薄明のカンテ - 愛の日に暴走した君/燐花

変な夢

 ロードが目を覚ますとそこは何だか見た事もない天井と、自分が寝ているのはダブルサイズのベッドだった。温かく隣に誰かがいた形跡のあるベッド。ロードは頭をフル回転させ状況を整理した。
「えーっと…確か昨日まで…あれ?どう言う状況からのこれですかね…?誰かを引っ掛けた記憶が無い…と言うかここ最近飲みに出た記憶もないのに何故…?」
 そして色々考えた末、ロードは納得した様な顔を窓の外に向けた。
「夢…ですかね…?」
 夢の中で夢である事に気付く。珍しい事もあるもんだ。そうなれば、後は早く覚醒させて目を覚ますだけであるのだが、しかし先程から響くシャワーの音にふと好奇心を引っ張られる。おそらく今シャワーを浴びているのは隣に寝ていたであろう誰かなのだろうが、果たしてそれは誰なのか。
 自分の夢の中の筈、と確信してはいるものの、もしかしたら男性かもしれないし全然知らない人かもしれないし、そう考えてロードはどうにもそのシャワー音の主が気になってしまった。
 無理矢理覚醒させるのは色々見て回ってからでも良いし、せっかく気付いた上で夢の中にいるのだから夢を堪能するのも良いか。
「しかし面白い夢ですねぇ…」
 この部屋、内装が自分好みである。壁紙から家具のデザインから何から。何かに似ていると思ったが先日家具のカタログを何気なく見ていて良いなと思った部屋の模倣なのだろう。分かりやすく心の奥底で望んでいた部屋を構築されて自分の脳の単純さに少し笑いが漏れた。
 しかし、シャワー音が止まった事に気が付いたロードは現れた人間に目を見開いた。
「あ、起きた?」
「は……」
 濡れた髪をタオルでわしゃわしゃと拭きながら現れたのはヴォイドだった。バスローブに身を包みスリッパでパタパタ歩いてくる彼女は昔みたく下ろした髪の毛を艶めかせている。
「…どうしたの?」
「い、いいえ…」
 覗き込むヴォイド。ロードはやっと彼女のバスローブの胸元から目を逸らすと頭を抱えた。どうしよう、一気に夢から醒めたくなくなったのだが。
「やっと起きた?ぐっすり寝てたからどうしようかと思って先にシャワー行っちゃった」
「は、はぁ…」
「…何変な声出してんの?本当に起きてる?」
 訝しげな顔で覗き込むヴォイド。彼女の顔から少し下に目線をずらす。ロードは目の前にあるカヌル山をガッツリ脳裏に刻んでおきたかった。
 それに、少しばかり胸が痛む。やはりここでも名前を呼ばれないのか。夢らしいと言えばらしいが。今、彼女は自分の名前を呼んではくれないから夢の中くらい良いじゃないかとは思ったが、夢でもそんな都合良くは行かないらしい。
「…ねえ」
「はい…」
「どこに返事返してるの」
「はい…」
「ねえ、こっち向いて」
「はい…」
 ぐいと顔を手で掴まれ持ち上げられる。強制的にロードと目を合わせるヴォイド。その青と緑の混じった様な瞳を見ると何だか途端に泣きたくなった。懐かし過ぎて、かつてこの瞳に自分しか映っていなかった時どうしてちゃんと彼女の事を思って動けなかったのか。勿論これから挽回する気はある。あるが、後悔もまたいつまでも消えるものでは無い。
 それが死ぬ程後悔した事ならば、尚更重くのしかかる。
「…なんて顔してんの?」
「いやぁ…それでも今幸せだな、と思いまして」
「…どう言う事?顔掴まれてるのが?」
「貴女と再会出来て、貴女からされる何もかもが、ですよ」
 ロードはそう言ってヴォイドの髪を撫でた。こんな風にしていると、何だか夢なのか夢で無いのか分からなくなりそうだ。ひょっとしてこれは本当に夢ではないのか?どこかで本当に自分の思いが成就して彼女をとうとう射止めたか?なんて都合よく一瞬だけ思ってしまった。
「あ、今夜私ここ来ないから。今夜はユウヤミのところ行くからね」
「……はい?」
「え?だって、カンテ国は一妻多夫だよ?ユウヤミもテオも居てくれるから今日明日は来れないよって言おうとしたんだけど…」
 前言撤回。これは夢だ。そしてこんな趣味の悪い夢なら早く醒めてくれ。カンテ国が一妻多夫だと?そんな事現実としてあり得ないしあったとして認められるかそんなもの。
 嫉妬に狂って今にも死にそうだ。
 男女問わずヴォイドの事を想ってくれそうな人が多い事はありがたいと思っている。何故なら想ってくれている人がいればいるだけ彼女が寂しい思いをしないで済むだろうから、そう言う意味ではありがたいと思うし何よりも彼女が寂しい思いをしない事をいつも望んでいる自分からすればまあ願望が反映された結果と言えば結果だが。しかしそれがこんな歪んだ形で夢の中で形成されなくとも良いだろうに。
「……何故一妻多夫なんて妙な設定なんですかね…私の夢でありながら…」
 しかし、これが夢だと確信を持てた今、ロードは覗き込むヴォイドの腕をぐっと掴んだ。
「どうしたの?」
「夢なんですよね…」
「何が?え?起きてる?」
「起きてますよ?こんなにも元気じゃないですか」
 ぐっと掴んだまま彼女を優しく抱き寄せる。バランスを崩したヴォイドの体に手を添えると、ベッドの中ですっぽりと抱き締めた。夢とは言えやけにリアルな抱き心地と温かさだ。まるでリョワリの抱き枕にするみたく彼女の体に腕を絡み付かせるロード。その顔は夢とは言え幸せそのものだった。
「…良いじゃないですか。現実に出来ないんですから、夢の中くらい」
 少し照れた顔でそう呟くと、照れを隠す様に彼女の首筋に顔を埋めさり気なく唇を這わせてみる。現実ではなかなか出来ないそんな空気、夢で味わうのも悪くない。
 しかし、そんなムード知った事かと言いたげに恐ろしく顔を顰めたヴォイドはロードの腕の中で振り絞る様に口を開いた。

「…おい、起きろ。そして離せ」

ゆめうつつにご用心

 ロードが倒れた。あの何をしても死ななそうなロードが、ヴォイドのいつも以上に照れてしまったその顔を目の当たりにして呆気なく床に沈んだ。正直運んだ身としては「静かになってくれて良かった」とネビロスは思った。
「(しかし、私も人の事言えませんが不器用ですね本当に)」
 普段から余計な事をベラベラ喋っているくせに。肝心の愛の言葉に緊張してかなり心臓が早く動いていたらしい。まあそれ以外にも理由はあるが兎に角彼は貧血で倒れた。ベッドに運ぶとそのまま寝てしまったのでひと段落付いた医療班に静けさが戻る。
「何なの…目の前で倒れるとか…」
 ぼそりとヴォイドがぼやく。とてもとても迷惑そうに。
「(可哀想…)」
 ネビロスはちょっとだけ同情の目線をロードに送ると、ヴォイドに声を掛けた。
「ヴォイド、三十分後アレの様子を診に行ってもらえませんか?」
「何で」
「私はエル先生から仰せつかった仕事が残っていますから」
「三十分の内にネビロスが終えて行けば良い」
「ヴォイドはその間何もなく暇でしょう?様子を診るだけですから、お願いします。貴女特に何も予定無いですよね?ああ、確か仕事は入ってなかったはずですが、間違ってもミアを行かせないように…」
「…ネビロスって結構職権濫用しそうなタイプだよね…」
 ぶすっと不貞腐れてヴォイドは時計を見る。三十分後に起こしに行くのか…面倒臭い。
 そう言う時に限って三十分なんてあっと言う間に過ぎるもので。ヴォイドがベッドに近付くとロードはすうすう寝息を立てていた。本当に寝ている。こいつの寝顔久々に見たな。十年近く経つのに全然変わらない。寝ている顔は凄く幼い。
 額に手を当て前髪を少し避ける。先程まで少し疲れた顔をしていたが今はそこまででは無い。単に寝不足なのだろうが何をしていたのだろう?まあ良いか、時間が来たからそろそろ起こせば。
 起こそうと手を伸ばす。すると、がしっと腕を掴まれた。反射的になのか何なのか、伸ばした手を掴むロード。
 ヴォイドは一瞬びくりとしたが、何だか子供の様なその反応に思わず頬を赤らめてしまった。
「小さい子みたい…」
 寝ぼけて近くにあるものを掴んで、そんな子供みたいな反応が見れると思わなかった。ヴォイドはふふっと笑みを溢す。もうちょっとだけこのままにしてあげても良いかな?そんな事を考えて掴まれた腕を眺めていると、ぐいと引っ張られた。
「え」
 咄嗟に倒れまいと足を踏ん張らせる。が、正直上半身が完全にベッドに潜り込んでしまっているので焼け石に水感は否めない。
 何が起きているのかと目をキョロキョロさせると、ヴォイドは何とか口を開いた。
「何が?え?起きてる?」
 じっとロードの出方を伺うと、目を瞑ったままの彼の口から言葉が飛び出す。
「起きてますよ?こんなにも元気じゃないですか」
 そして腕をぐっと掴んだまま抱き寄せられてヴォイドはとうとう身の危険を感じた。その内体に手を這わされている事に気付きヴォイドはさあっと青ざめた顔になる。寝ぼけているのかフリをしているのか、どちらにせよ今があまりよろしく無い状況である事に変わりはない。その内ベッドの中ですっぽりと抱き締められ、巷で人気のリョワリの抱き枕にするみたく体に腕を絡み付かせられ一瞬ヴォイドはパニックになった。幸せそのものな顔を浮かべたロードはむにゃむにゃ言いながら呟く。
「…良いじゃないですか。現実に出来ないんですから、夢の中くらい」
 いや、良くはない。現実にやってしまってるのだから良くはない。
 とうとう首筋に顔を埋められヴォイドはパニックになる。この状況、絶対傍目に勘違いされる奴だ。と言うかコイツ本当は起きているのではなかろうか。
 ぴとりと唇の当たる感触を感じヴォイドは急に冷静な顔になった。
「おい、起きろ。そして離せ」
「んー…?」
「起、き、ろ!」
 ぐぐぐぐと体を無理に起こそうと足を踏ん張っていたら不意に至近距離でロードと目が合った。ロードは、一言「あ」と呟くとまたヴォイドの首筋に顔を埋めたが抱き締める腕の力はより強まった。
「……起きたよね?」
「……私は寝てます」
「起きてる!絶対起きてる!」
「いいえ寝てます!これは夢です私は寝てます!」
「夢じゃないし起きろ!離せ!」
「嫌です!今離したら絶対拳骨じゃ済まない事くらい分かってます!そんな末路見えて敢えてそっちに突っ込む程私はマゾじゃありません!と言うか今の状況が美味し過ぎて離す気になれません!」
 最早逃すまいとヴォイドの体を押さえ込むロード。何とかしてロードから抜け出したいヴォイド。今逃したら絶対殴られるし、そもそもこんな密着する事すら珍しいのに出来てしまっているのだから諸々惜しくて離すと言う選択肢が見付からないロード。息を荒げるロードを前に身の危険しか感じずとにかく状況を変えたいヴォイド。でもとりあえず悪い気はしているので必死に謝り倒すロード。しかし許したくないヴォイド。
「な、何やってるんですか…?」
 そして運悪くそこに通りかかってしまったのはネビロスだった。
「ファウストさん、助けて!」
「ネビロス、助けて!」
「どう言う状況です…?」
 ヴォイドを助ける、はまぁ分かる。ロードを助ける、の意味が分からないのだが。
「ファウストさん…医療班で無駄に血が流れるのを見たくなかったら私を助けて下さい…!!」
「…なるほど…」
 何となく理解した。ヴォイドに手を貸せば自由を得た彼女がおそらくロードをこの場で血祭りにあげるだろうし、ロードに手を貸せばどんないかがわしい事を始めるかは目に見えている。ネビロスはフッと微笑むと結論を出した。
「どちらにも手は貸しません。精々拮抗していて下さい」
「ネビロス!?」
「ファウストさんそんなキャラでしたっけ!?」
「私も今日自分の事で色々考える量が多過ぎて正直脳内で諸々の処理が遅れてます。これ以上頭を使う事、と言うよりむしろ頭痛くなる事しでかさないでくれますか?」
 しかし、ネビロスのそんな様子を見たロードは先手とばかりに声を張り上げた。
「わ、分かりました!ここで彼女に手は出しませんから彼女が暴力を働かない様止めてくれませんか!?」
「ここで手は出さない?当たり前ですよ真昼間から何を言ってます?」
「ネビロス、こいつに手を貸さないで。こいつに騙されないで。私を信じて」
「ヴォイド…私からすれば貴女も面倒を起こさないか相当疑わしいんですけどね」
 ネビロスはしばらく攻防を続ける二人を尻目に考え事をしていたが、やがて結論が出たのか腕を伸ばすとロードの下にいるヴォイドを引っ張り出し、自由が利く前に羽交い締めにする。専ら相手の戦意を欠く体術を得意とするネビロスにとって関節を押さえて対象の自由を奪う動きは一番取りやすい選択だった。
「ちょっと…ネビロス!?何であいつの味方して…!?」
「ヴォイド、いい加減にしなさい。貴女は医療班ですよ?そんないかにも食って掛かるかの様な顔をいつまでもしているんじゃありません」
「ファウストさん…!?どさくさ紛れに妙な手付きで彼女の体に触らないでくださいよ…!?」
「貴方はどっちの味方で現状をどうして欲しいんですか。ほら、ヴォイドが暴れない様にしてあげてるんですからさっさとベッドから出て下さい」
 むくりと起き上がるロード。しばらく呆けた後「結局どこまでが夢ですか?」と呟いた。一体どんな夢を見ていたんだと呆れていたネビロスは、ふと押さえ込んでいる感触が無い事に気が付いた。自分の腕の中、ヴォイドはぐにゃりと力無く静かになっている。
「……!?」
 まさか。最近あまり組手をやれていなかったし何より体の小さな女性を相手にするのは初めてだったから力の加減を間違えて思った以上にキツく締め上げてしまった…なんて事が起きてしまったのだろうか。
 急に静かになったヴォイドの顔をネビロスは慌てて覗き込んだ。
「ヴォイド…?もしかして、キツく締め過ぎてしまいましたか…?」
 慌てふためいてヴォイドの顔を覗き込むネビロス。なんて事だ。まさか本当に意識を落とす勢いで締めてしまっていたのか。ぐったりしている様に見えたヴォイドは、そのじっとりした目をネビロスと合わせると不敵に微笑んだ。
「……ぁり」
「ん?」
「…隙あり…!」
 そしてパンっ!と音を立てネビロスに猫騙しを食らわせ、するりと彼の拘束から抜け出し距離を空ける。顔を真っ赤にして興奮気味に息を荒げ、素早く構えた彼女の手にはどこから持ち出したのかパイプ椅子が握られていた。
 あ、これは巻き込まれてやられる奴。
 ネビロスは静かに、迷惑そうにロードを見た。ロードの顔は穏やかだった。
「……一人で勝手に生きる事を諦めないで下さいよ…」
「うふふふ…彼女の手で逝かされるなんて本望です…」
「私は望んでません」
 まだミアに想いを伝えきれていないのに。
 足取りは猿、勢いはさながら猪の如く。そんなヴォイドと彼女のぶんぶん振り回すパイプ椅子を見ながらネビロスは生気の無い目になっていった。

危うくリング入場

 青コーナー。
 新たな武器はパイプ椅子。
 その手で時代を切り拓け。
 闘うお医者さん──ヴォイド・ホロウ。

 ぶんぶんとパイプ椅子を振り回しながら近付いてくるヴォイド。それをピシャリと止めたのはアペルピシアだった。
「ここで何が起きているのか…誰か説明してくれる…?」
 ヴォイドの背後で怒りの眼差しを向けるアペルピシア。流石のヴォイドもパイプ椅子を振りかぶったまま固まった。
「あ…エル先生…」
「ネビロス…貴方…この状況は何…?」
 パイプ椅子を構えた医療班メンバー。
 それに襲われそうな同僚とベッド利用者。
 この由々しき事態は何なのだと、そう言うアペルピシアの眼鏡は逆光していて怖い。
「…貴方も…」
 アペルピシアの光る眼鏡はロードを捉える。ロードはつとめて表情を変えず、にこりと微笑んだままアペルピシアを見つめた。
「……もう気分悪くないなら…さっさと出て、仕事に戻ってくれるかしら…?」
「ええ。ええ、それはもう。では、私はこれで失礼しますね」
「あっ…!!」
 ロードは爽やかに会釈すると静かに医療班の出入り口に向かう。何か言い足りなそうなヴォイドが声を上げるが、その声はアペルピシアの視線によって徐々に小さくなった。
「……ねえ、ヴォイド…?」
「だ、だって…あいつが…!」
「例え彼が悪いところがあったとして、貴女のそのパイプ椅子の振りかぶりは何…?それは相手が悪いからと言う理由でやって許される事かしら…?ここはレスリングスタジアムじゃないのよ!?」
「うう…」
 ヴォイドが子供の様に叱られて縮こまっている。ネビロスはその様子のあまりの平和っぷりに思わず口元を緩めた。しかしそれを見逃さないアペルピシアは、ネビロスの方にもキッと目線を向ける。
「…貴方も。色々と楽しむのは結構だけど何飲まれてるの…?流石に乱闘の空気には飲まれないで欲しかったわ」
「す、すみません…止めようと思ったのですが…立ち回りを完全に間違えました…」
「全く、次はヴォイドがパイプ椅子振りかぶる前に止めて?」
「…はい」
 これ以上パイプ椅子を振りかぶる現場に遭遇したくない。今日は本当に色んな事が起きるな…とネビロスは遠くを見つめた。ふと視線の端にミアの姿を見付ける。ミアはにこりと微笑んでくれたのでネビロスも釣られて微笑んだ。
 本当に、ミアを起こす役にあてがわなくて良かった。ヴォイドをベッドに引き摺り込んだロードを思い出してネビロスは少し苛立つ。
 …やっぱり後からお咎めを食らってでも一発食らわせれば良かった。
 それでも自分の手を汚さない方法を模索する、愛の日ネビロスは一皮も二皮も剥けた感じがした。

 * * *

 ロードは少し赤らんだ顔を手で覆う。どこまでが夢でどこからが現実だったのか。
 自分好みの家具を集めた部屋、隣に寝ていたらしいヴォイド。完全に己の理想の塊だったなぁと思う。寝ていた約三十分の間によっぽど濃い夢を見たものだ。
 しかし今日のヴォイドの感情の揺れ動きには驚いた。結社に来てから本当に良い出会いがあったのだろう。あんなに揺れ動く彼女の姿が見れると思わなかった。そう思うと、岸壁街は本当に彼女に似合わない場所になったなぁ。
 岸壁街と言えば。ロードはヴォイドと一緒に暮らしていた頃を思い出した。もうあの頃には戻れないけれど、これから何か変えていけたら良いのだが。
「…ヴォイド、変なとこおぼこいんですよねぇ…まあ、そこがまた…」
 変わらないものもまた愛おしい。
 これで名前を呼んでもらえたら尚嬉しいのだが、それはまた、ゆっくり歩みを進めて行こう。
 いつか彼女の色々な顔を独占出来たら、と久しぶりに強めの独占欲が顔を出す。とりあえず静かに医療班を出て喫煙所に向かった。
 この時、目の前に見慣れぬ二人組が迫っていた。この内の一人、エドゥアルト・ウーデットが手に持つ「ユウヤミ・リーシェルからの愛の日のお菓子」に向こう一週間翻弄される事になるロードだった。