薄明のカンテ - 時には優雅な休日を/べにざくろ
其れは、優雅エレガンス華麗ブリリアント休日ホリデー




アルヴィ・マルムフェの優雅な休日(前編)

 機械人形マス・サーキュらしい整った眉を吊り上げてシリルは主人マキールを睨みつけていた。一方の睨みつけられた主人マキールのアルヴィ・マルムフェは蛇に睨まれた蛙、鷹の前の雉、鼠の猫に会う……とにかく萎縮して恐怖で後ずさった。しかし彼等が今いるのはマルフィ結社の何の変哲もない独身者に与えられた広くはない部屋であり、すぐに壁が背中に触れてアルヴィの行動を阻んだ。
「 シ、シリル……どうしたの、そんな怖い顔して 」
「 それは自分の格好を良く見てから言ってくれないかしら? 」
 言われて視線を下に向けてみるが特に変わったことはない自分の休日お出掛け服だ。服に特に破けていることもなければ毛玉がついていることもなく何ら問題は見付けられなかったアルヴィは視線を上げて憤慨しているシリルを見つめた。
「 別に普通じゃないかな? 」
「 それを普通と看做したら機械人形マス・サーキュは普通の定義が分からなくなって壊れるわよ。現にワタシのプログラムが異常を示しているから言ってるの 」
 洋服等のオシャレをすることにやたらと特化している機械人形マス・サーキュ異常エラーを示しているのだから、どうやら自分の服装はおかしかったらしいとアルヴィは思う。しかし、思うものの改善策は自分では浮かびそうもなかった。
「 シリル。申し訳ないのだけど、服を選んでくれないかな……? 」
「 イヤ 」
 他ならぬ主人マキールの頼みだというのにシリルは首を縦には振らなかった。服装はダメ、でも直してもくれないという状況にアルヴィは眉を下げるしかない。
「 シリルさん、どうかお願い出来ませんでしょうか……? 」
「 ……だってアナタのクローゼットにワタシが良いと思う服なんて殆ど無いのだもの。それに電子世界ユレイル・イリュにも繋げないから最近の流行も抑えきれないし 」
「 分かった。電子世界ユレイル・イリュの件は僕にはどうにもできないけれどクローゼットの服に関しては出来る限り善処するから 」
 そう言うと、シリルがニンマリと笑って紙をアルヴィへと差し出してきた。紙を受け取って見てみると整った字で書かれたアルヴィの知らない単語が何個か並んでいる。
「 その洋服屋に行ってマネキン買いしてちょうだい 」
「 えっ、マネキンを買うの!? 」
「 バカね。マネキンが着ている服を全部買って来いって言ってるのよ 」
「 あ、そうなんだ…… 」
 一概にマネキン買いをしたところで必ずオシャレになれる訳ではないのだが、そこはシリルの腕の見せ所である。マネキン買いというオシャレっぽい単語( 決してオシャレでは無い )を覚えて感動しているアルヴィを無視して、シリルはダサくてモサい服ばかりのクローゼットからシリルの感性で「 まだマシ 」と判断される服を出した。
「 今のは脱いでコレを着て出掛けてね。もうっ、服を買いに行く為の服が無いっていうのはアナタのためにある言葉だと学習しちゃったじゃない! 」
「 ……はい。申し訳ございません 」
 謝罪をしたアルヴィは言われるがままに着替えなおしながら、シリルに疑問に思ったことを問い掛ける。
「 最初から、この服を出してくれれば良かったんじゃないの? 」
「 バカね 」
 本日、二度目のシリルからの「 バカね 」である。主人マキールに向かって馬鹿呼ばわりとは何事かとも思うが、これがシリルの性格設定なのでアルヴィは文句は言わないでおく。
「 まずは自分でやらなきゃ人間は学ばないでしょう? ワタシから与えられたモノだけで満足するなんて良くないわ 」
「 与えて満足するタイプかと思ってた 」
「 そんなコトないわ。ちゃんと自立を促すタイプよ、ワタシ。まぁ、今日は仕方ないから髪の毛を整えるのはやってアゲル 」
 言いながら着替え終えたアルヴィに座るように促して、シリルは今度はアルヴィの髪を整え始める。上手く切れないからという理由で長く、邪魔だからという理由で縛っている前髪もシリルの手にかかれば綺麗な真ん中分けになった。
「 ねぇ、シリル 」
 髪を整えて貰っている最中、アルヴィは頭を動かさないように気をつけながら先程のシリルから手渡された紙をシリルに見せる。
「 何かしら? 」
「 最初から今日、僕にこの服屋で買い物をさせようとしていたよね? そうでなければこんな紙、用意されているはずはないんだから 」
「 ソンナコトナイワヨー 」
「 へー、機械人形マス・サーキュも棒読みなんてするんだね 」
 そう言うとシリルに整えていた髪の毛をわざと引っ張られてアルヴィは「 痛ッ 」と声を上げる羽目になった。

 * * *

「 あ 」
 折角の休日、最終的にはシリルに身支度を整えられて外出しようとしていたアルヴィは寮を出たところで昨日の仕事の引継ぎに漏れている部分があることを思い出した。
 そのまま忘れたフリをして外出してしまっても相手への経費の入金が一日遅れるだけであるが、それは先方に悪いと思い直してアルヴィは足を経理部へと向ける。振込相手は調達ナリル班がなかなか頑張った交渉をして値段を引き下げてきた相手であるから――「 ボク達凄く頑張ったんだよ 」と可愛い女の子のような男の子テディが胸を張って請求書を持ってきたのは昨日のことだ――心証を悪くするのは良くないだろう。
 休日の外出といってもアルヴィにはシリルに命じられた服の購入と本屋の冷やかしくらいしかやることはない。時間はどうせ余るのだから経理部に行ったとしても何らロスは無かった。
「 あれ、アルヴィ? 」
 経理部に向かう廊下で同僚のギャリー・ファンに会うと、彼は焦茶色の目をしばたたいてアルヴィを見た。そんな彼にアルヴィは問いかける。
「 ファンさん……休憩ですか? 」
「 まぁ、そんなとこ 」
「 ベネットさんに怒られる前に戻って下さいね 」
 経理部同僚のギャリーとギルバート・ホレス・ベネットはアルヴィに『 ジャスパーとジンクス 』という猫と鼠のドタバタ劇短編アニメを彷彿とさせる関係だ。なお、ちょっとドジな猫のジャスパーがギルバートで悪戯好きの鼠のジンクスがギャリーである。もっとも身長的には逆なのだが立場的に見るならそうとしか言いようがない。
 アルヴィがギルバートの名前を出すとギャリーは女性的な整った顔を歪めた。その感じからすると朝もギャリーが寝坊でもしてギルバートに怒られた後なのだろう。( アルヴィは知らない事だが、それは見事に当たっていた )
「 はぁー……それにしても、今日は随分とやぶせってえ感がなく整えてんね 」
 気の乗らない返事をしたギャリーは、しれっと話題を変えた。
「 シリルに……あ、うちの機械人形マス・サーキュにやってもらったからですよ 」
「 毎日やってもらえばいいのに 」
 ギャリーの言葉にアルヴィは苦笑する。毎日シリルにやってもらうには服も足りないし、シリルは「 自分でやれ 」と厳しく指導してくることだろう。そんなことな毎朝続いたらアルヴィのストレスで痛みやすい胃がキリキリと痛んでしまう。
 それにシリルに言ったら怒られてしまうので決して言わないが、アルヴィにとって服とは進化の過程で毛皮を脱ぎ捨てた人類が自然環境に適応するための道具だ。服は文化面の歴史を紐解けば装飾や素材によって身分を明確にするものであるともいえるが、現在のカンテ国の身分制度ではそれは重視する部分ではないと考えられる。つまり何を着ていても人に咎められる必要は無いのだ。たとえファッション的にはダサくてモサくても!
「 まぁ、そうですね……シリルの気分次第ですけど 」
 それでも結局アルヴィは無難な答えをギャリーに返すだけにとどめた。
「 それより、ファンさん。此処で会ったのも何かの縁ということで一つ頼まれてくれませんか? 」
「 何を? 」
 面倒臭い事はお断りと顔に書いてあるようなギャリーにアルヴィは先程思い出した振込の件を告げる。振込を一件行うだけなら大した手間にはならないのでギャリーはアルヴィの頼みを快く引き受けてくれた。
「 それでは、お願いしますね。では 」
 頼みを聞いてくれたギャリーに感謝して頭を下げてからアルヴィは今度こそ外出に向けて歩き出したのであった。
 すぐに後ろから聞こえてきた「 見つけたぞ、ギャリー・ファン! 」という怒りに満ちたギルバートの声には聞こえないフリをして。

アルヴィ・マルムフェの優雅な休日(中編)

 服屋へ行ってシリルの指示に従って人生初のマネキン買いを終えたアルヴィは何だか楽しい気分になっていた。
 最初は恐る恐る店に入ってきた赤髪のアルヴィを営業スマイルを浮かべつつも訝し気な視線で見ていた店員だったが、彼がマネキンの着ていた服の値段も見ずに全部買うというと目の色が変わった。あれよあれよと言う間に試着室に連れ込まれ、マネキン買いする服のコーデに併せられる別の服も薦められたのだ。
「 お客様、とってもお似合いですー 」
 店員が誰にでも言う台詞を真に受けてアルヴィはそれ等も買った。
 当然、値段なんて見てもいない。支払いはクレジットカード決済であるから財布の中身と相談する必要もないし、今までろくに使っていないから貯金だけはあるからだ。
 幸いにして売りつけてきた店員の選んだ服も後々シリルに見せてもお眼鏡にかなう服ばかりでアルヴィは無駄な買い物をしなくて済んでいた。それというのも流行に流されない無難な服が多い店を選んだシリルの作戦勝ちである。
 店員のセールストークに乗せられるままポイントカードも作ったしメールマガジン的なもの( アルヴィも良く分かっていない )も登録して、アルヴィはすっかりショップ上級者気分だ。実際は、ただの葱を背負ったカモであるのだが、そのことには微塵も気付いていない。
 そんなカモネギ男アルヴィは浮かれた調子のまま、シリルから指示された店をどんどん制覇していく。購入した服が増えてきて持ち帰るのが面倒だと思っていると配送が出来ると店員から聞いてそれをお願いする。
「 よし、これで終わった 」
 シリルからのメモの店を完全制覇し、アルヴィは満足していた。荷物は全部配送してしまったので見た目には来た時と何ら変わりはないが充足感は凄い。
 そのままのテンションで本来の自分の買い物先に向かったアルヴィだが、すぐにそのテンションは落ちることになる。
 理由は至極簡単なもので欲しかった本が売っていなかったのである。新作では無いので、そういうこともあるとは予想していたが本当に無いと悲しいものは悲しい。出版社から取り寄せて貰う予約をしてアルヴィは本屋を後にしようとし――彼女を見付けて足を止めた。
 長い赤煉瓦ブリックレッドの髪をツインテールにした女性が何かを探して児童書のコーナーを歩いている。その横顔は機械マス班のアン・ファ・シンに他ならなかった。
 普段のアルヴィならば例え結社の人間を見掛けたところで声をかけることはないが今のアルヴィは違った。アンの元へ近付いていき、不審者にならないようになるべく堂々とした態度で彼女へと声をかける。
「 シンさん? 」
 しかし、振り返ったアンの目は完全に不審者を見る目だった。視線が上から下、下から上へと動き、声をかけてきた男が誰なのか探っている態度に、一応は会話をしたことがあるので気付いて貰えると思っていたアルヴィはガッカリしつつ警備員を呼ばれる前に弁明する。
「 経理部のアルヴィ・マルムフェです。先日、領収書の件で機械マス班にお邪魔した際にシンさんのお名前をお伺いしましたよね? 」
「 領収書……ヒルダの手形の時か? 」
「 ちょっと僕はヒルダさん? のお名前はお伺いしていないので自信ないですが、ラッカー薄め液の件でそちらへ行ったら女性から背中になかなか豪快な手形をいただきましたね 」
 そう言うとアンの中で合点がいったらしく不審者を見る目を止めたものの、警戒心の残る目でアルヴィを見つめてくる。
 しかし、その目はアルヴィにとって不快ではなかった。一度、職場で話しただけの人間に結社外で声をかけられたら何事かと思い警戒心は残るものだよなぁと勝手に納得していたからだ。
「 本が好きなもので。知っている方がいらっしゃったから、何を探しているのか気になって好奇心で声をかけさせて貰いました 」
 しかもアンがいるのは児童書コーナーという予想しなかった場所で余計にアルヴィの好奇心を刺激していた。そんな様子のアルヴィに邪な他意がないと判断したのか、アンの身体から少しだけ力が抜けて肩が下りた。
「 ブルーぼうや 」
 そんなアンの口から出てきた言葉に一瞬戸惑うアルヴィだが、すぐに思い当たる作品を思い出す。
 子ウサギの「 ブルーぼうや 」が主人公の全三巻刊行されている絵本だ。ブルーぼうやはストーリーの完成度の高さもさることながら、美しい色調で描かれた温もりある緻密な挿絵で有名な作品である。しかし。
「 確か、もう増版していないですよね…… 」
「 ンな事は分かッてンだ 」
「 そうですよね申し訳ありませんっ! 」
 咄嗟的に謝ってしまうアルヴィに呆れたような目を向けながらアンは更に口を開いた。
「 マジュが……うちのチビが一巻を欲しがってンだ。無いと分かっても本屋に来ると、もしかしたらッて見ちまうンだよ 」
 マジュ。うちのチビ。
 その言い方でアルヴィはアンに年の離れた妹でもいるのだろうと勝手に判断した。それは自分に年の離れた妹がいるから、同族意識を持ちたかったからなのかもしれない。
「 優しいお姉さんなんですね 」
 アルヴィの言葉にアンは何も答えず、児童書の並ぶ棚を見つめていた。それはアンがマジュの姉ではなく親だからである。しかし、アンがそれをほぼ初対面のアルヴィに言うのもはばかられたからだ。
 そんなアンの沈黙も、照れているのかもしれないとアルヴィらしからぬポジディブな捉え方をして受け取って一緒に本棚を眺めた。眺めてはみるものの、やはり「 ブルーぼうや 」シリーズはどれも無さそうだ。
「 ミサキが言うように後は古書店か古物商当たるしかねェか 」
 アンが悔しそうに呟く。それはアルヴィに聞かせると言うよりは独り言のようだった。
「 ミサキさんって、あの汚染駆除ズギサ・ルノース班の? 」
 しかしアルヴィは思わず聞いてしまう。
 随分と年若いのに汚染駆除ズギサ・ルノース班で働くミサキという少女のことをアルヴィは一方的に知っていた。全体的に色素が薄い色を纏った小柄な少女は居るだけで目立つ。アルヴィやアンの赤毛が忌み嫌われたり嘲笑の対象になるように、彼女も容姿で苦労していることだろう。
 もしかしたらアンとミサキは容姿で苦労している女の子同士ということで仲が良いのだろうか、とアルヴィは思うがそれはあっさりとアンの次の言葉で否定される。
汚染駆除ズギサ・ルノース班のミサキは……まぁ、同郷みてェなモンでなァ 」
「 そうなんですか。ちなみに地元はどちらなんですか? 」
 会話の流れで思わず聞いてしまっただけだった。
 しかし、アンが泣いているようにも笑っているようにも見えるような形容しがたい妙な表情をしたのを見て自分が失言をしたことに気付いた。住んでいた場所を聞くだけでそんな表情を見せる地域といえばミクリカかケンズに決まっている。どちらともギロク博士のテロによって壊滅した地域だ。
「 岸壁街 」
 アルヴィの予想よりも更に悪く、アンが口にした地名はミクリカの中でも治安の悪い場所と名高い貧民街の名だった。そこの出身となればアンやミサキ、それにマジュに向けられる偏見の目は多いことだろう。人間というのは大多数が属する“ 普通 ”のコミュニティに属さない人間に対して好奇と侮蔑の目を向けてしまう生き物だから。
「 ……軽率に聞いてしまって申し訳ありませんでした 」
「 別に隠してる訳じゃねェしな。機械マス班の人間なら全員知ってることだ 」
 そう言ってアンは薄く笑う。アルヴィを笑うというよりは自分の育ってきた環境を嘲笑うかのように。
 一気に空気が重くなってしまった。
 しかし、ここは児童書コーナー。子供達が楽しそうに本を見ている中で思い空気を纏って大人が突っ立っている訳にはいかない。アルヴィは意を決して口を開いた。
「 あのっ…… 」

アルヴィ・マルムフェの優雅な休日(モビデ編)

 フォーヒアリストレットベンティツーパーセントアドエクストラソイエクストラチョコレートエクストラホワイトモカエクストラバニラエクストラキャラメルエクストラヘーゼルナッツエクストラクラシックエクストラチャイエクストラチョコレートソースエクストラキャラメルソースエクストラパウダーエクストラチョコレートチップエクストラローストエクストラアイスエクストラホイップエクストラトッピングダークモカチップクリームフラップッチーノ。
 児童書コーナーでアンと気まずい空気になったアルヴィは、アンをお茶へと誘っていた。正直、彼女が来てくれるかどうかは五分五分だったが、アルヴィの必死さにドン引きしたのか憐れんだのかアンは付いてきてくれたので、アルヴィは人生一度は入ってみたかったコーヒーチェーン店――モビーディックスに足を踏み入れていた。モビーディックス・コーヒー――略称、モビデは店がお洒落すぎて普段は近寄りがたかったが今日はシリルにコーディネートされた姿であるし、アンがいるので何も怖くなかった。
 そして前述のカスタム呪文電子世界ユレイル・イリュで勉強してきていたので唱えてみたかったのだが、それはやんわりとアンに止められたので大人しく普通に珈琲を頼むことにした。でも、ホイップ追加だけはしてみたあたり諦めの悪い男である。
 ちなみに初来店にはオーダーが難しいと言われるモビデだが、その辺は勉強だけは得意な男であるアルヴィ・マルムフェ。しっかりと動画サイト等で予習済みなので初来店のくせに滑らかな注文をこなしてみせていた。
「 はい、シンさん 」
 ブレべミルクにホワイトモカシロップを加えた今シーズン限定のティーティラミスフラップッチーノをアンに渡すと物凄く遠慮した空気を発されるが、買ってしまったからには笑顔で押し切って無理矢理渡そうとする。しかし、あまりにもアンが遠慮するものだからアルヴィは自分が乙女心を分かっていなかったのではないかと思い直した。
「 シンさん、もしかしてリストレットベンティツーパーセントアドエクストラソイエクストラチョコレートエクストラホワイトモカエクストラバニラエクストラキャラメルエクストラヘーゼルナッツエクストラクラシックエクストラチャイエクストラチョコレートソースエクストラキャラメルソースエクストラパウダーエクストラチョコレートチップエクストラローストエクストラアイスエクストラホイップエクストラトッピングダークモカチップクリームフラップッチーノの方が良かったですか……? 」
「 ンな訳分かンねェモンはいらねェよ…… 」
 ツッコむことに疲れたアンはティーティラミスフラップッチーノを受け取った。疲れた身体に甘みが染み渡る。
 お洒落なジャズがBGMに流れる、これまたお洒落な雰囲気漂う店の端のあまり目立たない席でアルヴィとアンは大人しくドリンクを啜った。やがて雰囲気がお洒落な店でお洒落な飲み物を飲んでいると、自分もお洒落になったような気分になってアルヴィのテンションが上がってくる。
「 ……そういえばシンさん、何の本を読まれるんですか? 」
 児童書コーナーでアルヴィがアンに会った時、アンの手には購入予定と思しき本があった。そんなことから好奇心で聞いただけなのだが、アンは自嘲めいた笑みを浮かべてフラップッチーノ特有の太いストローから口を放した。
「 あーしなんかが本を読むのは変ってことか? 」
「 えっ、いえいえっ! 単なる僕の好奇心で聞いてみただけで、シンさんが仰るような意図は微塵も無いです 」
 女性とマトモに会話をした事の無いアルヴィはアンの返答に面白いくらいに慌てた。そんな慌てふためくアルヴィの態度に、彼には本当に悪い意図は無かったのだと気付いたアンの警戒心がほんの少し解ける。
「 ……今は実用書とか料理本が多いな。マジュに色々と食べさせてやりてェんだ 」
「 なるほど、料理ですか。必要な栄養素が確保できれば何でも良いって人もいますけど、やはり料理ってそういうものでは無いですもんね。僕の友人の……総務部の人なんですけど、彼も幼い娘さんの為に飾り方とか色々工夫してるみたいですし 」
 アルヴィの言う「 必要な栄養素が確保できれば何でも良いって人 」にミサキを思い浮かべてアンは微笑む。尤も彼女に至っては料理を必要とせず食事を栄養補助食品等に頼りきりかねないので、アンがお裾分けの名目で食事をとらせている状況でもあるのだが。
 そんなミサキのことを考えて少し表情が柔らかくなったアンを見て、アルヴィはとりあえず本の会話なら和やかに続けられそうだと力の入っていた肩を撫で下ろす。
「 ンなこと言ってる、そっちは何買ったンだ? 」
「 今日は欲しかった本が売ってなかったので予約に。南アヴルーパにトレベーネという国があるのですが、昨年トレベーネの中でも最も活火山として名高い…… 」
 オタクという生き物は得意分野になると饒舌になる生き物である。
 そしてアルヴィは火山オタクである。
 アンにとっては先程の「 リストなんとか 」という飲み物の名前と同じ位訳の分からないことをアルヴィはスラスラと口にしていた。だからアンに出来たのはフラップッチーノで糖分を補給しながら適当に頷くことくらいだ。
「 ……という雑誌が欲しかったので取り寄せてもらうことにしたんです 」
「 そうか 」
 最後は、もうそんな相槌を打つことしかアンには出来なかった。しかし自分の好きなジャンルの話を人にすることが出来て満足しているアルヴィは気分を害した様子も見せず、コーヒーを一口飲んでから更に言葉を続けた。
「 あとは小説も良く読みます。リーヴル・ルヴランとか 」
 リーヴル・ルヴランといえば「 イヤミスのおすすめ 」に必ず名前の上がる作家だ。どちらかといえば女性で好む人間が多いといわれる読後、イヤな気持ちになるミステリーイヤミスを男性が好むことが意外でアンは思わずアルヴィを見つめた。
「 確かにイヤミス作家は女性の方が多いですし、男の僕が好むのは珍しいみたいですよね。シンさんはお好きですか? 」
「 いや、あーしはそもそもミステリーはあまり好きじゃねェんだ 」
「 そうなんですね。それならどんなジャンルが好きですか? 」
「 あーしは…… 」
 そこからは話が盛り上がった。アルヴィもアンも共に読書を好む人種であり、共に読んだことのある本では感想に盛り上がることができたし、知らない本があればお互いに次は相手にそれを読ませようとプレゼンに励む。

「 経済系なら『 ジュラルミンケース 』は読まれました? 」
「 ロル重工創始者の史実を基にとは言うが……あの事件はねェな 」
「 ああ! 創業当初のあの話の所ですね。僕もあそこはフィクション臭が強すぎると思うんですよ 」

「 あーしとしては『 矢毒と盾と 』も鉄板だが面白ェ 」
「 映像化した作品も素晴らしいですが、歴史を学ぶ点ではやはり原作の本が良いですよね 」
「 映像の方は見てねェが何か違うのか? 」
「 えーっと、映像と原作の相違点としましては…… 」

 生まれも育ちも違うアルヴィとアンだが、本人たちは知らないことだが読書によって孤独を埋めて育ってきたという共通点があった。そのため、互いの琴線に触れる作品は同じものが多く、読書トークに終わりは見えなかった。
「 っと、そろそろ帰らねェと 」
 散々語り尽くしたところでアンが時計を見て帰宅しなければならない時間になっていることに気付く。早く帰って留守番をしてくれているミサキとマジュに夕ご飯を作ってやらねばならない。
「 ついつい話し込んでしまって……本当、申し訳ないです 」
 アンの言葉に現実を思い出したアルヴィは相手の都合も考えないで話し続けてしまった自分へ嫌悪の情を抱きながら、恐縮してアンに軽く頭を下げた。
「 構わねェよ。あーしだって時間を見てねェ訳だし 」
 言いながら2人揃って空になったカップをゴミ箱へと捨てて店を出る。
「 あ、あのっ…… 」
 店を出たところでアルヴィがアンへと声をかけた。手に大きなモビーディックス・コーヒーの紙袋を二つ持っていたアルヴィは一つをアンへと差し出すが、差し出される意味が分からなくてアンは怪訝な顔をするしかない。
「 あの、モビデのフードも買ってみたくて沢山買ったので……その、えっと、マジュちゃんとミサキちゃんへのお土産にして下さい 」
「 お、おぅ、悪りィな 」
 アンは「 施しか? 」と喉まで出かかった言葉を飲み込んで大人しくアルヴィから紙袋を受け取った。受け取ってみると紙袋は二重になっているし思った以上に重さがあったことに驚いたが、渡してくれた本人の前で受け取って中身をじっくり見る訳にもいかない。しかし、チラリと見えた量は結構あったように見える。
「 あの、うちの妹が……前線駆除リンツ・ルノース班にいるんですけど、その妹が結構良く食べる子で……僕は女の子って皆それくらい食べるものだと思ってるんですが、あ! もしかして足りなかったですか!? 」
「 ンな訳ねェだろ。多過ぎるくらいだ 」
 的確にアンがツッコミを入れると面白いくらいにアルヴィは困ったような顔をした。アルヴィは本当にそれが適量だと思っていたからだ。女の子って難しい。
「 本当に申し訳ないです……多過ぎるなら機械マス班にお裾分けしてください…… 」
 落胆した様子のアルヴィに多いからといって少し返す訳にもいかなくなったアンは、アルヴィの言う通り機械マス班で分けようと決めた。明日、機械マス班へ行ったらヒルダかロザリーに渡して上手く分けてもらおう、と思う。
「 何か本当に悪りィな 」
「 いえ、僕なんかに付き合ってくれてありがとうございました 」
 アルヴィはそう言って頭を下げた。なんてったって無理矢理お茶に誘った挙句に何時間もアンをモビデに拘束してしまった。ドリンクとフードだけでは彼女は割に合わないのではないか。これは追加でお金も払うべきだろうか。一時間幾らだ? 最低賃金で良いのか? こういう場合の相場は幾らなんだ?
「 いや、あーしも楽しかった 」
 一瞬、援助交際の親父になりかけていたアルヴィだったが、アンがそう言って微かに笑った姿に見惚れた後、意識が正常に戻った。
 成程。これがベネットさんが恋をしたアン・ファ・シンか。
 清楚で慎ましやかで乙女らしくて白いワンピースと麦わら帽子とお花畑と青空が似合いそうなアン・ファ・シンではないけれど、確かに彼女は魅力的な女性だと思う。少しだけギルバートの気持ちが分かったような気がしてアルヴィは嬉しくなった。
「 なぁ、アンタはまだ帰らねェのか? 」
「 え? 」
「 帰るなら方向は一緒だろ? 」
 確かに方向は一緒だ。
 しかし、アンの言葉にアルヴィは大仰なくらい驚いてみせた。
「 えっ、一緒に帰っていいんですか!? 」
 帰り道まで一緒にいたらアンに迷惑かと思って此処で解散するつもりでいたのだが、アンはそうではなかったらしい。それならばとアルヴィはモビデの紙袋は結社まで自分が持つと言ったのだが、それはアンに固く拒否をされてしまった。
 こうして二人は結社に向かって帰路に着く。
 家に着くまでが休日だ。

アルヴィ・マルムフェの優雅な休日(後編)

 帰り道。
 アンの言葉に、アルヴィは耳を疑った。
「 シンさん。今、何ておっしゃいました……? 」
「 敬語はいらねェし、あーしの事はアンでいい。その呼ばれ方は慣れてねェんだ 」
「 ぜ、善処します 」
 と言いながらもアルヴィからは丁寧語が抜けないでいた。自分が主人マキールとなった機械人形マス・サーキュのシリルや、妹のウルリッカをはじめとした家族相手には気軽に話すことが出来るアルヴィだったが、他の人間に対してとなるととても難しいのだ。
「 この話し方が僕にとっての処世術で……ほら、何かあると直ぐに赤髪だって馬鹿にしてくる人っていたりするじゃないですか。そんな人達に反感買わないようにしてたら、すっかりこの言葉遣いが抜けなくなってしまったんですよね 」
 アルヴィの言葉に同じ赤髪としてアンも思うところがあるのか「 無理強いはしねェよ 」と返すのみに留めてくれた。その優しさに目を細めつつアルヴィなりに歩み寄ることにする。
「 で、でもお名前だけは、あ、ああ、ああああ……アンさんって呼ばせて貰いますね 」
「 『 あ 』が多いな 」
「 き、緊張してるんですよ。それ位は大目に見て下さい 」
 読書という共通の趣味を持つ者同士なのだからか、はたまた同じ赤毛同士だからなのか。アルヴィとアンの会話はそれなりに穏やかに続いていた。
「 あ! マジュちゃんのおねーさん!……と、アルおにーさん? 」
 その時、二人の間に流れる穏やかな空気に割って入ってきたのは明るく元気な幼い少女の声だった。小さな影がこちらに走ってくると思えば、それはアルヴィもアンも見知った保育部の少女だった。
「 リリアナちゃん? こんばんは 」
「 こんばんは 」
 ニコリと微笑んだちょっとおしゃまなリリアナはアルヴィとアンの顔を交互に見てから「 デート? 」と問い掛けてくる。
「 えっ、いやっ、そのっ…… 」
「 たまたまそこで会ッただけた 」
 顔を髪と同じく真っ赤にしてしどろもどろになるアルヴィとは正反対に落ち着き払った態度でアンがリリアナに答えた。
 普通の園児ならばそれで「 そうなんだぁ 」で終わりだっただろう。しかし、リリアナは目ざとかった。
「 ふーん……同じ紙袋を持っているのに? 」
 言わずもがな。モビーディックス・コーヒーの紙袋である。
 言い訳は難しいと判断したアルヴィはリリアナの目線に合うように屈むと、自分の紙袋から数点の袋に入ったクッキーを取り出してリリアナに差し出す。
「 おじさんがいっぱい買ったからアンお姉さんにあげたところなんだよ。リリアナちゃんにもプレゼントするね 」
 必殺・子供はお菓子で懐柔するに限る!である。
 モビデのお洒落感に大人を感じて日々胸をときめかせている( でも珈琲は飲めない )リリアナにとって、モビデのクッキーは効果覿面てきめんだった。彼女は子供らしく目を輝かせてアルヴィからクッキーを受け取る。
「 ありがとう! ……ッ! ありがたく貰ってあげるわ! 」
 キラキラの瞳でお礼を言ってしまってから大人の態度ではないと気付いたリリアナが精一杯の虚勢を張って礼を言い直すのを、アルヴィもアンも微笑ましい目で見つめた。大人が言うと腹の立つ言い回しだが、それを小さな女の子が言うと可愛く聞こえてくるのだから不思議なものである。
 そこへようやく保護者がやってきたので、アルヴィは立ち上がってリリアナの保護者を見つめて声をかけた。彼はアルヴィの数少ない貴重な貴重な友人だ。
「 シュミットさん、こんばんは 」
「 やはりマルムフェと……マジュちゃんの保護者さんか。珍しい組み合わせだな 」
 やってきたリリアナの保護者ことリアム・シュミットはそう言ってリリアナと同じようにアルヴィとアンを見た。そんなリアムに向かってリリアナがはしゃいだ様子でクッキーを見せながら報告する。
「 たまたまそこで会っただけなんですって。ねぇ、パパ。アルおにーさんにクッキー貰ったの 」
「 良かったな、リリ。ちゃんとお礼は言ったか? 」
「 もちろんよ! 」
 胸を張る娘の頭を撫でつつアルヴィに改めて礼を告げて、それからリアムはアンへと目線を移した。
「 いつも娘がマジュちゃんにお世話になっております 」
「 お、おぅ…… 」
 アルヴィといいリアムといい今日のアンはやたらと年上の男性に頭を下げられることが多く調子を狂わされる一日だ。
「 こんな時間にどちらへ行かれるんですか? 」
「 今日はタマゴがとくばい・・・・なのよー! 」
 アルヴィはリアムに問いかけたのだが、何故か自信満々にリリアナが答えた。答えているわりには「 特売 」の意味はいまいち分かっていないような様子が微笑ましい。
「 金曜日はデラックスで卵が安くてな。尤も、この時間で買えるかは微妙なところなんだが 」
 補足をするように口を開くリアム。どちらかというと冷淡で家庭的な顔をしていないリアムから特売の話が出てくると違和感が凄いが、なるべくその違和感には目を瞑ってアルヴィもアンも「 あー、そうなんだー 」とばかりの返事をする。というか、それしか言えない。
 しかもそんなリアムがリリアナから受け取ったアルヴィのあげたモビデのクッキーを、ポケットから取り出したエコバッグに入れている様は完全に違和感の塊だった。何故ならエコバッグは幼稚園女児が喜びそうな可愛らしいキャラクターがプリントされたものだったからだ。
「 あ 」
 エコバックを見てアンが思わずといった風に声を上げる。そんなアンの声にリアムが苦笑を浮かべた。
「 マジュちゃんが持っているのを見てリリが欲しがって、慌ててコンビニへ走りました 」
 それはコンビニで対象商品のお菓子を二個買うと貰えるエコバッグだった。たまたまキャンペーン開始日にアンとマジュはコンビニを訪れていたので手に入れることが出来たのだ。そして確かに次の日にマジュは保育部にそれを持って行っていた。それをリリアナは見たのだろう。
「 だってかわいかったんだもん。カヤちゃんも持ってたし…… 」
 子供は隣の芝がとっても青く見える生き物である。
「 マジュといつも仲良くしてくれてありがとうなァ 」
「 うん! マジュちゃんはとっても元気で大好きよ! 」
 そんなリリアナに優しく声をかけるアンを横目で見て、彼女は言い方がキツかったり目付きが悪かったりもするけれど、根は本当に優しい女性なんだろうなぁとアルヴィは思う。
 そういうところにギルバートは惚れたのだろうか。
 いわゆる恋バナというものをすることに憧れていたアルヴィは今度ギルバートに聞いてみようかとも考えながらアンを見つめていたのだった。

アルヴィ・マルムフェの優雅じゃない出勤日

 眠い。
 休み明けとは思えない疲れた心でアルヴィは出勤していた。
 結社に帰ってアンと別れたアルヴィは部屋に帰ってシリルに購入した服の報告をしつつ、シリルに妹のウルリッカを呼び出して貰った。自分で呼べばいいのだが、アルヴィでは電話に出てもくれないので( ようやく最近電話番号を交換したのだ! )仕方なくシリルを通しての連絡である。
「 ウルちゃーん。モビデのお菓子がいっぱいあるわよー! 食べにいらっしゃい? 」
 集落コタンにはないお洒落コーヒーチェーン店の名前を言ってもウルリッカには通じないかと思っていたが、ウルリッカはあっさりと来た。
「 ウル。モビデ知ってたんだね 」
 失礼かとも思いつつモビデのシュガードーナツを黙々と食べ始めたウルリッカに問いかけると、彼女は一つ目をあっという間に完食した後に平然とした顔で答えた。
「 シキに連れてってもらったから 」
 そう言って二つ目に手を伸ばして食べ始める。一個286キロカロリーのドーナツもウルリッカにかかれば、ただの駄菓子感覚だ。
「 あらー、シキって調達ナリル班の背の大っきい子よね。ウルちゃんったらデートなんてやるじゃない 」
 ウルリッカの座る前のテーブルにカフェオレを置きながらシリルが茶化して笑う。しかし、そんな姿もアルヴィの目には何故か霞んで見えるようだった。
 シキ。調達ナリル班。
 可愛い妹にたかる虫は早々にってしまわねば。
 以前、シリルにウルリッカが恋をしたらと問いかけられた時に物分かりの良い兄らしく「 僕はウルが選んだなら……多少の不満があったとしても文句は言わないよ 」と言っていたアルヴィだったが現実にそれらしき男が登場してくると、やはり話は違った。
 昔使っていた猟銃は、マルフィ結社に来る前の機械人形マス・サーキュとの戦闘で崖下に落として紛失してしまったから新しい銃が必要だ。まさか調達ナリル班に調達してもらう訳にもいかないから、前線駆除リンツ・ルノース班のヘレナ・マシマに銃が売っているところを聞いてみようか。アルヴィは物騒なことを考える。
「 別にデートじゃない 」
 シュガードーナツを三個お腹に入れて一旦は落ち着いたウルリッカがカフェオレを飲みながら言う。
「 行ったことないって言ったら連れてってくれただけ。ねぇ、お兄ちゃん 」
「 何だい!? 」
 滅多にないウルリッカからの「 お兄ちゃん 」呼びにミステリー小説の犯人も真っ青の殺人計画を練っていたアルヴィのテンションは急上昇だ。
 そんなアルヴィに珍しくウルリッカが薄らとだが微笑む。
「 ドーナツ、ありがと。あと、今日は格好良いね 」
 それは永遠に映像付きで脳に刻み込める言葉だった。思わず感涙に咽び泣く。
「 シリル……僕、頑張ろうと思うよ 」
「 そのコトバ、忘れないでちょうだいね 」
 シリルに釘を刺されるが、アルヴィの心はフワフワとしていてシリルの言葉は届いていなかった。
 そんなアルヴィの脳裏に愛の日にリヤカーを引いていた長身の大道芸人の姿が浮かぶ。
 大丈夫。シキはあんな格好をするような無害そうな少年じゃないか。
 彼と友人になって遊んでいたって何の問題もない。
 ウルリッカの言葉に喜びすぎて急にそう考えるようになって、先程までの殺人計画を脳内カヌル火山のマグマの中に沈めておく。
「 アル兄も食べるよね? 」
「 うん、勿論! 」
 それから二人で仲良くアルヴィの買ってきたモビデのお土産フードを食べて。
 更にウルリッカが夕飯も食べると言うから作ってあげて。
 ウルリッカが帰った後も浮かれていたアルヴィはベッドに入って布団をかぶった瞬間に気付いた。
( あれ? シキ君って、確かマーシュさんのこと『 兄貴 』って呼んで親しかったような…… )
 以前、たまたま食堂で見掛けた時にそんな光景を見たのだ。
 そして、その兄貴と呼ばれるロード・マーシュは涼しい顔で尾籠びろうな言葉を吐き出す男である。( 大人の会話/燐花参照 )
( シキ君だって今は無害そうだけど、いつかはああなるのかもしれない )
 そう考えると急に不安になって、まともに睡眠が取れなくなるアルヴィなのであった。

 * * *

 そんな眠気に満ちたアルヴィを迎えたのは何処かガッカリした顔のギャリーだった。
「 今日は普通に戻ってるね 」
「 ちょっと購入した服を配送にしたので間に合わなくて…… 」
 「 ちょっと 」どころではなく「 ガッツリ 」購入しすぎた故の悲劇である。昨日のアルヴィの姿にギャリーは日頃「 磨けば絶対光るよな 」と思っていた自分のカンが当たっていたことを満足していただけに、いつも通りの“ ダサくてモサい ”アルヴィは見慣れているのに何だかガッカリする。
 だからちょっと揶揄うつもりでそれを口にしたつもりだった。
「 昨日はデートだったりして 」
 その瞬間、アルヴィの手から纏めていた領収書が滑り落ちて机の上に広がった。面白いくらい真っ赤な顔になるアルヴィに、逆にギャリーが驚く。
「 えっ!? 」
「 いや別にあれはデートではなくですね、たまたま会ってちょっとお茶をしただけといいますか…… 」
「 だ、だ、だ、誰と!? 結社の人!? 」
 ギャリーの声によって経理部中の視線がアルヴィとギャリーへと集中していた。そんな騒ぎを起こしていては、この男が来ないはずはない。
「 煩いぞ、ギャリー! 何を叫んで…… 」
「 だってギルバート!! アルヴィがデートだったんだって!! 」
「 何!? 」
 ギルバートの青い眼がアルヴィを射る。その眼に、崖際に追い詰められて命乞いする者のように必死に首を横に振って否定した。
「 ちちち違います! 僕はそんな事はしていません!! 」
「 だったら何だというんだ!? 」
「 吐けば楽になるって! 」
 ギャーギャーと騒ぐ三人。
 いつもなら背景音楽バックグラウンドミュージックとして流す経理部の面々も、その騒ぎようは流石に我慢が出来ず。
「 ベネットさん、ファンさん、マルムフェさん。休憩してきてください!! 」
 休憩という名目で経理部の部屋を追い出されることとなった。

 * * *

 休憩所でアルヴィはギャリーとギルバートに壁際に追い詰められていた。
 この状況に高校の時に見知らぬ人達にカツアゲされそうになったことを思い出すアルヴィだったが、その時並に状況は宜しくない。
「 あれはデートではなくですね……たまたま本屋で会ったので勢いで一緒にお茶をしただけなんです 」
 まずは状況を前置きをしておく。ギャリーは楽しそうに、ギルバートは何故か眉根を寄せてアルヴィを見ていた。
 お願いだからベネットさん、これ以上機嫌が悪くならないでくださいね!
 内心で祈りながらアルヴィは遂に相手の名前を口にした。
「 アンさんと、モビデで珈琲を飲みました…… 」
 ギャリーとギルバートは知らない言語を聞いた人間のような顔をしてアルヴィを見ていた。やがて言葉を咀嚼し意味を理解し始めた時、ギャリーはそーっと隣のギルバートへと目線を向けた。アルヴィも恐る恐るギルバートを見る。
 ギルバートは存外、普通の顔をしていた。
 しかしギャリーから数テンポ遅れてから言葉の意味を理解したらしく、ぐわっと目を見開いた。
「 アルヴィ! 僕のことは名前で呼べと言っても呼ばないくせにアンのことは呼ぶんだな!? 」
「 え、ツッコむところそこ!? 」
 ギャリーが思わず言うがギルバートはそれを無視してアルヴィを見ていた。アルヴィはアルヴィで、まさかそこをギルバートに言われると思わなかったのでそういう意味で驚くしかない。
「 あ、あの……申し訳ございませんでした……ぎ、ギルバートさん 」
 名前で呼ぶと満足したのかギルバートの唇の端が上がった。
「 それでアンとは何を話したんだ? 」
「 えっと、その、彼女も本が好きだと言うので本の話を…… 」
 そこからは完全にギルバートとアルヴィは取調室の刑事と犯人だった。モビデで頼んだメニューに始まり、本の題名や好きな作家の話、途中で飽きたギャリーが煙管を吸いに行ってしまうくらいには事細かに内容を聞かれた。
 正直、疲れる。
 しかし、それがギルバートのためだと思えば仕方の無いことだ。
 仔細を話し終えた時、丁度一服を終えたギャリーが休憩所へと帰ってきた。
「 ……こんな所か。では仕事に戻るとしよう 」
 それを丁度良いタイミングと看做したギルバートが呟く。
「 あー、俺もう少し…… 」
「 戻るぞ。ギャリー、アルヴィ 」
 その声には有無を言わせぬ迫力があるような感じがあって。
「 はい 」
 二人は揃って良い子のお返事をして大人しく経理部の部屋へと戻ったのであった。