薄明のカンテ - そうだ、温浴に行こう/燐花
 そうだ、温浴に行こう。
 そう言って集まった結社メンバー達。
 案内役にヘレナとウルリッカ。そして山に行くので一応念の為を考えて医療班からヴォイド、ネビロス、ミア。後は概要を伝えた上で募集を掛けたところテディ、ユーシン、シキ、アルヴィ、ヒギリ、テオフィルス、ロードと結構な大所帯だ。
 デスクワーク等疲れを取りたい目的な人間もいれば、これも経験!と好奇心で着いてきた元アイドル、楽しそうだから行きたいけど一人は嫌だと言う理由で複数で来た子供達、理由はまちまちだが一様に皆温浴を楽しみにしていた。
「温浴に馴染みのある方は?」
 二台に分けた行きの車の中不意にネビロスが口を開く。女性はウルリッカ、ヘレナ、男性はアルヴィが手を上げた。
「…男性側にも馴染みのある方が居ましたか」
 ネビロスがホッとした様に見えたので、ヴォイドは何かピンと来たようだ。
「もしかしてネビロス、自分が具合悪くなったときのこと考えてる?」
「ええ。ケンズにいた頃たまに行ってましたがお湯が苦手なのかのぼせるのが早いので。ヴォイドは?」
「私初めて。でも経験者二人もいるから心強い」
「そうですの!大船に乗ったつもりで温浴を楽しむと良いですの!」
 一方もう一台では。
「誰か温浴行った事あるか?」
 テオフィルスが同じ質問を車内でしていた。
「はーい!ボク!ボク家族で何回かあるよ!」
「テディか。じゃあ行くのは久しぶりなんだな」
「うん!いつか友達と行ってみたかったんだぁ!だから今日皆で行けて嬉しい!」
 本当に嬉しい様で花でも舞っているかの様にほわっとした空気を振り撒くテディ。微笑ましく見ていたテオフィルスだが、一瞬「待て、テディどっちに入るんだ?こっちだよな?」と疑問が浮かんだ。ユーシンやシキは気にしていない様でたられば話に花を咲かせている。
「うふふ…私もありますよ」
 運転していたロードが一言呟く。「おー…」と返事を返したが、正直先の疑問が尾を引いてどんなリアクションをしたら良いのか分からなかった。
「アスにいた頃は疲れが溜まるとすぐ行ってたんですよ。温浴はメドラーさんの様にデスクワークな方にぴったりだと思いますよ」
「へぇー。本当、まだそんな年でもないと思いたいけど何だかんだ肩腰に来るんだよなぁ」
「腰はいけませんね。体の中心部でここが崩れると一気に他も崩れますから。メドラーさんは義足なのもありますし、バランスを取ろうと体に余計負荷が掛かるのかもしれませんね」
「となると、俺にはうってつけかもしれねぇな」
 温浴への期待を大にしていると、テディの端末にヘレナから連絡が。
「もうすぐ着くですの!だって!」
「本当!?シュオニも連れて来れば良かったなー」
「(ヘレナちゃんが喋るとババア思い出すんだよな…って言うかセーラちゃんだよな?セーラちゃんだよな!?)」
 女性陣はもう少し先を行ったところで温浴する事になり、先に降りた男性陣がそれぞれ湯に浸かる。髪を一まとめにし上に上げ、すっぴんのテディがちゃんと男湯に来たのでテオフィルスは少しホッとした。同時に、いつもより少しだけ男性的に見えるテディが新鮮だった。
「んぁー…!!ボク生きてるって感じするぅー…」
「テディ、オヤジ臭いな」
「そう言うシキはテディ以上に準備万端さが凄いよね…何これ?アヒル?」
 流石形から入る男。畳んだ手ぬぐいを頭に乗せたシキはどこで買ったのかアヒルのおもちゃを浮かべてふっと微笑む。
「俺彼女出来たら混浴とかしてみたいんだよね。何かテディと一緒に入ると薄目で見れば夢叶ったみたいだ。やりぃ」
 そしていつもの無表情で柄にもない事を口走ったが為少し怒ったテディにバシャバシャお湯をかけられていた。何もしていないユーシンも隣にいたせいで巻き添えを食らっていた。
「こらこらシキ。そんな下卑た欲求丸出しな事言うものじゃないですよ全く」
「むしろお前がすぐ傍に居てよくシキがこのお子ちゃまレベルで落ち着いたよ…どの口だよ下卑た欲求とか言うのは」
 ロードのシキへの注意に思わずテオフィルスはツッコむ。アルヴィも同意する様に強く強く頷くと懐かしむ様に湯を掬った。
「しかしマシマさんもこんなに詳しい人だと思いませんでした…ウルや僕みたく集落の出じゃないのに、こんな山奥の温浴場に詳しいなんて…」
 良いところを教えてもらったなぁ。そう口にするアルヴィに皆頷く。こんな風にいつもと違う風呂を堪能するのも悪くない。
「アルヴィさん、彼女は長らくケンズに住んでいたんですよ。たまたま山籠りしていた時にテロが起きたそうで…まあ、私はファイル整理していて書面で見ただけですが」
「あ、マーシュさんが勧誘したとかじゃないんですね。んー…でもそうか、それでウルとよく話せるのか…しかし気の毒に…。故郷に戻ったら目の前に広がる光景がそんな絶望的なものだなんて」
「山に行く前目前に広がるのは平和なケンズ。戻ってきたらワンス・アポン・ア・タイム。それを前にした彼女の絶望は言葉では表せられないでしょうね…」
 しんみりとした空気が広がる。しかし、何か気になるのかずっと不思議な顔をしていたテディが口を開いた。
「ケンズと言えば…そう言えばネビロスは?」
 その言葉に皆がハッとして辺りを見回した。そう言えばお湯に浸かってから彼は一言も喋っていない。キョロキョロ辺りを見回すと、ユーシンが悲鳴を上げた。
「わぁぁぁあ!お化けぇぇぇえ!!」
 長い髪の毛がお湯に広がる様にゆらゆらと波打ちながら浮いている。よくよく見るとそれは後頭部のみを露にし、お湯に体の殆どを力無く浸けたネビロスだった。
「ひ、引き上げろ!この人死ぬぞ!!」
 テオフィルスの一言でロードとアルヴィが手を貸し三人でネビロスを湯から引き上げる。引き上げられたネビロスは真っ赤な顔でとろんとした目をその場に居た全員に向けた。そんな様子を見て皆一様に理解した。湯当たりだ。まだ浸かって十分も経っていなかった気がするが。
「すみません…早々に湯当たりしました…」
「早々過ぎじゃねぇ!?」
「ファウストさん!大丈夫ですか!?」
 慣れたアルヴィがてきぱきと風で扇いだり水を飲ませたり甲斐甲斐しく世話をする。尚も赤い顔でぐったりしているその姿を見てロードはぼそりと呟いた。
「いつも生意気だ生意気だと思うのに、無抵抗に上気した赤い顔ってそんな人すらもこんなに色っぽく見せるもんなんですよねぇ…」
「お前…本気で言ってる…?」
「うふふふ、冗談ですよ…」
「お前が言うと冗談に聞こえねぇよ…」
「まあ私元々彼はイケるクチですけど」
「マジかよ。この状態の女の子なら据え膳だが俺は男には興味ねぇ」
 そんな大人二人をよそにテディが端末を操作しているのでついついテオフィルスは覗き込む。その視線に気付いたテディは反射的に端末をパッと隠すとムッとした顔をテオフィルスに向けた。
「後ろから覗くのやめて」
「あ、悪ィ、つい」
「ほぉ…後ろからの覗きが趣味ですか?」
「…お前は頼むから変な方向に持ってくなよ」
「今更でしょう?」
 で、何してたんだ?テオフィルスがテディに尋ねると彼はミアに今の状況をとりあえず一言送ったのだとにこやかに笑った。
 瞬時に山に響き渡る様な女性の声が男湯にも届いた。
「あ、テディからメッセージだ。えーっと、「ネビロス、OUT」…え!?どう言う事!?」
 同時刻、女性達の温浴場でミアの叫び声が響き渡る。
「えーっと…こっちでもヴォイド姐さんが完全に伸びてるよ…と」
「あと、カヌル山が二人もいて腹立たしい、誠に遺憾って入れて」
「そうだね…それは私もいかんと思ってたんだよ…!!」
 話が読めず慌てるミアの代わりにヒギリとウルリッカが女湯の現状と、自らの私怨混じりの胸の内をテディに返した。
「…案外近いんだな、女湯…それともミアちゃんの声がデカいのか…」
「ええ、こだましてますねぇ…」
 女湯のみならず男湯までもミアの声は充分届いたので、「ああ、多分あの瞬間メッセージ開いたんだろうな」とテオフィルスとロードは微笑ましい目で遠くを見る。
「今ヒギリから来たよ。あっちではヴォイドが伸びてるって!」
 男湯も女湯も、もしもの為に着いて来た医療班メンバーが真っ先に倒れて大丈夫なのかと今後の温浴に対し一抹の不安を覚えた。
「…下手すりゃ端末で既読付いたか確認するより咄嗟の叫びの方が届くの早いのかよ、ミアちゃん…」
「文明の利器形無しですねぇ…」
「あと、これどう言う事?カヌル山が二人もいて腹立たしいってさ」
 ぴくっと体を震わせたロードとテオフィルス。何となくそのカヌル山が何の事で該当する二人が誰と誰なのか、今日来ていた女性メンバーを頭に思い浮かべて光の速さで一考する。
 そして数秒後、更に温かい目で二人は遠くを見つめた。
「まあ、こんな温浴も悪くねぇな…」
「ええ、たまには悪くないですね…」
 湯当たり二人、久々の温浴に幸せそうな二人、湯当たりした二人を心配そうに介抱する少女一人、例のカヌル山を複雑な顔で見つめた女二人、終始アヒルで遊んだ男一人、珍しく人前で三つ編みを解いた少年一人、そんな少年の髪の毛を楽し気にいじっている少年一人、そして理由はともかく満足気な男二人。
 各々満足行く時間を過ごした帰り道、車内は不思議な満足感に包まれた。

「特に思い出が無いのが悔しいです…」

 せっかく足を運んだにも関わらず、入浴五分で湯当たりを起こしたネビロスは車内でぼそっと呟くとこの日から対湯当たりに勤しもうと誓った。