薄明のカンテ - ガートが第6小隊に入る話(前編)/涼風慈雨
「オレはエドじゃないんだよ、エドゥなんだよ。」
今まで何度も訂正してきたけど、なぜかみんな覚えてくれない。
なんとなく流されてきた人生(19年で人生って言うのなんか照れる)だけど、この愛称だけは譲らずに来たと言うのに。
全く、みんな適当なんだから。まぁ、訂正すると笑ってくれるし、これでもいっか。

あの人に憧れて自分から異動願いを出して前線駆除班第6小隊に配属された。
結社に加入した後、自分で決めて動いたのはこれが初めてだった。
配属された時には既にお姉さんというかオネェさん?のシリルさんやまるで猟犬の様な空気をまとったウルリッカさんがいて、自分の立ち位置がよくわからなかったけど、ここはオレらしくなんとなく流される事にした。
そしてあの人……第6小隊長、ユウヤミ・リーシェル。
レールが敷かれ、茫洋と広がるオレの世界で初めて見た、不定形な人。
のらりくらりとしていて、仕事をサボろうとしては隣に居る機械人形に叱られている。
正直、家庭用機械人形に本気で叱られている人間なんて初めて見た。普通ありえない。
仕事嫌いなのかと思えば、本当に必要な事は絶対取りこぼさない用意周到さもある。
上手く適当に流しながら自分のやりたい事も通せる人がいると初めて知った。
他人の目を気にせず自由にふわふわ生きている、そんなユウヤミ先輩がオレの中の憧れになった。
あまり良い噂のある人ではないと知っていたけど、光あれば影があるもの。
合わない考えの一人や二人いてもおかしくない。
無条件に今のオレに必要な何かを吸収できる気がして第6小隊に異動願いを出した。

え?結果?光に近過ぎれば影も濃くなるって知ったよ。他はまだ考え中。
最初はユウヤミ先輩の無茶な指令に戸惑ったけど、だんだん自分が思うより無茶じゃないって事が判るようになってから楽になった。
先輩が言うには、人には恐怖でリミッターが付いているのだそうだ。その恐怖を克服すれば、本来出せる最大の力が活かせるのだと。
「自分の本当の限界を知るのは大事だと思うのだけれどねぇ」とボヤいていたのでしっかり心のメモに書いておくことにした。
偶に指示の意味が分からなくて納得できない時もあるけど、きっとそれはオレが足りないだけなんだと思って実行した。思い返せば指示は論理的に合ってるのだから流石だと思う。
やる時とやらない時の落差は大きいけれど、ユウヤミ先輩は頼れる小隊長だ。

まぁそんな感じで数ヶ月経った。
「ウーデット君、ちょっと付き合ってくれないかい?」
いつもの朗らかな笑顔でひらひら手招きする先輩。後ろにはいつも通りヨダカさんがいる。
「先輩、どちらへ?」
「何、ちょっと汚染駆除班に呼び出されてね。」
どう言うことかとヨダカさんを見上げても少し微笑んだだけで何も答えてくれなかった。
ヨダカさんが何も補足説明をしてくれない時はかなり重大な案件の時だ、とここまでの経験で学習しているオレは覚悟を決める準備をした。

汚染駆除班のオフィスに到着すると、誰もいない個室に通された。
どうやらまだ、呼び出した本人は来ていないらしい。
「彼女が遅れるなんて珍しいねぇ」
手持ち無沙汰に部屋をうろうろするユウヤミ先輩。
「先輩、汚染駆除班には何で呼び出されたんです?」
「答えは数秒以内に出るよ。まぁ見ていたまえ。」
そう言うや言わずか、個室のドアがノックもそこそこに勢いよく開いた。
「ごめん、遅れた。」
入り口に立っていたのは色素の薄い小柄な少女だった。
「ケルンティア君が遅れるなんて事もあるのだねぇ」
「緊急の仕事。」
空色のつり目で先輩を見据える少女は一般的な小柄のイメージよりはるかに小さい。
吹けば飛ぶようなチビって表現が似合う感じだ。
それこそ。
「……小学生?」
口をついて出たオレの言葉に空気が固まる。
少女の射抜くような視線に呼吸が止まった。もしかして地雷だった?
「ウーデット君が勘違いするのも無理ないねぇ。こう見えて14歳の立派なレディなのだよ?ケルンティア君は。」
半笑いで説明する先輩もケルンティア君と呼ばれた少女に睨まれている。
「汚染駆除班所属、ミサキ・ケルンティア。私が呼んだ。貴方は……エドゥアルト・ウーデット?」
「え?あ、うん。オレ、前線駆除班第6小隊所属のエドゥアルト・ウーデット。会った事あったっけ?」
オレの問いにミサキが答える事はなく、直ぐにユウヤミ先輩の方へ向き直ってしまった。
何か感じの悪いチビ助だ。
「ミサキは汚染駆除班にいる関係上、前線駆除班に所属する全員を暗記しているんですよ。汚染駆除に普段使っているUSBがありますよね?それの管理も仕事の内ですから。」
モヤモヤしているオレに気づいたのかヨダカさんが補足をしてくれる。
「あぁ、なるほど……ヨダカさんの説明がないとわかんないですよ。」
「彼女は効率主義ですから。自分で説明しなくても私が説明するとわかっていたのでしょう。」
ガキンチョのくせにわがままと来た。よくあの先輩が付き合ってるもんだと思う。
「それにしても、呼んでくれるなんて嬉しいなぁ、遊んでくれる気になったのかい?」
先輩の笑顔を「煩い」の一言でぶった切るミサキ。
「つれないねぇ、ついでがあってもいいんじゃないかい?」
「で?推薦はアレ?」
人の話を聞かないミサキの感じはまさに今時のガキンチョだ。
「そうだよ。ウチの小隊で一番、やる気に溢れてて活きもいい。」
「猟犬は?」
「駄犬の狂気だね」
「わかった。上は早く進めたがってるからアレで行く。」
ヨダカさんの袖を引っ張って見上げる。
「犬の話をしにここまで来たんですかね?」
「彼らにしか分からない領域の話もあるのでしょう。」
見守るヨダカさんの金銀の人工眼が優しく光って『わからなくていい事ですよ』と言われた気がした。
ユウヤミ先輩と話していたミサキが不意に側を離れた。
「とりあえず、座って。話はそれから。」
やっぱり犬の話だったか。本当に効率主義なのか怪しいところだ。

「エドゥアルト・ウーデット。貴方には機械人形の主人になってもらう。」
「え?」
「何も聞いてないの?」
眉をひそめるミサキに先輩が答える。
「周囲の耳に入れるのはまずいだろう?」
「本当に連れてきただけ……そこから説明?」
この時、ミサキに特上の笑顔でにこりと微笑んだユウヤミ先輩が隣に座るヨダカさんにつねられていたなんて、赤く腫れた手の甲を見てないオレは全く気付かなかった。
「手短に話す。人事部が拾ってきた機械人形の次の主人を探してる。」
先輩の表情なんて眼中に入ってないかのように説明し始めるミサキ。あの特上の微笑みを受け流すなんて中々失礼なやつだ。
「前線駆除班から候補を探す予定だったけど、生憎第6以外に時間の空く小隊がなかった。それで、小隊長であるユウヤミに適任者を推薦するよう頼んだ。」
前線駆除班から候補……?そこではたと疑問に思う。
「主人不在の機械人形は上層部で主人登録するって聞いたけど、今回のってどういう事?」
「ガートは性格に難がある。隣で常に指導できる人間が必要。」
「ガート?」
「これ。」
ミサキが取り出した携帯型端末に動画が表示される。小回りをきかせて仮想の敵をなぎ倒していく猫耳の淡い緑の髪の機械人形。大振りの剣を振り回す様は少女のような見た目に反して荒々しさで溢れていた。少しだけ感じた違和感を消し飛ばすほどに。
「貴方に任せる機械人形のガート。」
悪寒が背中を走った。あんな機械人形なんて今まで会った事ない。見た事だってない。
あまりに怖くて、面倒な事を考えたくなくて、頭の中に霧がかかった。
「オレ、なんかが……」
「ウーデット君。」
逃げ腰になったオレの肩に先輩の手のひらの重さが伝わった。
「先輩……」
「出来ない事をやれなんて、私は言わないよ?」
柔らかな先輩の視線とその言葉で覚悟を決めた。
先輩の言葉はいつだって正しいんだ。
「……オレでいいなら、その役、引き受けるよ。」
「そう。じゃ、登録するからこっちへ。」
個室の外へ出て行くミサキの背を追って席を立つ。
「いってらっしゃい、ウーデット君。」
先輩の声に背を押されて、改めて先輩の魔力って凄いんだなぁとしみじみ感心した。

***

「主人(マキール)、どういうつもりです?」
「なぁに、ヨダカ?」
エドゥアルトもミサキもいなくなり、椅子にだらんと座るユウヤミ。
「エドゥは貴方を絶対的に信頼しています。盲目的と言っていい状態です。あんな煽て方で気性の荒い機械人形の主人にさせるなんて酷じゃありませんか?」
微笑みの類いを消し去ったヨダカの人工眼が冷たく光る。
「適任者なんて第6には彼以外いないよ。動画を見て確信した。」
「悪い結果になれば即、殺しますからね。後、園児でも椅子にはちゃんと座れますよ。」
ヨダカの話を聞いているのかどうなのか、あくびをするユウヤミ。
「だってさっきまでの真面目な空気って疲れるんだもの〜」
 
***

個人用電子端末に繋がれている猫耳機械人形のガート。背には巨大な剣を背負っている。
この端末の前で何事かを超高速タイピングで打ち込んでいくミサキ。
いけ好かないチビ助にも技術はちゃんとあるらしい。
指紋認証に声紋認証、顔の登録。その他必要事項を入力し、ミサキの作業が終わるのを待つ。ひょっとして技術があるから偉ぶってるのか?
タタン!と大きなタイピング音がしてミサキの手が止まった。
「入力終了。本体を起動させた。」
ガートがゆっくり目を開け、金色の人工眼が光る。
「アンタがウチの新しい主人(マキール)?」
ガートの声は思っていたよりずっと可愛いかった。
不思議とドキドキしながらガートに答える。
「そう。エドゥアルト・ウーデット。よろしく、ガート。」
「エドゥアルト……エドちゃんやな!よろしくな!」
「エドじゃないんだよ、エドゥなんだよ。」
訂正すると不服そうに口を尖らせた。
「エドゥ?なんやそれ、歯切れ悪いんなぁ」
「いいんだよ、これで。エドゥ!絶対エドゥって呼んで!」
これは譲れない。絶対譲れない。目に力を込めてガートを見つめる。
「あーもう、ごちゃごちゃ煩いんなぁ。しゃーないわ、エドゥな、エドゥ。」
面倒臭そうに頭を掻きながら、エドゥ呼びを了承してくれた。
その様子を見ていたミサキが口を挟む。
「これからコンビを組むんだから色々話すといい。ガートの部屋はエドゥアルトの近くに確保したから、寮の管理人に案内してもらって。」
ざっくりした案内図を渡される。自分の寮の近くだし、わかるんだけどな。
やっぱりオレを下に見てるんだな、このガキンチョ。
「今日はもう帰っていい。実戦に出すまでに使いこなす作戦を考えて。ユウヤミはもう少し話があるから残ってもらうけど。」
仕事は終わったとばかりに背を向けるミサキを尻目に、ガートを促して部屋を出る。
「なぁなぁ、エドゥちゃんひょろっこいけど大丈夫なん?」
「失礼な。これでも鍛えてるよ。」
気性が荒っぽいかもしれないけど、なんだ普通の元気な機械人形じゃないか。
賑やかになる事間違いなし。
流されて生きてきたオレに誰かを教えるなんて事ができるのか少し不安だけど、ユウヤミ先輩の言うことに間違いはない。先輩を信頼してガートの主人としての一歩を踏み出すんだ。


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