薄明のカンテ - コニコニ・ホニ/燐花

ヘノヘノ・ワヒネ

「な、何だぁ?こりゃあ…!」
 少し間の抜けた声を上げるヒルダ。その声を聞き、何事かとやって来たアンも、それ・・を見た時にうっかり彼女と同じ様な声を出しそうになった。この日、汚染駆除班による汚染物質チェックを無事パスした機械人形が機械班に送られてきた。機械班のメンバーはそれはそれは驚いた。何故なら、その機械人形は見るからに問題を抱えていたからだ。
「あー…それでコイツ、見た目の割にガキみてェな喋り方……って、納得出来るか」
 珍しくツッコミめいたアンの発言がツボにハマったヒルダは「アンが!アンがツッコミみたいな事言ってる!」と何がおかしいのかひとしきり笑った後、これは由々しき事態だと真顔になった。
 二人の目の前には頭を半分開けられた状態の女性型機械人形がいるのだが、いつものメンテナンスの風景と違うのは彼女の頭からまるで角のように枝が生えている事だった。
「えーっと……根が張ってんだなー…細かいのやらそこそこ太いのやら」
「……ヒルダ、これ取れると思うか?」
「いや…無理じゃない…?AIチップに根が及んで無いのが救いだなー…つまりディープラーニングを行う仕組みを阻害されてはいないって事。だからこいつ自身は外からの情報をおそらく他機械人形と同程度に行える。物事の区別や、判断するメモリの成長を止める事は無いけど…ただ、唯一アウトプットの出力信号を根が邪魔してる。しかもかなり限定的に根深く。子供みたいな性格はこいつの主人マキールが望んで入力した性格設定…じゃなくて、この根のせいで後天的にそうなったんだ」
「…機械人形にもそんな事あるンだな…」
「うーん……この角みたいになってる根っこ、取ろうと思ったら下手したらコイツの蓄積した学習データも記憶媒体も壊しちまう可能性の方が高い。そんなおっかない賭けアタシには出来ないねー…」
「…そうだな…あーしも、こんな事例初めてだよ」
 イコナで「動かない機械人形が空き家のサンルームに置かれている」と通報があり、マルフィ結社は前線駆除班を向かわせた。ミクリカ、ケンズのテロ以降屋内では基本的に機械汚染は確認されていない。しかし、それが果たして確定要素なのか、サンルームの様な場所は屋外なのか屋内なのかどう言う扱いなのか。
 危険が付き纏う任務。そしてイコナ出身者なら身元の分かる機械人形でもあるかもしれない。そう言った理由から駆り出されたのは第三小隊。バーティゴ率いる部隊だ。
「ちょうど良いじゃない。イコナはルーのご両親がいるところでしょ?三者面談でもしに行こうかしらね?」
「この歳になって三者面談とかマジ勘弁して欲しいっす」
「あらぁ、ルー君てば。二十一歳なんてまだまだ若いですよぅ」
「そうですね。私もそんな頃はまだ自分がひよっ子だったと記憶しています。…ふふ。まあ、ここにもこの歳になってまだまだ『愛すべきダメ人間の一人展覧会』みたいな方は居ますけどね」
「お?何だ?そんな心配なら養ってくれよ」
「え?俺副長と同列?嘘でしょ?ここには俺の味方っていねーんすか?」
「おい、お前のその発言によって今一番の被害者が俺になったぜ」
 緊張感の薄い会話を交わしながら車を進める第三小隊。車窓からの眺めをルーウィンはどこか懐かしい気持ちで眺めていた。平和そのもののイコナの景色。慣れ親しんだ村の空。窓を開けて外を見れば、目に付くのは仕事に励む元気な老人達。
 平和な景色そのものなのに、ここにも機械人形の脅威が及んでいたなんて。
「…おい、ルー君や。牛の臭いが結構強烈なんだが窓閉めてくれねぇか?」
「え?そんな言う程強烈っすか?懐かしい安心する臭いっすよ」
「あのな、おっさんはな、根っからのシティ派なんだよ」
「あれ?何か俺『田舎者』って馬鹿にされてます?」
「あんた達、緊張感持ちなさいよ」
 勿論これは第三小隊なりの緊張緩和の手段だ。それを証拠に、イコナに入ってしばらく進んだところでバーティゴの纏う空気がピリリと鋭くなる。そしてそれを皮切りに誰一人として冗談を言わなくなった。
 ジョンが車を停めるのと同時にバーティゴは口を開いた。
「キッカ。何が見える?」
 既に双眼鏡を取り出していたキッカはじっとそれを見つめた後、無機質に分かりやすい口調で「女性型の機械人形。状況から察するに起動していません」と呟いた。
「確実か?」
「分かりません。足元には充電ボードがありますが」
「……充電ボード。過充電でバッテリーに負荷が掛かり動けない可能性もあるわね…通報があった時も既に動いていなかったわけだし…セリカとルーは現場の確保、周辺住民への説明と立ち入りの許可を取って。ジョンとキッカはセリカとルーの作業が終わり次第一緒に突入」
「あいよ」
「うっす!」
「…今日はあの捻くれが居ないからセリカとキッカ、帰ったら報告までお願い出来るかしら?」
「勿論ですぅ」
「では経理部には私が。セリカは上層への報告をお願いします」
「……あ、はい」
「……あ、そうでしたね。逆にしましょう」
「あんた達、どっちがどっち行くとかティーンエイジャーじゃないんだから。最終的な話は無事帰ってからしてちょうだいな」
 そうこうしている内に辿り着いた目的の家屋。ルーウィンはその家を見た瞬間、そこが馴染みの家である事を思い出した。
「あれ!?髭のじーさん家じゃないっすか!?」
「え?誰ですって?」
「ルー君、お知り合いの方のお家ですかぁ?」
 そう言う事なら尚更許可取りにルーウィンを行かせるのは矢張り適切だった。
 ルーウィンの頭の中に懐かしい思い出が浮かんで来る。それは七年間忘れていた記憶で、もう誰も住んでいないこの家にかつて住んでいた『髭のじーさん』と、そこで初めて会った『彼女』の記憶だった。

 * * *

 ラサム暦2167年。
 ルーウィンはその時、足を骨折して仕事の出来ない母の分まで家の事を手伝っていた。通っている畜産高校の授業や課題に追われるのみならず、普段母が行っていた仕事も父と分担してやっていた。その中にはよその家への牛乳の配達から調味料のお裾分け等の交流もあり、思春期真っ只中のルーウィンにとっては精神的になかなかの重労働だった。
「ルー、ごめん!牛乳届けて来て!『お野菜のレポラさん』の家!」
「はー?配達?俺が行くのかよ…ってか誰?お野菜のレポラさんって」
「何言ってんのアンタ、お野菜のレポラさんよ!お洒落なサンルームのあるお家のお髭のおじいちゃん!ほら、豚飼ってるミッコラさんのお隣の!」
「あー……あの『髭のじーさん』か…」
 地元ならではな「誰々さんのお隣」と言う説明で納得したルーウィンは用意されていた特注の大きな牛乳瓶の入ったバッグを背負うと自転車に跨る。そして痛々しく足にギプスを巻いた母に見送られ出発した。
 日当たりの良いイコナの街は、太陽光を浴びて元気になる、そんな印象の花が多く咲いていた。そんな花々のアーチの様な道をひた走る。虫が顔にぶつかって来たり舗装されておらず石を踏む度自転車はガタガタ言うが、そんな何でもない地元の道を走るのがルーウィンは好きだった。
 養豚と言う性質上、悪臭問題を避ける為お隣さんとは言えかなり距離が離れているミッコラ家とレポラ家。ルーウィンはミッコラ家の前を悠然と通り過ぎると、もう少しだけ自転車を漕ぎそのままの勢いで乗り捨てる様に地面に寝かせた。
 余談ではあるがルーウィンの自転車はこの舗装されていない道を行くにも快適なスポーツ・レジャー向けなのでスタンドは付いていないのだ。
 レポラ家は過去に一度だけ来た事がある。まだ声変わりもしていない子供の頃、今回と同じ様に母の体調不良で代わりに来た事があった。しかし、豪快で無遠慮なレポラじいさんの勢いに圧倒されたルーウィンはその日以来少し苦手意識を抱き、お遣いもなければそれ以外の用で彼の家に顔を出さなくなった。少し緊張気味に玄関に近付くと、ドアノッカーを二、三回叩いてみる。あの勢いのじいさんが出てくるのかとドアから少し離れて身構えていると、控えめにガチャリと開いたドアから見えたのはウェーブした柔らかな桃色の髪だった。
「あら?えっと…どちら様かしら?」
「え…?え…!?」
 一瞬「この美少女は誰だ!?」と混乱してから髪の色の人工的な色合いに気付く。イコナの街でも後継者不足に悩まされている家庭で少しずつ機械人形の導入が増えて来たとは聞いていたが、皆あくまで農業の仕事の頭数として使っていた。畑いじりや動物の世話をする機械人形はお世辞にも衛生的とは言えず、仕事終わりに毎回しっかり洗浄して家庭で一緒に過ごすと言うのは現実的では無いので納屋や倉庫等で休ませる家が多く、生活面を見ているであろう機械人形の実物は初めて見た。
 機械人形の髪の毛は丁寧に手入れをすればこんなにも美しいのだと言う事も、整ったその顔も当たり前だがシミ一つなく、こんなにも綺麗なのだと彼女を見るまで半信半疑だったルーウィンは一瞬見入ってしまった。
「あっ…えっと、俺…」
「あ…お客様かしら?主人マキールをお呼びしますね」
 機械人形は寒さを感じない筈だが、季節に合わせて少し着込んでいるその服は所謂「お婆ちゃんの趣味」だろうか。ブラウスに深緑色の長めのスカート、上にカーディガンを羽織った彼女は微笑んで部屋に入る。次に彼女が出て来た時、髭の老人が一緒に顔を出した。
「お?誰だ?おめぇ…」
「あ、俺…ルーウィン・ジャヴァリーっす…」
「ん?ジャヴァリー?ジャヴァリー……ああ、特別牛乳のとこのせがれか!?」
「はい…」
 相変わらずこの勢いでぐいぐいくる感じが苦手だ。とは言え、初めて会った時よりは自分も少し歳を重ねていたので多少なりともあしらい方を学んでいる。ルーウィンは母が怪我をした事、それによって自分が代わりに牛乳を届けに来た事、それを説明すると杖を付いている彼の代わりに傍にいた機械人形に牛乳を渡した。
 矢張りと言うか、彼女は人間ではないのだろう。ルーウィンも息を切らせながら背負っていた牛乳を難なく持ち上げてしまった。
「じゃあ、俺はこれで…」
「おしっ!特別牛乳の倅!少ないが小遣い持ってけ!」
「え!?だ、駄目っすよ!ただの手伝いなのにいただけないっす!」
「母ちゃんの代わりに母ちゃんの仕事やってんだろ!?学生の本分は勉強だろうに、母ちゃんの為に家業の手伝いとは泣かせるじゃねぇか!俺の気持ちだ!貰っとけ!」
「で、でも!」
「よし!受け取ったなら帰った帰った!母ちゃんに心配掛けちゃあ悪い!おーい、マナ!そこまで送ってやれ!」
 その勢いのまま押し切られ、手には牛乳の値段にしても高い五百イリを握らされ、ルーウィンはやれやれと疲れた様に肩を下ろしながら横たわる自転車の元へ向かった。
「あの…『マナさん』っつーの?」
 一緒に来ている美しい少女。自分と同じくらいともいくらか年上とも見える彼女に居た堪れなくて声を掛けると、少女は風に煽られた桃色の髪を抑えながら笑顔で微笑んだ。
「ええ。おじいちゃん──主人マキールから『マナキノ』と名前をいただきました」
「マナキノ…」
「生命の根源の姿って意味なんですって」
「へぇ」
 確かに、笑った顔は美しく、髪の色も相まって花の様だ。生命の根源と言う言葉が妙にしっくり来る気がして、ルーウィンは柄にもなくロマンチックなその考えに照れ臭そうに鼻を掻いた。
「いつからあの家に?」
「つい先日です。おじいちゃんもおばあちゃんも、二人だけで生活するのに不安になったからって、農業のお手伝いとは違う目的で私を買ってくれなんですって」
「あー…じゃあ介護用?」
「いいえ!ホームヘルパーです!おじいちゃん、痛いのは足だけだから!本当の孫の様に可愛がってくれて、私嬉しいんです」
 機械人形に感情があるかは分からない。機械だから、こう言う時はこう言えとプログラミングされているのかも。けれど、その時ルーウィンにはマナキノが本心からそう言っている様に思えた。
「ねぇ、ルー君。おじいちゃん本当に嬉しかったんだと思うの。だからこれからも牛乳届けてくれる?」
 水色の綺麗な瞳で見つめられそう言われると、ルーウィンは思わず頬を緩ませた。いけないいけない。相手は機械人形だ。どんなに綺麗でも、マナキノは人間ではないのだ。
「お、おう…良いよ…その内な」
「嬉しい!私もまたルー君に会えるの楽しみにしてるね!」
 学校の女子にすら言われた事のないセリフ。いくら機械人形からとは言え、見目麗しい女性型のマナキノに言われれば少し舞い上がってしまうと言うもの。
 照れ隠しに倒れた自転車を起こそうと身を屈ませてハンドルを掴む。すると、すぐ横に着いたマナキノは同じように身を屈め、ルーウィンの頬に触れるか触れないかくらいのキスを落とした。
「え…!?お、おまっ、今…!!」
「それじゃあルー君、また今度ね!お休みなさい!」
 頬を手で押さえたまま固まったルーウィンをよそに軽い挨拶でキスをした張本人は上品にひらひら手を振ると家の方に戻って行った。
「……ンだよ…」
 頬を撫でる風は少し冷たいが、ときめきは覚めやらぬまま。
 可愛かったな、マナキノ。いや、でもあの子は人間じゃなくて機械人形で、人間じゃなくて。
 それでもやっぱり女の形をしていてあんな態度を取られればどきりともしてしまう。もう同じクラスのオタクな奴を笑えなくなったなぁと高なる心臓の鼓動を感じながら帰路に着く。
 しかし、ルーウィンは思春期だった。
 ゆるふわな可愛い機械人形に心を射抜かれたこの日だったが、数日後遅れ馳せて公開終了ギリギリに友人と観に行った「テリコ・エマ」でルーウィンの女性の好みの方針は確定する。ルーウィンは作中の強い女性の代名詞、エマに心底惚れた。作品に関してはエマ本人も、脇を固める他キャラも皆魅力的だ。強そうに見えるエマと不思議と釣り合っている中世的な夫も、彼女の前に立ちはだかるゴーゴー多留奈も。
「いやー…やっぱ女の子は柔らかそうなゆるふわってした感じが良いなー」
 銃から刀まで何でも使いこなし、鬼神の如く突き進むエマに女性としての魅力は感じず真逆なタイプが好きだと再確認した友人。その横でルーウィンはキラキラした目で「やっぱ女は強いのが格好良くて良いって!」と力説した。
「観たかよ!?エマ役の女優の腹筋!格好良かったな…!女でもあんな鋼の肉体!みたいな腹筋手に入れられるんだな…!」
「は?ルー、お前腹筋フェチとか変態かよ」
「お前は憧れねぇの?」
「彼女の方が俺より腹筋バキバキとか男として自信失くすわー」
 そんな会話をする頃には、甘酸っぱいマナキノとの思い出は記憶の彼方に仕舞われてしまった。奇しくも同じタイミングでレポラじいさんもばあさんも施設に入居すると言う騒ぎになってしまい、あの家に牛乳を届ける仕事が無くなってしまったから尚更。
 あれ以来姿を見なくなっていた彼女──マナキノ。
 家はそのままなのに畑や庭が荒れ放題になってしまっている、そんな現在のレポラ邸を見たルーウィンは七年前の事を思い出していた。
 遠くに住んでいると言うレポラじいさんの息子に電話を掛けて許可を取り、バーティゴの指示のもと用心しながら入り込んだレポラ邸のサンルームの中、あの頃と変わらない姿のまま眠る様に座り込んだマナキノ。
 彼女を無事回収し結社に運ぶ道すがら、綺麗なままの思い出を噛み締めながらルーウィンは口を開いた。
「副長、やっぱ女は強気な雰囲気が一番っすね」
「……ルー君よ、何の話してんのかね?」

マカウ・ラプ

『ジョニー、聞いて。ここの原住民にとって植物は神様なのよ。彼等にとっては神様なの』
『おいおいロランス。そんな事言えば俺がビビると思ってんのか?俺を誰だと思ってんだ?』
『やめてジョニー、ここでは神の植物が全てを見ているの、私分かるのよ!』
『はぁ…あのなロランス、今時夢見がちなティーンエイジャーだってこれは嘘だと知ってるぜ?ユニコーンがキャンディしか食べないって事と──植物が神で人間を支配してる、なんて事はな』
『お願い私を信じてジョニー!!』
「これジョニー、死ぬじゃねぇか…!!」
 ルーウィンは毛布に包まり、防御を万全にしながら暗がりの中テレビを観ていた。横では酔い潰れたタイガがぐうぐう寝息を立てている。
 何故こんな事になったかと言うと、偏にタイガがテレビを消さずに寝てしまったのが悪いのだ。
 いつもの様にタイガと楽しくノエの作った夕飯を食べ、二人とも翌日仕事が休みと言う事で酒を取り出した。先に酔って寝てしまったルーウィンだったが、夜中に尿意を催し目を覚ますと部屋は真っ暗になりタイガは眠っていた。そして何故かテレビだけが煌々と明かりを点け、深夜だからか少しマイナーな映画作品がやっている。内容に気付かず先にトイレを済ませて居たのが救いだった。知ってしまった上で一人でトイレに行くのなんて無理だ。
 その作品は、ルーウィンの大の苦手なホラーだった。
『嫌ぁぁぁぁあ!!ジョニー!!』
『おい嘘だろクソッ!!ジョニーが!ジョニーがこんな姿にっ!!ああ神様っ!!』
 テレビを消そうとリモコンを探そうとしてそれがホラーだと気付いた瞬間からルーウィンは動けなくなってしまった。悪いと思いつつ咄嗟にタイガから毛布を剥ぎ取り、背中を守る様に包まる。こう言うのを見ると背後が妙に気になるのは自分だけだろうか?ルーウィンはそんな事を考えながらブルブルと震えた。
『何なのよこんなの!!イカれてる!!ジェイクは死んだ!!ジョニーも目から鼻から植物の根を生やして死んだ!!ありえないわ!あんたのせいよロランス!あんたがこんなところ来たいなんて言うから!!』
『おいやめろ!!ジェニファー!!今は仲間割れしてる場合じゃないだろ!?』
『もう私の事なんてほっといて!!』
「嘘だろこの状況で単独行動取ろうなんてジェニファー死亡フラグ立て過ぎだろ!?」
 映画大国アケリア。この国で作られる映画の特徴として、吹き替えの際声優の演技がオーバーになる事と『こう言えばこう言う展開』みたいなお約束がある。そんなお約束を見付けてはツッコミを入れて、そうでもしないとホラーを前にルーウィンは動けなかった。
「ううう…何で寝ちまうんだよタイガ……リモコンどこだよ……」
 消したいのに。所在不明なリモコンは今どこに居るのやら。
 しかし、ここではたとルーウィンは気付く。待て待て、この映画描写はグロいがよく考えたらそれだけだ。そう、グロいだけ。
 ルーウィンは大きく深呼吸すると力無くはははと声に出して笑った。
「…よく考えたら、植物がどう言うわけか人から生える事もあるってだけのただのグロ映画じゃねぇか…!!そう、これはただのグロ映画だ…!!」
 そう思ったら何だか点いていても怖がらずに眠れそうな気がして来た。そうだ、これはグロいだけ。少々グロテスクだがアクションが最高で主人公が好みのタイプだった「テリコ・エマ」を思い出す。アレだって中々にグロテスクな描写があるが、主人公含め好意的な見方をしていたおかげでそう言うものには少し耐性があるのだ。大丈夫、この映画もグロテスクなだけ。
『聞いてくれロランス、あの島には……リエールと言う巫女がいたらしい…』
『ねぇクリス…つまりこれは…全部リエールの怨念だとでも言うの…!?』
 しかし、風向きが変わり始めた事にルーウィンはムッと顔を顰める。
 場面は変わり、島から無事脱出したロランスと恋人のクリスは普通に学生生活を送っていた。ルーウィンにとっても馴染み深い牧場の様な雰囲気の街並みがアケリアにもあるんだなー、と言う様な月並みで且つズレた感想を思い浮かべればまだ怖がらずに居られると思った自分が浅はかだった。
 この物語で諸悪の根源たるリエールと言う女は、ロランスとクリスを除いたまだまだイキリたい盛りの年頃の未来ある若者達の人生を奪うだけでは飽き足らず、あろう事か島を飛び出し生き残った二人を追って街までやって来たのだ。しかも、自分を祀る先住民達をご丁寧に殲滅してからと言うおまけ付き。
 このリエールと言う女、どれだけ人を殺せば気が済むのだろう?と思う程に犠牲者が出るのはアケリア映画のパニックホラーあるあるだと思われる。先住民と言うくらいだから感染症対策やら文化的な面でも保護に努めていたのでは無いのか?いわゆる外界との交流を絶って来た先住民と言うものは流行り病への耐性も薄く、文化的にも珍しい習慣を持っている事が多いので彼らの保護に当たる国もあるらしいのに、とか。そもそもこんな風に死人が出たのに警察は機能していないのか?とか、機能していたとして何故警察が巻き込まれず一般人の若者ばかり犠牲になるのか?とか、あまりツッコミを考えながら観てはいけない。
 しかし、ツッコむ余裕があるのならその方がルーウィンにとって都合が良かった。だから今のこの状況はいけない。終盤になるにつれ、ただのグロテスクなパニックホラーからどんどんルーウィンの苦手な本格的なホラーへとテイストが移行して来るなど誰が想像出来ただろうか。
 暗がりで息を潜めるロランス。
 クリスとは離れ離れになり、追ってくる謎の女、リエールから逃げている。
 このリエールが本当に何者か今のところ分からないのだ。派手な演出を好むアケリア映画の癖に、昨今のアシューアの演出技法に影響されてかじっとりとじわじわと追い込む様な演出も少なくない。そしてこの作品はそう言う演出を好む映画だった。
 リエールは先程からまるで視界の端に絶妙に映り込む様なボヤけたカットインしかしていない。それがルーウィンを殊更嫌な気持ちにさせた。
 倉庫に入り込んだからか、暗がりの中息を潜めダンボールを掻き分けるロランス。口を手で押さえ、吐息の音すら慎重にしている彼女の後ろにあったマネキンがゆっくりギギギ…と首を動かした。
 それは、筋肉や皮膚で覆われている人間の首では出来ない動きだ。まるでジョイントでも入っているかの様に頭だけをグググ…と百八十度動かしロランスの方に向けた。背中を向けているのに頭だけ彼女の方を向いたマネキンがゆっくり近付く。
 ふと、ロランスが音に気付きそちらの方へ勢いを付けて振り向く。
 振り向いたロランスの顔のすぐ横に、口を半開きにして瞳孔の開いた瞳のおよそ生きている人間の顔では無い何とも恐ろしい形相の髪の長い女の顔があった。
『きゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!』
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁっ!!!」
 空が白んできた頃。
 映画の中で大ピンチを迎えた主人公、ロランスとほぼ同じタイミング。タイガの部屋の真ん中でルーウィンは大絶叫し、そのまま気絶した。

 * * *

「起きて!起きてよ!ルー!」
「う、うぅぅーん……?」
 気付けば部屋には太陽の光が燦々と降り注いでいる。もう朝か?いや昼か?マルフィ結社に来てしばらく経つが、日当たりで故郷イコナに敵うものは無し。この様な形で実家の良さを知るとは面白いなとルーウィンは密かに思っていた。
「ちょっと!!ちょっとルーってば!!」
「へ?ななな何だよタイガ朝っぱら!?」
「もう昼!!」
 何故こんなにタイガが怒っているのか、ルーウィンは理不尽に怒られた気がしてキョトンとしていたが、寝ぼけた頭がやっと色々記憶を呼び覚ましてくれたのでその内彼は漏らす様に「あ…」と呟いた。タイガもそれに気付きキッとキツイ目を向けると、しかし顔を歪めて一発大きなくしゃみをかました。
「もうー!!ルー酷いよ!まだ寒いのにオレから昨日毛布剥ぎ取ったろ!?」
「あ、いけね」
「しかもテレビは点けっぱなしだしトイレの電気も点けっぱなし!!」
「…はぁ!?トイレはともかくテレビは濡れ衣だぜ!?大体なぁ、テレビ点けっぱで寝たのタイガだろ!?おかげで俺は……!!」
 そうだ、おかげでルーウィンはあのホラー映画を見る羽目になったのだ。
 昨晩の事を思い出しむしろ青い顔になるルーウィン。タイガは鼻水とくしゃみを繰り返しながらあれやこれや反論した。
「最悪だ……!これで風邪引いたらルーの事恨むからね…!」

 ──つまりこれは…全部リエールの怨念だとでも言うの!?

 『恨み』と言う言葉から映画のワンシーンを思い出し震えるルーウィン。
「お、お前……『恨む』とか簡単に言うんじゃねぇ!!」
 勿論『映画のワンシーンを思い出すからやめろ』の意味である。
 朝からタイガと言い争いをし、すっかりヘソを曲げたルーウィンは彼と一緒に摂る朝ご飯もそこそこに廊下を歩いていた。ルーウィンのせいで風邪をひくかもしれない!と機嫌の悪いタイガと向き合っての食事を長く続ける事は出来ず、半ば喧嘩別れの様に飛び出してしまったのだ。
「はぁ……」
 それでも、確かに寝ている彼から毛布を剥ぎ取ったのは良くなかったかもしれない。もし彼が体調を崩したらそれは自分の責任ではあるのかもしれない。
「うーん……」
 そう思ったらきちんと謝る事以外誠実な方法は無いだろう。謝り慣れては居ないが、タイガとの関係を守ろうと思ったらそこは素直にやった方が良いと言うのも分かっている。
 十代の頃に比べて、こう言う時に自分の意見を押し通そうとしなくなったのは『大人になった』と言うべきか。そんな風に考えてルーウィンは少しだけ誇らしくなる。しかしそんな自分にも気恥ずかしさみたいなものは残っているので、如何にタイガに自然に謝るかをシミュレートしながら廊下を歩いていると、視線の先で長い髪が揺れた事に気が付いた。
「ん?」
 よくよく見ればそれは機械人形である事が分かり、ルーウィンはほっと胸を撫で下ろす。何故安心したかと言うと、その彼女は一糸纏わぬ姿でぱたぱた走り回っていたからだ。一瞬ギョッとしたルーウィンだが、ピンク色の人間離れした髪色が彼女を機械人形だと証明していた。
 しかし、ここで更にルーウィンはギョッとする。裸で動き回っているのもさることながら、この機械人形、頭から角が生えている。変なデザインだなぁと少しだけ不躾に見つめれば、その角の正体が何だか分かってしまいルーウィンは今度こそ背中に悪寒が走った。
 ──ジョニー、聞いて。ここの原住民にとって植物は神様なのよ。彼等にとっては神様なの。
 ロランスとクリスが後に知ってしまったあの島の神様の正体。リエールと言う巫女の少女は、体に植物が生えると言う原因不明の症状を気味悪がられ神の供物とされたが、翌年からかつて祀っていた神を嘲笑うかの様に島に蔓延させる病を自分と同じ症状のものにした。
 供物とされたリエールは神の力を取り込み、自分を邪険に扱った島民達を未来永劫呪いとして植物の配下に置く事にしたのだ。
 そんなリエールとダブらせる様な角──植物の根を頭から生やした女性が奇声を上げながら何やら目の前で動き回っている。
「な、な、な……!?」
 ルーウィンが声を上げると女性はピタリと動きを止めた。そして、背中を向けているのに、首だけスムーズにぐるりと此方を向いた。それは人間の首では出来ない動きだ。まるであの映画のリエールを彷彿とさせる様な。
「あ、あ……」
 その機械人形の顔は骨格が剥き出しで、おまけに左目部分は歪に潰れてしまい、そこから花が生えていた。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!!」
 ルーウィンは本日二度目の悲鳴を上げた。

ラウレア・カウホラ

「よしっ!まずはいっちょコイツのガワ外してみっか!そんで、目のところにある花も、実際動いてもらって不具合ないか確認しようぜ!」
 ヒルダはそう言うと、女性型機械人形の髪の毛を上げ、顔を剥がす様にスキンにナイフを這わせた。
「お、おいヒルダ!良いのかよ!?」
 慌てたアンが声を掛けるも、ヒルダのナイフは既に顔まわりを一周するところだった。
「大丈夫大丈夫!どっちにしろ、放置され過ぎてこの子のスキンは汚れに汚れまくってる。これじゃあ衛生面とか考えても一度は張り替えなきゃいけないしな。だからその辺が届くまで出来ることはやっとこうってな!」
 ニコニコと言うヒルダ。しかし、アンは彼女が一つ大きなミスをしている事に気が付いていた為にそう言ったのだが、ヒルダはそれに気付いていない。
「……それは在庫確認して、無かったら手配までしっかりやって、そこまでやった奴の言うセリフだとあーしは思うぜ?」
「ん?」
「ヒルダ、皮剥く前にスキンの在庫確認したか?あーしの記憶じゃァもう在庫ゼロだったけどな。コイツに合うスキンを業者に手配、そして調達班への注文。…全部忘れてたろ」
「……あぁっ!?いけねっ!」
「コイツは暫くこのグロテスクな状況で生活決定だな」
 一度剥がしてしまったスキンは元には戻せない。だからこそ、巷に溢れる汚染された機械人形は時として人間に嫌悪感を与える様な見た目になってしまっているわけで。この『彼女』も手違いとは言え顔だけがスキン無しの状態になってしまったので「これは保育部の子には見せてはいけない」とアンは思った。
 そうこうしている内に起動した『彼女』の右目がぐりんっと動く。スキンも無く、骨格が剥き出しの顔。左目は覆う様に、はたまた押し退ける様に花が咲いており、それは目の動きを阻害している様だった。左目は完全に潰れていた。
「ああ……やっぱ動かねぇンだな…」
 機械人形の目を見たアンはしみじみとそう呟く。『彼女』の動かない目をどうしてやるべきかと思ったが、この様子だとこちらも角の様な枝同様下手に触らない方が良い。
「うーん…前線駆除班には回せないな…アンどう思う?給食部とか?」
「いや、給食部も衛生面の観点から無理だろ。木の枝がハゲなら良いが、もし仮に草が生い茂る事があって食い物に混入したらそれこそ問題だ。保育部でも悪かねぇが…枝がなぁ…遊んでて子供の目に入ったら危ねェだろ」
「うーん。まぁ、清掃部が妥当だろうな……」
 ヒルダは「マナキノ」と書かれた書類に「推奨部署、清掃部」と記載した。結社に運ばれて来た機械人形の状態をチェックし、相応しい部署を見極めるのも機械班の大事な役目だ。斯くして清掃部に送られる事が決まった『彼女』は未だにぎょろぎょろと目を動かしていた。そしてそのうち自分の事を指差し、嬉しそうに声を上げた。
「マナ、キノ」
「あ?」
「マナキノ。マナキノ」
「ああ、アン。この子の名前、マナキノってんだ。幸い放置されてただけだったからこの子の事も、主人マキールの情報もすぐに調達班が調べてくれたよ」
「へェ…マナキノ、ねェ…」
「ココどこ?マナね、マナねぇー…おじいさんとおばあさんのお家にいたの!」
 服を着ていない、顔部分は骨格が剥き出しの女性型機械人形が可愛らしい声でそう喋る。彼女が結社に来た時、もう最初からそうだったのだが大変言動が幼かった。調べて行く内にそれがまさか植物の侵食によってもたらされた後天的なものだったと知り、アンは「事実は小説よりも奇なりって奴だな…」と呟いた。
「アタシの友達にさぁ、猫拾ったやついんだよ」
「はァ?猫?」
「うん。その猫はさ、車のボンネットの中入り込んでたんだって。子猫だったから、多分あったかいの知ってた母猫が入れて、そのまま連れ出せなくなったんだと思う。暖は取れたんだけど挟まったまま出られなくなって、その友達が車の持ち主だったから大捕物だったってさ」
「そりゃァ…災難だったな」
「ま、猫は可愛いし全然良いんだよ。その子も何とか引っ張り出したおかげで無事だったし。でも引き上げたらぐったりしちゃって、慌てて動物病院に連れてったら結構やばい事になっててさ。挟まれてた時間が長過ぎて、脳に酸素が行かなくなってたとか何とか」
「…は?それって結構ヤバい状況だよな?」
「うん。その猫は助かったけど、頭は変形するくらい潰れちまってて。酸素が取り込めなかった時間が長かったからなのか、後天的な脳障害が出ちまったんだよ。要は知的障害だな。猫なんて本能でトイレとか覚えるモンなのに、その子は大人になってもオムツが手放せなかったんだ。物覚えも悪いみたいだし、いくら噛むなって教えても噛むってよ」
「後天的な知的障害ッてあンだな…」
「だからコイツも、症状的には似た様なものかもしれねぇよな。機械人形に生き物の症状を無理矢理当て嵌めたら、だけど」
 そう言って振り返ったヒルダとアン。しかし、先程まで居たはずのマナキノの姿はそこには無く、代わりにいつ現れたのかシリルが居た。
「………えええ!?シリルいつのまに!?」
「え!?うん!ワタシよ!?」
「な、なァシリル。ここに来る前に変な機械人形見なかったか?」
「変な?あぁ…ピンクの髪の子が走って行って…確かに入口ですれ違ったけど、よく見えなかったわ」
 その子がどうかした?と尋ねるシリル。アンとヒルダは互いに顔を見合わせると「嗚呼まずい」とその表情が今の状況を物語っているなぁと認識する。
「そ、そいつさ…アタシがやっちゃったんだけど、今顔のスキンだけ中途半端に剥がれてんだよ」
「顔の!?そんなホラーな状況になってたのね!?」
「しかも、あーしが点検途中だッたから服も着てねェんだ」
「全裸!?え!?でも…無性の子ならまだ…結構スルンとしたフォルムだから…」
 自分のボディを思い出しながらシリルは頭の中で色々と思考を巡らせた。もしも自分の主人マキールのアルヴィみたいな女に免疫の無い人間が出会っても、無性特有の人間と遠いフォルムならまだそこまで騒ぐ事はない。
 しかし、アンとヒルダは再度顔を合わせると、青い顔をしたヒルダが重く口を開いた。
「いや…それが、結構グラマラスで割りとリアルな女体がすっぽんぽんで走り回ってると思う…」
「グラマラスで割りとリアルな女体がすっぽんぽんで!?」
 悲鳴の様に復唱したシリル。しかし、幸か不幸か現在彼女と対面していたのはルーウィンだった。
 ただし彼は彼で「怪談嫌い」である。そんな彼が顔のスキンの剥がれたマナキノと出会ったのは最早地獄の所業に等しかった。
「お、お、お…お前…な、なん……」
 恐怖で口の回らないルーウィンにお構いなしに近付く全裸の女。顔はスキンが剥がれて剥き出しの骨格、左目からは花が咲いている。今にも気絶しそうになりつつも何とか堪え、ルーウィンは真っ直ぐ彼女と向き合った。
 そしてまじまじと見つめるが、やはり印象は変わらない。骨格剥き出しの顔面。左目は動かず、押し除けるように何故か花が咲いている。頭からは角の様に枝が伸びていて、人工声帯が壊れているのか先程から発音も発声もおかしい。最早存在がホラーである。
 さながらあの映画の怨霊リエールの様で、結局熟考した後ルーウィンは一つの結論に至った。
「……無理っ!!」
「マ、ま、マ、待ッて!るるるるるるるるるー!」
「来るなー!それに俺そんな巻き舌みたいな名前じゃねぇー!!」
 踵を返して離れようとするルーウィンにマナキノは駆け寄る。見た目に反して機敏なマナキノはガシッとルーウィンの体に抱き付くと嬉しそうにすりすりと頬を寄せた。
 が、花のせいか顔を動かす度ガサガサ言うし、彼女が頭を擦り寄せる度に胸元に枝がゴンゴン当たる。リエール似のビジュアルの女に何故か迫られたルーウィンは声にならない叫びを上げた。
「あ!居た!マナキノ、こっちいらっしゃいな!」
 その時、ルーウィンにとっては鶴の一声とも言える「機械人形マナキノを呼ぶ声」がこだました。機械班で話を聞いて付近を捜索しに来たシリルがマナキノを呼んでくれた。
 マナキノでは無く、安堵したルーウィンが胸元に彼女をくっ付けたまま思わず泣きそうな顔でシリルの元に飛び込んでくる。シリルは本来感情の無い筈の機械人形なのだが「呆れた」を顔に出している人間の様な惚けた顔で飛び付いてきたルーウィンを見つめた。
「シリルー!!助かったぁぁぁあっ!」
「やだ、ルーったら何て顔してんのよ」
「だ、だってコイツ、見た目怖ぇんだよー!!」
「るるるるるるるるー!!!」
「ずっと人工声帯壊れてんのかブレた様な変な声しか出さないしさぁ!!」
「あらやだ、本当だわ。スキンの汚れだけで無く喉も壊れちゃってたのね。マナキノ、まだヒルダとアンが点検してる途中だったでしょ?居なくなっちゃダメなのよ?」
「ダって…こここコこコ怖イ事、すすスすスするでしょ?」
「ううん、しないわ。結社には機械人形を壊そうとする人はいないわよ」
「本当…?」
「うん、だから一旦帰りましょ?アナタせっかく可愛い子なんだからより一層綺麗にしてもらいましょうよ」
「可愛イ…?マナ…かかかカかカ可愛い…?」
「ええ、可愛いわ!」
 ヒルダにそう言われ嬉しそうに顔を綻ばせるマナキノ。ただし、剥き出しの骨格がぐいんっ!と動くのを見てしまったルーウィンはそれどころじゃ無くまたしても声にならない悲鳴を上げた。
「ねぇ、るるるるるるるるー。マナ、かカかかかかカかか可愛イ?」
 ぎょるんっと瞳が此方を向き思わず喉から「ヒィッ!」と声を漏らすルーウィン。そっと目線をシリルに向け助けを求めるが、シリルは身振り手振りで『ほら!女の子なんだから、可愛いって言ってあげるのよ!』と訴えてくるだけだった。
「か……かわっ……」
「かかカかかかか可愛い?」
「か…わいい……ぜ、うん……」
 そう言えば、過去に友達に騙されて見せられた東國のホラー映画では「ワタシ綺麗?」と聞いてくる女に「綺麗だよ」と答えると、「これでも?」と裂けた口を見せてくるシーンがあった。ホラーになっても女と言うのは念押しをしたがる生き物の様。「綺麗だよ」と言っているのだから一回で信じて欲しい。
 そんな心の声が通じたのかマナキノは満足そうにルーウィンから離れる。離れたのを確認するとルーウィンは慌てて二、三歩マナキノから距離を取った。
「よしっ!良い子ねマナキノ!ルー、このバスタオル掛けてあげて!」
 バスタオルを彼に放り投げ、手荷物から仮面マスクやスカートを用意するシリルにルーウィンは疑問符を浮かべる。何故バスタオルを寄越されたんだ?と口に出すと、シリルは唇を尖らせながら「だってその子素っ裸じゃない!」と答えた。
「え?素っ裸……」
「るるるるるるるるー!!」
 枝や花の生えた顔を目前にした事で恐怖に駆られ全く意識の外にあったのだが、改めてまじまじとマナキノの状態を確認したルーウィン。改めて見た結果、マナキノの体が誰の趣味なのかかなりリアルな女体の作りになっており、それを再確認した彼は先程までとはまた違う「声にならない叫び」を上げた。

 * * *

「あっはっはっは!良かったじゃないか!生まれて初めてまじまじ見た生の女体がそんなプロポーションとは羨ましいねぇ!無論機械人形だとしてもな!」
「……心にも無ぇ事言うなよ、おっさん。俺は機械人形には興味無ぇーし!アンタもそうだろ!?」
 四日後。連休明けで出社したゼンに捕まりここ数日の話をしたは良いものの、「そうだ彼はこう言う男だった」と再認識する返事が返って来てルーウィンはげんなりした。
「いやいや良いじゃないか。その子は君の故郷に居た年上の女性で且つ小悪魔的思わせぶりな態度で君を翻弄、君の純潔を弄んだ女だ。そんな彼女にこんな形で再会して裸の付き合いとは君も大人になったもんだなオメデトー」
「純潔弄ばれてもねぇし裸の付き合いって言うか服着る事はおろか顔の人工皮膚外れた事も忘れたドジがホラーな状況で突っ込んできただけだ!だから心にも無ぇ事言うなっての!さっきから棒読みなんだよおっさん!」
「え?顔がホラーとは言え女は女なんだろ?」
「副長まで何言ってんスか!?」
 女三人寄れば姦しいとは言うが、男三人寄っても姦しくなるらしい。ルーウィンがいじられツッコミになる様な形で楽しそうに話を繰り広げていたがふと、腕時計を大事そうに磨きながらゼンは少し真面目に口を開いた。
「……で?俺はその日も休みだったしそもそも現場すら見ていないんだが結局そいつの主人マキールは?」
「…あ?ああ、今は家族の勧めもあって施設に入居してるらしいっす。だから実質もう主人登録は勝手にこっちでやって良いって。あいつ…マナキノは稼働してから本当わずかな時間しか起動した形跡無かったって…不具合が確認されて、見る為に電源落とされて、そこから運悪く七年近く眠り続けてたって話で…」
「俺も見たが、あまりにも物置と化したサンルームに馴染み過ぎてて家族代わりの機械人形ってよりかは倉庫の備品みたくなってたぜ。あんなにも「忘れられた」って感じに置かれてちゃあな…いっそ眠らせ続けた方が良かったかもしれねぇが…」
「……ふん……時計もそうだが、機械は動いてナンボだろう?その子にとっても良かったのだろうよ、起こしてもらえた方がさ」
 キュッキュッと音を立てて腕時計を磨き、動作を確認しながら時間を合わせるゼン。実用的な機械は動いてこそだ、だからこれから人の為に動けた方が彼女にとっても周りにとっても良いのだと続けて彼は口にした。ルーウィンもジョンも、その言葉に意を唱えたりはしなかったし、ルーウィンは色々と不運が重なっただけであのじいさんがマナキノを大事にする気がなく捨てるつもりだった、なんて事は想像出来なかったのだ。
「……まぁその結果この純朴鉄砲玉牛乳男が大人の階段を昇ったのだから結果オーライとしようじゃあ無いか!!」
「おいコラおっさん!!」
「ルー君……何か知らんが色んな段階すっ飛ばして大人になっちまって…」
「副長までノるなっつの!!」
 しかし、このしんみりした空気に耐えかねたのかいつもの調子で口を開くゼンと悪ノリするジョン。ルーウィンがツッコミに勤しんでいると背後からぬっと誰かが近付く。がしゃんがしゃんと義肢を鳴らしてやって来たにも関わらず彼等の背後に回って来たのはバーティゴだった。
「ちょっと、そこの目クソ鼻クソ耳クソ、静かにしなさいな」
「あ!姐さん!今日も良い腹直筋っすね!」
「……このおっかなボインめ…今俺の事目クソって言ったな……」
「せめて俺は鼻クソ以外だと信じたい」
「どれもこれも同じよ。全く、昼間から変な事話してんじゃないわよ。男子校の昼休みかここは」
 『どんぐりの背比べ』の様な意味合いで言われた言葉に若干反論するゼンやジョンと違い最早意識が腹直筋に行っていたルーウィンは大変元気で良い返事をした。そんな彼を見たバーティゴはちょいちょいと指を動かし彼に『耳を貸せ』と合図する。
「何すか?」
「ルー、ちょっと清掃部見に行ってあげてくれない?あの子、ちゃんとスキン付けて綺麗にしてもらったって」
「……マナキノ…?」
「アンタに仕事ぶりを見て欲しいんだそうよ」
 仕事ぶりを見て欲しい、なんてもしかしたら結社でやる仕事に不安でもあるのだろうか。人間じゃあるまいし、与えられた仕事に「達成出来るのか」なんて不安に駆られる感情が彼らにあるとは到底思えない。
 しかしとりあえず頼まれたので見に行ってみる。しばらくはザラの下に就いて限られた場所の清掃だけやっていると言うので確認しに行くと、大変元気なマナキノがそこには居た。
「見て見てー!綺麗にできたよー!」
「あら!凄いじゃないかマナちゃん!覚えが良いわねぇ」
「えへへー!マナ、いっぱい覚えるよー!」
 るんるんっと跳ねる様に仕事をするマナキノ。トイレ掃除でもしていたのか、ゴム手袋を嵌めた手にキュッポンことプランジャーを持って楽しそうに暴れている。その姿を見て、ルーウィンは少しだけ複雑になった。
 あの後、ヒルダとアンの元にシリルと共にマナキノを連れて帰ると「ちょうど良いから」と彼女の今の様子について話を聞かされた。何故ルーウィンに説明したかと言うと、第三小隊が連れて帰って来た機械人形なので一応報告を、と言う事だった。
 そこで聞いたのは、どう言う理屈か入り込んだ植物の種が引っ掛かり不調を訴えた彼女をサンルームに置きっぱなしにした事で発芽、そのまま七年掛けて彼女を苗畑にする様に成長していた事。そして複雑に絡み過ぎていて根の除去が難しい事、絡んだ根がアウトプットする為の回路に影響を与えて今の様になっていると言う事だった。
 最初の、年相応に大人っぽい姿を見ていた身としては今の彼女の姿はなかなかにショックなものだった。大人の様に潤滑に言葉を使ったコミュニケーションが出来なくなったからと、子供の様に少ない語彙でも屈託のない表情で他者とコミュニケーションを取ろうとする今の姿。これがマナキノの内蔵された人工知能が判断した「問題解決の方法」なのだろう。人の人生も奇なりだが、機械人形もまた奇妙な人生を歩む者はいるらしい。
 ルーウィンがしみじみ眺めていると、くるりとこちらを向いたマナキノと目が合った。
「ルー!!」
 もう人工声帯も直ったのか先日みたくダブる様な発声もしないし、スキンも綺麗にされてそれを付け替える際に関節のメンテナンスもしてもらったのかぎこちなく変な動作で首が動く事もない。
 頭から角の様な枝は生えているし目からは花も生えている。それでも動いているマナキノ。ルーウィンその姿を見、「奇跡的な稼働をしている」とアンに言われた事を思い出していた。
「ルーだ!ルーだ!今日マナいっぱいお掃除したよー!」
 褒めて褒めて!と飛び付いてくる彼女。彼女からしたらルーウィンは記憶に残る最後の身内の様なものなのかも知れない。やれやれと思いつつルーウィンからは自然と褒める言葉が飛び出したし褒めようと手も伸びた。初めて会った時は自分の方が年下の様だったのに、今では彼女の方が幼く見える。
 けれど不思議と嫌ではなかった。
「……お前、抱き着く前にゴム手袋は外せよ。そして手を洗えよ。キュッポンは下ろせよ」
「はーい!!」
 そんな風に植物に侵食されているにも関わらずコミュニケーションが取れる様に動いている。機械人形と言うのはどこまで行っても無機物で、生物では無い筈なのにどこか生命力の強さを信じたくなった。
「……奇跡の稼働って聞いたけど間違っちゃいねぇみたいだな…」
「キセキノカドー?」
「……何かショッピング施設にそんなんあった気がするけど、まあ良いか」
「マナ、キセキノカドーだよ!ねぇザラ!マナね、キセキノカドーなんだよ!」
「あら!何だかよく分からないけどマナちゃんはキセキノカドーなんだね!?良かったねぇ!」
「…ザラおばさん、コイツの発音だと分かりづらいけどキセキノカドーは『奇跡の稼働』っすよ」
「あらやだ!」
 故郷で見付けた機械人形マナキノ。あらゆるイレギュラーをその身に受けながら奇跡的に動き回っている姿を見てルーウィンは慈しむ様にふっと微笑んだ。何だか田舎で集まった時に見る年下の親戚の子みたいだ。そう、この子は年下の親戚の子。こんな見た目だけど、年下の親戚の子。
 そう自分に言い聞かせたものの、結局しばらくは顔を合わせる度にそのビジュアルに悲鳴を上げるルーウィンだった。
「マナキノは横の毛をゆるーく縛ってあげると可愛いわね!」
「本当!?マナ可愛い?」
「ええ!可愛い可愛い!」
 そしてそんなルーウィンと対照的に何かと言うと世話を焼きたがるシリル。二人の正反対な態度はしばらく名物になり、ルーウィンがマナキノに慣れるまで続いた。
 そして今回の一件により、ルーウィンがホラーが苦手だと言う事が広く知られてしまうのだった。