目が覚めた時に見えたのは白い天井だった。そこはかとなく漂う消毒液のにおいに病のにおいが混ざっている事からヴォイドは今いるのが医療関係の建物だと理解した。
夢の残り香を手繰り寄せたヴォイドは、豪奢なロリィタドレスを纏った女性に会っていた事を思い出した。
きっちりコルセットを巻いたその人は、
機械人形のようなピンク色の髪をツインテールにして泣き腫らしたようなメイクをした顔で優しく微笑んでいた。背後には階段が上へ伸びており、13段目の先は光に包まれてよく見えなかった。周囲には白い鳥の羽がふわりふわりと舞い、幻想的な空間を演出している。
ロリィタドレスの女性にヴォイドはエスコートされているので、彼女が一段上がると一緒に階段を上がる。なんだかこの階段を登るのは必然な気がしたヴォイドは、エスコートされるまま一段一段ゆっくり階段を上がっていった。
階段を半分行ったところで不意にユウヤミの声が聞こえた気がしたヴォイドは振り返ったが、何処にも誰もいない。空耳だろうかと次の段へ足をかけようとしたらまた声が聞こえた。今度ははっきりとユウヤミが後ろから自分の名を呼んでいる声だった。
立ち止まって周囲をキョロキョロ見回し始めたヴォイドだが、矢張り何処にもユウヤミの姿は見えない。ロリィタドレスの女性に視線を戻すと、先程までの優しい笑顔が醜く歪んでいくところだった。戸惑うヴォイドの手を強く掴んで無理にでも階段を登らせようとする女性の目には憎悪が浮かんでいた。それでもユウヤミの呼ぶ声が気がかりなヴォイドは必死に抵抗し、揉み合いになった末に足を滑らせた2人は階段を転げ落ちていった。
水に落ちた時、ロリィタドレスの人の手が離れていったのをヴォイドはぼんやり感じていた。
次のシーンに切り替わると、ユウヤミの斬れそうなくらいに真剣な顔が眼前に迫っていた。何故かいつもの癖っ毛がストレートパーマでもかけたようにぺったりしていて一瞬誰だかわからなくなりそうだったが、声も雰囲気も間違いなくユウヤミだった。
「ホロウ君、苦しくないかい?」「首は?首は痛くないかい?」
聞かれた事に気圧されるように頷くと、ユウヤミの顔に素直な安堵の色が浮かんだ。愛の日以来の素直な表情は、ここまで起きた事が全部何でもなかったように思えるほど暖かい表情だった。
そっか、そういう夢なんだ。見てみたい願望が形になった夢なんだ。それなら最期に夢でもいい、ユウヤミのこの表情が見られて良かった。こんな風に頭を撫でて貰えて良かった。
なんだか力が抜けたその後は脈絡のない夢ばかり見た。繭に包まれたり、大きな猫の背中に揺られて町中を連れ回されたり、海藻サラダの海に落とされたり、マカロン一個で炊麦を何杯食べられるか選手権に出場したり、と不思議な夢ばかりだった。
「お腹すいた……」
夢の中でたくさん食べたところで現実の腹が膨れるわけではない。
口元に違和感があるなと手を動かすと指先にはパルスオキシメーターがついていた。入院着を着ている事に困惑しつつ鼻先に視線をずらすと、プラスチックのマスクが装着されている。簡易とは言え酸素マスクが必要な状態になっている事を不思議に思いながら目だけで周囲を見回す。
結社の医療班ではない事は確かだったが、何処にいるのか仔細はわからなかった。上には心電図モニターが設置され、輸液の袋も下がっている。
「溺水……?」
夢以外の最後の記憶はユニットバスの水中で足を滑らせて沈んだ事だ。溺れて肺まで水が入った可能性はかなり高い。あの時指先にチアノーゼが出始めていたので、低体温症の可能性もある。
どうやら死なずに済んだらしい、と理解できたところで疑問がぽこぽこと湧いてくる。どうやってユニットバスから出たのか、此処が何処なのか、先に外に出たはずのミサキがどうなったのか、探しに来ているはずの3人はどうなったのか、セルゲイはどうなったのか、わからない事ばかりだった。
右隣のカーテンの向こうから乾いた咳が響く。左の窓にはブラインドが降りていて、隙間から闇が漏れている様子は外がとっくに日暮れ後だと告げていた。
「何処なんだろう……」
小さく呟きながら掛け布団に覆われた足先の方へ視線を滑らせて行く。其処にいたのは丸くなった黒猫ーーではなく、見慣れたふわりとした黒髪の頭だった。
「ユウヤミ……?」
突っ伏していて顔は見えない。規則正しく上下する肩を見る限り寝ているように思えた。足先で揺らしてみるが反応はない。ユウヤミが人前で珍しく深く寝ているという事は今いる場所の安全性が保証されていると考えて良い、と気が付いたヴォイドは張り詰めていた気が緩んでいくのがわかった。『消滅の神様からは絶対に逃げ切る』約束をユウヤミは果たしてくれたと気付いて視界が少し滲み、胸の奥が熱くなっていく。もういいんだ、ここはもう安心していい場所なんだ、と思うと昨日から今日までの事が全部夢に思えた。それとも今が夢だったらどうしよう、と思ったヴォイドだが腹の減り具合は現実だと如実に訴えていた。
ふといつかの時のようにユウヤミの頭を撫でてみたくなったが、手を伸ばそうと思っても体が怠くてあまり動けなかった。仕方ないのでもう少し足先で揺らしてみる。
不意にむくりとユウヤミが頭を上げたが、これ以上ないほどボーッとした横顔だった。無表情というより呆けたような顔で宙を見つめている。
「ユウ……ヤミ?」
ヴォイドのくぐもった声に反応して顔を向けてくれたは良いが、矢張り目の焦点が何処にもあっていない。そう言えばこの顔をどこかで見たなと思ったヴォイドは、ユウヤミが愛の日に疲れが出て目を開けたまま寝ていた事を思い出した。
あの時はどうしたんだっけと考え始めたヴォイドの腹の虫が、いきなり獣の咆哮の勢いで鳴いた。その拍子にびくりとユウヤミが肩を震わせ、漂っていた視線はヴォイドの視線と絡んだところで落ち着いた。
「ホロウ君……」
驚いた顔で小さく呟いたユウヤミは足元から枕元に移動してきたかと思うと、ヴォイドの片手を跪くようにぎゅっと素手で包み込んで俯いた。前髪の影で表情はよく見えなかったが、握られた手はとても熱かった。
「おかえり、ホロウ君」
俯いたまま呟くように言うユウヤミの声は少し震えていた。
「おかえり」
今度は顔を上げてしっかりヴォイドと目を合わせて言うユウヤミ。その顔は夢の中で見た時のような素直で暖かくて安心できる笑顔で、それでいて少し泣きそうにも見える顔だった。
「……ただいま」
酸素マスクの下で気が抜けたように微笑んで答えるヴォイドにユウヤミの笑みも深くなる。
「此処はね、ソナルトの軍警病院だよ」
「軍警の……病院?」
「うーん……名前は軍警とつくのだけれどね、民間の病院だよ。昔、軍警職員とかその家族の為の病院だった名残だねぇ」
「そうなの……」
いつものような微笑みを返したユウヤミはヴォイドから手を離してナースコールを押し、一言二言様子を伝える。
「なんか、意外」
話し終えたユウヤミにヴォイドがポツリと言った。
「うん?何がだい?」
「揺らしても起きないし……ユウヤミがそんな……寝てるとこ、見たことなかった」
真顔で言うヴォイドの言葉に、ユウヤミの漆黒の瞳に苦笑が浮かぶ。
「ホロウ君の隣にいたら急に睡魔に襲われてね……目の前にホロウ君が居るってだけで安心して気が抜けたみたいだ」
らしくなかったかな、と聞くユウヤミにヴォイドはそんな事ないと小さく首を振る。
「本当にごめんね……私の怨恨に巻き込んで」
ユウヤミの悔しさの滲む笑みも、優しく頭を撫でるその手つきも、ヴォイドが夢の中で見たそっくりそのままだった。正夢なのかもしれない、と思いながら答えようとしたところにナースコールで呼ばれた看護師が到着して話は立ち消えになった。
看護師には追い立てられそうになったユウヤミだが、後から到着した医師にその場にいて良いと言われたのでヴォイドの隣で一緒に説明を聞く。
赤水に溺水した事や低体温になっていた事、現場に居合わせた人が迅速に人工呼吸と胸骨圧迫と脱衣保温をしてくれたので命が助かった事、現在の治療方針などをざっくり説明される。その間、ヴォイドは顔色悪くぼんやりした表情で聞いていた。
「ホロウさん、何か質問はありますか?」
一通りの説明を受けた後、聞かれた事へ口の代わりにヴォイドの腹の虫が派手な唸りをあげた。
「……もしかしてお腹が空いてるんですね?」
笑いを噛み殺しながら聞く医師。勿論、音が聞こえる範囲にいた看護師も同じである。ユウヤミだけは妙に和やかな表情になっていた。
「短時間なら酸素マスクを外して良いですよ。低血糖の症状も出ていますし、経口摂取できるならその方が良いです」
消化の良いものなら大丈夫でしょうが、この時間なのでブドウ糖のゼリーで我慢して下さい。そんな事を言った医師は「今後の話は明日にしましょう」と言い残して引き上げていった。
「ホロウ君、粥麦あったら食べるかい?」
「あるの?」
「温めるだけのレトルトならあるよ」
「……食べたい」
少し逡巡したヴォイドだったが、食欲に時間など関係ない。
「じゃぁ、ちょっと待っててね」
ふにゃりと微笑んだユウヤミはヴォイドの頭を一撫でして病室を後にしようと腰を浮かせる。
「そうだ……ユウヤミ」
「なんだい?」
「さっき言ってた『現場に居合わせた人』って……ユウヤミ?」
妙な空白が病室に広がる。いつも通りの笑みを貼り付けたユウヤミは小首を傾げた。
「どうしてそう思ったの?」
「うーん……夢の中で会ったから、かな」
酸素マスクの下で答えるヴォイドの顔に誤魔化すような色は何も浮かんでいなかった。
ただ本当の事を確かめたい。照明を受け光る青と緑の混ざったような瞳は、さながら数多の生命蠢く地球の様で眩しかった。
「……ホロウ君は本当に目敏いね。そうだよ、推察の通り」
ほんの少し躊躇ったユウヤミだったが、ヴォイドの質問に肯定を返した。
せめて、いつも通りに平然と。
「あ、ありがとう……!」
間髪入れず帰って来たのは感謝の言葉だった。ユウヤミの上着の裾をぎゅっと握りしめながら言うヴォイド。
「生きてるから……ありがとう」
それでも、ユウヤミと絡んだ眼差しは春の日差しのようにとても優しかった。
人工呼吸、胸骨圧迫、脱衣保温ーー成すべき事を為さんが為、ヴォイドの思考をなぞった行動に過ぎなかったが、された側としての彼女の見方までユウヤミは読み切れなかった。言って関係性が破綻するかどう転ぶのか、幾ら予測を重ねても確定した未来は視えず、浮かんでは消える「もし」の未来に怯えている自分がいた。確率が低いと踏んでいた事象が起きてしまった後だから余計にかもしれない。
故に、ヴォイドの口から即座に紡がれた感謝の言葉はどの未来予測とも違うものだった。
「そっ……か。うん、それなら良かった」
ヴォイドらしからぬレスポンスの速さには驚き、何より先に礼を言われたのは何処か面映ゆく。準備していた数多くの言葉の代わりに「良かった」としかユウヤミは答えられなかった。
「粥麦温めてくるね」
半ば逃げるように粥麦の袋を持って病室を出て行ったユウヤミには、ワンテンポ遅れて色々気が付いてしまい頬を染めたヴォイドの顔は目の端にしか見えなかった。
廊下に出ると暗がりで待機していた人影がユウヤミの後ろを数歩下がってぴたりとつく。その静かで冷淡な殺気に浮ついたユウヤミの足取りは一気に冷却された。
「あ、今は君がお目付役だっけ?」
「あぁ。交代制だからな」
答えた人影は昼間、ヒン・ヌゥを警察まで連れていったミフロイドの部下だった。今は私服姿だが、漂う緊張感は警察の人間であると物語っていた。
「仕方ないよねぇ、
機械人形は目立つもの」
軽い咳をしながらユウヤミが世間話のように言う。
現在ヨダカは警察にデータ提出も兼ねて里帰り中である。軍警病院からは
機械人形の持ち込み許可を取っていたが、目立つ事や入院患者への心象を考慮した結果、人間の監視役に代えられた故だった。
ミサキの付き添いとして病院に向かったヨダカは、こんな事もあろうかとユウヤミが準備していた入院セットを持ち込み、今日中に提出する書類のチェックをし、ぐだぐだするユウヤミを叱咤し、ミフロイドの部下二人にユウヤミの警護兼監視を引き継ぎ、人間なら音を上げる程の仕事をこなしてから警察へ向かったので、今頃充電器から離れられない状態になっているであろう。
「おい、部屋に戻るのか?」
そう聞かれたユウヤミは右脚を引きずっていた。瓦礫に挟まれた時にできた傷はあまり綺麗な傷ではなかったのもあり、完全な治癒は遠そうだった。背中にはあざも数カ所できている。
得体の知れない赤錆の水を浴びた事もあり、1日は入院して様子見をした方がいいと言われたので、部屋は違えどユウヤミも入院患者である。よって、今の服装は濃いグレーのパジャマに薄いグレーのカーディガンを羽織ったものだった。
「うん?巻き込まれた同僚の為に粥麦を温めに行くだけなのだけれど?」
「方向が逆だ。共用の電子レンジなら病室を出て右だろ」
監視役の彼が言う通り、ユウヤミは真逆の方向に歩いていた。
「ついでに売店行きたいって言えばいいのかな?」
「時間的にもう閉まってる」
既に午後7時を回って8時近い。面会時間は過ぎているし、院内の売店はとっくに閉まっている。勿論、夜勤以外の職員もまばらになってしまっている。先程の担当医師は帰り支度をしていたところを呼び出されただけである。恐らく既に帰路についているだろう。
「じゃぁ外のコンビニかなぁ」
「院外に出るのは禁止だ」
「ふぅん……じゃぁ仕方ないなぁ。君が代わりに行ってくれるなんて事はなさそうだしねぇ」
チラリと顔色を伺うが、監視の仕事を優先している彼にユウヤミの側を離れる選択肢はなかった。
「君さぁ、警護の仕事ってあんまり好きじゃないのかな?」
「いきなり何だ。アンタの警護に付きたがる死にたがりなんて知らないな」
ぶっきらぼうに答える彼の背はやや後ろに反って不安と緊張が滲んでいた。
「ふふ……まぁそうだろうねぇ。その中できちんと仕事を果たす君は社会人の鏡じゃないか」
「上司命令で他にやる人材がいなければ仕方ない」
ユウヤミに褒められても嬉しくないと言うようにやれやれと頭を振る。
「大体だな?大きいヤマを荒技でスピード解決したアンタの所為でこっちだって仕事が余計に増えてんだ。片付けるのに時間かかった挙句にアンタのお守りだって!?冗談じゃない、こっちにも予定があったんだ!スピード解決したのは文句言わないが、何も特例ずくめにせずともできた事じゃないのか!?えぇ!?」
半分泣きそうな顔でユウヤミに愚痴る刑事。終いには手で瞼を押さえてしまった。
「それは悪かったねぇ……君にとっては災難だったか」
眉を下げて「反省してます」の顔を作ってしょんぼりして見せるユウヤミ。大きなため息をつく刑事には言いたい事がまだ溜まっていそうだなとユウヤミは思った。
「時に君さぁ」
話題を逸らすユウヤミに視線を向ける刑事。
「今時のSPはお喋りなのだねぇ」
興味深いとでも言いそうな薄い笑みを貼り付けて刑事の顔を覗き込むユウヤミ。
「他の入院患者に配慮し給え。声が大きい」
何も意識していなかった刑事の目が見開かれ、焦りに傾いていく。
「ほら、其方のお姉様方が困った顔をされているじゃないか」
ユウヤミの手を向ける先を見た刑事は、静かにしろと女性看護師から鋭い視線を送られた。すみませんの気持ちを込めて会釈をし、視線を戻すともうユウヤミはいなくなっていた。周囲を見回してもどこにも居ない。
さっきまで片足を引き摺っていたのに。少し目を離しても大丈夫だと思ったのに。そんな速く動けるはずがないとたかを括っていた。
「アレに油断も隙も無いっ……!」
鋭く舌打ちをした刑事は、直ぐに監視役の相方に連絡を入れるべく携帯型端末を手にとった。
見事に刑事を撒いたユウヤミは職員用の夜間出入り口を通って近所のコンビニへ買い出しに行き、帰りも刑事に見つかる事なくヴォイドの病室のある廊下まで戻って来るという偉業を成し遂げた。もちろん粥麦も温めてある。
ただ、此処に来てちょっとした誤算があった。
「おいリーシェル。患者が外出歩くンじゃねェよ」
廊下の壁にもたれて怠そうな目をユウヤミに向けていたのは赤い髪の女性だった。カーキ系のチュニックを着て、赤い髪を団子で一纏めにしている。
「あれ、シン君?帰らなかったのだねぇ」
一欠片も悪いと思っていなさそうに答えるユウヤミにアンのため息が深くなる。
話はユウヤミが脱走した直後に戻る。
ユウヤミを見失ってしまった刑事は相方の監視役と連絡を取り合って相談した結果、普段一緒にいるヨダカの試算を聞いてみようと結論した。連絡されたヨダカは「今の状況を鑑みるに待っていれば帰ってきます」と返答したが、「次は同じ事が起きないように此方から助っ人に連絡します」とも言った。
そのヨダカの連絡した助っ人がアンだった。ミサキが病院に運び込まれたとテオフィルスから連絡を貰っていたアン。入院措置になったミサキの付き添いとして今日は泊まり込む事になっていたので、ヨダカは一言頼む事にしたのだった。
そして話は現在に至る。
「白々しいな。てか話すり替えンなよ。外に必要なモンならあーしが調達して来ンのに」
「いや、そこまで負担かけるのは悪いと思ってねぇ」
「ヴォイドの夜食だろ?粥麦一杯なら気にする手間じゃねェだろ」
首を捻るアンにユウヤミが苦笑を返す。
「シン君知らないよねぇ……ホロウ君がどれくらい食べるのかなんて」
「ンなとんでもねェ量なのか?まさかな」
「そのまさかなのだよ。君は食堂で見た事ないかい?」
食堂、と言われたアンは何かを思い出したらしく小さく「あぁ……」と声を漏らした。
女性にしては身長の高いヒルダもよく食べるが、負けず劣らず食堂で山盛りの炊麦を食べている青スクラブの青髪がいたところなら見たことがあった。
「どうやって生きてたンだ……?」
ヴォイドが岸壁街出身者である事は風の噂で聞いていたが、あれだけ食べて太らない高代謝の身体を抱えてよく生きてきたなと思う。毎日必ず食料にあり付けるかわからない世界では生まれつきの要素が重要だと言うのに。ラクダのコブの如く全部栄養を胸に蓄えているのだろうか?
「まぁそう云う訳なのだよ。ホロウ君の方は私に任せて、君はケルンティア君の側に居てあげた方が良いのではないかな?」
「ハァ?」
人の良さそうな笑顔を貼りつけて申し出を辞退するユウヤミだが、アンは多少の誤魔化しが効くような人ではない。ドスの効いた声で撥ね付ける。
「だからテメェ話すり替えンじゃねェってんの。それとこれとは別だ。負担がどうのって宣うんだッたら、テメェの金で買ってきてやる」
腕組みをしてキツい視線を向けるアン。何時間か前、ミサキを前に泣き崩れていた姿とは大違いである。
「ミサキを生きて連れ帰った礼だとでも思ってくれ。恩に報いるのは最低限の礼儀だろ?てか、ンな無理な動かし方すりゃァテメェだって治りが遅くなンだろ?仕事に戻ンのも遅くなっちまう」
「ふふ……シン君、君は優しいねぇ」
そう答えつつ、ユウヤミは大方ヨダカが裏から手を回している確信もあった。だが、アンのぶっきらぼうでいて真っ直ぐな眼差しは言葉が嘘ではないと語っていた。それに、いつも通りに動こうとすると脚の傷が疼くのも事実だった。
「ふむ……じゃぁ次から入り用の時は君に頼む事にするよ。あんまり無下にすると後でベネット君にも色々言われそうだからねぇ」
「彼奴は今関係ねェだろ」
顔色悪く答えるアンに貼り付けた笑顔を向けると、ユウヤミは横をすり抜けて病室へ入って行った。「仮面野郎が……」とアンがボソッと言ったのは聞こえなかった事にして。
ヴォイドの元に戻ると、病院側が出したブドウ糖ゼリーで少し元気が出たのか顔色が回復していた。机の上には食べ切ったブドウ糖ゼリーの包みが置いてあり、コップにはペットボトルの兎頭国ブレンド茶が入っていた。
「お待たせ。粥麦、食べるかい?」
既にベッドの半分を起こして寄りかかりながら待機していたヴォイドはユウヤミの言葉に力強く頷く。電子レンジで温めてから少し時間が経った粥麦は食べ頃の温度だった。
一口、粥麦を口に含んだヴォイドの目の色が変わる。
「ゆっくりでいいからね」
そう言うユウヤミの声は聞こえていないらしく、ろくに目を合わせずヴォイドは粥麦をかき込んでいく。何故か耳が赤く染まっていた。
ぺろりと粥麦を平らげたヴォイド。ユウヤミはその様子を見て微笑むと、コンビニへ脱走してまで買ってきたとある物を出そうと袋をあさり始めた。
「ねぇユウヤミ……」
「なぁに?」
手を止めてヴォイドを見るユウヤミの表情はいつも通り過ぎる程にいつも通りだった。照れて赤くなっていたヴォイドからすれば馬鹿らしく思えるほどの余裕さを見て、少し腹立たしさが加わる。
私はこんなに迷って戸惑ったのに、なんでそんなにいつも通りなの?救命の為に必要な事でも、何をしたのかわかってるの?何も……何もないの?
「みっ、右足……怪我してない!?」
胸中色々な感情渦巻くヴォイドは躊躇った挙句、何をどう聞けばいいかわからなくなって一番確認したかった事ではない方に話を振ってしまった。
「流石、目敏いホロウ先生だねぇ」
目元に苦笑を浮かべたユウヤミが右脚を軽く叩く。
「瓦礫で切っちゃったみたいで何針か縫ったよ。ちゃんと処置してあるから大丈夫」
「瓦礫……!?それで縫ったの……折れたわけじゃないんだ?」
「そう、縫っただけ。心配してくれてありがと」
ふわりと微笑むユウヤミの表情は優しく、さっきまでの無のようないつもの笑顔とは違った。どちらかと言えば少し緊張が緩んだ時のようにヴォイドには見えた。
「どうしたの?もしかして傷口見たい?」
呆けてユウヤミの顔をじっと見たままだったヴォイドは聞かれてから慌てて視線を下げる。
「あ……うん。ユウヤミ、歩いてる時辛そうだったから怪我の程度見ておきたいし、縫い方とかも色々気になる」
「仕事熱心だねぇ、ホロウ先生?」
喉でククッと笑うユウヤミ。出来るだけ平然と歩いたつもりだったが、ヴォイドには看破されていたらしい。
「じゃ、酸素マスクが要らなくなったら診てもらえるかな?」
不服そうに眉根を寄せるヴォイドにユウヤミは困った様に笑いかける。
「ほらほら、そんな顔しないでよ。今は自分の心配をしてくれないかい?」
ヴォイドの酸素マスクをかけ直し、ついでにくしゃりと頭を撫でる。
「それに……背中痛いから物理的に無理かなぁ」
少し寂しそうな笑みを零したユウヤミの顔を見て、聞こうと思った事をヴォイドは飲み込んだ。聞くまでもない事だった。
ユウヤミはユウヤミなりに緊張していたんだ。いつも通りのよそ行きの顔が本心を悟られたくない故であれば、さっきから表情に透けて見える緊張と緩和の繰り返しが納得できる。
質問する代わりに頭に添えられていたユウヤミの手に少し擦り寄ってみるヴォイド。
僅かに目を見開いたユウヤミの顔にはすぐ笑みが広がり、無理をするような緊張の色は薄まって消えていった。
「そうだ、ホロウ君」
膝の上の袋を机に置いたユウヤミが椅子を引き寄せながら食い気味に聞く。
「事件のあらましは聞きたいかい?」
「さっき、アンからミサキが隣にいるって聞いた。他の皆んなも無事なんだよね」
軽く頷きながら答えるヴォイド。
少し前まで聞こえていた乾いた咳は収まったのか、オレンジのカーテンの向こうにいる筈のミサキは静かだった。付き添いに来ている筈のアンの気配は無い。
「詳細は報告書の斜め読みで把握して貰えればいいのだけれどね……事件被害者として早く確認しておきたい事もあるんじゃないかと思ってねぇ」
そう言いながらユウヤミは、行方不明者を探す為の特別捜査班が開設されたところからセルゲイの共犯から聞き出した情報で犯行現場たるモンパ村のホテル・モルガンテまで行き着いた事をかいつまんで説明した。
「ケルンティア君はね、ホロウ君が先に送り出してくれたから助かったのだよ?特捜班がホロウ君を探す時も協力してくれたのだよねぇ」
目を見開くヴォイド。ヴォイドの脳裏に、ミサキがOCガスで咳が止まらなくなっていた様子や寒いユニットバスの中で凍えていた様子が浮かび上がる。
「喘息の発作は……?」
「常備薬の吸入器で多少は抑えられたみたいだね。救出直後は動けそうになかったのだけれど、後でインカムで聞いた声からすれば小康状態ではあったと思うよ」
「少し収まったところで……無理、したのかな」
「無理と言えばそうだろうねぇ……犯行グループが遠くまで逃げないよう車の燃料タンクに砂糖を混入したのはケルンティア君だろうし、私もマーシュ君もケルンティア君にあの場で叱り飛ばされたからねぇ」
「え!?」
開いた口が塞がらないヴォイド。ミサキならやりかね無い気はしたが、それにしても体調が芳しくない中で図太い事をするものである。
「ケルンティア君は真っ当な事しか言って無いよ。むしろ、それで皆んな助かったんだから感謝しなくちゃぁね?」
クスッと笑うユウヤミがセルゲイら犯行グループを捕獲しに行ったのがロードで、情報収集やマルチコプターでの偵察と監視はテオフィルスだという事を語る。ユウヤミが221B室にたどり着いた時にはユニットバスの外側は目貼りと接着剤で固められていた事、開けたらヴォイドと一緒に出てきた水の勢いで壁と天井が崩落した事、この崩落で脚を怪我したらしい事も手振りを交えつつ語っていく。
「それで、ホロウ君も知っての通り水獄で溺水していたところを私が心肺蘇生したという訳なのだよ」
心肺蘇生と聞いてヴォイドの耳がまた赤く染まったのに気付いたユウヤミが柵に頬杖をつき、すっと目を細める。
「何を考えているのかな?ホロウ君?」
事態を面白がるような光を浮かべるユウヤミの目を見て、余計に照れが顔に回って上手く言葉が出てこなくなったヴォイド。口を真一文字に結び、柵に添えてあったユウヤミの手をぎゅぅぅぅと効果音が付きそうな程力任せに握り締める。
「あたた……ごめんってば。結構痛いかも、それ」
眉間に皺を寄せるユウヤミに構わず力を込めるヴォイド。チラリと心電図に目を走らせたユウヤミは、心拍血圧共に上昇している事を数値で確認した。
「救命行動から外れた事はしていない、とだけは言わせてくれないかい?」
ちょっと拗ねたようなユウヤミの口調に渋々ヴォイドは手を離す。
「時に……救急車で軍警病院に運ばれた時、話を聞いたエルナーさんの奥さんが入院準備を買って出てくれたのは聞いたかい?」
急にユウヤミが話の方向を変え、目を瞬かせながらヴォイドは記憶を検索する。
「あ……うん、ユウヤミがいない時にアンから聞いた。ロザリーが色々用立ててくれたって」
そう、実はロザリー・エルナーがヴォイドの入院準備に全面協力していた。保険証の準備や身の回りの小物から始まり、着ていた服の洗濯までこなし、一般の病院に慣れていないアンのサポートまでしていたのだ。
「帰る時かなり名残惜しそうだったのだよねぇ……泊まり込めないから、って面会時間ギリギリまで待っていたのだけれどねぇ」
「そうなんだ……」
まさかロザリーまで巻き込む形になるとは予期していなかったヴォイドだが、日常生活面で言えばこれ以上の助っ人はない。申し訳なさより心強さが勝って少し頬が緩んだが、次の瞬間ロザリーが洗濯をした話から重大な事を思い出した。
「そうだ……あの服……」
「服がどうしたんだい?」
「ユウヤミのくれた服、また汚しちゃった……」
食い倒れ祭りの時のベージュトップスも愛の日のブルーグレーコートも他の服も全部、赤錆の溶けた水にしばらく漬け込んでしまった事を思い出して悄気るヴォイド。見事に茶色く染まって赤錆臭が纏わり付いていそうだと肩を落とす。
「ホロウ君……」
例のベージュトップスが汚れた時も残念そうな顔をしていたが、今はその時よりわかりやすくずっと“人間らしい”落ち込み方をしていた。そんなヴォイドがユウヤミには少し眩しく見えた。
「あのね、綺麗に洗えたってロザリーさん相当喜んでいたから今回は大丈夫だと思うよ」
ロザリーの置いていった白い布製カバンを足元から持ち上げてヴォイドに手渡すユウヤミ。恐る恐るヴォイドがカバンを開けると1番上にメモ書きが乗っており、ロザリーの癖の強い字が目に飛び込んできた。
『ヴォイドへ。お洋服は全部洗濯しておきました。コートは丸洗いOKだったので一緒に洗ったけど、もし気になるようならクリーニング店へ持っていって下さい。赤錆汚れは還元型漂白剤で落ちました。ヴォイドの体調が一日も早く回復しますように。エルナー家一同』
さっと目を通すとヴォイドは直ぐにカバンの中で畳まれているトップスを掴んで広げた。両手で広げた服は少し色落ちしたように見えたものの、シミひとつなく綺麗な状態だった。
「良かった……」
呟いたヴォイドがぎゅっとベージュトップスを抱きしめる。大事そうに抱え込んで離さないその様子にユウヤミの眦も下がる。
思う存分トップスを抱きしめたヴォイド。次にカバンの中に入っている物を一つずつ出して確認していくと、底にビニール袋に包まれた何かが入っていた。袋から透けて見える色と形からヴォイドが推察するに、着ているはずの下着だった。だが、身に付けている感覚がきちんとある。
そうか、ロザリーが入院準備を全部してくれたというのはそう言う事か。覚えのない歯ブラシセットやコップまで置いてあったのは本当に何から何までロザリーが準備したって事か。一般の病院ではそういうものかと勘違いしてた。
「ありがとね、ホロウ君」
カバンから目を挙げると、組んだ指に顎を乗せて微笑んでいるユウヤミがいた。
「あの時の服、大事にしてくれて」
「……ユウヤミが初めてくれたものだから」
トップスとコートを一緒に抱き抱えながら答えるヴォイドの顔はうららかな春のように穏やかで、そして少しだけ熱がこもっていた。
それから、セルゲイが捕まった後の話になり、ロードとテオフィルスは特例ずくめの警察からの委任捜査だったのもあって提出書類の山を片付けるのに追われていた事や、病院の休憩室で作業しつつ交代で様子見に来ていたが面会時間の都合で帰った事、終業後にミアとネビロスがお見舞いに来た事をユウヤミが語っていく。
「で、さっきのレトルト粥麦とひとくちフルーツゼリーはマーシュ君から、こっちのお茶と今履いてる厚手靴下とスリッパはメドラー君から、ここに飾ってある花はフローレス君からのお見舞い品だよ。事件時の持ち物は警察の検査が終わったら帰ってくるからね」
ユウヤミが手で指し示す先には兎頭ブレンド茶のペットボトルがある。ベッドの横にはゆめかわ系のスリッパ。飾ってあるガーベラは生き生きと咲き誇っている。
「因みに粥麦とお茶と花はケルンティア君にも同じ物を差し入れしたらしいよ」
カーテンの方を無意識に見やるヴォイド。向こうではどれもこれも全く手を付けられていないとは知る由もない。
「そう言えば、あれ何?」
「『文字には力があるんです』ってフラナガン君は言ってたよ」
ヴォイドが指さす先の壁には「健康回復」と書いた紙が貼ってあった。良く言えば味のある字体、悪く言えば癖の強い踊ったような字体ででかでかと書いてある。
「フラナガン君なりの気遣いなのだろうねぇ」
フィオナの名誉の為に付け加えるが、普段の字は流石ボールペン習字を続けているだけあって大変読みやすいものである。今回癖が強いのは単に気持ちが入りすぎてしまった故であって粗雑に書いたわけではない、とここで強調しておく。
「フラナガン……?」
「総務部のフィオナ・フラナガン。会った事はあると思うけれど?」
ユウヤミに言われて首を捻るヴォイド。所属班は違うし、辛うじて知っているのはロードの友人である事と核弾頭のような女性であるところまで。加えるならヴォイドには理解しにくい単語を使うところだが、どのみちほぼ接点はない。
「今回、失踪事件として最初に捜査をしたのは総務部だよ。結社敷地周辺の捜索をしたり、行方不明者届を警察に提出したり、特別捜査班編成に伴う環境準備にもフラナガン君は関わっていたらしいね」
「そんな事になってたの……」
ユウヤミ、ロード、テオフィルス、ロザリー、アン、ミア、フィオナ、顔も名前もよく知らない総務部メンバー。関わった人の多さにヴォイドは少し身震いした。
「そんな大きな物、返せない……」
呆然として呟くヴォイドにユウヤミが困ったような笑みを浮かべる。
「良いんだよ、ホロウ君。ホロウ君が元気に生きていてくれる事が一番の恩返しになるのだからねぇ」
「そう……なの?」
「勿論。ホロウ君と、生きて、こうやってまた顔を合わせて話せた事が私は一番嬉しいんだもの。返すのは元気になってそれからゆっくり返せばいいよ」
少し前のめりになって微笑むユウヤミ。
「色々あったけれど、何よりもホロウ君たちが助かって良かったよ。約束通り“消滅の神様”からは逃げ切れたでしょ?」
一瞬呆けたような顔をしたヴォイドだったが、じんわりと微笑みが広がっていった。
「……うん、ユウヤミも私も逃げ切れたし、生きてて良かった」
それ以上何を言うでもなく、二人は笑みを深めてただ微笑みあった。
「ねぇホロウ君。折角だからこの際聞いておきたい事って何かあるかい?」
「聞いておきたい事……あ、今日はヨダカいないんだね。病院だから?」
いつもならユウヤミいる所にヨダカ有り、と言うほど影のように一緒にいる筈なのに今日ヴォイドは顔を見ていなかった。
「いや?今は事件に関係するデータ提供の為に警察に預けてあるよ。明日には戻ってくる予定」
「そうなんだ……てっきりヨダカ壊れたのかと思った」
「はは、機械人形は頑丈だからねぇ……余程狙わない限り簡単には壊れないよ」
それもそうか、と納得したヴォイドが今度は視線を下に傾けて何かを思い出そうとする。やがて何かを思い出したらしく、一つ頷いた。
「結局……セルゲイとかソーニャって何なの?ミサキが個人的な怨恨とか殺されかけたとか……そんな感じのこと言ってたけど、つまり何があったの?」
「やっぱりケルンティア君は知ってたか……」
呟いて眉間を軽く揉んだユウヤミは少し唸っていたが、やがて意を決して顔を上げた。
「今回過去の怨恨に巻き込んでしまった訳だし、ホロウ君には聞く権利があるね。全く良い話ではないけれど」
「それでもいいよ。聞きたい」
「んーそうだねぇ……セルゲイ・トカレフから見た私は恋敵で殺人犯、ってところかな」
顎に指を添え、此処ではない何処かに視線を漂わせていくユウヤミ。
「通称『生き人形事件』が起きたのは2168年のアス。丁度今日から6年前だね。当時、私も探偵として駆け出しでね、依頼の選り好みなんてする余裕が無かった頃だ」
人探しの依頼人として事務所を訪れたソーニャに勘違いで気に入られた事。狂言依頼をしてまで付き纏われた事。口頭での説得を繰り返してなんとか諦めて貰った事。まもなく不可解で猟奇的な殺人事件が起きて捜査を進めると主犯はソーニャだった事。ソーニャに入れ込んでいたセルゲイに拉致監禁されて待ち構えていたソーニャにエンバーミングされた事。ソーニャは今まで何人もの男性を殺害しては冷凍庫でコレクションしていた事。
「と言う訳で、危うく全身の血を抜かれた氷漬けコレクションにされるところだったのだよねぇ」
「氷漬けコレクション……!?」
「そう。結局はギリギリで警察が到着して保護して貰えたから今生きてる訳なのだけれど、この時ちょっとした偶然があってね。警察が来た事に気付いたソーニャに冷凍庫で無理心中させられそうになったのだけれど、すんでのところで彼女だけ手が滑って冷凍庫に閉じ込められた」
此処で一旦言葉を切ったユウヤミがヴォイドの目を見据えて人差し指を立てた。
「ここで質問です。血圧を上げる薬を多量に服用した状態で、マイナスに迫る冷水に落ちたらどうなるとホロウ先生は思いますか?」
いきなり話を振られて戸惑いつつも、ゆっくり答えるヴォイド。
「……血管が一気に収縮、不整脈が起きて虚血性心疾患の誘発がありそう。それに脳卒中も起こるかも……最悪死亡するケースもあると思う」
「そう言う事。冷凍庫内に準備していた水の中に落ちたソーニャは救急隊の努力虚しくそのまま死亡してね、その一部始終を見ていたセルゲイは今までソーニャに振り向いて貰えなかった恨みを含めて『悪い事になったのは全部リーシェルの所為だ』と思い込んだらしい。丁寧にも宣戦布告されていたのをついさっき思い出したよ」
自分が犯罪を犯した事を理解しながら『リーシェルだけは許さない』と取り調べで宣言したセルゲイの声がユウヤミの耳の中で蘇る。
「主犯のソーニャは死亡したけれど、従犯のセルゲイは裁判の結果に従って懲役30年の刑に服役していた、筈だった」
「何があったの……?」
「去年11月、移送中に脱走したセルゲイは近隣住民の車両を奪って逃走。警察が行方を追ったものの捕まえる事はできず、関連するであろう事件が起きても足取りは掴めず。それで今回の事件が起こるに至った、という訳だよ」
「だから……恋敵で殺人犯?でも全部ソーニャとセルゲイの思い込みだよね?ユウヤミはどう見ても被害者でしょ?」
「此処が人間心理の不思議なところでね?信じたい事がその人にとっての真実になるものなのだよねぇ……」
眉を下げて長い溜息を吐くユウヤミには悲しげな影が浮かんでいるようにヴォイドには見えた。
「ユウヤミは、どう思うの?」
「そうだねぇ、犯罪心理学の分野としては興味深くて研究し甲斐のある事件だったと思うけれど?」
「それだけ?」
じっとヴォイドの地球によく似た瑠璃色の瞳に見つめられたユウヤミは、何かを見透かされたような感覚に少しだけ肌が粟立った。
「ホロウ君に言われたら隠し立て出来る気がしないなぁ」
気が抜けたのかユウヤミの顔からは表情がすっぽり抜け落ちていた。
「ソーニャに対して個人的な感情は今も昔も何もないのだけれど、正直幾ら考えても彼女の行動の意味が理解できないのだよねぇ……まぁ、思い出すのはそれなりにストレスだよ」
今までユウヤミは事件の回想がストレスかどうかなど考えた事がなかった。昼間、生き人形事件の事を考えた時に無意識に鎖骨を摩っているとヨダカに指摘されるまでストレスになる事だと気付いておらず、今言葉にして漸く腑に落ちたところだった。
何もない筈なのに思い出すとストレスになるなんて不思議だと考えていたユウヤミは、ぽふっと頭に何かが乗せられた感覚で現実に引き戻された。
「えっと……?」
「ストレスなのに、ユウヤミが随分話してくれたから」
そう言いながらヴォイドがわしゃわしゃとユウヤミの頭を撫でる。猫というより犬を撫でる時のような遠慮のなさだったが、ユウヤミは気にしない事にした。
「ふふ、ありがとう。ホロウ君」
屈託ない笑みを浮かべたユウヤミは、伸ばされたヴォイドの手を片手で止どめるとそっと掌に包んだ。
「いいかい?ホロウ君は巻き込まれた被害者なんだから、何も責任なんて感じなくていいんだよ。さっきの話だって知りたくて当然の事だもの。全然気にしてないよ」
ユウヤミのしかと握った手袋の無い手の温もりから、縋るように念を押す圧をヴォイドは感じていた。
「償いより怨みを肥大化させたのはセルゲイの問題。そんなセルゲイの更生も出来ず、脱獄を許してしまったのは司法機関の問題。最初の事件当時に遺恨なく解決できなかった私の問題もあるし、他にも沢山の思惑とミスが重なってできている……」
ヴォイドの手を握り直すユウヤミ。
「でも、もう全部終わったから。セルゲイに狙われる事は無いから安心して」
言い切るとユウヤミはふわりと笑みを浮かべた。
ユウヤミが断言する時は本当にそうなる時。理解しているヴォイドは頷いて「もう終わったんだね」と返した。だが、泣きそうな自分の気持ちはよくわからなかった。
「そうそう、前からホロウ君に言いたかった事があってね」
ベッドの柵にもたれているユウヤミが物のついでのように口を開く。
「前に、私の名前を呼ぶのが好きだって言ってくれただろう?」
「……うん」
「私もね、ホロウ君の名前を呼ぶのも、名前そのものも好きなんだって言っておこうと思って」
「ふーん……え?」
世間話の延長のように何気なく言われた事。内容を直ぐに理解できず、呆けた顔のままヴォイドがフリーズする。だがユウヤミはヴォイドがフリーズしている事に構わず話し続ける。
「何もないのは全ての始まり、ひいては無限の自由を表すと思うのだよねぇ」
指先を回して空中に円を描くユウヤミが静かに微笑む。ユウヤミにとって自由は監視者だらけの中のあるようで無い小さな世界を指す。だが、ヴォイドの名に重ねて見た自由は大空を自在に飛びながら迷わない鳥のような、そんな大きな世界だった。
「だから、ヴォイド・ホロウって名前が好きなんだよ」
呆けたままのヴォイドの顔をユウヤミが覗き込むと、みるみるうちに彼女の瞳には涙が溜まっていき、口を真一文字に結んで何か堪えるように頬を染めた。
「ホロウ君はきっと何にだってなれる。君が望んで羽ばたきたい空があるならね」
言い切るかどうか。赤く染まったヴォイドの目元から一つ、また一つと涙が溢れていく。
「ホロウ君……?」
そう言えば前も感情が昂った時に目を潤ませていたなと思い出したユウヤミは、ヴォイドの頭だけを抱き寄せて落ち着くように撫で始めた。
「ヴォイド・ホロウ、いい名前だよ?」
その声が聞こえた途端、堰が切れたようにヴォイドの目から涙が溢れ出した。
俯いて顔も覆って咽び泣くその様子を見たユウヤミの中で何かが変わる音がした。万華鏡が切り替わる瞬間のような音だった。
頭を撫でていた手を止めて、すっぽり覆うようにぽふっとヴォイドを抱きしめるユウヤミ。ゆっくり、ゆっくり落ち着くように、猫が仲間を毛繕いする様に背中を摩る。
一瞬ヴォイドは驚いた様だったが、何も言わずにただ酸素マスクの下で泣いてユウヤミに包まれていた。
「そっか……色々あったのだねぇ……」
身を乗り出した時に腹に食い込んだベッドの柵も縫ったばかりの脚も痛かったユウヤミだが、余計な事は考えずにただヴォイドの背を摩った。
同じような意味の単語を並べただけの名前から、ヴォイドの名は誰かが思いを込めて贈ったものではないのだろうとユウヤミは推測していた。生い立ちを全部知っているわけでは無いが、岸壁街最下層の孤児だったというなら想像に難くない事だった。
それ故に、名前の話でこんなにヴォイドが泣くとはユウヤミも考えが及ばなかった。少し目が潤むにしても、もっと淡白な反応だと予測していたのだ。
「ユ、ヤミ……」
「うん?どうしたのかい?」
「言われ……ことなくって……あんま……り、泣くの、変?」
しゃくり上げながら聞くヴォイドの背を、さっきより少し手に力を込めて摩るユウヤミ。
「泣きたい時に泣くのが1番良いんだよ。涙は自然な反応だもの、泣きたいだけ泣いて良いと思うよ」
ユウヤミの返答とゆったりした心音を聞いて、止まりかけていたヴォイドの涙がまた溢れ出す。やがて、しゃくり上げた掠れ声のヴォイドはポツリポツリと自身の名前の由来についてユウヤミに語った。
名前がなくて報酬が貰えなかった日の事。不便さから自分でつけた事。周囲から虚しい人間だと言われていた事。固有名詞の必要性から他の名前は考えなかった事。
語られる内容をユウヤミはヴォイドの背を摩りながら、静かに相槌をして聞いていく。
「ねぇユウヤミ……『何もないのは全ての始まり』なの……?」
「そうだよ。広大な宇宙すらも最初は何もなかったと言われているからねぇ……無が揺らいでビッグバンが起こるまで時間も次元も無かったとする説があるんだ。でも、その無は揺らいだし今の宇宙は広がり続けている」
だから始まりなんだよ、と続けたユウヤミの声には確信が有った。
「それで、無限の、自由……?」
「うん。ホロウ君なら新たな分野に踏み出してもきっと上手く成長できると思うんだ。新しい知識や技術を吸い込んでいく姿を見るとね、ホロウ君が一歩踏み出した方向はきっと良い学びのチャンスになると思えるんだ」
腕を解いてヴォイドと視線を合わせたユウヤミはにこりと微笑みを浮かべて見せる。
「私はね、ホロウ君が空っぽだと思った事は一度もないよ」
ユウヤミの言葉に目を見開くヴォイド。
「反応の淡白な人が必ずしも見かけ通りとは限らないからねぇ」
ヴォイドの目がまた潤み始めたのを見たユウヤミは、彼女の頬にそっと手を添わせた。
「本当に空っぽな人って云うのはね、主体性がなくて誰かに命令された事しかできないものだよ。ホロウ君は今まで誰かの命令だけ聞いて生きてきたかい?」
振り返ったヴォイドの人生の中には、自分ではどうにもならない岐路がたくさんあった。それでも、選べる岐路の時はどんな事であれ最後は自分で選んでいた。
「生きていたい、食料を確保したい、学びたい、それだって立派に軸だよ。損得で図るにしても自分で考えて出した答えだろう?」
戸惑いながら小さく頷くヴォイド。
「私はホロウ君の過去を少ししか知らないけれど、少なくとも医学を志すのは誰かに言われたからってできるものではないのはわかるよ」
見開いたヴォイドの瞳からまた涙がこぼれ落ちる。
「悲しくない……辛くない……なのになんで涙がっ……」
「そうだねぇ……君の心が君を追い越したんじゃないかな?」
こぼれ落ちた涙をユウヤミが指先で拭う。
「わからないことがあるなら、これから学べば良い。学びに制限はないのだからねぇ」
小首を傾げてにこりと微笑むユウヤミ。
「私も……偉そうに言える立場ではないのだけれどねぇ」
「え……?どう言う事?」
聞き返すヴォイドに寂しそうな笑みを返す。
表面を取り繕うだけで何者にもなれない私の方が空っぽだろうーーそうユウヤミは思ったが口には出さないでおいた。
生まれてこの方本気で死にたいと願ったことはあれど、生きたいと願った事はないユウヤミ。種々の思惑が重なって生きることを許されているユウヤミの命は実質自分のものではない。人間としての正解が何なのか常に周囲を伺いつつ表面をそれらしく取り繕い、監視者からペナルティを受けないよう立ち回らなければならないと決められている。
生きていたいとも思わないが死ぬ程の理由もなく、曖昧な立ち位置から目の前の事すら遠くの事のようで。
「……生きてる意味が見つからなくてね」
呟くように答えたユウヤミに意外そうに首を傾けるヴォイド。
「そうなんだ……ユウヤミにも、見つからないものがあるんだね」
少し口角を上げたヴォイドが言葉を紡ぐ。
「学びに制限はないんでしょ?いつか見つかるといいね」
「ふふ、そうだねぇ」
でもね、ホロウ君。君を見ていると何かわかりそうな気がしてくるんだ。まだ上手く輪郭も掴めないけれど、何となくだけれど、前に思っていたより軽くなった気がするんだ。
その言葉を飲み込んだユウヤミは代わりに笑みを深めるだけにした。
「そう言えば……なんでユウヤミここに居られるの?皆んな帰ったんじゃ……」
「うん?今更それ聞くのかい?」
困ったような笑みを浮かべて袖を捲るユウヤミ。ヴォイドに差し出した腕には入院患者を管理する為のリストバンドが巻かれていた。
「同じ物がホロウ君にもついてると思うけど?」
言われた通りにヴォイドが自分の腕を見ると同じデザインのリストバンドが巻かれており、ヴォイド・ホロウと名前が書き込まれていた。
「もしかしてユウヤミも入院してるの……?」
「そうだよ。ホロウ君の溺れたあの赤水がどうも曲者らしいって科捜研から言われてねぇ。足の傷口から何も入っていなければ良いけれどって」
「じゃ、この後に熱が出るかもしれないんだ」
言いながらユウヤミのリストバンドに書かれた名前を見たヴォイドは眉根を寄せた。
「ん……?ユウヤミ、取り違えてない?」
「どうしたの?」
「だってこれ……ラウール・ケレンリーって書いてあるし」
氏名の欄には「ユウヤミ・リーシェル」ではなく「ラウール・ケレンリー」と表記されている。
「あぁ、此れ……」
ちょっと迷った素振りを見せたユウヤミは一つ頷いた。
「誰にも言う気はなかったのだけれど、ホロウ君にならいいかな。こっちが本名だよ」
いつもの笑みを張り付けた顔でリストバンドを指先で弾く。
「ユウヤミ・リーシェルって名前は所謂ビジネスネームなのだよ」
そう聞いてもヴォイドは視線を漂わせて何か考えただけで、さして表情を変えなかった。
「うーん……ユウヤミとラウール、どっちで呼べばいい?」
「あれ、驚かないのかい?」
「愛の日に軍警と何かあるって言ってたし……ビジネスネームじゃなきゃいけない理由とかもあるんだろうなって」
「ふふ……本当、ホロウ君は聡いねぇ」
淡々と答えるヴォイドを見たユウヤミの顔には苦笑が浮かんでいた。
「そうだねぇ、職場で会う事が多い訳だから、ユウヤミのままの方が助かるかなぁ」
軽く答えるユウヤミを見て、また少し考えたヴォイドが口を開く。
「ラウールの名前、忘れなくてもいい?」
「うん。職場で呼ばなければいい、というだけだからねぇ」
「今は職場でもないし仕事中でもない、よね」
確認するようにヴォイドから覗き込まれたユウヤミが目を瞬かせる。
「ラウール、ラウール・ケレンリー……こっちの名前も好き。ちゃんと覚えておくね」
穏やかに微笑むヴォイド。
それを見てラウールの中に形成されていた何かが形を変える音がした。万華鏡が形を変えた時のような音だった。
「ユウヤミもラウールも良い名前……どっちも覚えていたい」
言い切られたラウールは唖然とした顔のまま、ヴォイドの顔をまじまじと見てしまった。
「どうしたの?ユ……ラウール」
ラウール・ケレンリーの名は殺人犯アルセーヌ・ラプラスと別人になる為に書類上必要だった名前にすぎなかった。少年院や大学、各種手続きや警察の中で使ってきたが、そこまで思い入れのある名前ではなく、常に仮名のような感じだった。むしろ幼き日に仮面としてつけたユウヤミ・リーシェルの方がしっくり来ていたのが本音だ。
だが、ヴォイドに「ラウールの名前も好きだ」と言われた時、変わった。仮名のような宙ぶらりんの感覚がするりと消え、「ラウール」が自分の名なのだと15年越しに腑に落ちたのだ。
名前一つで大袈裟かもしれないが、ラウールには人間に一歩近づけたような気がしたのだった。
「なんでもないよ。ありがとう、ホロウ君」
気が抜けたのか無表情に少しだけ緩やかな笑みが浮かぶラウール。
「嫌じゃ……無いよね?」
「勿論。良い名前だって言われた記憶が無かったものだから、少し驚いちゃっただけだよ」
嬉しいよ、と続ける。
ふと、差し出されたままになっていたラウールの手に視線を落としたヴォイドは、真っ白い肌の中で妙に手の甲が黒ずんでいるのが見えて思わず目を止めた。
「気になるかい?」
「そんなに見てた……?」
笑って頷いたラウールが口を開く。
「此れね、小さい頃、嫌なことを我慢する度に爪を食い込ませてたみたいでねぇ……当時の傷で若干皮膚が黒ずんでいるのだよねぇ」
「え……?そんな事があったの?」
のらりくらりとしたラウールなら障壁を逆手に取って別の事に利用しそうなのに意外だ、と首を傾げるヴォイド。
「実を言うとね、ホロウ君。ユウヤミ・リーシェルの名前は幼い時に自分で自分につけた名前なんだ」
「なんで……?」
「どうしても、生き難くてね……」
「ラウール、生き難かったの?」
少し憂いを乗せた顔で頷くラウール。
「人は集団の中でしか生きていけないからね。属する集団を選べる大人なら兎も角、幼少期を過ごす集団やメンバーは自分では選べない。どれだけ合わなかったとしても」
遠くを見たラウールの瞳に何が写ったのかはヴォイドにはわからなかった。
「ホロウ君だから言えたんだよ。私、手袋そんなに外さないし」
しけちゃうからこの話はここまでね、と話を切り上げたラウールは「そうそう、これ」と言いながら机に置いた袋を引き寄せて中身を取り出した。
「自分で作る時間が無かったからコンビニのものだけれどね」
ラウールの見せたものでパッとヴォイドの顔が晴れて声のトーンが上がる。
「マカロン!」
これがラウールがわざわざ監視役の刑事を撒いてコンビニまで行った理由である。コンビニのスイーツシリーズで販売されている期間限定マカロンをどうしてもヴォイドに渡したかったのだ。
「次の約束をしてから随分と経ってしまったからねぇ……お詫びも兼ねて、ね?」
登場したマカロンをキラキラした顔で見つめるヴォイド。
「でも今食べたら胃腸が驚いてしまうのでないかい?」
「あ、そっか……忘れてた」
直ぐに酸素マスクごとしょぼんと落ち込むヴォイドにラウールが苦笑する。
「賞味期限は直ぐじゃないよ。逃げないから食べられそうな時に食べてね」
マカロンを机に置いた時、廊下の方で看護師と監視役の刑事の話し声が微かに聞こえたラウール。潮時かと時計を見ると思った以上に時間が経過していた。
「おっと、もうこんな時間だ。体調悪いのに長居しちゃってごめんね」
「ううん、話せて良かった。ありがと、ラウール」
柔らかな表情のヴォイドを目に焼きつけたラウールが席を立つ。
「ふふ、じゃぁね、ホロウ君。おやすみなさい、良い夢を」
「うん。おやすみ、ラウール」
穏やかな微笑みをヴォイドと交換したラウールは軽く手を振って病室の外へ出て行く。
マカロンに貼ってある付箋に「マカロンのお菓子言葉は『貴女は特別な人』」と流麗な文字で書いた物を残して。
「Good night ,and have a nice dream……」
小さく呟いたユウヤミはヴォイドとミサキのいる病室から離れて行く。隣で煩い刑事のことには目もくれず、口元に微かな笑みを浮かべていた。
>To be continue