薄明のカンテ - レレイはピーマンがお好き/べにざくろ
 夕飯の赤スープを口に運んでいたリリアナは何かに気付いたように口に運びかけたスプーンを止めた。
「リリ、どうした?」
 愛娘との楽しい夕食らしく、職場では決して見せない柔らかい笑みを浮かべたリアムがテーブルを挟んで反対側へ座るリリアナへ問いかける。
 内心では冷や汗をかきながら・・・・・・・・・だ。
「ねぇ、パパ」
 赤スープを掬ったリリアナの木の匙には赤スープらしいトマトベースの赤いスープと、だいたい正方形に切られた何らかの赤い野菜が一欠片載っていた。その欠片をじっくり眺めたリリアナが、じっとりとした目でリアムを見つめる。
「どうして赤スープにピーマンが入っているのよ」
「……リリに食べて欲しいからだが?」
 あくまでも表情を崩さずに言うことにリアムは成功する。内心は「バレたか!」と嵐が吹き荒れるが、それをリリアナ本人に見せるのは大人として格好悪い。
「赤スープは赤豆とじゃがいもとベーコンだってヒギリおねえさんが教えてくれたもの! ピーマンが入っているのはおかしいわ!」
 食堂でいつも可愛い笑顔を浮かべて配膳をしてくれる食堂のアイドルであるヒギリ・モナルダの事と、リリアナの記憶力の良さをリアムは今だけ少しばかり恨んだ。確かに赤スープの具材といえばその三つが定番であるが、そんなことをリリアナは知らないと高を括っていたので予想外の反撃である。
 本日のシュミット家の夕食は赤スープだ。赤スープはトマトによる赤いスープに赤豆が浮かんでいて何ともネーミング通りの見た目をしている。そこにリアムは小さく切った赤ピーマンを入れた。
 理由は一つ。
 リリアナの苦手な野菜を克服させようとしたからに他ならない。
 子供に嫌いな野菜を聞けば必ず上位にランクインするピーマンをリリアナも子供らしく苦手としている。ピーマンの苦味成分がクェルシトリンやピラジンといった成分にあることは理解しているリアムであるが、そんな化学の事は子供の好き嫌いの前では無力であった。
 悩んだリアムはマルフィ結社の胃袋を掴む給食班に知恵を頼ることにした。エミール・シュニーブリーに恥を忍んで相談すると、彼は「小さく切って同色のスープに混ぜる案」を提案してきたので、早速それを実践してみたのだ。なお、エミールの作戦は完全な失敗ではない。今は気付かれてしまったが、リリアナは先程までは気付かずにリアムが認識しているだけでも既に2個は食べているのだから。
「入っているものをヒギリお姉さんから教わって覚えている事は偉いが、赤スープに赤ピーマンを入れてはいけないという決まりは無いんだ」
「だからって赤ピーマンだなんて酷いわ、パパ」
 子どもらしく頬を膨らませて抗議するリリアナは可愛いが、可愛いと躾は別物だ。元カノであるナタリアに押し付けられる形で自分の娘となったリリアナだが、リアムは躾に手を抜くつもりは無い。むしろ血の繋がらない娘だからと遠慮をする方がリリアナに申し訳ないだろうからリアムは全力で娘を躾ける。
「好き嫌いをしていると立派なレディになれないぞ」
 「レイになるの」と常日頃言っているリリアナが一番気にしそうな言い方でリアムは言ってみる。
「レディは必ずピーマンを食べるとは限らないわ」
 ああ言えばこう言う。
 口の上手さは母親ナタリア譲りだと思いながら、リアムは更に言う。
「そんな事はない。出されたものを全て美味しく食べてこそ一流のレディだとは思わないか?」
 リリアナは暫く宙を見つめて沈黙した。おそらくは脳内で想像される最高の一流のレディがコース料理(子どもが想像出来る高価な料理といえばラシルム料理だろう)を食べているのだろうと考えたリアムは、自身の分の赤スープを食べながらリリアナの反応を待つ。
 暫く考えたリリアナは、おもむろに手に持ったままの匙――当然、赤ピーマンの入った赤スープである――を口に運んだ。眉間に皺を寄せつつも咀嚼する、その姿にリアムの目尻が下がる。
 スープの容器を綺麗に空にして、口の中も空っぽにしたリリアナが口を開く。
「レレイは好き嫌いしないものよね」
「そうだ。偉いぞ、リリ」
 父親に褒められたリリアナはニコリと笑った。
「ねぇ、パパ。明日、お仕事お休みでしょ? お願いがあるの」

 * * *

 子どもの発想力は大人の想像力の斜め上を行く。
 リアムはそれを身をもって痛感していた。
 昨夜、リリアナはリアムに「お願い」をした。
 それは肉詰めピーマンスタッフド・ピーマンを作って欲しいという可愛いお願いで、リアムはリリアナがようやく食べる気になったのかと張り切って作った。折角なのでサワークリームも自作したかったが発酵させる時間が間に合わなかったので今回は既製品だ。
 サワークリームは既製品で良かった。
 リアムは目の前の光景を乾いた笑いを浮かべて見守るしかなかった。
「ヒギリおねえちゃん、お味はどう?」
「うん、とっても美味しいよ?」
 朝食が終わり昼食の支度の準備に取り掛かる前の給食部のいる食堂をリアムとリリアナは訪れていた。そこで「食堂のかわいいお姉さん」であるヒギリ・モナルダを捕まえたリリアナは、彼女にタッパーに詰めてきたスタッフド・ピーマンを差し出して「食べてほしい」とお願いしたのだ。
 リリアナの主張はこうだ。

――レレイはピーマンを食べられるんでしょ? それを確認したいの!

 こうしてリアムはタッパー片手にマルフィ結社を「リリアナがレレイと思う人」の元へ連れ回される羽目になっていた。ヒギリの前には人事部のサリアヌ・ナシェリの元も訪れていて、いきなり貴族に手料理を食べてもらう羽目になったリアムが焦ったのは言うまでもない。ちなみに空気を読んだサリアヌはちゃんと庶民のリアムが作った料理を食べてくれた。もちろん「美味しいですわよ」の言葉付きでだ。さすが素敵な淑女レレイな人である。
「すまないな、モナルダ。素人の料理なんか食べさせて」
 リリアナの相手を嫌な顔ひとつせずにしてくれているヒギリに声をかけると、ヒギリはぶんぶんと赤いメッシュの入った髪を揺らして首を横に振った。
「そんな事無いです! むしろご馳走になってしまってすみません」
 そう言って微笑むヒギリは愛らしくて「食堂のアイドル」と称されるのも納得の可愛さだった。リアムは芸能関係に疎く、実際のアイドルというものがどんなものであるか今ひとつ分かっていないがヒギリならば芸能界でも十分やっていけそうな顔立ちだと思う。
 言わずもがな、ヒギリはかつてディーヴァ×クアエダムというアイドルグループに所属していた正真正銘のアイドルである。リアムがここで世辞の一つも言えるような男であれば「モナルダはアイドルとしてやっていけそうだな」などと発言し、ヒギリが「過去バレ!?」と動揺するような展開があったであろうが、残念ながらそんな未来は訪れなかった。
「ヒギリおねえさん、ピーマン平気なのね」
 リリアナがスタッフド・ピーマンを一つ完食したヒギリを見て、どこか残念そうに呟く。リリアナとしては「レディはピーマンが食べられる者」というリアムの説を覆したい気持ちがあるのだろう。
 しかし、貴族であり「人事部のお姫様」であるサリアヌ・ナシェリ、「食堂のアイドル」であるヒギリ・モナルダ、と二戦二敗だ。リアムとしては二戦二勝で一安心というところだが、リリアナの気持ちは静まらない。
「ごちそうさま」
 綺麗にスタッフド・ピーマンを食べ終えたヒギリがニコリと微笑むとやはり可愛らしくて、そんな笑みを向けられたら老若男女問わず微笑み返してしまうものだろうがリリアナの表情は渋い。そのリリアナの表情を見て何かまずかったのだろうかとヒギリの眉がへにょりと下がり、心配そうな顔でリアムを見た。
「いや、モナルダは何も悪くない。リリ、そんな顔をするのは止めなさい」
「でも……」
「ヒギリお姉さんに失礼な態度をとるのはレディとして失格だ」
 いきなりリアムに名前で「ヒギリお姉さん」と言われてヒギリは紫の目を真ん丸にするが、今のリアムはリリアナへの説教の方が大事だった。傍目には子どもに向けるには冷え冷えとした目を向けるリアムだが、リリアナは泣き出すこともなくヒギリへと目を向ける。
「ヒギリおねえさん、ごめんなさい。食べてくれてありがとう」
「う、うん。別に構わんよ?」
 子供であるリリアナが素直に謝っているのだから、ヒギリはニコリと笑った。その笑みを見てリリアナもはにかむように笑う。
「リリ、これで分かっただろう? レディは好き嫌いしないで何でも食べられる女性なんだ」
 リリアナの機嫌が落ち着いたことを見計らったリアムが声をかけた。
 「もちろんよ、パパ」という返事を見越しての声掛けだ。
 しかし、返ってきたリリアナの言葉は。
「まだよ! だって、おひめさまに食べて貰ってないもん!」

 * * *

 リリアナの発言に首を傾げていたリアムはリリアナに連れられて医療ドレイル班に来ていた。此処に「おひめさま」なんていただろうか、とリアムは医療班の女性が聞いたら怒りだしそうなことを思いながらリリアナに付いて部屋へと入る。
「あれ? リリアナちゃん……とリアムさん?」
 部屋に入って最初に目に入ったのは声をかけてきたミア・フローレスだった。愛想の良さで子どもとも仲の良いミアを見て、リアムはミアが「おひめさま」かと検討をつける。成程、確かに頭の弱さはお姫様的かもしれない。
「パパ。ミアちゃんは、まだわたしと一緒のレレイ候補だから『おひめさま』じゃないわよ」
 レレイ候補。
 リアムは初めて聞いた単語に思わず目をしばたたく。最近、重度の肩凝りにより、たびたび医療班に世話になっているリアムはミアが成人したばかりの女性であることを知っていた。そんな女子が「リリアナと同じレディ候補」とは如何なものか。
「2人でレディ目指してるんだもんねー」
「ねー」
 5歳児と18歳の成人女性が顔を見合わせて「ねー」と言っているのは微笑ましい光景であるが、精神年齢が同レベルなんじゃないかとか失礼極まりない事を思ってしまう。リリアナは大人っぽい時があるし、逆にミアは子供っぽい。案外、本当に精神年齢は同レベルなんじゃないだろうか。
「私とテディとリリアナちゃんで『レディ候補』として修行中なんです」
 にこにこと笑いながら言うミアに、リアムは「そうか」しか言えなかった。リリアナとミアという年齢差の間に入ってくるテディだが、性別的にレディじゃないことをリアムは身を持って知っていた・・・・・・・・・・。身を持って、というが大したことではない。結社内に設置された公衆蒸し風呂サウナに入っていたら上裸のテディに遭遇して、彼の性別を知っただけのことである。あの可愛い顔で男性(年齢的に言うなら男子というべきか)というのは、なかなか衝撃的だった。
「んー。でも、ミアちゃんもレレイ候補として食べてほしいの」
「食べる?」
「うん」
 リリアナに目線で促されてリアムは手にしていたタッパーを近くにあったテーブルに置いた。蓋を開けるとミアが覗き込んできて、中身がスタッフド・ピーマンであることに気付くと苦笑する。
「レレイならピーマンが食べられて当然なのよ!」
「そっかー。じゃあ、食べなくちゃだね……」
「フローレス。無理に食べなくても良いからな」
 リアムの声にミアは笑った。
「小さい頃は苦手でしたけど、私だって大人なので食べられますよ! これはリアムさんの手作りですか?」
「リリに頼まれてな。だからこそ無理に食べる必要は無い」
 アラサーの大した付き合いもない男の手料理なんぞ若い女の子が食べる必要はないと、リアムはさりげなく念を押すがミアは全く気にする様子もなく「大丈夫です!」と返事をしてくる。それに対してリアムは感じる殺気・・が強くなったような気がした。殺気の原因は窓辺の椅子に座って平然とした顔で恐ろしいスピードで読書をしているネビロス・ファウストである。大人しく読書をしているのかと思えば、たまに顔を上げてはリアムを静かに睨んでくるのだ。
 ミア・フローレスとネビロス・ファウストはお付き合いをする仲であるというのはマルフィ結社では公然の事実であった。ミアの声が大きくて、かつ友人であるクロエ・バートンに良く惚気けているので広まりやすいというのがその理由だ。
 そんなお付き合いをしている女子が、男の手料理を食べるというのは何とも嫌なことだろう。後でネビロスには何らかの詫びをするべきだろうか。珈琲ギフトとかどうだろうか。
「ミアちゃん、どう?」
「うん、おいしいよ! リリアナちゃんのパパは料理が上手だねー」
 スタッフド・ピーマンを齧ってリリアナに微笑みかけるミア。
 「料理が上手」という言葉に反応してかネビロスのリアムを見る視線が突き刺さりそうな程に強くなった。
「うちは仔羊ラムの挽肉と玉葱使うんですけど、これは中身なんですか?」
「牛肉と蕎麦デバツの実だ」
「蕎麦の実を入れるのもおいしいですね!これなら主食としても食べられちゃいそうです!」
 これ以上、料理を褒めるのはリアムの身の安全の為に止めて欲しい。そう思いつつ曖昧に口元に笑みを浮かべてミアに頷くと、ミアはリアムの内心なんて知る由もなく振り返ってネビロスへと声をかけた。
「ネビロスさん、読書中ごめんなさい」
「どうしましたか?」
 今、気付いて読書を止めたとばかりの顔をしてネビロスはミアを春のうららかな陽の光のような目で見ていた。それは先程までのリアムに向けていた視線とは天と地の差がありすぎて別人のようだ。
「リアムさんのお家、スタッフド・ピーマンに蕎麦の実入れてて美味しいんです。今度、このレシピでお夕飯に作ってみますね」
「それは楽しみです」
 同棲しているかのような発言をするミアに平然と微笑むネビロスは本を置くとミアの元に近寄ってきた。そしてミアが半分齧って手にしたフォークに残ったままのスタッフド・ピーマンを試食の如く平然と食べてしまう。
「間接キスね!」
 それを見て、どこから覚えたのかリリアナが胸を張って言うものだからミアの顔が赤く染まった。
「もっ、もう!リリアナちゃん、そう言うのは言わなくていいんだよ……」
「なんでなの? なんで言わなくていいの?」
「恥ずかしいからだよ……」
 リリアナは子どもらしい素直な顔でコテンと首を傾げた。
「なんで恥ずかしいことを人の前でやるの?」
 ミアの顔は赤ピーマンよりも赤くなっていて、五歳児に論破され何も言い返せなくなっていた。代わりに動いたのはネビロスだった。
「ミアお姉ちゃんのことが好きなお兄さんが、ついやってしまったことですからミアお姉ちゃんをこれ以上困らせないであげてください」
 目線を合わせるよう屈んで優しく微笑むネビロスに見惚れながらリリアナは首を何度も縦に振った。なお、ミアはネビロスの発言に更に顔を赤くしていて、そのうち興奮のあまり気絶するんじゃないかと冷静にリアムはそれを見つめていた。
 これでは「おひめさま」を探しに来たはずが、とんだ馬鹿っぷるのイチャつきを見せられているだけではないか。独り身の自分に対する嫌味か。
「おいしそうな匂い……」
「ッ!?」
 ミアとネビロス馬鹿っぷるに対して内心でやさぐれた気持ちを持って見ていたせいで背後に人が来た事に気付かなかったリアムは驚きを顕にするように肩を跳ねさせてしまった。
 慌てて声の主を確認すると、それはヴォイド・ホロウだった。
 かつて廊下でぶつかった際にヴォイドがヒラヒラの薄いワンピースのような下着姿でいたせいで彼女のカヌル山を凝視してしまったり、腰痛持ちに優しくない湿布の張り方を経験したリアムからすればヴォイドは「リリアナには見せてはいけない女」だった。尤も今日は下着姿でなく医療班らしいスクラブを着ているのが、リアムとしては唯一の救いとも言える。
「ヴォイドおねえさん!」
 なんてこった。
 既にリリアナとヴォイドは既知の間柄だったらしく、リリアナは嬉しそうにヴォイドに寄っていって飛び付いた。心なしかいつもよりテンション高めに飛びついていったように見えているのは、やはりヴォイドのカヌル山が母親のナタリアと良く似ているからだろうか。
 そんな親の心配子知らず。
 リリアナはにこにこと笑ってリアムにとって衝撃の言葉を放った。
「今日は“ おひめさま ”じゃないのね」
 なんてこった。
 リアムは目を丸くするしかない。
「リ、リリ? その人が“ おひめさま ”なのか?」
 声が震えてしまったが、ひっくり返らなかっただけマシだったかもしれないくらいの声でリリアナに問い掛けると「ええ、そうよ?」と平然とした返答があった。
「ヴォイドおねえさんは、ヒラヒラした綺麗なお洋服を着ているから“ おひめさま ”なの」
 ヒラヒラした綺麗なお洋服とは、あのベビードールの事だろうか。
 リリアナ母ナタリアだって、あんな格好で外を歩く痴女ではなかったのだ。リリアナが将来アレを着て外を闊歩する女になったらどうしてくれるつもりなのだ、ヴォイド・ホロウ。
「おひめさま……」
 子供の教育に悪い女であるヴォイドを睨むが、ヴォイドは気付きもしないのか満更でもない顔で小さく微笑みを浮かべていた。
「ねえ、ヴォイドおねえさんもレレイだからあれを食べて欲しいの!」
「あれ?」
「リアムさんお手製のスタッフド・ピーマンです!」
 リリアナの言葉に疑問を抱くヴォイドの謎を解決するように、ミアが机の上に置きっ放しのタッパーの中身をヴォイドに見えるように傾ける。いつの間にか、しれっとネビロスは再び窓際に戻って読書を始めていた。
「ん。良いよ」
 あっさりとした返事と共にヴォイドはテーブルに近付く。ヴォイドが“ おひめさま ”であることに納得はしないものの、これならリリアナにピーマンを食べさせるという育児には何の問題も無さそうだとリアムは安堵してヴォイドの行動を見守った。
 そして、ヴォイドは素手・・でピーマンを掴むとあっという間にスタッフド・ピーマンを食べてしまう。慌てたミアが席を立って何かを取りに走っていくのを尻目に、ヴォイドは振り返ってリアムを見ると指についたソースを舐めとって一言。
「おいしい」
「そ、そうか……」
 娘の前で素手で食べ物を食べるのは止めて欲しいだとか言いたいことはあったのだが、そんなことはどうでも良くなるくらいその動作をしたヴォイドは何とも官能的だった。平たく言えばエロかった。
 女性として意識したつもりはないのだが頬が勝手に赤く染まってしまい、思わずリアムはヴォイドから目を逸らす。
「ヴォイドさん! ウェットティッシュ持ってきました!」
 その時、空気を霧散させるようにミアがウェットティッシュケース片手に奥から帰ってきた。いいタイミングである。良い空気クラッシャーだ。
「もうっ! ヴォイドおねえさんってば、ご飯はおててで食べちゃダメなのよ?」
 ウェットティッシュで指を拭くヴォイドにリリアナが胸をはって指導していた。それを見てリアムは娘の成長に感動すると同時に失いかけていた冷静さを取り戻す。
「そうだな。それでは“ おひめさま ”にはなれないな」
「何言ってるのよ、パパ。『女は隙があったほうがモテる』のよ?」
 娘は上手うわてだった。
 誰だ、リリアナにそんな事を教えたやつは。おそらくナタリアだろうが。
 唖然とするリアムを尻目にリリアナはピーマンの味は苦くないのかとか、子どもの時から食べられたのかとか、とにかくヴォイドを質問責めにしていた。子どもの質問攻撃は親でも辟易する者がいる程の面倒なものであるが、存外、ヴォイドはリリアナの質問に嫌な顔一つ見せず平然と一つ一つ答えている。そのような所が子どもに好かれるのかもしれない。
「ヴォイドおねえさんは嫌いな食べ物ないの?」
 テンポ良く答えていたヴォイドが止まった。
 “ おひめさま ”であるレレイにも嫌いな食べ物がある。
 ヴォイドの沈黙に目を輝かせたリリアナがグイグイと問い掛けると、ヴォイドはポツリと呟く。
「海藻は、あまり好きでは無いかも」
 海藻。消化する菌が腸内にいる人間といない人間がいたり、国内でも好き嫌いが別れる食物だ。其れを聞いたリリアナは露骨にガッカリする。
「海藻は嫌いな人がいても仕方ないものなのよね……」
「そうだねー。海藻はしょうがないねー」
 ションボリとするリリアナにミアが同調するが、リリアナの表情は晴れないままだ。そうして暫くションボリとしていたリリアナだったが、やがて吹っ切れたように顔を上げる。
「やっぱりレレイは何でも食べられないとなれないものなのね!」

 * * *

 右手に空っぽになったタッパーを、左手にリリアナの手を繋いでリアムは帰路に着いていた。
「パパ。わたし、がんばってピーマンもセロリもケールも食べられるようにがんばるわ」
「そうだな、がんばってレディにならないとな」
「うん。ヴォイドおねえさんみたいなお洋服が似合うレレイになるわ!」
「……それはならなくていいな」