「はいもしもし…ああ、それ新しいの買わなくて良いです、在庫はクローゼットの引き出しに入ってます。はい、そこ在庫入れに使ってたんですよ。え?説明書を見ても分からない?え?説明書が読めない?あーもう、読んであげますから写真撮って送ってくれます?」
「兄貴ー…腹減った…」
「はいはい!今作ってますからもう少し待ってなさい!…え!?写真の撮り方が分からない!?先ずはカメラを起動させて…」
「兄貴ー」
「はいはいお前は少し待ちなさい!」
塔を出て数日。ロードは非常に忙しい日々を過ごしていた。付いてきたカメレオン、もとい実は人間だったシキ。彼が中々大食らいなので時間ごとにしっかり料理を作らねばならない。そして塔に置いて来たお母様。思いの外あっさり外に出してくれたが、想像以上に機械音痴だったらしく連日端末がヘルプの音を奏でる。ああ、そうこうしている内にあの彼女はどんどん先に進んでしまうだろう。ああ、早くあのカヌル山に埋もれたいのに…。
「あーにーきー…」
「はいはい待ちなさい。後は火が通るのを待つだけですから」
出来上がった料理を二人で黙々と食べる。しかしそろそろ新しい街に着いて良い頃な気がするのに中々辿り着けない。食材も永遠には保たないし、そもそも予想外にシキが食べるタイプなので無くなるのも早そうだ。何とかせねばと前を向くと、看板が見えた。
「お…?この先に街があるそうですよ?やっとベッドで寝れますねぇ」
「マジか」
「…お前の体が乗るベッドがあると良いんですが」
看板の向けられる方向へ歩みを進めていく。しかし、予想に反し街の活気は失われていく。これにはロードもシキも呆気に取られた。
「ど、どう言うことでしょう…?」
「何か皆元気が無いね…」
街全体が何かに怯える様に静まりかえっている。何が起きているのかと辺りを見回せば、木の上に猫が居た。
「…こんなところに外部から人が来るなんて珍しい事もあるのだねぇ」
「猫が喋った…」
猫耳を付けた男は猫の内に入りますか?
感心した声を上げるシキにロードが思わずそう尋ねたところ、シキは何やら考え込んでしまった。猫耳を付けた男、こと猫はその口元を三日月に歪めて笑いながら二人を見下ろす。
「…何で君ドレス着てんの?」
「これが私のアイデンティティだからです」
「ドレス着るのが?まあ良いけど、君達もこの街の異様な空気は感じただろう?騒がれる前に出た方が良い」
「それより、貴方は何者です?」
「これは失礼。私は公爵夫人の飼い猫でありお抱えの探偵ユウヤミ・リーシェル。人からは探偵とか…珍しいところでチェシャ猫とか呼ばれるねぇ」
「おや奇遇ですね。私も育ての親からチシャと呼ばれていました」
「君はチシャだろ?こっちはチェシャだよ」
偉さが違うんだよねぇ。そう言いながらチェシャ猫ことユウヤミは三日月型の口を携え、木からすとんと降りて来た。この街の様子は何なのかとロードが尋ねると、ユウヤミは活気の無い街の人を見ながらふぅと溜息を吐く。
「ハートの女王の圧政さ」
「ハートの女王…?」
「そう。この先に城が見えるだろう?」
ユウヤミの指差した先にある大きな城。一際綺麗なその城は、白い壁に赤い塗装と薔薇園がよく映える。その城の主人がこの状況を作り出したと言うのだ。
「ハートの女王の独裁が凄くてね。これまでも反対意見を唱えた者は何人も首を刎ねられるかバンダースナッチに食われたりしたんじゃないかい?とにかく、ここで騒がれる前に君ら出て行った方が良いね」
「でも…兄貴…」
こう言う時、素直に助けに行くのが正義側の主人公のセオリーだよね…?
と、言いたげな目でシキはロードを見る。が、兎にも角にも一目惚れした彼女を追いたいロードはふうと溜め息を吐くと
「じゃあ出て行きます」
と呟いた為思わずシキはロードの胸ぐらを掴んだ。
「いや、そこは女王に直談判しなきゃだよ…!?」
「いやー、そんな圧政強いる様な人が私の言葉に耳を傾けるわけないでしょう」
ごもっともではあるが。シキは縋る様にユウヤミを見ると、ユウヤミは少し笑いながら首を振った。元々諸々に期待を抱いていないユウヤミは若干ロード側の味方らしい。
「あ、そうだ…!ユウヤミ、さん?」
「何だい?」
「俺達さ、何かこんな感じの女の人追ってるの。知ってたら情報教えてくれない?」
シキは彼の描いた下手くそな絵をユウヤミに見せた。しかし、思いの外特徴を捉えていたらしくすぐに彼は「ああ」と声を上げる。
「その女性…ホロウ君かい?」
「彼女を知っているんですか!?」
「知ってるも何も。私は彼女の友達だからねぇ」
「と、友達…?」
「ああ、少なくとも今君が想像してる様な爛れた間柄じゃないよ」
見透かした目で呆れながらユウヤミが呟くと、何かを思い付いた様にポンと手を叩いた。
「そうだ。そっちの大きい彼もそうして欲しいみたいだし、女王に直談判してくれたら少しは君を信用して彼女の事教えてあげても良いよ?私もね、友達は大事なんだ。何処の馬の骨か分からない男においそれと詳細を話すわけないよねぇ?」
ちらつかされたロードはぐっと言葉を詰まらせると、やがて観念する様に口を開いた。
「分かりました…やりますよ…」
「まあ、期待はしてないけどね」
こうしてロードはハートの女王の圧政に直談判しに行く事にしたのだった。全ては一目惚れした彼女に少しでも近付く為。
>to be continued