薄明のカンテ - 思い出/燐花
俺はボディーガードとして登録された。主人からは「破損してなんぼ」だと言われた。俺自身、退屈な毎日より主人の盾になって刀を振るった方が飽きずに済む。縁起でも無えけどな。
ネットワークを繋ぐ事も許されず、他の機械人形とデータの共有が出来ない。それをすると情が移るかららしいが、何と言うか、寂しいものだ。
だったら会話をたくさんしよう、と言ったのはウェンズデーだった。
俺の登録名はB.G-02。 事実上名無しに等しい。01は、 主人が余興と称した気紛れによって俺に壊された。そんな俺に「髪の色が緑だから」と、色から取って「アサギ」と名付けた彼女。気恥ずかしくてまともに顔なんざ見ちゃいられなかった。

主人が商談からの帰りに元部下の男に襲われた。 主人もなかなか悪どい事やってるからな。俺はその男を半殺しにしたのだが、代わりに男を主人と慕っている機械人形に不意打ちを食らった。
不意打ちに特に驚きはない。強いて言うなら、泣く程誰かを慕うと言う気持ちが理解出来なくて、それに驚いた。破損した頬を携えて屋敷に戻ると、ウェンズデーはいきなり泣きながらガーゼを当てた。人間じゃないからガーゼなんざしなくても良いんだが。

「…何で怪我もして無えお前が泣くんだよ」
「だ、だって…っ!アサ…ギ…ほっぺが…!」
「落ち着けって、修理に出せばすぐ直るだろ?泣くなよ…俺が泣かしてるみてえだ」
「そういう問題じゃないもん!アサギが怪我したら私が悲しいのッ!だからアサギに泣かされる様なもんっ!」
俺は目を丸くした。ウェンズデーにとって俺の破損は泣く程なのか?そう思ったら、よく分からない気持ちが込み上げてきて気付いたら俺はウェンズデーの頭を撫でていた。
「え…?」
「あ、悪ィ…」
「…ううん、もっとやって。もっとしてよ、アサギ…」
頬を赤く染めた彼女。 髪の色と同じように、 頬も唇も、桃色にした彼女にそう望まれ…―――

「いや、止めとく…」
「へ?」
「だってお前すげえ赤いぜ?爆発しそうだし近距離で爆発は…」
そう言うとウェンズデーは殊更頬を赤く染め、
「アサギの馬鹿!鈍感!そう言うんじゃ無いんだってば!もうっ!」
そう言って怒りながら屋敷に戻って行った。
とは言っても、何だかウェンズデー爆発しそうだったし。
―――と言うのはまあ、 建前で。
本音を言うと、俺も触れていたかった。だけど、この気持ちが何だか分からなくて、彼女の望みを聞いてやれなかった。

ウェンズデーは、「愛玩用」。それが何を意味するかは知っている。だから時折胸がモヤモヤする。俺はネットワークに繋いで無いからAIの学習速度も遅く、この気持ちは分からなかった。
ただ、時折目が眩む程彼女が眩しく見えて、何気ない仕草に胸が高鳴って、そして苦しいくらい彼女を求めたくなる時がある。
彼女をこの破壊のみを望まれた腕で掻き抱きたくなる。捕まえたくなる、触れたくなる。

彼女の涙を見ていて、俺は密かにそう思った。
その奥底にある「気持ち」には気付けぬまま。


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