薄明のカンテ - 愛日後祭/涼風慈雨


お昼頃 用行舎蔵

 さて、と言ったら推理劇が始まるとは誰が言ったのだったか。兎も角ぼくは廊下の先に悩んでいるらしい人影が見えて足を止めた。
 食堂の入り口であれこれ悩んで出しかけた足を引っ込めてを繰り返している人影。あのふわっとした金髪は確かヴァテールさんだったと思う。
 しまった。時間をずらしてヴァテールさんと会わないように遅くきたのに、まさかこうなるとは。いつもならそそくさと前を通って会釈するところだけれど、今日はそんなわけにも行かない。
 恐らくぼくらは愛の日にモナルダさんからベリーのガトーショコラを貰った者同士。そしてあの悩み方を見るに、ヴァテールさんはモナルダさんからの好意に答えたがっている。
 じゃぁ、ぼくは?ぼくは、どうしたい?どうすればいい?
 一つ息を吸って覚悟を決める。「君主は、できることなら善から離れずに、しかし必要とあらば悪に踏み込むことができるような心構えを持つことが必要である」と戦術論の本にも書かれていた。ヴァテールさんがぼく良い印象を持つことはないかもしれないけれど、身を切って話が前に進むのならそれも良いだろう。
 ……と結論したは良いが、ぼく自身もかなりのビビりだ。やっぱり行きたくないと二の足を踏んで歩みが止まってしまう。
 しっかりしろ、エリック・シード!止まった時を動かす使命は己に有り!
 なんとか足を動かして食堂の入り口に進むと、うっかりヴァテールさんとタイミングが重なってしまった。
「 あ、すみません…… 」
「 い、いえ! オレが突っ立ってたのが悪いので、お先にどうぞ! 」
 お節介だったかもしれないな、と思いつつヴァテールさんに頭を下げてから食堂に入る。
 モナルダさんは今日も可愛らしい笑顔を浮かべて注文を受けてくれた。人の顔を覚えられるアーティストはファンに喜ばれるだろうなぁなんて事もチラリと思った。
 でも兎も角今はお礼だ、せめてお礼と感想を伝えなければ。貰ったからにはちゃんと礼儀を示さなくては。それと後ろの彼の背を押したいから。
「 え、えと……ありがとうございました 」
 怖い。物凄く怖い。モナルダさんの反応も心配だが、後ろの彼がどう思っているかもかなり怖い。あぁ時間よ過ぎてくれ。
「流石、給食部の方ですね。ベリーの味が、ショコラの深みを際立たせていて、と、とてもお、美味しかったです……」
 どもってもちゃんと感想まで言えたことに心の中でガッツポーズをする。ビクターさんもロナさんもいないけど頑張れた!!
「あ、ありがとうございますっ……!」
 よく通るモナルダさんの声。この声がぼくは好きだ。もしもチャンスがあるならまた歌って欲しい。ディーヴァ×クアエダムの片隅じゃなくて、堂々とステージの真ん中で、好きな歌を歌って欲しい。あの時より磨きのかかった声を皆んなに届けて欲しいなんて勝手に思った。事情を何も知らないけれど。
「あ、の、次の方が言いたいことありそうなんで、これで……」
 配膳されたお皿をおぼんに乗せて足速にその場を去って、場所をヴァテールさんに譲る。
 ヴァテールさんがどんな人なのかぼくは良く知らない。モナルダさんの事だって僅かな情報しか知らない。けれど、なんだかこの2人は波長が合うんじゃないか、そんな予測がぼくの中では確立されていた。
 

夕方ごろ 暗黒物質

 チャラリラランラン♪ラララン♪タラララランラン♪ラララン♪ラン♪
 大改造!!劇的ビフォー→アフター。
 今回のメニューは歯の立たない菓子。
 リメイクの匠が世間の常識を叩き割ります。

***

 アンとマジュの目の前にはメロン大の黒焦げの物体が置いてあった。
「これ食べ物なのー?」
「多分、な……」
 岸壁街で生まれ育った2人は多少悪くなった物でも平然と食べるし、体調も悪くならない。毒に耐性があると言い換えてもいい。そんな2人だが、例の彼から渡された菓子は食べ物であると認識できなかった。
「なんかこれ、きっちり丸かったら大砲の弾みたい」
「そうだな……マジュの言う通りかもしれねェ」
 割と重量のある歪なその物体を眺めてため息をつくアン。
 

 昨日、午後休憩の時にやってきたギルバートから渡された菓子。
 なんだか最近周囲が静かで仕事が捗ると思っていた。そうか、此奴がいなかったからか。て言うか顔を見るまで居なかった事に気付かなかったなんて言えない。なんて思っていたら『尻に敷かれても良いと思ってる』と来たもんだ。虎の絨毯的なあれか……?人の皮は流石に倫理的にまずいだろう。ていうか座りたくないんだが。趣味悪すぎだろ。
「いや、ねェな」
 偶に顔を合わせるだけの仲。煩ければ偶に怒鳴る時もあるが、それだけ。なのに、この大きさのものを渡されて無下にもできない。経理部にも何か配っているはずだが、まさかこの出来のものを配り歩いたのか……?処理に困る菓子を渡された経理部も残念だな……
 少し前に機械班へ領収書の確認に訪れた赤い髪の経理部の人物を思い出して「強く生きてくれ」と念じる。勝手に仲間意識を経理部全体に持つアンだが、向こうはパティスリーのチョコ菓子である。
「まァ、お高い菓子を渡されるよかマシか」
 貴族だと言う割に手作り品を渡すとは中々庶民的でマメな事だ、とギルバートのイメージを改めるアン。尤も、普段の所持金が特別多くない事は嗅ぎ付けている。
 チョコチップスコーンのレシピはよく知らないアンだったが、サイズ感から小麦粉やチョコの原価計算をし始めてしまった思考をストップさせて現実を考えることにした。
「なんかさー、ミィ姐もこういうの作りそー」
「あぁ……いや、ミサキよかマシかもしンねェ」
 こんな物を生成するとは普段どんな食生活を送っているのやら。あ、食堂か。
「そーだね。ミィ姐はもっとこう……元がなんだかわかんないもんねー」
 うんうん、と一人頷くマジュ。
「でさー、アン姐」
 マジュの口角がニヤリと上がる。
「この弾丸くれた人ってどんな人なの?」
「どんなッて……よくわかンねェ奴だよ」
 無言で考えたアンからようやく出てきた言葉は「煩くて、真ッ直ぐな奴だよ」だった。
「ありャァ、ロナとは別方向で神経すり減らすタイプだろ。諦めも肝心だッつぅのに力み過ぎなンだよ」
「ふーん、アン姐よく知ってんじゃん。わかんないのに」
 相変わらずニヤニヤした顔を隠そうともせずにアンを見上げるマジュ。
「何考えてンだか知らねェけど、ただ同じ仕事場の人だ」
「ふーん?」
「ッたく、工場のオジキ供に何吹き込まれたンだよ。忘れろ、ロクでもねェ」
 岸壁街で暮らしていた頃、マジュを一人で家に置いておく訳にもいかず職場の工場によく連れて行っていた。同僚のオジキ供が面白がってマジュに妙な事を吹き込む度に、訂正したり記憶をすり替えたり大変だった。それでも全部をカバーしきれていない。
「いいか。オジキ供がジョークだッつッて、教えた内容は誰にも言うンじゃねェ。意味がわかッて、言ッていいタイミングがわかるまで、外では言うな」
「はーい!」
 元気よく返事をしてくれるのは良いが、本当に言ってはいけないとわかっているのか不安なところだ。
「兎も角、此の物体をどうにかしなけりゃァ、材料に申し訳が立たねェ」
「捨てるのもったいないもんねー」
 指先で突いてみると食べ物とは思えない硬い感触がした。強めに叩くがスイカより硬い。岩とか金属の塊とかの方が近そうだ。
 ナイフで表面を削って毒味をするがチョコレートの部分は灰の味がして、スコーン自体はとんでも無く硬い。マジュに食べさせるわけにいかない代物だ。
「内側だけでも救済できねェもンか……」
 うーん……と眉間を揉んで考える。
「よし、アレ使うか」
 マジュの期待に満ちた視線を背負い、思い当たるものを取りに行く。
「……アン姐、それ工具だよね?」
「煮沸消毒すりャァ使えンだろ」
 工具箱から見繕ってきたものは錐と金槌。たっぷりの湯を沸騰させて鍋の中に工具を沈める。煮沸消毒の後で念のためにアルコールでも消毒する。
 時間がかかる故に途中で飽きたのか、マジュはお絵描き用ノートを引っ張り出してきて何やら描き始めていた。
 マジュの様子を横目で見つつ、食品用のビニールにスコーンだったものを入れて錐で引っ掻いて十字にしっかり線をつける。次に等間隔に錐で穴を開けていく。串焼き用の金串を穴に差し込んで均等を意識しながら金槌で串の後ろを順に叩いていくと、金串の周囲から徐々にヒビが広がり、やがてバカッと音を立ててスコーンだっ(以下略)が四つに割れた。
 音に気がついたマジュが手元を覗き込む。
「中は食べられそうなのー?」
「どうだかなァ」
 中心部分を指で突いてみるが、しっかり水分は飛んでいた。
「こりャァ、テメェじゃ食ッてねェンだろうな……」
 外側は床に落としてしまった事や焦げすぎている事を考慮して食べない方がいいだろう。内側の水分が飛んだだけの場所なら、ふやかせば食べられるかもしれない。
「マジュ」
「なーに?」
「あーしが外側削るから、中身をビニールに入れて砕いてくれねェか?」
「砕いていいの!?」
「あぁ。タオルに包めば近所にも響かねェだろ」
 子供は概して壊す作業が好きだ。マジュも例外ではない。四つに割れたスコーン(以下略)の外側を削った後二重にしたビニールに入れてマジュに渡す。タオルで包んだマジュはコップの底を使いつつ体重をかけてぐりぐり潰した後、踏んづけたり投げたりしてスコーン(略)を砕いていった。
 近所への騒音を心配しつつ、マジュを見守る。楽しそうに砕いている姿を見て頬が緩んだ。新しい場所でストレスのかかる事もあったろうが、自分よりずっとマジュはすんなり周囲に溶け込んで仲良くできているらしい。いつも保育部に迎えに行った後の帰り道、今日あった楽しい事をひたすら話してくれる。かげおくりをした話やごっこ遊びをしたなどのたわいもない話ばかりだが、岸壁街にいたら手に入らなかった平和な生活だ。
 昨日の愛の日には、保育部の企画で作ったというポップアップカードを渡してくれた。開くと三角と四角が飛び出してくる構造になっており、本文には「アンねぇ、いつも、ごはんつってくたりして、あいがとう」と書き間違いの多い踊ったような字で書いてあった。浮浪児だったマジュの成長振りが嬉しくて思わず、「あーしこそ、ありがとう」とマジュの頭を撫でて抱き締めていた。今は棚の中で丁寧にカードはしまってある。
 ミサキも含めて三人で柘榴のレヤーケーキも食べられた。ロザリーに教えてもらった通りに作ったケーキは、透明感のある綺麗な赤色だった。ケーキを頬張るマジュの満面の笑みと、少し頬を緩ませたミサキが見られた。それが、暖かだった。岸壁街の暮らしでも似たような構図はあったが、此処での生活で余裕が出てきたからなのか、穏やかな2人の顔を見て平和を噛み締めた。
 礼儀として渡すつもりだった人に全員配れたのも良かった。ラッピングをキッカに相談して贈り物用の包み方を教えてもらえたからか、見た目もまずまずに出来たものを渡せた。丁度、休憩時間が重なったタイミングで渡したヒルダはその場で美味い美味いとあっという間に食べ切った。
「すっげー美味い。アンさ、今からでもパティシエ目指せばいいんじゃね?」
「褒めすぎだろ……」
「いや、マジだって。マジで美味い」
 ロナに渡したケーキは2人分のトリュフチョコになって帰ってきた。ミサキには薄焼きのクッキーを渡したと言うから気遣いの塊だと思う。気を遣い過ぎて潰れないか心配な奴ではあるが、好きで配り歩くうちは大丈夫だろう。普段の静かなロナの安定感には助けられた事も多いし、岸壁街とまるっきり違う生活に馴染めるよう助言も貰ったし、ミサキの件も含めてかなり世話になっている。誰にでも無条件に優しいのは諸刃の剣だが、信頼に足る最大の理由でもある。
 カヤ以外に配りきった後で会ったのがギルバートだった。余分に準備してあって胸を撫で下ろしたのも事実。実際のところ、ギルバートが何をしたいのかよくわからない事が多い。煩くて、真っ直ぐで、不器用なのはわかるが、真意は行動から読み取れない。今回のこのスコーン(略)も意味がわからない。嫌がらせではなかろうが、考え過ぎて失敗したパターンだろうか……?
「アン姐、砕くの終わったよー」
「ん、そうか。ありがとな、マジュ」
 マジュの声で現実に引き戻される。受け取ったスコーン(略)は原型を留めない程に粉砕されていた。
「で、これどーするのー?」
「とりあえず、牛乳で伸ばすかなァ」
 粉砕されたスコーン(略)を洗い直した鍋に入れ、目見当でザバザバと牛乳と水を入れる。加熱して溶かしつつ味見をして砂糖を追加する。
「何ができるんだろ?」
「マジュは何ができると思う?」
「んーと……ホットミルク?」
「牛乳を温めてるから、間違いじゃねェなァ」
 何回目かの味見。これでよし、と手応えを感じた。
「ん、よし。飲んでみるか?」
「うん!」
 マグカップに鍋の中身もといスコーン(略)を注ぎ入れる。
「熱いからふーふー冷ましながら飲めよ」
「うん!……あちゃっ」
 言った側から。ろくに冷まさずに飲もうとして火傷したのか、舌をべーっと突き出すマジュ。
「マジュ、大丈夫か?」
「だいじょーぶ……あちち……あ、けど美味しい!甘いねー」
 暖かさでとろけた顔になるマジュを見て、自分も表情を緩める。マジュは何を食べても楽しそうなので本当に味がわかって言っているか不安だが、マジュが喜んでくれた事に違いはない。
「ココアっぽいけどなんか違う……?」
「名前は特にねェよ。マジュがつけた名前をそのまま此れの名前にすッかな」
「本当!?」
「あぁ。勿論」
「うーん……わくわくジュース?チョコ牛乳?スコーンの溶けた奴?」
 ズズズと飲みながらあれやこれやと考え始めるマジュ。
「あ、チョコジュース!チョコジュースがいい!」
「なら、これはチョコジュースって呼ぼうか」
「やたっ!これチョコジュースね!また飲める?これ?」
「なら、レシピ聞いてくるか」
 それなりにマジュは気に入ったらしい。後でスコーン(略)の正しい作り方を聞いておこう。折角だし、失敗していない状態の物を見てみても悪くないだろう。ん?市販されている材料だけだよな?ロナから聞いたあの店に売ってない物は使ってない……よな?
「ねぇねぇ、アン姐!」
「うん?どうした?」
 少し考え事をしていたら、いつの間にかマジュはもじもじしながら後ろ手に何かを隠し持っていた。
「えーっとね、これ描いてたの!」
 満面の笑みでマジュが見せてくれたのは、台所に立って何やら作業をしているツインテールの人物のお絵描きだった。
「これ……あーしか?」
「そう!アン姐に、あげる!」
 破り取ったノートのページを面映そうにしながら差し出すマジュ。
「よく描けてンなァ……ありがとな、マジュ」
 へへへ、と照れ臭そうに笑うマジュがいる。こうやって、穏やかな日が続いてくれればいい。
 マジュの描いた絵は冷蔵庫の扉に貼る。これなら普段忙しくても見られるし、場所も取らない。一石二鳥だ。


 マジュが寝た後、終わっていない片付けをし、下げたままの洗濯物を畳む。
 マジュ命名「チョコジュース」はまだ大量に残っている。粗熱を取って容器に移して冷蔵庫に入れたので、明日の朝に温め直して飲もう。
 それにしても、あの自称・チョコスコーンは酷かった。次に会う時にどんな顔して何を言えばいいのやら。食材に申し訳なさ過ぎて救済方法を考えたが、冷静に考えれば作り手にこの顛末を伝えるのは気が重い。苦手な料理に頑張って挑戦した人の出鼻を挫くような事をすれば、場の空気が悪くなる事必至。兎も角、義理と礼の為に作ったレヤーケーキを余分に準備して良かった。顔を合わせる理由が一つ消えるのだから。
 つくづく、ギルバートの考える事はわからない。
 昨日、休憩室で声を掛けてきた時もアレは人と話す態度ではない。挙動不審で声も上擦っていた。少し合うスパンが長かっただけで、初対面かのような緊張振り。知り合いとのただの菓子の交換だけにどれだけ時間を使うんだか。
 あまりの体たらくに仕方ない奴だと受け取る一瞬笑ってしまった。返礼以外は受け取りたく無かった気持ちすら、その一瞬は忘れていた。
 あの時の様子を思い出すと、何故かさっきマジュがお絵描きを渡してくれた時の様子がチラついた。いや、何も関係ないよな?
 ん……?『尻の下に敷かれても良い』ってまさか……!?
 ふと気付いてしまった可能性で顔から血の気が引いた。
 いや、そんな訳はない。どう考えても釣り合わない。地を這う虫が月に届く筈も無く、ただ見上げるだけだ。
 叶う事のない期待ほど残酷な事はない。待っていてと言った母親は結局迎えに来なかった。味方でいるよと言った先輩もいつの間にか他人のフリをしていた。皆んな約束しておきながら、勝手な都合で捨てて行く。だから、ミサキにもマジュにも確認した事はない。約束を聞いてしまったら、いずれ来るであろう別れを意識せずにはいられなくなるから。
 マジュの幸せ顔が見られるならそれでいい。ミサキが無理なく生きられるならそれでいい。多くは望まない。自分は最低限のものがあれば、今日を生きていけるのだから。これ以上何を望むと言うのだろうか。
 例えば、彼奴が、ギルバートが、本気で手を差し伸べているのだとしても。その先に何があると言うのだろう。お互いが傷ついて終わる関係性なら最初から関わらない方がいい。
 煩くて、真っ直ぐで。高く掲げた理想と現実の狭間で他人の為に神経をすり減らす、そんな奴。かなり生きにくそうだが、悪くない。岸壁街の余裕のない生活ではほぼ見る事のなかったであろう性格の持ち主で、彼の素直な真面目さが眩しかった。
 だからだろうか。ギルバートに言われた事に対してストレートに返してしまうのは。イラついているところを見ると不安になってしまうのは。これ以上、誰にも何も求めないと決意した筈の自分の心をいとも簡単に揺さぶられてしまっている。
 けれど。マジュには余計な苦労をさせたくない。折角日の当たる世界に出てこられたのだから、マジュには堂々と生きていける人生を歩んで欲しい。その為に障壁になるであろう事は徹底的に避けたかった。
 それに、自分の何処がそんなに良いと思えるのだろうか。所詮、毛並みの違う野良が珍しいだけではないだろうか。釣り合う人はきっと他に沢山いるだろうし、毛並みの違う野良も自分以外に沢山いるはずだ。
 一般的な意見では玉の輿かもしれない。だが、その先にある荊の道を考えないものだろうか。自分がどうなろうと構いはしないが、マジュの未来を犠牲にするならそれは未来ではない。勿論、ギルバートも面倒な立場になる筈だ。今は同じマルフィ結社の同僚だが、結社が役目を終えたらどうなる?此の空気に絆されて長期の見方を見誤る方が問題だ。
 だから。ギルバートの気持ちには気付いていない事にしよう。次に会う時は鈍感で何も知らない顔でいよう。ギルバートの人生が狂う前に突き放そう。敢えて、オブラートに包んだ言い方はしない事にして。
 貴方に会えて嬉しいけれど、全てが悲しすぎるから。


***

タン♪タタータタン♪タンタータタン♪タタ、タータータン♪タンタータータタン♪
 なんということでしょう。
 丸焦げで歯の立たなかったメロン大の物体が見事なチョコミルクセーキに生まれ変わりました。見るも無惨な姿だったチョコチップが軽い歯応えのチョコパフに大変身!これなら子供のマジュちゃんも大喜びです。
 匠の技でまた一つ笑顔が増えました。
 更に「単なる煩い知人」と思っていた心も風の流れを意識した形に変わりました。これなら声も届きやすいですね。

***

 後日、スコーンについて散々こき下ろしに遭った後、レシピ教えろと言われて二重の意味で撃沈したギルバートが居たとかどうとか。