に広がった。面白いくらい真っ赤な顔になるアルヴィに、逆にギャリーが驚く。
「 えっ!? 」
「 いや別にあれはデートではなくですね、たまたま会ってちょっとお茶をしただけといいますか…… 」
「 だ、だ、だ、誰と!? 結社の人!? 」
ギャリーの声によって経理部中の視線がアルヴィとギャリーへと集中していた。そんな騒ぎを起こしていては、この男が来ないはずはない。
「 煩いぞ、ギャリー! 何を叫んで…… 」
「 だってギルバート!! アルヴィがデートだったんだって!! 」
「 何!? 」
ギルバートの青い眼がアルヴィを射る。その眼に、崖際に追い詰められて命乞いする者のように必死に首を横に振って否定した。
「 ちちち違います! 僕はそんな事はしていません!! 」
「 だったら何だというんだ!? 」
「 吐けば楽になるって! 」
ギャーギャーと騒ぐ三人。
いつもなら
背景音楽として流す経理部の面々も、その騒ぎようは流石に我慢が出来ず。
「 ベネットさん、ファンさん、マルムフェさん。休憩してきてください!! 」
休憩という名目で経理部の部屋を追い出されることとなった。
* * *
休憩所でアルヴィはギャリーとギルバートに壁際に追い詰められていた。
この状況に高校の時に見知らぬ人達にカツアゲされそうになったことを思い出すアルヴィだったが、その時並に状況は宜しくない。
「 あれはデートではなくですね……たまたま本屋で会ったので勢いで一緒にお茶をしただけなんです 」
まずは状況を前置きをしておく。ギャリーは楽しそうに、ギルバートは何故か眉根を寄せてアルヴィを見ていた。
お願いだからベネットさん、これ以上機嫌が悪くならないでくださいね!
内心で祈りながらアルヴィは遂に相手の名前を口にした。
「 アンさんと、モビデで珈琲を飲みました…… 」
ギャリーとギルバートは知らない言語を聞いた人間のような顔をしてアルヴィを見ていた。やがて言葉を咀嚼し意味を理解し始めた時、ギャリーはそーっと隣のギルバートへと目線を向けた。アルヴィも恐る恐るギルバートを見る。
ギルバートは存外、普通の顔をしていた。
しかしギャリーから数テンポ遅れてから言葉の意味を理解したらしく、ぐわっと目を見開いた。
「 アルヴィ! 僕のことは名前で呼べと言っても呼ばないくせにアンのことは呼ぶんだな!? 」
「 え、ツッコむところそこ!? 」
ギャリーが思わず言うがギルバートはそれを無視してアルヴィを見ていた。アルヴィはアルヴィで、まさかそこをギルバートに言われると思わなかったのでそういう意味で驚くしかない。
「 あ、あの……申し訳ございませんでした……ぎ、ギルバートさん 」
名前で呼ぶと満足したのかギルバートの唇の端が上がった。
「 それでアンとは何を話したんだ? 」
「 えっと、その、彼女も本が好きだと言うので本の話を…… 」
そこからは完全にギルバートとアルヴィは取調室の刑事と犯人だった。モビデで頼んだメニューに始まり、本の題名や好きな作家の話、途中で飽きたギャリーが煙管を吸いに行ってしまうくらいには事細かに内容を聞かれた。
正直、疲れる。
しかし、それがギルバートのためだと思えば仕方の無いことだ。
仔細を話し終えた時、丁度一服を終えたギャリーが休憩所へと帰ってきた。
「 ……こんな所か。では仕事に戻るとしよう 」
それを丁度良いタイミングと看做したギルバートが呟く。
「 あー、俺もう少し…… 」
「 戻るぞ。ギャリー、アルヴィ 」
その声には有無を言わせぬ迫力があるような感じがあって。
「 はい 」
二人は揃って良い子のお返事をして大人しく経理部の部屋へと戻ったのであった。