薄明のカンテ - ロザリーさんの足元には機械人形が埋まっているかもしれない

(機械班のメンツと涼風がお話しするスピンオフ気味の話。)

ぼんやりした表情のロザリーが事務所のデスクに座っている。視線は宙をさまよっている。
「ロザリーん!なにやってるの〜?」
突撃してきた涼風の声にも反応しない。
「ロザリんてばぁ、どうしたの??」
前で手を振っても微動だにしない。
諦めた涼風は別のデスクで作業をしているベルナールに声をかける。
「ねぇ、ベルナール〜ロザリんどうしたの〜?」
「昨日、何か新しい情報をつかんだみたいで、今朝から心ここに在らずのまま最低限の仕事だけしてる感じですよ。」
「ロザリんらしいや。何の情報かは知らないの?」
「多分、ウェンズデーさんの事でしょうね。もっとも、この状態になったロザリーは外部刺激を受け付けないので、どうにもできないですが。」
「だよねぇ」
「フランソワを保育部に連れて行く担当は今日はロザリーだったはずなんですが、それすら忘れてるほどです。そっとしておいてあげて下さい。」
「まじか」
もう一度ロザリーを見やる涼風。
「って事は何してもOKってこと?」
「ダメです。」
間髪入れずに帰ってきた答えには殺気に近い何かが混じっていた。
涼風、余計なことは言わない方がいいと思い口をつぐむ。
「ベルナール……」
不意にロザリーが話し出す。
「……やっぱ現物がないとダメみたい。」
「……そうか。」
「頭の中だけで再現するのはやっぱり無理ね。」
「紙に書き出しても変わらない?」
「うー……現物が欲しい……分解(バラ)したい!気になる!」
「特注品は難しいんじゃないかな。」
「今まで読んだ論文に自立で壊れる機械構造とかシステムとかは載ってなかったのよ。論文に載ると特許が取れないから企業秘密って事でしょうね。用途によって多少の強度の差を出す効率性についての論文はあったけど、特定の条件で壊れる設定なんて知らない!!」
「うんうん」
「機械人形でより人に近い肌触りを表現したければ高級人工皮膚が必須になる。見えないところから外れるならわかるけど、腕なんてバリバリに見えるところでしょ?人工皮膚を破らないと壊れたのが確認できないし。…いや?表面に亀裂が入ったように見せるならできるかも。何を考えても憶測の域を出ないのよーーー!!モヤモヤするーーー!!」
アに濁点がついたような奇声を残して背もたれに寄りかかるロザリー。
「分解(バラ)したい……今、物凄く分解(バラ)したい……特注品って中々手に入らないから余計にやりたい……いいや、この際アサギでいいから分解(バラ)したい……あれも飲食オプション付きだし長時間耐久仕様だし……安物は直ぐ壊れるけどセキュリティ系だから頑丈そうだし……」
今度はウに濁点がついたような声が口から漏れてくる。
目の奥には抑えきれない渇望に駆られた獣のようなギラギラした光が見える。
息を潜めて様子を見守っていた涼風、ロザリーの異様な雰囲気にドン引く。
「分解(バラ)させて……絶対組み直すから……」
流石にまずいかとベルナールが動き出した時、乱暴に事務所のドアが開いた。
「よぉ〜!涼風もいんじゃん!あれ、ロザリーさんまた別世界に行っちゃってる?」
缶ジュースとエナジードリンクの入った買い物袋を下げたヒルダ。
その横にムーンの手を引くアンがいる。
「放っときなよ、ヒルダ。あの手の人間は気がすむまでやらせないと仕事にならねェ。」
そう言いながらムーンを自分の後ろに隠すアン。
「一気に冷やせばいいんじゃね?」
買い物袋を上に持ち上げながらロザリーに近づくヒルダ。
「ちょ、ヒルダ!」
「ヒルダさん!?」
「ヒルダあああ!!」
アンとベルナールと涼風の叫びも虚しく、冷え冷えの缶が詰まった買い物袋がロザリーの顔に押し当てられる。
「うぬぎゃっ!?!?」
「しっぽを踏まれた猫か」
涼風のツッコミも聞こえないらしく、犯人のヒルダを睨みつけるロザリー。
「ちょっと、ヒルダ!せっかく考えてたのに吹っ飛んじゃったじゃない!」
「悪りぃ悪りぃ。缶の何か買って来いって言ってたから外回りのついでに買ってきた。」
「あ、え?そうなの、ありがとう。」
「このジュース、新発売なんだってさ〜」
「え?どれどれ?」
さっきまでの異様さも不機嫌さも何処へやら。
ヒルダのペースに完全に飲まれるロザリー。
「記憶を飛ばして落ち着かせるなんて荒っぽい事を……」
どうやら微妙にベルナールは怒っているようだが誰も気にしない。
缶に手を伸ばすムーンを止めるアン。
「ムーン、あんたは飲食できるオプションねェだろ。汚れちまうから手ェ出すな。」
ちゃっかり手を出そうとした涼風の手もアンに叩かれるのだった。