薄明のカンテ - グルーミー・デジャヴ/燐花
結局、勝敗はユウヤミの勝ち一択なのは火を見るよりも明らかで、テオフィルスは遣る瀬無い気持ちでコーヒーを飲んでいた。
テディはユウヤミと服の話が出来ると聞いてやたら彼の周りをうろつくし同じ部隊だし話もあるのか合わせてシリルもそちらに行った。リア充だな、カースト上位だな。そんな光景が広がる中、自分は端の空間で缶コーヒーを飲んでるわけだ。
エドゥアルトとガートから妙な追い討ちも食らったし、絶賛神経のすり減りに参り中のテオフィルスだった。
「どうもメドラーさん。お隣よろしいです?」
「…どーぞ」
「うふふ、どうも」
何故か隣にロードが座る。テオフィルス同様負けた筈なのだが何故だろう、彼のこの余裕は。
「いやいや残念でしたねぇ…デートの権利までリーシェルさんに持っていかれてしまって」
「…念の為聞くけどアンタ下着チョイスで勝とうとしたってマジ?」
「大真面目です」
「(何考えてんだコイツ…)」
テオフィルスは呆れ返ったが同時に何だか胸がモヤモヤする。この男が隣に来てから。そう言えば、以前ロードと会ってから一時ヴォイドがおかしかった事を思い出す。この男、何かあるのではないかとテオフィルスは彼を見つめた。
「うふふふ…そんな熱い視線向けられたら勃ちますよ?」
「き、気持ち悪い事言うんじゃねぇよ…!」
会話が急カーブを切った。何なんだこの男サラッと。普段の感じからおそらく、普通の人間相手には普通に話している筈だ。何なら社交的だろうと思えなくも無い。つまり、今彼はこの瞬間、自分にこんな発言をしても大丈夫だろうと判断した上そう言う距離の詰め方をしたのだ。さり気なく懐に入ってくる空気の読みと詰めが怖ろしい。
そこまで考えて彼の所属が人事部の新規勧誘課だったことを思い出す。そうだ、彼は優秀な人材を結社に確保する為にそう言う場では疑似餌の如く紳士な良い顔をしているのだろう。
「はぁ〜…似合うと思ったんですけどねぇ」
下着を見ながら心底残念そうに言うロード。そこそこ顔の整った男と女性ものの過激な下着ってこのアンバランスな歪な感じは何だ、むしろ何だろうコイツ。ヴォイドのファンか?ファンだとしても下着姿にさせようとする辺りヤバめのファンなのは間違いなさそうだが。しかも一緒に出掛けたとして彼ならどこに連れていくつもりだろうと考えてヴォイドの身を案じた。
「アンタ、ヴォイドの何なの?」
恐る恐る尋ねてみると、ファンなんですとニヤリと言う笑みで返された。その笑顔に背筋がざわつきながらも少し同情もした。ヴォイドは何を考えてるか(多分ずっと食べ物だが)周りを結構な確率で翻弄させるから。コイツも好意を持っているなら多分ヴォイドに振り回される身になるな、と。
「ってか、ヴォイドのどこにファンになる要素あったんだよ…」
「人事部なんである程度把握してますが岸壁街で独学で勉強していたとか。岸壁街は危険ですし普通入りたがらない。だから皆さん悪いイメージの方が先行しています。そんな中、あそこでどう言う運命か医者に出会って医学を学んだなんてドラマチックだと思いません?加えてあの素っ気ないクールなキャラ!と、見せ掛けて実はぼーっとしてるだけで特に深く考えていないただ単に返事をするのにラグが生じてるだけって萌えません?あの無表情ただのラグなんですよ?それでいて仕事に出れば意思疎通しっかりして雑ながらきちんとやるでしょう?ギャップがまた良いのですよ」
「お、おう…」
「失礼。推しを語る時はつい興奮してしまいまして」
何だかこいつはこいつで凄い人間だ。その情報量は人事部だからか?それとも聞かれたら聞かれただけヴォイドか丁寧に答えたのか?あのヴォイドが?
テオフィルスは、気を付けないと何だか自分の過去の話から何からこの男には筒抜けになっていそうな気がして乾いた笑みを浮かべながら天井を見上げるしかなかった。
同時に、何だか凄くモヤモヤした。曲がりなりにも自分は彼女の過去を知っている。そりゃあ何年か急に居なくなってしまっていたからその時の事は分からないけど、それ以外なら周りの知らない彼女の顔を知っている。
今彼女が好きかと言われると素直にうんと言いたくないし誰かが彼女に熱を持っていても別に、と言いたかったがモヤモヤする。所謂同担拒否とは言わないが何だか妙にモヤモヤする。
「俺、アイツの幼馴染なんだけどさ…あんなしてて昔は今ほど無表情じゃなくて、もうちょいコロコロ表情変わって可愛いとこあったんだぜ?適当に合わせようとして横柄な態度取ったり、それもガキだから楽しんでやってる感強くてさ…。肉見れば喜ぶただのガキだったのに…本当妹みたいな、子供っぽいところがあって…」
そんな空気に飲まれたからか、何だか変にマウントを取ってしまった気もする。失言だったかと誤魔化すようにコーヒーを飲むと、そんなテオフィルスを見てロードは再びニヤリと笑い彼に尋ねた。
「ほう…貴方にとってそんな彼女が妹でなく女になったのはいつです?」
「は、はぁ!?」
動揺するテオフィルスを見てロードは肩を揺らして耐える様に笑った。
「うふふふふ…分かりやすい…貴方も大概可愛い人ですねぇメドラーさん」
「男に褒められて嬉しいかよ…」
「私はそんな子供の頃の可愛い顔を知れて嬉しいですけどね。そんなにペラペラ話してくれるなんて貴方も好きですねぇ」
「ち、違ぇって!何かギャップがどうの言ってたから、ついでにガキの頃の話…き、聞かせてやろうと思っただけだ!」
「えぇ?またまたまたぁ〜」
「ニヤニヤ笑いながら見てくんじゃねぇ!」
茹で蛸のように真っ赤になったテオフィルスを見てロードは終始「可愛いなぁ」と笑う。ロードにおもちゃを与えてしまった気がしてこれは完全に失言だったと察した。そして彼のこの反応。これが彼を狙っている女性なら喜んで照れて良いところだろうが自分は間違ってもそんな気にはなれない。
「言っとくが俺は男は相手にしねぇからな」
「それは残念です」
心にもない事を。そう思った瞬間、テオフィルスは何だか妙な感覚になった。この感じ、覚えがあるような無いような。
「結社以前の話ねぇ…?ちなみに、彼女が十五歳の時既にEカップくらいまで成長してたみたいでしたが知ってます?」
「っ!!」
「わぁー…ハンカチ貸しますから使ってください、鼻からコーヒー出てます」
「悪い…って、そもそもいきなりそんな方向に話持ってくなよ…吹くだろ」
「うふふ、それは失礼しました。うーん、今はそれ以上ありそうですよねぇ。メドラーさん、間近で拝んだんだから分かりますよね?」
こいつはわざとかと思うタイミングだった。
テオフィルスはせっかく拭き取って綺麗にした後もう一回コーヒーを吹いた。
「は!?お、お前何で…その話本人に聞いたのか…?」
「うふふ…さあどうでしょう?ファンですから」
「(怖ぇぇぇえ…)」
幻肢痛があまりにも酷かった時の夜の事を思い出す。残念ながらただただ生殺しにされたあの日の話をしているとしたら、彼女の前で痛みや心痛から情けなくも子供の様に泣いた自分の事も知っていると言うのだろうかこの男。子供の時ですらそんな機会なかったのにまさかの誰かに抱かれて決壊した様に大泣きするだなんて死んでも知られたくなかった。
自分の中の大事な何かに手を回され常に握られている様な感覚がしてテオフィルスはげんなりした。
「お前趣味悪ィ…」
「詳細は知りませんけどね。私、単体のみならずカップリングも美味しくいただけますんで」
「カップリングて…」
「ユウヴォもテオヴォも美味しくヌけます」
「ありがとよ、聞きたくなかったよ」
クスクス笑うロードに巻き込まれそうでテオフィルスはその度にコーヒーを飲んだ。気付けば二本目が空いていた。
「大事なんですねぇ、彼女の事が」
「そう言うの抜きにしても、やっぱ同郷でガキの頃から見てるってなればそりゃ多少はな。地上の人間様みたく子供の頃から写真撮ってアルバムにして飾ってなんて夢物語俺らにとったら現実じゃねぇ。今この瞬間から一分一秒過ぎりゃ俺らは容易にそれを改竄出来ちまうんだよ」
「証拠の様な、歴史の様なものが何も残ってませんからね」
「上塗りを続けてきゃその内塗った嘘が真実の様な気がしてくんだろ。過去に何も残ってねぇからな。それでも良いんだけどさ、せっかく共有した思い出を持ってる奴が居るんだ。大事にしたいとも思うだろ」
「自分の歩んで来た道を第三者として知ってくれている人ですからねぇ…勝手ながら共有している限り思い出の管理者でいてくれてると思いたいです、そう言う存在は」
「悪ィ…変に湿った空気になったな」
「いいえ、何もかもが地上と違った、と言う事でしょうからねぇ」
そう言えば、ヴォイド十五歳と言う言葉が頭の中で妙に引っ掛かる。彼女が十五歳と言えば、と頭の中で計算してみる。確か一時見なくなった当時彼女はそのくらいの年齢だった筈。あまり気にしない様にしていたが、あれ?見なくなった時本当にアイツはどこで何をしてたんだ?
あの時、場所が場所だから最悪の結末を考えて。そうでなくても幼馴染が突然いなくなったら誰だって塞ぐし夢見も悪い。何年も音沙汰なくて本当に死んだと思って、俺は男娼はやめてクラッカー一択になってて。でもたまに寝る女はいて、そいつの文句からヴォイドの生存を確認して会いに行ったら医者をやっていて雰囲気が変わってて何だか触れたらいけない気がして。
あの間、彼女はどう生きていたんだ?
我に返ってふっと振り返れば既にロードの姿は無く。初めから何も無いかの様にそこにはテオフィルスの飲みかけのコーヒーだけがあった。何だよ一声掛けてけよ、と独り言ちてテオフィルスはハッとする。
「なんか…」
何か、嫌なデシャヴだ。どこでだったか。
何だかどこかで。
あんな様な笑いを見た事があった様な無かった様な。
「…考えても仕方ねぇか」
一応礼儀としてハンカチは洗って返さねばと持ち上げると、下にメモが挟まっていた。そこにはやけに綺麗な字で「正常位、耳、背中」と書いてあり、ロードの物だろうと察した瞬間またげんなりした。
あの野郎、最後まで猥談で締めやがった。
少し離れたところで気付かれない様にロードが笑う。
「うふふふ…まさか、そう言う大事さもそこまで大きく持っていたとは思いませんでしたねぇ…私がヴォイドが居なくなった最たる理由だと知ったら、今度こそ彼に殴られそうだ」
十年近く前最初に顔を合わせた時、苛ついて殴ろうとしたテオフィルス。あの時は苛ついただけだったから殴る理由としては弱かったし、故に手は出して来なかったが、今色々彼に吹聴したら本気で殴られそうだ。
「うふふ…まあ、でも私も少し嫉妬してしまったのでこのくらいは許して下さいね?うふふふ…」
彼女の初めての体勢と弱い部分を書いたメモにはロードなりのマウントが込められていた。箱推しではありますが、私同担拒否強火独占欲過激派ガチ恋勢でもありますので。と。