「ヤサカ君、お疲れ様!お昼大変だったわねー」
そう言ってとんと肩を叩くモリーににこりと笑い返しつつヤサカは疲れからもう言葉すらも発せられなくなっていた。
正直、普通にまともな職場で仕事をすると言う事を舐めていた。いや、舐めていたと言うと語弊があるが、もう少し楽だと思っていた。
自分が営業時間も何もかも管理し、夕方から夜に掛けて仕事をし時に暴力的な酔っ払いの相手もするいつもの仕事の方が大変でそれさえ経験しているのだから大丈夫だと高を括っていたが、実際に結社で仕事をしてみたら自分の今までがあくまで「その仕事と相性が良かったから」こなせた事なのだと気が付いた。
自分にはやはり適当な働き方の方が合っているのかもしれない。そう思いながらモリーの顔を見ると彼女はにこりと微笑み返した。
「……ヒッヒッ…やっぱモリおばちゃんは俺の癒しだなぁ」
「あらあらお上手」
「ヒヒヒッ!本心よー」
「残念ね、私が後三十歳若くてぴちぴちだったら良かったかもね」
「……いやいや、俺が後二、三十歳年上だったらモリおばちゃんとようやく釣り合えるのサ。俺は今のモリおばちゃんが好きだからね」
いつもの暖簾の様な前髪を上げたヤサカの端正な顔立ちが、普段隠れている色素の薄い瞳がモリーを捉える。モリーは不覚にもどきりと胸を高鳴らせると「……やだこの子、慣れてるわ」と呟いた。
「全くもう。気持ちは嬉しいけど私には愛する旦那が居ますのよ」
「ヒヒヒッ……残念ー。俺の出る幕なんてねぇってか、本当可哀想な俺……」
ぶつぶつ呟きながら席を立つヤサカを注意深く観察していると、彼は小さな鍋を取り出しそこに何かを入れ火を掛け始めた。
「そんな残念可哀想な俺ですが、ちょっとあるモノを作りますのでモリおばちゃんもいかが?」
「あら、何だか知らないけどいただいて良いの?」
「勿論」
「何作ってるか分からないけど、何か変なもの入れないでちょうだいよ?」
冗談でモリーがそう言うと、ヤサカはようやく笑顔を浮かべた。そして一言、
「俺、あらゆる事に不誠実だけど食に関しては本当誠実だからね!」
と元気よく答える。モリーも『だから内容も聞かずにちょうだいと言えたのだ』と言わんばかりに首を振って肯定した。岸壁街の自分が出すモノ、それが何か分からないのに疑いもせず受け取ろうとしてくれる人。何だかそんな治安の良い当たり前が嬉しくて、多少のしんどさはあれどやっぱりここでの仕事を続けたいとヤサカは思った。
「ところで本当に何を作るの?ヤサカ君は悪くないんだけど、もしも苦手なモノだったら食べたり飲んだり出来ないから嫌だわって思って」
「あぁ、聞くの忘れてゴメンネ。チャイだよ、飲める?」
「あら!むしろ好きかもしれないわ!」
「本当?じゃあちょっと多めに作ろっと」
スパイスをパラパラと水の入った鍋に入れ、ぐつぐつと火で沸かす。湯が茶色になるまで煮出すとスパイスの香りも強くなる。そうしたら茶葉を加え、牛乳や砂糖も加え茶こしでこしたら出来上がりだ。
「まぁ!良い香りね!」
「ヒッヒッヒッ……モリおばちゃんの美貌に乾杯…!!」
「全くもう、ヤサカ君ったら。でも本当に美味しそう!ありがたくいただくわね!」
モリーと二人、チャイを味わっていると思い出す。そう言えば、チャイと言えば
あの女の子は元気だろうか?と。
たまたま出会ってたまたま店に連れ込んだ、花の様に笑う少女の顔を思い出す。ビスケット色の手入れの行き届いた長い髪の毛を可愛くセットした彼女。空色の綺麗な瞳は真っ直ぐ自分を見据えていて、こんな風に髪を上げた自分の隠したかった目を見て「綺麗」と言った無垢の化身の様なそんな彼女。
「すみません!お昼お願いします!医療班立て込んじゃって遅くなっちゃって…!」
そうそうこんな感じの。
昼過ぎて落ち着いた時間になってやっと食券片手に駆け込んできた女性の外見がかなり近い。ビスケット色の長い髪の毛に空色の瞳。
……いや、かなり近いと言うかこれは、彼女そのものではなかろうか。
「……ミアちゃん?」
「へ?」
「やっぱりミアちゃんだー!!ほら!この顔見覚えござんせん?」
いつかの時と同じ様にスッと前髪を下ろすと、ミアは何かに気付いた様に口をはわわわと震わせた。それがおやつを前に「待て」を命じらせて口を震わせている子犬の様で可愛らしいと思ったのは内緒だ。
「や、や、や……」
「うん」
「ヤ……サカさん……?」
正解。
少したどたどしく確認する様に口にしたミアはヤサカの頷きに安堵する。ヤサカはそんなミアを久しぶりに年下の親戚に会った時の様な目で見つめていた。
ミアとヤサカが
初めて出会ったのは彼女が大好きな人と初めてお酒を飲みに行った日だった。たまたまミアが一人になる瞬間があり、その時にぬるりと入り込んで少しの時間楽しく話をしたのだ。
その後、ミアと
旧岸壁街付近で再会?し他愛もない話をした。あの時の幸せそうなミアそのままな姿に嬉しく思いつつ、偶然とは言えこんなにも会えるなんて本当に運命じゃないだろうか?と思った矢先、ヤサカは彼女の隣に立つあまりにも不機嫌な顔の男に気が付いた。
「…よぉ!ハンサムが台無しな顔してんね」
「………いいえ」
おそらく愛するミアが横にいる手前、気に入らないから無視をすると言う大人気ない姿を見せたくないのかぽつりぽつりと挨拶だけ返す男。ヤサカは一方的にこの男を知っていた。岸壁街でミアと再会した時に、彼女を迎えに来ていた男──つまりミアの
王子様だ。
「おいおいそんな構えんなって!!俺は求められりゃ彼氏居ても食っちまうタイプの男だけど自分から手は出さねぇからさ!!」
「……そうですか」
興味の無さそうな返事。一向に目を合わせようとしない愛想の無い顔色。しかしミアの彼を見つめる目は恋する乙女そのもので、ヤサカは思わず心の中で「コイツのどこが良いんだ?」と呟いたくらいだ。
「…ねぇミアちゃん、この人が彼氏で間違いないね?」
「は、はい!!彼氏……彼氏かぁ…えへへ…」
ふにゃりと蕩けそうな笑顔を浮かべるミアと対照的に警戒の色を一層強める男。少なくとも現時点でミアに手出しする予定の無いヤサカからしたら一刻も早く警戒を解いて貰いたいものだが。
「はぁ……?何でアンタがこんなとこに居ンすか……?」
一際ドスの効いた女性の声で投げ掛けられてそちらを向けば、そこに居たのはクロエだった。普段なら可愛い可愛い妹分だが、今この瞬間の彼女の存在は果たして吉と出るのか凶と出るのか。
「よぉ!クロちゃん!」
「また一体何を企んでるんですかアンタ……」
「企むなんて人聞き悪いゼ。強いて言うならお賃金欲しくて」
それと運が良ければ可愛い彼女も欲しい、と言い掛けてそれはやめておいた。ただでさえ深く刻まれたクロエの眉間の皺が更に濃くなる気しかしなかったからだ。
しかしクロエも正義感の強いものである。ミアに絡んだ事で、恋人であろうネビロスが不機嫌になるのは分かるが、同じ女であると言うだけでこんなにも警戒心を剥き出しにするものだろうか。
「ミア、何もされてないです?その男は埒外人間の筆頭格の様なものなので」
「え!?大丈夫だよ!全然!何も!」
ミアの砕けた喋り方はまるで仲の良い友達の様だ。つまり、ミアとクロエとの仲は自分の思っているよりも深いものだと思って良いのだろうか?
「……クロちゃんとミアちゃん、仲良いの?」
おずおずと聞いてみると、ミアが嬉しそうに頷いた。クロエも少し眉間の皺を緩めながら頷く。ヤサカはそんな二人を微笑ましく見つつ、思わず本音が溢れてしまった。
「見事に正反対だよネ」
「……ンだと?」
「えへへ、クロエちゃんは私が知らない事いっぱい教えてくれるんです!」
「……ふふっ」
ドスを効かせて凄むクロエ以上にヤサカが反応したのはその直後に噴くように笑ったネビロスだった。
あれ?この人、笑うの?
極めて失礼な事を思い浮かべながらネビロスを見つめる。ネビロスは視線が注目した事で居た堪れなくなったのか一つ二つ咳払いをすると何食わぬ顔でそっぽを向いた。
「…ネビロス氏、何が面白いんすか」
「い、いえ……」
「まぁ、確かにミアと私では女らしさも顔の系統も生き方も全てが違うと思ってますけどね」
「いや…悪い意味で笑ったわけでは無いですよ…少なくとも微笑んだだけで嘲笑はしてないです……」
そして可哀想な事にクロエの矛先が彼に向いた。そう言えばクロエはこう言う女性だった。自分と違うタイプの女性と比べて自分は醜女だ女らしく無いだと、聞いた人間が反応に困る様な自虐をよくする。同じ様に、とは言え彼女のいたところよりも遥かに治安の悪いところではあるが、孤児院で更に侮蔑の対象の様に扱われ一時期性格のひん曲がったヤサカとしてはクロエの気持ちが分からなくはなかった。
これは彼女なりの身の守り方なのでは無いのか、と。クロエも少しばかり変な方向に幼い時から早熟で、孤児院で大人と衝突をしたらしいからおそらく自己肯定感を低くなるまで削がれる様な事を言われた経験もあるのだろう。
そんな事を言われて傷付いた記憶と、傷付いたところで得るものは無いから事実として受け入れてしまう事で身を守ろうとする気持ち。だけど受け入れたく無い気持ちとが雁字搦めになっているのだろう。
そう思うと、ヤサカは無性にクロエが愛おしくなった。
「まあまあクロちゃん、あんまそこのドS王子に噛み付きなさんな」
そっと手を伸ばしクロエの頭を宥める様にぽんぽんと優しく叩いてやる。
たった今「ドS王子」とヤサカに命名されたネビロスと、同じくヤサカに触れられたクロエが各々不服そうな顔でヤサカを見つめた。
「………触らないでくれます?」
「ひでぇ、慰めてんのに!」
「慰め?はぁ?誰が?誰を?」
「俺が、クロちゃんを」
「
お笑い種ですねこのクソが」
「
本当に酷くね!?」
「私に何か施したいなら株券の一つでも持ってきてください」
「まさかの同情するくらいなら金くれってか!?」
「当たり前でしょう。って言うか、同情の意味も分かりません。別にネビロス氏は当たり前の事しか言っていませんし。ただ、微笑みだろうが何だろうが笑われるのは舐められた様で腹立つんですよ」
「クロちゃん…発想が不良のソレじゃん…」
ネビロスに向いていたクロエの矛先がヤサカに向いたところでネビロスはさしてヤサカに感謝するでも無く。何だかタダ働きの様な気持ちになりドッと疲れていると、視界の端で長いポニーテールが揺れた。
そこに居たのは背の低い女の子であり、ヤサカは瞬時に子供と言う理由で守備範囲から外したのだが、「後五年も待てば良い女になりそう」と同時に品定めをする。ここまで一秒足らずであった。
「あの、食券……」
「はいはいはい!おぉっ!お嬢ちゃん赤スープね!ちょっと待ってなー!」
おそらく十代前半くらいの育ち盛りの女の子、少し多めに盛ってやるかと思いつつここが自分個人の店ならそれもありだが結社となるとどうだろう?とブレーキが掛かる。
おそらくジュニパーに聞けば良い顔はしないだろう。エミールも、自分の
想像通りの経歴の持ち主なら今は真面目一徹だろうから融通は利かなそうだ。そうなると程々に融通を利かせてくれそうなのはモリーかヒギリ、今頼みやすいのはモリーだろう。
「モリおばちゃん、あのさこの子…」
「ん?あら?ウルちゃんお疲れ様!今お仕事終わり?」
「うん。今日は大変だったの」
「あらあら!じゃあいつも通り多めに盛っちゃうわ!!」
聞くまでもなくポニーテールの少女は多め盛りらしい。何だ、時と場合とで分けて良いのかと頭の中で対応の仕方をアップデートしたところで、そう言えば体力の入りそうな彼女の仕事は何だろうか?と気になった。
「……ん?誰?」
「あら、ウルちゃん初めましてだったかしら?この方はね、ヤン・サコーさん。この間から臨時で給食部に入ってくれているのよ」
「ふーん……私、ウルリッカ・マルムフェ。前線駆除班第六小隊だよ」
「へー!ウルちゃんか!俺はヤン・サコー、まぁしがない料理人だネ。気軽にヤサカって呼んでくれたら嬉しいねぇ」
「うん、分かった」
「ウルリッカ氏、コイツは性別女なら何でも良い男なのでお気を付けて」
クロエの余計な一言にヤサカが「あ」と声を漏らすと、ウルリッカは既に納得のいかない顔でヤサカを見つめていた。
これにはヤサカも相当慌てた。自分は女好きを自称してはいるが、幼い子供の年代の子に手を出す様な輩では無い。
「いやいやいや!俺流石にお子ちゃまに手ぇ出す程飢えてないっつの!!ちょっと風評被害もそこまで行くと大概だぜクロちゃん!」
しかし、ヤサカがそう弁明するとウルリッカの眉間の皺は更に深まってしまったのだった。
「……私、大人だよ」
「え?ウルちゃんってまさか成人してんの?」
「…してるもん」
カンテ国と言えば女性は平均百六十五センチ程あるのが一般的で、ウルリッカはそれよりも十五センチは低く同様に小柄だった。しかし、混乱するヤサカに追い討ちを掛ける様にウルリッカが更に口を開く。
「私、もう成人して四年も経ってるよ」
「ま、マジか…二十四歳なの…?」
「ヤサカ氏。アンタ口開く前に一般常識を身に付けてくださいよ。カンテ国の成人は十八じゃ無いっすか」
「あれ?そうだっけ?」
ボケてはみたものの、ウルリッカの機嫌が治るわけでもなく。ヤサカはどうしようかと迷いに迷った末にネビロスに白羽の矢を立てた。
それは自分と言う、先程クロエの毒牙から救ってやった恩人がいるにも関わらず我関せずでミアとラブラブな空気を放出している彼への恨み辛みを込めた上でと言う私怨まみれの理由だった。
「そ、そう言やさー!!そこのドS王子はミアちゃんの彼氏さんだったよね!?」
「……ネビロス・ファウストです」
「あ、ネビロス…うん!ネビロスね!ネビロス!ネビロスっていくつなん?随分と落ち着いてるって言うか大人っぽいと言うか何と言うか……」
ただ逃げの為に話を逸らしたわけではない。ヤサカの思惑はこうだ。
ミアと一緒に居るネビロス、ちょっとやつれて見えるが彼女と付き合っているのだしきっと見た目によらず若いのだろう。
大人っぽい、からの、「思ったより若い!」からの、「人は見掛けじゃない」からの、ウルリッカの可愛らしさはむしろ若く見える魅力だと褒めちぎる。勘違いを素直に詫びる上に褒める算段だ。きっと上手くいく。
しかし、ヤサカのそんな苦し紛れの姑息な思惑は、ネビロスの発した一言で露と消えてしまうのだった。
「私ですか…?今年三十歳になりますが」
「……え?」
ヤサカは困惑した。ミアと付き合っているのだからせいぜい行って二十四、五歳くらいだと思っていたのだが、まさかの三十歳。自分より二つ程しか違わない彼が十八歳の成人したての女性の恋人と聞いてヤサカは珍しく思考回路がショートした。
「は!?何それ!?年の差カップルかよそこ!!」
「えへへへ…照れちゃいます…!へへへ…」
「俺も色んなカップル見て来たけど十二歳差は初めてだぜ……」
ウルリッカのご機嫌を取る為に、程良い年齢を答えてくれると想像していたネビロスがまさかの思った通りくらいの年齢を挙げた為ヤサカは八方塞がりになっていた。
どうしたら良いんだ、ここからどう発展させればこの場の収拾が付くのだろう?
ミアにネビロスと言う思った以上の年の差カップル、クロエと言う何を言っても裏目にしか出なさそうな強敵、ヤサカが見て来た中でも群を抜いて見た目と年齢にギャップがあるウルリッカ、これを一体どう調理すれば正解だと言うのだ。
「あ、あの……すみません…食券を……」
その時、おどおどと少し探る様に声を掛けて来た青年が。ヤサカはとりあえずこの空気から脱したいばかりに彼の注文に飛び付いた。受け取った食券には赤スープの文字が書かれており、そんな食券を持って来た彼の髪も同様に燃える様に赤く綺麗なものだった。
長い前髪であまり顔が見えないが、少しだけ髪の隙間から覗いた顔付き、そして少しあどけなさの残る手入れ感の眉毛、髪型もそうだが全体的に考えるとおそらくまだ若いと見た。
「ほいほい。赤スープねー!今同じの頼んでた子居たしすぐ出せるぜー!待ってなギークボーイ!」
ヤサカとしては親しみを込めてとりあえず呼んだだけに過ぎなかったのだが、青年は何に引っ掛かったのか一瞬びくりと大袈裟に反応した。
あれ?俺なんかまずい事言った?
そう思いながら赤スープの支度をしていると、ウルリッカがぼそりと「同じ…」と呟く。その言葉が聞こえたのか、青年は嬉しそうに顔を綻ばせると少し焦りながらウルリッカと話し始めたのだった。
「あ……ウルちゃん!一緒だね、ウルちゃんも赤スープなんだ?」
「うん」
「そ、そっかー!あ、どうする?足りる?な、何なら僕の分も食べる?」
「ううん、大盛りしてもらうから大丈夫」
「あ、そうなんだねー…ははは…」
お?何だ何だ?ギークボーイに恋の予感か?
随分おどおどとした応対でウルリッカに声を掛ける青年。予想通りなのだとしたら、いわゆる恋バナに敏感そうなミアが輝いた顔をしているはずだ。
しかし、そう期待して彼女を見たのだが、彼女は何とも言えない微笑ましい顔をしているばかりでありその顔色から恋バナの進展に期待しているかどうかは測れなかった。
店を構え岸壁街の住人、地上の住人と色々な人間に接して来て人を見る目に少なからず自信のあったヤサカはこの数分の間に伸びに伸びた自信がぽきりと居られるくらいには衝撃の体験だった。
岸壁街の出で、岸壁街の人間と接して、ありとあらゆるイレギュラーなものを見てきた気がしたのだが。ネビロスとミアは一周り違うし、真逆なタイプのクロエとミアは良い友人の様だし、ウルリッカは成人しているし。
改めて外の世界の広さを実感していると、ウルリッカが今し方おどおどした態度を取っていた青年に一言「お兄ちゃん」と呟いた。
「お兄ちゃん、お仕事大変なんだからしっかり食べなくて良いの?」
「うーん…そ、そうなんだけどねぇ……結構ファンさんが
包子をくれるものだから気になっちゃって……彼は背も高いしちょっとやそっとじゃ外見に出なさそうだけど、僕はそんな自信無いから……」
「あー…ギャリーいっぱい食べるんだね」
「ううん、逆にファンさんは昼食はサボって寝てるんだよ……」
「うわ、食券勿体ない」
待て待て待て。お兄ちゃんだと?
ヤサカからの視線に気付いた青年は一瞬びくりとしながらも、彼の垂れ下がった長い前髪を見て「お揃いですね」と精一杯はにかんだ。きっとこの青年にとったら「敵意はありません」とコミュニケーションを取るのはとても勇気がいったろう。しかしヤサカはそんな事を気にする余裕はなかった。
「ま、待て待て……彼、お兄ちゃん…?」
「あ、うん。私のお兄ちゃん。あ、お兄ちゃん、この人何か給食部に来たヤサカ」
「ウルちゃん……説明がふわふわ過ぎてよく分かんないよ……えっと、アルヴィ・マルムフェです。以前火山研究をしておりまして、今は経理部に所属しております」
「あ、あぁ…ミクリカでリカ・コスタって店のオーナーやってます…ヤン・サコーっす……」
度重なる衝撃に、不自然に腰が低く敬語で謎の礼儀正しさを見せたヤサカにアルヴィはテキパキと挨拶をする。妹であるウルリッカに見せたもたつきが嘘の様にキリリとした好青年然とした挨拶だった。
「サコーさん……」
「あ、ヤサカで良いっす…」
「ヤサカさん、不躾な質問ですけど恋人の方はいらっしゃいますか?」
「へ?」
これがアルヴィからの牽制であると気付かなかったヤサカは即座に「居ないっす。欲しいんですけどね」と呟いた。それを聞いた時のアルヴィの纏う空気の修羅な事修羅な事。それを感じ取り「まさかウルリッカを狙わない様に探られているのか?」と察したヤサカは少しごにょごにょ言いながら何とか最適解を搾り出した。
「で、出来たらこう、大人の色気満載なおっぱいの大きいお姉さんが彼女になってくれたら幸せなんだけどねー……」
ウルリッカと真逆の人物像。
そう言うとアルヴィはにこりと笑い、きっと出来ますよ!是非見つけてください!と口にした。
「しっかし……ウルちゃんにお兄さんねぇ……ギークボー……いや、アルヴィ。ウルちゃんと仲良さそうだけど年近いの?」
「あ、僕は三十三歳になります」
アルヴィの年齢を聞いてヤサカはあまりの驚きから比喩ではなく本当にずっこける。
甘かった。甘く見てたぞ俺。地上の人間は怖いぞ。皆こんなにも年齢を隠し欺くのが上手過ぎる。
ネビロスはともかく、まさかのアルヴィの年齢が自分より上だった事に動揺するヤサカの背後で全員分の食事の調理を終えたモリーが声を上げた。
「あ!全くお喋りばっかりして!ヤサカ君!仕事よ仕事!みんなー!お昼食べて午後も頑張ってねー!!」
あ、この人自分の価値観で見たところの年齢不詳ぶっちぎりだった。
密度の濃い午後二時過ぎ。ヤサカは新たな知り合いを作った事で外の世界の広さを思い知ったのだった。
to be continued.