薄明のカンテ - カヤちゃんのかげおくり/涼風慈雨
暑い、とある夏の日のことです。
カヤちゃんはパパとママと三人でおさんぽに行きました。
お空はとてもとても青くてお日さまの白い光がキラキラと輝いていました。
そんなお空を見ていたパパが言いました。
「いい天気だね、かげおくりができそうだ。」
「かげおくりってなあに?」
ふしぎに思ったカヤちゃんがパパに聞きます。
「よぉく晴れた日に、自分の影をよぉく見ながら10数えるんだ。10数えたら空を見上げるんだよ。そうすると、自分そっくりの影が空にうつって見えるんだ。」
と、パパはカヤちゃんに笑って答えました。
「パパやママが子供の頃、よくこれでアキと遊んだんだよ。」
「え、そうなの?」
と、カヤちゃんが聞くとママが横から答えました。
「そうよ。せっかくだし、今やってみましょ?」
「いいね」とパパも言って、カヤちゃんを真ん中に三人で影を見つめました。
「カヤ、まばたきしちゃだめよ?」
ママの注意にカヤちゃんはしっかりうなずきました。
「ひとぉつ、ふたぁつ、みぃっつ」
パパが数えます。
「よぉっつ、いつぅつ、むぅっつ」
ママも一緒に数えます。
「ななぁつ、やぁっつ、ここのつ」
カヤちゃんも一緒に数えます。
「とぉ」
上げた三人の目と一緒に、青いお空に白い影が三つ浮かびました。
「すごぉい」
と、カヤちゃんが声を上げるとママが
「記念写真みたいね。」
と言って笑いました。
「本当に今日の記念写真みたいだ。」
とパパも笑って言いました。


それから、いろいろなことがありました。
青かったお空にはクレヨンで黒の線が描かれました。
色とりどりだったガラス玉は赤く染まりました。
カヤちゃんがパパとママと歩いた道には赤と黒の絵の具がまかれました。
パパに「いい子に待っているんだよ」と言われたカヤちゃんはその通りに待っていました。
暗くてさみしい時間をぬけた時、カヤちゃんのとなりにはパパもママもいませんでした。
いくら待っても、いくら泣いても、パパとママはカヤちゃんのところに戻って来ませんでした。


それから、また時間がたちました。
カヤちゃんはパパの弟、つまり叔父さんと一緒に新しい場所へ行きました。
叔父さんが仕事に行っている間は他の子どもたちと保育の先生のところにいました。
ある日、建物の中でカヤちゃんは先生と他の子どもたちとおさんぽをしていました。
その時、遠くに、ママによく似た人の背中が見えました。
「ママ!」
カヤちゃんは先生の声も聞かずに一目散に走りました。
「ママ……」
ようやく追いついてカヤちゃんは飛びつきました。
「会いたかったよぅ……」
せき込みながら、そう言ってカヤちゃんが上を見ると、全く知らない人がいました。
ママは黒い目でしたが、その人は青と緑が混ざったような色をしていたのです。
「すみません、お仕事中に」
カヤちゃんに追いついた先生がそう言って謝っていました。
「カヤちゃん、みんなのところに戻ろうね」
背中を先生にさすってもらい、咳が収まったカヤちゃんのとなりにマジュ姉ちゃんが来ました。
少し年上のマジュ姉ちゃんはうつむいたカヤちゃんの顔をのぞきこみました。
「カヤちゃん!どしたのー?」
「ママじゃ、なかったの……」
すっかり落ち込んだようすでカヤちゃんが答えます。
「ほら、お外が明るいー!」
カヤちゃんに元気になってほしいマジュ姉ちゃんは窓を指さしました。
「マジュ姉ちゃん、お日さま、好きなの?」
と、カヤちゃんが聞きました。
「うん!こんなに明るいんだね、太陽って!」
にっこり笑ってマジュ姉ちゃんはカヤちゃんに答えました。
窓の外には青くて青くて眩しい空が広がっていました。
「かげおくり、できそうなお空ね」
ぽつりとカヤちゃんがつぶやきました。
「かげおくり?なにそれー?」
マジュ姉ちゃんがカヤちゃんに聞き返します。
「あのね、影をね、10数えて見るの。それから、お空を見ると白くなるの。」
「ふーん?よくわかんないけど面白そー!やろやろ!」
保育のお部屋に戻って小さなお庭に出たカヤちゃんは、マジュ姉ちゃんとそれぞれの影を見つめました。
途中で「なにやってるの?」と聞いたフランソワくんも混ざって三人で数を数えます。
「ひとぉつ、ふたぁつ、みぃっつ」
カヤちゃんが数えます。
「よぉっつ、いつぅつ、むぅっつ」
マジュ姉ちゃんも一緒に数えます。
「ななぁつ、やぁっつ、ここのつ」
フランソワ君も一緒に数えます。
「とぉ」
見上げた三人の目と一緒に、青いお空に白い影が一つ浮かびました。
「すごーい!」
マジュ姉ちゃんが喜んで声を上げます。
「面白いねー」
フランソワくんもにっこり笑いました。
でもカヤちゃんは笑っていませんでした。
「カヤちゃん、どうしたの?」
フランソワくんが心配そうにカヤちゃんを見ます。
「カヤちゃん、どしたのー?やり方間違ってたー?」
マジュ姉ちゃんもカヤちゃんを見ました。
しばらくカヤちゃんは黙っていましたが、
「違うの……」
と、言ったきりまた黙りこくってしまいました。


その夜、夢の中でカヤちゃんはお花畑を歩いていました。
ふとカヤちゃんが見上げるとパパがとなりを歩いていました。
「パパ、ここにいたのね」
カヤちゃんが飛びつくとパパが笑ったので、カヤちゃんもきらきら笑いました。
パパにだっこされて行くと、ママが花畑に埋もれていました。
「ママもここにいたのね」
下ろしてもらったカヤちゃんがママの顔をのぞきこみます。
ママが笑ったのでカヤちゃんもパパも笑いました。
「かげおくり、できそうなお空ね?」
カヤちゃんに言われたパパとママは一つ頷いて立ち上がりました。
カヤちゃんを真ん中にして三人で影を見つめます。
「ママ、まばたきしちゃだめよ?」
カヤちゃんが注意すると、ママはしっかりうなずきました。
「ひとぉつ、ふたぁつ、みぃっつ」
カヤちゃんが数えます。
「よぉっつ、いつぅつ、むぅっつ」
カヤちゃんの声が花畑にひびきます。
「ななぁつ、やぁっつ、ここのつ」
カヤちゃんのひびいた声が空に吸い込まれます。
「とぉ」
見上げた三人の目と一緒に、青いお空に白い影が三つ浮かびました。
「きねんしゃしん!」
カヤちゃんはきらきら笑って言いました。


それから、朝が来ました。
カヤちゃんがパパとママと歩いた道に散らばった絵の具は風が運んでいきました。
今は草や花が生い茂っています。
誰も通らなくなった道はゆっくりと植物におおわれていました。
ひっそりとしたその道をなにかを探すように誰かが歩いて行きました。


そんな、小さなお話です。