薄明のカンテ - その羊、貴族につき/べに
 電子端末と目の前のローテーブルを挟んだソファに座る人間の顔をタイガ・ヴァテールは何回も見比べて今日何回目になるのか分からない溜息のような息を吐き出した。
 人事部の一角、パーテーションで間仕切っただけの簡易な応接コーナーにもう自分はどれだけの時間いるのだろうか。
「やっぱりあなたの希望通りの配属は無理ですよ、ヘイルさん」
「わたくし、掃除はとっても得意なんですのよ? 何か問題がありまして?」
 タイガが面接している相手――ディルフィナ・メリー・ヘイルはツンとした様子で言い放つ。彼女の青灰色の目には不満の色がありありと浮かんでいて「不愉快ですわ」と訴えかけているが、タイガだって負ける訳にはいかない。ここで彼女の勢いに屈したら今後の結社で色々と支障が出かねないため、人事部としては何としてもメリーの希望を阻止するしか未来はないのだから。
 相手は貴族。世が世なら不敬罪とか何かしらの罪になるかもしれないが、現代カンテにそんな法律はない。
 だからタイガは意を決して息を吸って強めに声を出す。
「それでも清掃部配属は人事部として許可出来ないんです!」
 マルフィ結社に飛び込みで入社希望を出してきたメリーの希望配属はなぜだか清掃部であった。職業に貴賎は無いが、さすがに末端とはいえ貴族に名を連ねる女性が掃除人として結社内を歩いているのは人によっては心臓に悪いだろう。
「御高名な一族ならともかくヘイル家うち程度なら何も問題ないでしょう? わたくしの顔なんて誰も知らないでしょうし」
「それ本気で言ってます?」
 思わずタイガがじとりと睨むような視線を送りながらメリーに問い掛けると、メリーは困惑しながらも頷いた。また、タイガの溜息が増える。
「『ラムレシピ――プロのための羊料理――』」
 タイガが呟いた言葉にメリーの眉が動いた。そんな彼女の反応を予想していたタイガは更に言葉を続ける。
「『料理人のためのラムガイド――上手な選び方と加工・料理――』」
「ううっ……」
 メリーが呻いた。タイガはメリーへと勝ち誇った色を湛えながらも、呆れたような顔を見せる。
「今挙げたレシピ本に、いや、それ以外の羊関係の本にも監修として思いっきり巻末にヘイルさんの顔写真が出ていますよね?」
「よ、よく知ってらっしゃいますのね……貴方、人事部の方かと思えば料理人なのかしら?」
「オレの機械人形が料理人なんで部屋にレシピ本があるんです」
 機械人形ほどの技術が発展するカンテ国であるが、存外にも紙媒体は多く電子媒体と共に重用され続けていた。タイガの機械人形であるノエも自身のメモリにレシピをダウンロードしても尚、紙媒体を使用している。ノエ曰く機械人形同士ならば電隣会話でデータを共有することも可能であるが人間とのデータ共有ならば紙の方が良いのだという。「火も水もある厨房でそれらに弱い電子端末を使うのは愚の骨頂ですから」と言うのが精密機器の塊である機械人形の意見なのはなかなかに矛盾を感じるが、ノエが言うのだからそうなのだろう。
 タイガの言葉に思うところがあるのかメリーは黙って下を向いていた。
 カンテ国において貴族が“御家芸”の技術を金儲けの手段にするのは現代でも禁忌とされている。今、タイガの目の前にいるメリーの家は羊に関する技術を継承している一族だ。その中でも「羊の血統を守ることこそがヘイル家の“御家芸”だ」と言い張り、羊毛による衣服の製造や羊肉による調理に関しては“御家芸”外のこととして金銭を得ているのだから庶民的にいえば「セコい」とも「“御家芸”の捉え方が上手い」ともいえる。
「ヘイルさん、あまりヴァテールさんを困らせないであげてくださいな」
 柔らかな声音の中にも凛と残る高貴さを残した女性の声が簡易な応接コーナーに響いた。聞き慣れた女性の声にタイガは助けが来たとばかりに顔を輝かせ、一方のメリーは顔を歪めて声を上げた。
「あら、××夫人。ご機嫌はよろしくて?」
「今はサリアヌ・ナシェリですわ。ご連絡差し上げた筈ですけれども、ヘイル家は羊ばかり相手にしていて人間の事情なんてお忘れなのかしら?」
 メリーが嫌味のように婚家の苗字で呼んでもサリアヌ・ナシェリは涼しい顔でそれを流して、むしろサラリと嫌味を返してみせる。どうやらサリアヌの方がメリーよりも一枚上手うわてのようだ。悔しそうな顔を見せたメリーだが、次の瞬間には何かを思いついて微笑む。
「失礼致しましたわ、出戻りされていたのでしたものね。ナシェリ
 敢えてサリアヌが未婚の女性であることを強調するように呼んでメリーが若干引き攣りつつも微笑む。
 うふふ、と笑顔を浮かべつつもメリーとサリアヌの間に火花が飛んでいるように見えてタイガの顔も引き攣った。人事部の高嶺の華とされるサリアヌとメリーは同じ貴族同士ということで上手く話がまとまるのかと思ったが、残念ながらサリアヌがこの場に顔を出したのは悪手だったようだ。先程は助けが来たとサリアヌの登場に喜んだタイガであったが、この数分で彼女が顔を出したことに頭を抱えたい気分になる。
 サリアヌのナシェリ家は譜代技能貴族。
 メリーのヘイル家は外様貴族。
 そんな2人が仲良しこよしなわけは無いのだ。
 彼女達が貴族らしい――単なるタイガの偏見ともいう――オブラートに包んだ嫌味の応酬を繰り広げるのを頭上に感じながら、タイガは現状の打破を模索する。しかし、最初からオレに出来ることなんて何も無いけどと諦めの境地に達しているのではあるが。
 サリアヌとメリーの相性が最悪であることが分かったので、タイガは心の中でメリーの配属先候補から人事部を抹消する。
 そこでふと、マルフィ結社にはもう一人貴族がいることを思い出した。
 サリアヌと同じ貴族であるが、どちらかといえば彼の方がメリーと近しい貴族ではないか。
「ナシェリさん、すみませんお話中に。ちょっと確認していただきたいことがありまして――」
 タイガが光明を見出した時、タイミング良くサリアヌを呼ぶロード親衛隊の誰かの声がした。髪型やメイク、服装のセンスが良く似たロード親衛隊の女子達は何となく声も似ていて意外と声だけでは聞き分けにくい。
「行っていただいて結構ですわよ。お忙しいナシェリ嬢の時間をいただいては申し訳ないですわ」
 嫌味たっぷりとばかりにメリーが言い放っても、気分を害した様子は微塵も見せないままサリアヌは「お言葉に甘えますわね」と優雅さを失うことなく踵を返した。そんなサリアヌの後ろ姿を見えなくなるまでしっかり見送ったメリーの目が久しぶりにタイガを向く。
「あんな人がいるなんて此処は大丈夫ですの!?」
「サリアヌさんって美人で優しいって評判ですし、オレもいつもお世話になってるんですけどねー」
「冷たいのは下級貴族にだけってことですわね」
「下級って……」
 言い淀むタイガをメリーは鼻で笑う。
「そうでしょう? 自分達はどれだけ高貴なつもりなのかしら、あの人達は」
 『あの人達』とメリーはサリアヌだけでなく複数形で言った。
 カンテ国において貴族と呼ばれる中でも一定の一族が政界や大手企業を牛耳っていることは誰もが知るところであり、それでいて権力を持つ彼らには正面切って文句は言い難い。それ故に貴族への不満は権力から遠い一族へと向けられる。山羊の一族はいないが贖罪の山羊スケープゴートは確かに存在しているのだ。
 タイガが思わず何も言えなくなって沈黙すると、気まずい顔をしているタイガの表情が面白いとばかりにメリーが噴き出すようにして笑った。
「そんな顔なさらないで。普段はわたくしだって別にそんなこと気にしてないわ。今日はあの女がいたから特別ですわよ」
 貴族にヒエラルキーがあるのなら、尚更先程思いついた人物を召喚した方が話が上手くいくような気がする。
 問題はどうやって呼んでくるかである。
「タイガさん」
 その時、タイガの名前を呼んでひょっこりと顔を出したのはロード・マーシュだった。彼の端正な顔を見てタイガと何故か一緒にメリーも顔を輝かせる。マルフィ結社にメリーが来る前に面接をしたのはロードであるので面識があるにしても、その喜び方は恋する乙女のようだとタイガは密かに思う。
「まぁ、マーシュさん! ご機嫌いかがかしら?」
「おかげさまで、なんとかやっております」
 メリーへと無難な返事をしたロードの目がついとタイガへと向く。
 頭の回るロードのことだから何も分からずに顔を出した訳ではないだろうが、敢えて自分へと会話を振ったのだと判断したタイガは素直に眉を下げてロードを見つめた。
「ヘイルさんが清掃部を希望してまして……」
「清掃部ならマナと一緒に働けるのでしょう? それはとても楽しそうですもの」
 メリーが浮かれた声でいう「マナ」は機械人形のマナキノに他ならない。
 ルーウィン・ジャヴァリーとクロエ・バートンの夏休みに一緒に里帰りしてきたマナキノをメリーは非常に気に入っていたのだ。
「私との面接の時には総務部でも良いとおっしゃってませんでしたか?」
「ええ。クロエと働けるのも楽しそうですけれども、クロエと四六時中一緒にいたら嫉妬するが一匹おりますでしょう? わたくし、か弱い羊ですもの。恐ろしくて恐ろしくて」
 恐ろしいと言いながらも彼女は本気でそう言っている訳ではなく、その証拠にメリーの顔は笑っていた。そんなメリーにロードは肩を竦める。
「男は狼といいますからね」
「アレは猪ですわ」
 うふふ、おほほ、と笑い合うロードとメリーだが、どことなく部屋の温度が下がるような怖い雰囲気を感じとってタイガは鳥肌のたった自身の腕を温めるようにさすった。
 どうやらタイガの友人の恋の道には立ち塞がる強者が多いようで、今後大変だろうなぁとの同情も忘れない。
「あー……そろそろ良いだろうか?」
 空気を断ち切るように男性の声が簡易応接に響いた。
 その声はタイガが呼ぼうと考えてた人物の声であり、タイガはロードが既にタイガとメリーの面接での展開を見越して彼を呼んできてくれていたことに気付く。
「お待たせして申し訳ありません。どうぞ、こちらへ」
 ロードの声と共にパーテーションの影から姿を現した人物を見た瞬間、メリーがパンプスのヒールの踵を鳴らす勢いで立ち上がった。その行動に彼は眉を顰める。
「久し振りだな。まぁ、君は僕になんぞ会いたくもなかっただろうが」
 そう言って悲しげに青眼を伏せるのはギルバート・ホレス・ベネットである。そんなギルバートの姿にメリーは口をぱくぱくとさせて青い顔になり挙動不審極まりない顔をしているのだが、ギルバートは目線を逸らしているのでメリーのその表情に全く気付いていない。
「そっ、そうですわね。まさかマルフィ結社にサリアヌ嬢だけでなくベネット卿までいらっしゃるとは、わたくし、全然全く微塵も存じ上げませんでしたわ!」
 急に虚勢を張り出したようなメリーの言葉にタイガが思わずロードを見ると、ロードは苦笑めいた顔で「嘘です」と小さく首を横に振る。
「ヘイルさんはベネットさんとお知り合いなんですか?」
 タイガが白々しくも尋ねるとメリーは首を何度も縦に振った。
「ええ、ええ。わたくしとベネット卿は学友でしたのよ」
「あれ? でもヘイルさんってルーとも同じ学校って言ってませんでしたっけ?」
「中学校だけは首都の学校に行っておりましたので。ベネット卿とはその時に」
 そう言いながらチラチラとギルバートを見るメリーの目は嫌悪感ではなく、むしろ逆の感情――恋慕とかそういったものを孕んでいるようにしかタイガには見えなかった。一般の若者らしく、タイガはそういうものには聡いのである。
「ところで、君は今、配属について人事部を困らせているようだな?」
 目線をメリーへと合わせたギルバートが呆れたような顔で口を開く。なお、ギルバートの視線が上がった瞬間から何事もなかったかのようにメリーは高圧的な胸を張った姿勢でそこに立っていた。先程までのオロオロとした姿が嘘のようで、見ていなければタイガも彼女の異変に気付きもしなかっただろう。
「困らせているだなんて。少々意見の相違があっただけですわ」
 しれっとした顔でメリーは言い放つと「ねぇ?」とタイガに同意を求めてくる。同意を求められても困らされている・・・・・・・張本人のタイガとしては頷くわけにもいかないし否定をすることもできないので、困り果てて眉を下げると場をどうにかしてくれそうなロードに助けを求める視線を送った。視線を受けたロードが動く。
「ヘイルさん。私との面接の時、数字が得意だと言ってましたよね?」
「ええ。我が家の出納業務はわたくしが担っておりましたから、それなりに出来ると自負はしておりますわ」
「それは僥倖です。ね、ベネットさん?」
 ロードの黒い瞳が問い掛けと共にギルバートを見つめる。しかしながら、急に話題を振られたギルバートは端正な顔に焦りの色を浮かべていて何故話題の矛先が自分へと向いたのか気付いていないようだ。
「経理部は先日退職者が出て人手が足りないと嘆いていらっしゃったでしょう?」
 ロードの言葉にギルバートは合点がいったようだった。
 マルフィ結社は所詮は寄せ集めの集団故に途中から結社へと合流する者もいれば逆に去る者も多いため、現在の経理部は夏休みを機に辞めた者があり人数が少々減っていた。
 故に、その人数の減った経理部にメリーを入れることで人員不備の補充と、貴族である彼女を清掃部に入れないという一石二鳥の状況を目指したいのだ。
「あ、ああ、そうだな。今、経理部うちは人手不足だから数字が得意だというのならうちに迎えたいくらいだが……残念だが君は違う部署を希望しているのだろう? それでも良ければどうだ?」
 ここでギルバートが口を閉じておけばメリーは簡単に「はい」と言ったことだろう。そうすれば物語はここで終わっていたはずだった。
 しかし、ギルバートの「馬の一族」と揶揄されることで密かに傷付いている自尊心が彼の口を動かしていた。
「でも、君は僕なんかと同じ空間で働くなんて嫌だろうけどな」
 嗚呼、何て余計なことを。
 タイガとロードは内心で同じように嘆いた。
「そ、そうですわね! べ、ベネット卿と並んで仕事をするなんて……」
 当然ながら声を上げたメリーだったが、もにょもにょと言葉を濁らせる。
 その顔は頬を紅潮させており、ギルバートと机を並べて仕事をする自分を想像して照れて言葉に詰まっていると想像するのは、タイガとロードには火を見るより明らかだった。それくらいメリーのギルバートへの好意は分かりやすい。というのにギルバートの表情は何故か暗いままだった。
「無理強いをする訳にはいかないな」
 ふぅ、と悲しげに溜息をつくギルバートの顔は哀愁に満ちていてタイガとロードの顔が変なものを食べてしまった時のような渋い顔になる。
 メリーがアレだけ分かりやすい好意を見せているのに、何故ギルバートは気付かないのか、と。それはギルバートが貴族でありながらも、否、貴族だからこその差別を受けた故の自己肯定感の低さの結果、彼は好意に気付きにくいのだろう。
 なお、メリーはギルバートが強気に勧誘をしてくれない結果、赤かった顔が正反対に青ざめていた。それでも彼女は自分から「経理部に行きたい」と言える性格はしていないようだ。
 どうしようかな、とタイガはチラリと横目で状況を打破してくれるであろうロードを窺った。
 しかしながら、ロードはこの恋模様が楽しいのかにこやかに笑みを浮かべているばかりで何故か動こうとはしない。
 貴族繋がりで良いかと思ったサリアヌもギルバートもダメとなったら、どうしたら気持ちよくメリーが清掃部を諦めて経理部で働いてくれるのであろうか。何故かいつもなら頼りになるロードは何も言ってくれないし。
 一体どうしたら状況は改善するのだろう。
「えー……ヘイルさん、経理部で働いてくれないんですか?」
 思わず口をついたいつも通りの口調での不満の言葉に「しまった!」と思いタイガは口を塞ぐが、出てしまったものは戻らない。人事部らしく毅然とした態度でメリーに接していたというのに、うっかりで素の言葉が飛び出してしまった。
 無礼な物言いに怒られるだろうかと恐る恐るメリーを見ると、彼女の青灰色の目と視線が交わった。しかし彼女から直ぐに逸らされて、怒らせたのかと不安になる。
 メリーが毛先を巻いてある髪をサラリとかき上げた。
「そ、そこまで懇願されては仕方ありませんわね! わたくし、経理部に行ってあげてもよろしくてよ?」
 あ、怒らせてなかった。
 むしろ事態が好転してタイガは脳内でガッツポーズを決める。
 メリーだって経理部へ背中を押してくれる他人の言葉を待っていたのだ。
「えっ、本当ですか!?」
「ええ。わたくし、融通のきかない女ではありませんもの!」
 言い放ちながらもメリーの目はチラチラとギルバートを窺っており、彼の反応を気にしているのは明らかだった。タイガが気付くのだからロードが気付かないはずもなく、ロードがナイスアシストでギルバートへと話しかける。
「どうでしょう? ヘイルさんもこう仰っておりますし、経理部に受け入れていただけないでしょうか?」
 分かりやすい好意を向けられているのに気付いていないのかギルバートは硬い表情で頷いて、メリーへと目を向けた。
「君が不快にならないように最大限の善処はするつもりだ。宜しく頼む」
 真摯な表情のギルバートにメリーは目を瞬く。
「ベネット卿、何だかお変わりになられましたわね。もっ、勿論良い意味ですわよ?」
「そうか? 此処で新たな経験を積んだからだろうか」
 艷めく金髪を揺らしてギルバートはメリーの言葉に首を傾げた。
 ギルバートが着ているのは何の変哲もない普通の洋服だが、その様子に何だか絵画のような雰囲気を感じてしまったのはタイガの勘違いだろうか。
「うふふ、上手くおさまりましたね。ベネットさん、御足労ありがとうございました。御足労ついでといっては何ですが、善は急げということでヘイルさんに経理部の案内をお願いできませんでしょうか?」
 本来なら所属の決まったメリーとは幾枚かの契約書を交わすのが流れであるが、それを後回しにして「ディルフィナ・メリー・ヘイルは経理部である」という事を第三者に広めることをロードは選んでいた。確かにそうすれば彼女が「やっぱり止めます」と言ったところで事実は撤回し辛いだろう。
 それにメリーとギルバートが話す時間を増やしてやれば、メリーに感謝されるだろうともタイガは思う。現にメリーはロードの言葉が嬉しいらしく、彼を神か何かを崇めるような顔をして見つめていた。
「あー……彼女を連れて行っても問題は無いだろうか?」
 真面目で律儀なギルバートらしくメリーと面談していたタイガに確認を取ってくるものだから、タイガは大きく頷いた。むしろここで嫌な顔をしたらメリーの機嫌が急降下するのは目に見えている。こういう性格の女には機嫌良く居てもらった方が良いとタイガは姉で良く知っているのだ。
「では、行くとしようか」
「マーシュさんが仰るから行くのであって、わたくしは別に貴方と一緒に行きたくて行く訳ではないのですから、そこは勘違いしないでくださいまし!」
「分かっている。それにしても君は相変わらず騒々しいな」
「なっ……ベネット卿に言われたくありませんわ! わたくし、ルーから聞いて貴方が此処でどれだけ五月蝿いか知っておりますのよ!」
「騒がせる存在が経理部にいるからだ! 意味もなく1人で騒がしくしていない!」
「あーら、それが本当か経理部でゆっくり確認させていただきますわ!」
 ギルバートと耳を真っ赤にしているのに悪態しかつかないメリーという不思議な組み合わせは騒がしく人事部の部屋を出ていく。
 彼等が出ていって、騒々しい声も足音も聞こえなくなった後タイガは肩の荷がおりた気持ちをもって書類を片付けると、口を開いた。
「ロードさんのおかげで無事に解決しました。ありがとうございました」
「いえいえ。ヘイルさんがベネットさんを気にしている様子だったのは私との面談の時からでしたので。上手くいって良かったです」
「それにしても」
 2人の貴族が去っていった扉を見つめてタイガは呟く。
「あんなにヘイルさんが好き好きオーラ出してるのにベネットさんは気付かないなんて……」
「良いじゃないですか。無粋な真似をしてあの関係を崩してしまうのも勿体無いですし見守りましょう」
「そうですね。じゃ、オレはヘイルさんの気が変わらないうちに書類作っちゃいます」
「ええ、そうしてください」


――こうして、ディルフィナ・メリー・ヘイルは経理部配属となるのであった。