薄明のカンテ - アイスクリームーーミサキとロナの場合/涼風慈雨
ここ数日、前線駆除班の仕事が続いている。
駆除プログラムを入れたUSBの受け渡しに来る班員の顔が見るからにやつれている。
試しに待機の部屋に顔を出してみるとほとんどの人が爆睡していた。その中で愛用の刀を抱えて隅にうずくまるロナが目に入った。
「ロナ。」
近づいて声をかけるとだるそうに顔を上げた。目の下のクマがひどい。
今まで見た中で一番顔色が悪かった。
「顔色、悪い。」
「ミサキ女史に人のことが言えるのか?」
「昨日貫徹したから。」
「そうか。」
「それより、ロナ。外、行こう。」
表情が曇り、明らかに嫌そうな顔をするロナ。
「女史に休むっていう選択肢はないのか…?」
「今日はない。徹夜明けは糖分補給しないと死ぬ。」
「あぁ、そう……でも、他を当たってくれ。最近ロクに寝てないし。」
「今、他がいないからここにいる。」
諦めのため息をつくロナ。
「で、何処に?」

***

数分後、俺は拠点からほど近い街の中にいた。日差しが眩しい。昨日までの任務は地下街だったからまともに陽を浴びるのは久しぶりだ。
この辺りはあまりテロの被害を受けていないので普通の街並みで街として機能している。
隣を歩いているのはミサキ。色素の薄い彼女は日焼け防止に大きな日傘を差し、帽子を被り、大きな長袖の上着を着ている。
本人は気づいていないようだが微妙に傘が肩に当たって痛い。
ただ、日光と雑音嫌いな上にあまり感情を外に出さないミサキにしては珍しく、足取りが軽い。
「ここ。」
ミサキが立ち止まったのは一件のアイスクリーム屋。
何処にでもある、安さが売りのチェーン店だ。
「冷たいものは食べないんじゃなかったか?」
「今日は特別。」
徹夜明けの糖分補給という訳か。
なるほど、と頷いていると、俺に向かって手を揃えて差し出すミサキ。
「奢って。」
「え、」
「男は黙って女子に奢れって先輩が言ってた。」
それは付き合いたいとか付き合ってる場合の話では?と思ったが余計なことは言わない。
高飛車な態度だがミサキはまだ14歳。付き合う云々よりここは年上として出すのが常識だし、元からそのつもりだ。
「後、財布置いてきちゃった。」
「いいよ。俺も子供に払わせるのは気がひける。」
ミサキの目が輝いた。
「で?どの味がいいんだ?」
「糖分補給できればいい。…いや、ロナと同じので。」
「そうか?それでいいならいいが…」
買って戻ってくるとミサキは暑さのせいか座り込んでいたが、それでも俺が見えると立ち上がった。
「暑い日は座ると余計暑くなるぞ。」
「そうみたい。」
「ご所望のアイスだ。クッキーバニラ味。」
「紙カップ?」
「食べやすいだろ。溶けても落ちないし。」
なるほど、と頷くミサキ。
「ここだと暑いだろ。木陰で食べよう。」
いい具合に空いていた木陰のベンチに並んで腰を下ろす。
何も言わずに黙々とアイスを食べるミサキを見て傍目から見たら親子に見えるかもしれない、とふと思った。いや、親子の年の差ではないな。なら兄妹だろうか。
ぼんやりと考えながらアイスを口に運ぶ。
足元に映る木漏れ日を見て、不意に去年の夏を思い出した。合宿と称して生徒数人とミオリを連れてアスに行った日を。
ミオリ…!駄目だ。今此処で思い出す事ではない。思い出したら感情が止められなくなる。
カラン、と隣で音がした。
「アイス、美味しかった。…ありがとう。」
ミサキが、素直にお礼を言ってる…!?
「何かついてる?」
驚きのあまりまじまじと見過ぎたらしい。何もない、すまない、と言って目線をずらす。
アイスが半分溶けかけているのに気づき、慌てて掻き込む。
「私、実は本物のアイス食べたの初めてなんだ。」
ミサキの呟いた言葉はアイスの甘さと空の青さに合わないほど重かった。
「ずっと岸壁街で暮らしてたから、こういう普通の街は歩いた事ない。だから、全部ロナに押し付けた。財布忘れたのも嘘。」
静かなミサキの目からは何の感情も読み取れない。ただ、アイスの入っていた紙カップを見つめている。
「ミサキ女史。今まで何があったか知らないが、今はアイスが食べられたことを喜べばいいんじゃないか?」
ミサキが顔を上げ、こちらを向く。
「それに、俺は最初から出すつもりで来た。」
「え。」
「子供に出させるほどケチじゃない。」
つり目のミサキの顔が少し緩んだ。
「それと一つ、誰か…特に年上と話す時はストレートに言うよりワンクッション置いて話すと印象良くなるぞ。」
「別に。ロナは年上だと思ってない。」
それは、流石に刺さるな…

***

「やっぱり外は眩しいし煩い。戻ろう。」
近くの屑かごにゴミを捨てる。私からすれば勿体ない事だが。
「暑い…外はやっぱり敵。」
「陽の光を浴びないと骨がもろくなるらしいぞ。」
「カルシウムサプリ飲んでるから大丈夫。」
「そういう問題じゃない…外の空気吸うだけで違うだろ。」
ロナと並んで拠点へ向かう。深い話をするわけではない。でも、それでいい。
少なくとも、私からすれば数少ない信頼できる人だ。
感情が表に静かに出るので予測もしやすい。そこに好感が持てる。
「ミサキ女史、出たついではないのか?」
「煩い空間に長くいたくない。あと眩しい。」
「電子機器の店とか。」
「うっ…でも貰った休み時間がそろそろ終わる。」
「なるほど。仕方ない。」
待機の部屋で見た顔はここ数日熟睡できていない顔だった。
任務が立て込んでストレスが掛かれば、眠りは浅くなる。
それは夢を見る時間が長くなるとも言える。
あのロナのことだ、夢の中ですら自己嫌悪と戦っているだろう。
もしかしたら最初に壊したミオリという機械人形のことで悪夢になっているかもしれない。
ロナは時々遠くを見る顔をしている。そういう時は大体目が充血しているから、あまり話さなくても、おおよそ察しが付く。
だから、今日は無理やり街に連れ出した。
アイスクリームを初めて食べたのも、街歩きは初めてというのも本当だ。嘘じゃない。
でも目的はそこじゃない。
私がロナを振り回すことで、ロナは私のことを考えざるを得なくなる。
それはつまり、彼が己の心に向き合っている時間を減らし、悩みを考える時間を減らすということだ。
無理に罪悪感を捨てろとか失くしたものの事は忘れろというわけじゃない。
ずっと考えている必要は無いというだけだ。
特に、今のロナには一旦冷却する時間が必要だ。
拠点の入り口が見えてくる。
喉の周りにはアイスクリームの甘さがまだ残っていて、少し痛かった。


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