薄明のカンテ - ガートが第6小隊に入る話(後編)/涼風慈雨
「エドゥはガートを渡して帰らせた。ユウヤミにはもう少し話がある。」
個室に戻ってきたミサキはそう言って携帯型端末を取り出し、ユウヤミに見せた。
「どう思う?」
端末にはエドゥに見せた動画と全く違い、機械人形目線で実体のある敵と真剣で戦っている動画が映っている。動画の主は暴走していない機械人形と向き合って斬り合っている。
「ガート君は元殺陣師かい?」
軽く言うユウヤミにミサキが「否」と首を振る。
「機械人形闘技場……」
ヨダカの呟きに頷くミサキ。
「そう。法の穴を掻い潜って機械同士で闘わせるアングラ闘技場の剣闘士だった。」
「太刀筋があまり綺麗じゃないから別用途の中古品かな、くらいは予測がついたけど……まさかそんな訳ありとはね。ケルンティア君、重要な情報は先に教えてくれないかい?」
「知ってたら別の人選だった?」
「煽り方を変えてたねぇ」
そうだろう、とため息をつくミサキ。第6小隊で機械人形の主人になれるのはユウヤミ、ウルリッカ、エドゥアルトの3人だけ。人選なんてユウヤミに聞く前からわかり切っている。
「主人(マキール)、太刀筋だけで中古品の判断をしたんですか?」
「あぁ。セキュリティ専門なら大量のデータと良い部品で綺麗な太刀筋になるはずだろう?でもこの機械人形は計算が追いついていない。現在の用途と本来の用途が解離している証拠だ。」
「なるほど。その割にガートは馬鹿力ですね。」
画面の中では鈍器を振り回す機械人形を大剣で跳ね飛ばす様子が写っている。
「同じ事、ロナとアサギも言ってた。」
「専門家も同意見なのかい?いっそ第4に預ければよかったのに。」
「もう十分忙しい。ガートの面倒なんて誰も見られない。」
第4は人間の比率が高い。ロナ、エリック、ビクター、ヘレナ、ユリィの5人が候補になるが、ロナには小隊長の責任とアサギの指導がある。エリックとヘレナはガートの気性についていけない。ユリィの言葉はガートには理解しにくい。ビクターだと最悪のコンビになる。
極め付けは、第4は支部勤務でここにいない。数時間前にロナがアサギを連れて少しだけ戻って来たが、慌ただしく支部へ戻ってしまった。
「第4のサオトメ君には文句言わないとだねぇ」
「主人。駄々をこねても可愛くないですよ。」
ヨダカの冷たい視線でブリザードが降ってもユウヤミの仮面は簡単には剥がれない。
「ガートが馬鹿力なのは、部品交換で改造されてるから。」
そんな二人の様子なんて意にも介さず、ミサキは言葉を続ける。
「知っての通り、闘技場の機械人形は過剰に改造されてる。本来なら生命維持援助以外の目的で誰かを傷つけられないようにできてるけど、プログラムの脆弱性を突いて書き直しされてるから手に負えない。部品も戦闘に特化できるように裏ルートのものを使っている…」
携帯型端末に今度はガートの部品一覧表を表示し、ユウヤミに見せる。
「ガートの部品は機械班で分析してもらった。」
「ふぅん……元の持ち主は相当入れ込んでいたようだねぇ」
非正規品を示す赤色のマスが尋常ではない量になっている。多少の改造は愛好家の中では普通だが、ガートはその“多少”の幅を大きく外れていた。
「ミサキ。機械人形闘技場の機械人形は見つけ次第、初期化の上で解体処分される事は知っていますよね?」
あまりの過剰改造に懸念を見せるヨダカ。
「勿論。」
「何故、解体処分しないんです?」
「私達は上層部の意向に従うだけ。それに、言い訳なら最高の人材がそこにいる。」
ミサキに顎で示された言い訳用の人材は心外だと言わんばかりに眉を上げる。
「推薦者が不安?」
「まさか。大丈夫だろう。ウーデット君はまともな人間だ。守備と回避が得意でスタミナもある。ガート君とうまく行くよ。駄犬と狂猫、良い組み合わせじゃぁないか。」
「犬と猫なら喧嘩になりますよ。」
「犬って表現には怒らないの?」
人を犬呼ばわりしてもさらりと流すヨダカを不思議に思うミサキ。ミサキ自身は人を犬呼ばわりするなとアンにきつく言われてきたので、ヨダカの行動は不可解だった。
「既に何百回と言っています。一向に治す気配が無いので諦めました。機械人形なら強制的に書き直しができるのですが……つまりは25歳児なんですよ。」
「ヨダカ〜?それって本人の前で言う事かい?」
「言って治らないのですから気を使う必要もないでしょう。」
容赦ないヨダカの言動は監視者故。知っているだけにミサキとしては軍警に不信感を持ってしまう。訊くだけ無駄なのも知っているので何も言わないが。
「ユウヤミ。」
「ん?なんだい、ケルンティア君?」
「駄犬でも狂猫でも、結社の大事な手駒。使って。潰すんじゃなくて使って。」
「言われずとも。」
まなじりを下げるユウヤミ。
エドゥアルトなら朗らかな笑顔と言うだろうが、本性を知る者にとってユウヤミの微笑みは仮面と同義。腹の底で何を考えているかわかったものではない。
しばらくユウヤミの表情を観察していたミサキが不意に視線を離した。
「ガートを人の役に立たせて。何が何でも。」
ユウヤミを前にしてこんなに心拍数が上がらない人間も珍しい、とヨダカは隣りで聞いていて思った。
「追加の話は終わり。要は済んだから帰って。」
そう言い残して個室を出ようとするミサキの腕にユウヤミの手が伸びる。
捕まえようとした刹那、くるりとミサキに躱されて空を掴んだ。
「触らないで。」
振り返ったミサキの目にはさっきまでの無表情が嘘の様に、憎悪に近い歪んだ光があった。
これ以上、ミサキとユウヤミを同じ空間に置いておくのは危険と判断したヨダカがユウヤミの頭を掴んで勢いよく後ろに引き倒す。ゴキュと妙な音がしてもお構い無しだ。
「んぐっ!?」
「いい加減にしてください、主人。この頭は飾り物ですか?」
「あぁ、勘違いしたならすまないね。肩に糸屑が付いていたものだから〜」
ヨダカは自分の白眼視にしゃあしゃあと答えるユウヤミの戯言を放置して、この間に早く逃げろとミサキを目で促す。軽く目礼を返したミサキは何処かへ走り去って行った。
更にユウヤミの首を限界まで倒すヨダカ。
「ヨダカ……?ちょっと、ぐるじいのだけど……?」
「婦女子暴行未遂の扱いでいいですね。」
「ほんどに……くびがもげぢゃう……」
「言い訳は聞きません。ミサキが男性嫌い……いえ、恐怖症なのはご存知のはずです。ただ近くにいるだけならまだしも、触れられるのは相当な恐怖でしょう。それが理解できない貴方ではありませんよね?」
「ぞれは、わがっでるよ、もぢろん……」
「興味本位だけで動くなと再三注意しています。さっき本当に捕まえていたら1週間の外出禁止でしたよ?」
ようやくユウヤミの頭から手を離すヨダカ。ゲホゲホと咳き込むユウヤミを引きずり出すように汚染駆除班を後にした。

咳が落ち着いたユウヤミが呟く。
「緊張している様子もないし、そろそろ大丈夫かと思ったんだけどねぇ……」
「犯罪心理学者が聞いて呆れますね。恐怖症はそんな簡単に治りません。」
何を言ってもヨダカに効かないのがわかったユウヤミは口を閉ざして平静を装う。
無機質なリノリウムの廊下を歩き、一言も話さずに待機所へ向かう二人。
「ところで、本来なら解体処分されるべき機械人形をエドゥに任せて本当に良かったのでしょうか?」
先に声を掛けたのはヨダカだった。ヨダカの疑問ももっともだと頷くユウヤミ。
「私は問題ない、というより良いコンビになると思うよ。ケルンティア君が止めなかったのだし、上のお墨付きも同然だろう?」
「そうは言いましても。」
「何故、ケルンティア君から相談が来たと思う?ヨダカ?」
唐突に、試すような視線になったユウヤミに警戒するヨダカ。
「前線駆除班長ではなく、ミサキから来た理由ですか。急を要する、秘密裏に扱いたい事だったと言うんですか?」
ニヤリと微笑むユウヤミからは仮面ではなく心の底から面白がっているのが見て取れる。
「上層部はガート君が違法な機械人形なのを知った上で実戦に登用したかったのだろうね。何か被害が出てもガート君ごと闇に葬れるようにして。」
「尚更、エドゥに任せるのは酷ですよ。未来ある若者を潰す気ですか?」
「いいや?ウーデット君は私の指示に絶対忠実だからだよ。いざとなっても重い刑罰には相当しない。彼は何も知らず私の指示を実行しただけなのだから。」
ユウヤミの笑みが深くなる。
「ケルンティア君は時間の問題で第6に頼んだと言ったけど、あれは本音じゃないね。もしもガート君の出自が公になった場合、私なら責任を取らせやすいーーそう考えた筈だよ。」
このユウヤミの言葉でヨダカはようやく合点がいった。ユウヤミが男性恐怖症のミサキに敢えて手を伸ばした理由が。
「向こうがその気なら、上手くガート君を使いこなすしかないね。ケルンティア君の思惑通りに動くなんて私はまっぴらごめんだけど、物理的に首が飛ぶのは嫌だからねぇ」
ふわりふわりと歩く己の監視対象を見るヨダカは先ほどの事件情報を少し修正した。
婦女子暴行未遂に仕返しの怨恨の為と書き加える。
元から危うい立場を更に危うくするかもしれない要素を押し付けたられた事の仕返しだろう、と。
「困った人だ……」
ユウヤミの後ろに静かについていくヨダカ。
「貴方を殺すのは私の仕事ですからね。」
「勿論、そうだよ。」
監視対象と監視者の歪んだ冷たい関係性は解し難い。

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