薄明のカンテ - そうだ お見舞い、行こう。/べにざくろ



ウルリッカ の場合(前編)

 薄緑の髪の機械人形マス・サーキュをヘッドショット。動き出す前に、すかさず隣の水色髪の機械人形マス・サーキュも撃ち抜く。
 次に狙おうとした別の機械人形マス・サーキュは戦場には似合わないフリル過多の服を翻してガートが薙ぎ払うように斬り捨てていた。混戦になればウルリッカは誤射を避ける為に簡単に銃を向けることは出来なくなるので大人しくユウヤミの指示を待つのが常のことで、彼女は大人しく銃を下げる。
 今日のウルリッカは遠距離からの狙撃では無く人を避難させた市街地の真ん中でユウヤミとヨダカと共にいた。愛用の狙撃銃エルドちゃんを構えたままのウルリッカはチラチラとユウヤミを窺う。それがあまりにも餌を前にして「 待て 」の出来ない駄犬の姿のようだったから、ユウヤミは先日読んだ『 犬はしつけで賢くなるーー50の秘訣 』の内容を思い出しつつ顔に描いたような笑みを漂わせる。
「 良いよ 」
「 本当っ……ですか? 」
 ユウヤミに問いつつも、ウルリッカは既に銃を置いて弾倉も置いて動き出す気満々だった。ボール遊びのボールを待つ犬のように期待に満ちた目で飼い主ユウヤミを見るものだから、ユウヤミもそれに合わせた言葉を選んでしまう。
「 よし! 」
主人マキール…… 」
 それは流石に人間への言葉ではないのではないか、と苦言を呈そうとしているヨダカの声を背中で聞きつつウルリッカは走り出していた。
 手に持つ得物は集落コタンで狩りを営んでいる時からの愛用品である24cm程の大きさの剣鉈フクロナガサ。目の前に出てきた機械人形マス・サーキュの突き出す手を掻い潜り、首の関節の隙間の柔らかな部分に剣鉈を滑り込ませる。痛覚はなくても重要な部分に破損を受けた機械人形マス・サーキュが仰け反るタイミングに合わせて剣鉈を引き、返す刀で今度は耳へと突き刺せば機能停止をして機械人形マス・サーキュは地に伏した。
「 あら、ウルちゃん。接近戦なんて珍しいわね 」
 そこに道端で偶然出会った奥様同士の挨拶位、軽いノリで微笑むのはシリルだ。但しその足元には首を捻じ切った機械人形マス・サーキュが転がっているのはご愛嬌だ。
 ウルリッカは返事代わりにシリルへ向かって剣鉈を突き出す。それを寸前でシリルが身を捻って躱せば、後ろに迫っていた機械人形マス・サーキュの眼球に突き刺さった。剣鉈を抜こうとするが人間の眼球に似せてあるけれども生き物のそれとは違う機械人形マス・サーキュの眼球は硬くて勝手が違うせいで上手く引き抜けなくて苛立って舌打ちをする。
「 何やってるんですか 」
 呆れたような声と共にウルリッカが対峙していた機械人形マス・サーキュの喉から刃が生える。刃が引き抜かれた機械人形マス・サーキュが横向きに倒れると、その後ろにはウルリッカよりは高いけど男性にしては小柄なエドゥアルトの姿があった。
「 エドゥ、ありがとう 」
 エドゥアルトに礼を言いながら動かなくなった機械人形マス・サーキュを踏みつけながら剣鉈を引き抜く。勢いついでに眼球が飛び出してしまったが、まぁ仕方ない。ブチブチとコードを引きちぎって倒れた機械人形マス・サーキュの隣に人工眼球を転がしておく。
「 そういう雑な処理すると機械マス 班に怒られー……ッ!?」
 マトモなことを言っていたエドゥアルトが危険を察知して身を引くと、エドゥアルトとウルリッカの間に出来た空間を機械人形マス・サーキュが吹っ飛ばされて行った。二人と一体が視線を飛んできた方向に向けると、そこには三者が密かにしていた予想通り若干破けたミリタリーロリータ服を身に纏った戦闘モードのガートの姿があった。
「 ガートちゃんったら今日も絶好調ね! 」
 一歩間違えれば誰かが吹き飛ばされてきた機械人形マス・サーキュにぶつかって怪我をしていたかもしれないのに、そんなことは微塵も気にせずシリルがケタケタと笑う。吹き飛ばした機械人形マス・サーキュもエドゥアルトが倒した機械人形マス・サーキュも動かないため、ガートの興味はさっさと他所に移ったようで彼女は身を翻して別の機械人形マス・サーキュを探しに走っていく。
「 負けない 」
 剣鉈を構えたウルリッカがその後に続いた。
「 いやいや勝ち負けとかじゃないからね!? あと建物破壊しちゃダメだからァァァァ!! 」
 走っていく一人と一体にド正論を思わず叫ぶエドゥアルト。そんなエドゥアルトの肩をシリルがポンと叩いた。
「 シリルさん…… 」
 自分を労ってのシリルの態度だと思ったエドゥアルトが感動の目でシリルを見る。しかし、シリルの顔に浮かんでいるのは悪戯めいた笑みだ。
「 エドゥちゃんが叫んでくれたおかげで、いっぱい来てくれたわよ 」
「 え 」
 エドゥアルトは周囲を素早く見回す。人間の声に反応した機械人形マス・サーキュが左から二体、右から三体。
「 嘘でしょぉぉぉおおおお!!!? 」
 エドゥアルトの声が再び街中に響き渡った。

 * * *

「 ねえ、ウルちゃん。どうして今日は接近戦にしたの? 」
 帰り道の車内で口火を切ったのはシリルだった。幌付きの荷台に乗れるように改造したトラックの中にいるのはシリル、ウルリッカ、エドゥアルトにガート。ヨダカは運転席、我らがユウヤミ隊長は助手席だ。
 シリルの問いに少し躊躇ってからウルリッカは口を開く。
「 ……狐さんの真似してみたかったから 」
「 狐さん? 」
 シリルが首を傾げる。シリルの記憶メモリには「 狐さん 」と呼ばれる人物はいなかったからだ。まさか、本物の獣の狐のことではないだろう。
「 あのアホの真似はアカン!! 人には適材適所っちゅーもんがあるんや。あんなのの真似しとったら命が幾つあっても足りんわ!! 」
「 あら、ガートちゃんは知ってるのね? 」
 憤慨するガートはシリルの問いに「 あんなアホ知らん! 」と答えにならない答えを返すので困ったシリルはエドゥアルトを見た。このメンバーの中では一番マトモに会話が出来そうなのはエドゥアルトしかいない。
「 人事部のロード・マーシュさんですよ。この間、一人で機械人形マス・サーキュと交戦してオレ達が助けに入ったんです 」
 シリルの期待通りにエドゥアルトがしっかりと言ってくれたおかげで、どうにか状況を把握するシリル。先日、そんなことがあったらしいことは知っていたので一応の納得をし、視線をウルリッカに向けると彼女は輝いた目をして過去を振り返っていた。
 ロード救出の際、ユウヤミから『 自分が思うより一呼吸二呼吸時間を置いて撃つんだよ 』と言われていたウルリッカはロードが機械人形マス・サーキュを倒していく様もしっかりと見ていたのだ。それは一呼吸二呼吸どころの時間ではなかったし、そもそもさっさと撃っていればロードの怪我が減っていただろうが、そんなことはウルリッカの知ったことではない。だって大事なのはユウヤミの言葉命令だから。
「 狐さん、凄い格好良かった 」
「 確かにあれは凄かったですよね……怪我も凄かったですけど 」
「 うん 」
 ウルリッカとエドゥアルトがロードの話で盛り上がり出すのを聞きながら、シリルは主人マキールのアルヴィに何て言って報告しようか考える。どうせならアルヴィが困るように言った方が面白いから「 ウルちゃんがロード・マーシュに恋をしているみたい 」にしようか。残念ながらウルリッカの顔はロードへの恋愛感情というよりはヒーローショーのヒーローを見つめる子供の顔に近いが、そこは誇張表現ということにしよう。うん、それが良い。
 シリルが楽しそうなコト( アルヴィは胃が痛みそうな事 )を考えついているとトラックが唐突に止まった。信号だろう、と思って気にしないでいると助手席のドアが開く音がして、ユウヤミがトラックの後ろに立っていた。
「 先輩、どうかしたんですか? 本部はまだ先ですよね? 」
「 敵か!? 」
 今にも剣を手に飛び出していきそうなガートを手で制したユウヤミは薄い笑みを浮かべてウルリッカを見た。
「 マルムフェ君 」
「 はい! 」
 呼ばれたウルリッカは良い子のお返事をして背筋を伸ばす。
「 愛の日はウーデット君に仕事を頼んだから、今度は君に仕事を頼んで良いかい? 」
「 うん、頼まれます 」
 ウルリッカの返答に「 良い子だねぇ 」と笑みを深めたユウヤミがウルリッカを手で招くから、ウルリッカは横目でエドゥアルトに勝ち誇った視線を送りながらトラックを降りる。降りるまで全然気付いていなかったが、そこはとある街の商店街の一角だった。
「 マルムフェ君には私の代わりにマーシュ君のお見舞いに行って貰おうと思ってねぇ。となれば、お見舞いには花が必要だろう? 」
 ユウヤミの白い指が示した先には花屋があった。どうやら、その為にトラックを止めたようだと第六小隊のメンバーは理解する。
「 花は私が選ぶからマルムフェ君は持っていってくれ給え 」
「 うん 」
 そんなことを言いながら花屋へ向かうユウヤミとウルリッカ。その後ろ姿を運転席から見送ったヨダカはユウヤミにも人間らしい人を心配する気持ちがあったのだろうかと少々驚くが、すぐに考えを改める。そもそも本当に心配する人間は他人にお見舞いの代理など頼まないだろう。それに主人マキールのいなくなった助手席には『 これで完璧! お見舞いの基本からタブーまで 』という本が置かれていて、ユウヤミの目が特に楽しそうに内容を確認していたページはタブーのページだったことをヨダカは知っていたのだから。

ロード親衛隊 の場合( 前編 )

 結社近くの某百貨店の玩具売場では、とある女性達が知育ロボット・Ryowariリョワリを模したぬいぐるみが並ぶ棚の前で真剣な顔をしてぬいぐるみを吟味していた。
「 やはりここは本人に合わせた黒のリョワリはいかがでしょう? 」
「 いえ、彼のスーツは黒が多くて溶け込んでしまうわ。映えるように黄色なんてどう? 」
「 ちょっと! それ、確かに映えて良いかもーって思ったけど、そもそも貴女の髪色だからって選んでるでしょ!? 却下よ、却下! 」
 女三人寄れば姦しいとはいうが、とにかく彼女達はあーでもない、こーでもないとリョワリぬいぐるみの前で騒がしい。そんな彼女達の正体はマルフィ結社総務ロル・タシャ班人事部社内人事課の仲良し女子三人組。別名をロード親衛隊( 非公式 )という。
 そんな彼女達が愛してやまないロード・マーシュが先日の出張の最中に機械人形マス・サーキュと交戦して負傷。現在は医療ドレイル班の部屋で療養中なのである。あの美しい顔に、身体に傷が付いたなんて信じられない。助けに入るの遅すぎたんじゃないの前線駆除リンツ・ルノース班! 文句を言いたいところだが、相手はよりにもよって癖の強い第六小隊。関わりたくないので、見かけた時に遠くから睨むだけにしておいた。いや、でも傷を負ったロード様とかセクシーじゃない? 服とか破けてちょっと素肌が見えたりなんかしてたらヤバくない? とちょっと萌えたのは秘密である。
 それはともかく愛する人が怪我をしたとなればお見舞いをしたいのが人間の情というものである。しかし彼女達は自分達がお見舞いに行ける程、ロードと仲の良い存在でないことをちゃんと分かっていた。
 表向きの理由は、だってロード様とお話するなんて恥ずかしすぎるもの。本当の理由は3人が抜け駆けしないように互いに目を光らせているから故の話し掛け辛さだ。それ故にロードと仲良くなれないのが悲しいところである。
 だから、仕方ないのでお見舞いには別の人間に行ってもらうことにして彼女達はお見舞い品を選ぶことにしたのだ。お見舞い品はリョワリのぬいぐるみ。愛の日にロードが抱いている姿が鼻血ものだったので、その光景をもう一度という訳だ。お見舞い品すら自分達の欲望を満たすために利用する全く持って恐ろしい女達である。
「 だめね、私たちじゃ決まらない…… 」
「 タイガ! タイガはロード様には何が似合うと思う? 」
 ロード・マーシュ親衛隊がお見舞いに行かせようとしている人物――タイガ・ヴァテールは呑気に他の玩具を物色していたが、お姉様方に呼ばれては逆らえず彼女達の元にやって来る。今日も荷物持ちとして連れてこられた彼の手には彼女達のお見舞い品以外のお買い物の戦利品の袋が多数ぶら下がっていた。いきなり声をかけられたタイガは、きょとんとした顔で三人組を見る。
「 オレが決めていいの? 」
「 私達じゃ決まらなそうだから参考に聞いてあげる 」
 上から目線で言われても、そんなことは気にしないタイガは棚に大量に並んだリョワリぬいぐるみを眺める。本物のリョワリもカラーバリエーションが多いが、ぬいぐるみも負けず劣らずカラーバリエーションが豊富である。端から端まで眺めたタイガの目が、とあるリョワリぬいぐるみで止まった。
「 オレ、アレがいい。下から三段目、右から十四番目の青いやつ 」
「 下から三段目…… 」
「 右から十四番目…… 」
 親衛隊の一人がタイガが選んだリョワリぬいぐるみを手に取る。外は青、中は緑のそれを見たタイガは自分の目が間違ってないことを確信して頷いた。
 青と緑の組み合わせ。それはロードの弟分だというシキ・チェンバースの色彩だった。良くロードと並んで歩いている姿を見掛けていたタイガは、単純にその色がロードと一緒にいるのが当たり前だと思って選んだだけである。全くもって深い意味は無い。
「 確かに、この色なら……誰とも被っていないわね 」
 親衛隊三人組は青や緑の目では無かった。これなら誰の色だとか揉めることもないだろう、と彼女達は視線で納得し合うと無言で頷き合ってレジへとリョワリぬいぐるみを持っていく。
 何か他にも同じ色彩の人がいた気がするな。
 ふと、タイガはそれを見送りながら思い出す。
 ああ、そうだ。医療ドレイル班の何かとテオ君が気にしているヴォイド・ホロウさんだ。あの人の色が、あのリョワリぬいぐるみと一緒なんだ。
 まぁ、チェンバース君ともロードさんともあの人は関係ないだろうし別に良いか。
 レジで会計され、店員に手際良く包まれていくリョワリぬいぐるみを眺めながら鋭いような鈍いようなことを思うタイガなのであった。

 * * *

 親衛隊のお姉様方に「 早く行ってきて! 」と命じられたタイガは早々に医療ドレイル班の部屋を訪れていた。当然、手にはラッピングされたリョワリぬいぐるみの包み紙を持っての訪問だ。
 扉を4回ノックして待つとアキヒロ・ロッシが扉を開けてくれた。扉を開けてくれたのが医療ドレイル班の中でも特に温厚な性格のアキヒロだったことに内心ほっとしながらタイガは口を開く。
「 ロー……マーシュさん、今大丈夫ですか? 少し会いたいのですけど 」
「 お見舞いですか? 今なら診察もありませんし、どうぞ 」
「 ありがとうございます!! 」
 陽だまりのような笑みを浮かべるアキヒロに安心しながら部屋へと入る。部屋にはヴォイド・ホロウがいて来訪者であるタイガへ一瞬目を向けたが、怪我人や病人の類で無いと分かると視線を医学書らしき本へと戻した。
 うん。やっぱり似ている。
 タイガは手にする包みの中身の色を思い出して、ヴォイドがこれを見たら自分だと思うんじゃないかと思う。それは考えすぎだろうか。
「 マーシュさん、お見舞いですよ 」
 ベットを間仕切るメディカルカーテン越しにアキヒロがロードに声をかけてくれた。「 どうぞ 」というロードの声が聞こえてタイガの心が浮かれる。
「 ロードさん、すみません。また、お見舞い来ちゃいました 」
「 寝ているばかりですから構いませんよ 」
 微笑むロードはいつもと違ってピシッと整った髪でもスーツでもないのに格好良くて、本当に格好良い大人の男性は違うなぁなんてことを思いつつベット脇のパイプ椅子に腰掛けた。そこでロードが手にしていた本の存在に気付く。ロードの読むものだから、てっきり難しそうな本かと思っていたタイガはその本の題名を見て、思わず驚いて呟いた。
「 『 ナラ下 』ですか? 」
「 ええ。暇だろうからと差入れにいただきました 」
「 昔、流行ってましたもんね。オレは文字追うの苦手だからドラマしか観てないけど…… 」
 『 ナラ下 』は数年前にドラマ化されて流行した作品だ。原作はロードが今持っている小説の方だったと思う。『 ナラ下 』こと『 大きなナラの木の下で 』はタイガの姉が凄く夢中になって観ていたので覚えていた。尚、ドラマが終わった後に専用サイトで作中に出てくる猫の擬人化ドラマがあって、それを観た姉が「 こんなの違う!! 」と殴る蹴るの八つ当たりをしてきたのは苦い思い出だ。弟は姉のストレスの捌け口ではないし、だったら観なければ良いのに姉はしっかり全部観てから、もう一回殴ってきた。解せぬ。
 そこでメインキャストの俳優陣を思い浮かべたタイガはあることに気付いた。
「 そういえばロードさんって、あのメインキャラに似てますよね。銀行員の方の 」
「 マテオですね。入院しているのはマテオでは無くジョアンの方ですが 」
「 そうそう、それです! うっわー、懐かしい…… 」
 ロードはドラマも視聴済だったらしく、ついついドラマの話でタイガは盛り上がってしまう。しかもロードはタイガの気付かなかった作中の伏線や、さりげなく含まれた暗示を教えてくれて、それを聞いたタイガは姉が揃えたドラマのDVDを実家から送って貰おうと固く心に誓った。
「 そうだ。ロードさんにお見舞いの品です 」
 今日は『 ナラ下 』トークをしに来た訳では無い。メインイベントはお見舞い品を渡すこと。ようやくそのことを思い出したタイガはラッピングされたリョワリぬいぐるみをロードに差し出す。
「 お気遣いいただいて、ありがとうございます。開けても……? 」
「 勿論です! あの、開ける瞬間を録画していいですか? 」
 ロードが珍しく驚いた顔をする。急に録画したいと言われたら誰でもそういう顔になるよなぁと思いながら、タイガは携帯型端末を取り出した。
「 撮ってきて欲しいと要望があって。無理なら良いんですけど 」
「 良いですよ。ベットの上で頑張るのは得意ですから 」
「 良かった……では、失礼します 」
 そう言ってタイガは携帯型端末の録画機能を起動してロードへと向けた。失礼だとは思うけど、自分の声が入ったら動画を撮って来いと命じた親衛隊に怒られそうなのでロードへ頷いて先を促す。
 そんなタイガの態度に彼が誰に命じられてお見舞い品を持ってきたのか理解したロードはファンなら直視したら死ぬんじゃないかという人当たりの良い笑み( 貿易会社で培ったものに違いない )を浮かべてカメラを見つめてから、目線を包みへと向けて「 中身は何でしょうね? 」と呟くとラッピングされたリボンを解いていく。
「 これは…… 」
 大仰に驚いた後、思わず顔が綻んでしまうといった体で中から現れたリョワリぬいぐるみを抱くように持つロード。ちゃんとリョワリぬいぐるみの顔をカメラ側に向けるサービス精神も忘れない。そして、柔らかな表情を浮かべたまま紡がれるのは優しい声。
「 ありがとうございます 」
 そこからたっぷり3秒置いて、タイガは録画の停止ボタンを押した。
 完璧だ。
「 ロードさん、格好良すぎません? 」
「 うふふふふ。撮られるので服装が誤魔化せない分、頑張ってみました 」
「 オレが女だったら絶対惚れてました 」
 これを親衛隊三人組に送った日には彼女達は寮で大絶叫することになるだろう。せめて周囲の迷惑を軽減する為に送信する時間は気を付けようとタイガは固く誓う。
「 そうだ。出来たら1回だけでも良いんで人事部の部屋にその子連れてきて貰っていいですか? 生ロードさんとリョワリぬいぐるみの組み合わせを見たい人がいるので 」
「 今の動画を送る彼女達ですか? 」
「 ……はい。愛の日の時にオレの抱き枕をロードさんが抱いてるのを見たら格好良いと可愛いの相乗効果で凄く良かったらしいんです 」
 その時「 え、オレはー? 」と調子に乗って聞いてみたら、今までに聞いたことないくらいの物凄い低音で「 は? 」と睨まれたことを思い出してタイガは苦笑する。やはり自分はロードのような格好良い男には程遠いらしい。
「 タイガさんの顔を立てるためにも、ちゃんと持っていきますよ 」
「 ありがとうございます。そうして貰えると今後の仕事に支障が出ないで済みます 」
 頭を下げるタイガにロードの笑い声が降ってくる。その笑い声一つとっても格好良く聞こえるのはどういうことなのか。きっと、この人に恋愛感情を向けられたら、ときめかない人はいないに違いない。
 そんなことをタイガが思っている時、カーテンの向こうで医学書を読んでいたヴォイドが小さくクシャミをしていた。それは小さくてタイガ達の耳には届かなかったけれど。
「 ……それじゃ、オレはそろそろ帰ります 」
「 もう数日で出社できるそうですから、また宜しくお願いしますね 」
「 こちらこそ! 快気祝いもやりましょうね! 」
 さり気なく飲み会の約束も取り付けたタイガは名残惜しいものの帰宅することにした。『 ナラ下 』の話で盛り上がって必要以上に長居してしまったと反省するが、もう遅い。
 カーテンを開けてロードに一礼をするとタイガは出口目指して歩き出した。歩きながら横目で読書を続けているヴォイドを再び窺う。
 青みがかった黒い髪。青と緑が混じった様な不思議な色の目。
 やっぱり、あのリョワリぬいぐるみと似てるんだよなー。
 そう思って見ているとタイガの視線に気付いたヴォイドが胡乱な目でタイガを見た。
「 何? 」
「 ええっと、いやー…… 」
 まさか、ロードさんにプレゼントしたリョワリぬいぐるみに似てますね!なんてことを初対面のヴォイドに言う訳にもいかずタイガは口籠る。しかし何も無いのにヴォイドをジロジロと見ていたとあっては変質者になってしまう訳で、タイガのあんまり良くない頭がフル回転してこの状況の解決に向けた言葉を模索していた。
 そこで思い出したのは砂色の髪を持つ汚染駆除ズギサ・ルノース班所属の友人の言葉だ。ごめんね、飲んだ時に言ってたこと借りるよ!と彼に内心で詫びてタイガは口を開く。
「 テオ君が『 ヴォイドはかわいい 』って言ってたけど、ホロウさんは可愛い系というより綺麗系ですね! 」
 タイガの突然の言葉にヴォイドは呆気にとられたような顔をしたが、言葉の意味に気付いて目線をさ迷わせると羞じらうように伏し目になった。
「 ……そう 」
 呟いて顔を赤くして黙るヴォイドは何だか先程までの冷たいような雰囲気がなりを潜めて可愛らしく見えて、タイガは自分で言っておいて先程の言葉を脳内で撤回した。『 ヴォイド・ホロウは可愛い系 』と脳内の人間の記録を書き換えておく。
「 テオ君にはオレが言ったってこと、内緒にしてくださいね。では、失礼します 」
 唇の前に人差し指を立てて黙っていて欲しいというジェスチャーをするとヴォイドは赤い顔のまま頷いた。うん、可愛い。まぁ、ヒギリちゃんの方がずっと可愛いけどね。
 後でテオ君にホロウさんって可愛いね、と言ってあげようと思う。しかし、それを言ったらなし崩し的に状況を説明することになった結果、自分でテオフィルスの発言をヴォイドにバラしたことを言う羽目になり怒られることになることに気付いていないタイガなのであった。

ウルリッカ の場合(後編)

「 狐さん、お見舞いに来たよ 」
 相手の返事も待たずにメディカルカーテンを開けたウルリッカは黒目がちな目をぱちくりとさせた。
「 ウルリッカさん……せめて返事は待っていただきたいですね 」
 更に続けられた「 もし、着替え中だったらどうするんですか? 」というロードの声をウルリッカは右から左へ受け流す。それに例え着替え中だったとしてもウルリッカはいちいち男性の裸体に驚いたり照れたりする女ではなかった。だからロードの声は無視をして自分の気になったことを、さっさと口に出す。
「 若く見えるね 」
「 その言い方はちょっと……普段の私が老けているようじゃないですか 」
「 いつもは格好良いよ。戦っている時は特に格好良かった 」
 照れる訳でもなく表情を崩すこともなくウルリッカは淡々と言う。
「 特に背負い投げ? っていうので機械人形マス・サーキュを投げて矢を刺した時とかすごい格好良かった 」
「 それは……ありがとうございます 」
 現れるなり目を輝かせながらべた褒め状態のウルリッカの様子に少々引きつつもロードは一応礼を述べる。そして、彼の聡明な頭脳は直ぐに気付いた。
 その時から見ていたのなら、もっと早くにライフルを撃てたのではないか、と。
 しかし、ロードはそれを口に出さなかった。仮にウルリッカに言ったところで彼女は当然のような顔をしてあの時と同じ「 だって、隊長からオーケー出なかったから 」という言葉を返してくることが火を見るより明らかだったからだ。
 そんなロードの内心には微塵も気付かないウルリッカは淡々と自分のやるべき事をこなすために動く。
「 隊長からお見舞いの品を預かってるの 」
 そう言って、ウルリッカが入ってきた時から何やら大事そうに抱えていた紙袋から取り出したソレを見たロードの笑みが静かに引き攣る。
「 それがお見舞いの品、ですか……? 」
「 うん。隊長凄く楽しそうに『 マーシュ君にはこれが似合うねぇ 』って言ってたよ 」
 全く似ていないユウヤミ・リーシェルの物真似を交えながら、ウルリッカがそれをロードへと差し出す。百パーセントの善意の顔をしたウルリッカから受け取らない訳にはいかず、ロードはユウヤミの百パーセントの悪意からのお見舞い品を受け取る羽目になった。
 ロードが受け取ったのは赤いカガリビバナの鉢植え。
 カガリビバナの別名はシクラメン。日頃の贈答の際には気にされることはないがシクラメンという名前は『 「 死 」「 苦 」ラメン 』や「 死暗面 」と連想される為にお見舞いでは避けるべき花だ。
 そして、鉢植え即ち根付きは「 寝付き 」という意味となり入院が長引く暗示となる。
 そして血を思わせる赤い花弁。華やかな赤というより深く暗い赤のそれは、愛の日にユウヤミがロードへと贈った朱殷色の包みを思わせた。中身のマシュマロ――それに多分に含まれた悪意に苦労した記憶が甦ってロードは苦い物が喉に込み上げる。
 赤い花に対して鉢を覆うラッピングは白。赤と白が揃うとおめでたい色のはずなのに、白い包みをご丁寧に黒いリボンで結んであるあたりが万全の体制だ。
 全てにおいてお見舞いのタブーを重ねたとしか思えないカガリビバナの鉢植え。それを見つめていると嘲謔ちょうぎゃくするユウヤミの幻影が見えてきて、今後のロードの療養生活に大変な差し障りがあるように感じられた。
「 どうしたの? 」
 カガリビバナを持ったまま固まったロードの様子にウルリッカが異変を感じて問いかける。その顔には善意しかなくて、むしろロードが喜ぶだろうと期待している目をしていた。そんな彼女に「 いらないです 」の言葉で突き返すのは今後の円滑な人間関係に影響が出ることだろう。このようにロードが突き返しにくい人選にしていることすらユウヤミの計算に違いない。だからロードはユウヤミの予測通りの答えを返すことに若干の敗北感を抱きながらも礼の言葉を述べるしかない。
「 ありがとうございます……リーシェルさんにも宜しくお伝えください 」
「 うん。狐さんがとっても喜んでたって言っておくね 」
「 ええ。もうそれで良いです 」
 何を言ってもウルリッカには通じないだろうと判断したロードは力無く頷く。今回はユウヤミに花を持たせてあげよう。実物の花を貰ったのは自分だけど。
「 そうだ、狐さん。暇潰しに本いる? 」
「 そうですねぇ……これも読み終わりましたし 」
 ロードはサイドテーブルに置かれた『 大きなナラの木の下で 』に目線をやる。そこでロードは不意に思いついてしまった。
「 失礼ですがウルリッカさん、本読みます? 」
 見るからにアホの感のあるウルリッカの選んだ本を見ていないうちから不安になり問い掛ける。うっかり絵本でも持ってこられたら堪らない。そんなロードは当然のことを子供に聞かれた親のような顔をしたウルリッカと目が合う。何ですか、その表情は。その顔が既に心配を煽る。
「 読まない。お兄ちゃんの本借りてくる 」
 その答えにロードは胸を撫で下ろす。ウルリッカの兄、アルヴィ・マルムフェの本ならば問題がないだろうと思って「 それならばお願いします 」と頼むことにした。

 こうして後程ウルリッカが持ってきたアルヴィの蔵書は、お見舞いには全く不釣り合いな「 嫌な気分になるミステリー 」こと「 イヤミス 」の小説でお馴染みのリーブル・ルブランの作品ばかりで、読んでしまってからロードは「 何だか読むとリーシェルさんがチラつくんですよねぇ…… 」と頭を抱えることになるのであった。

( オマケ )アルヴィ、本を貸す。

「 ウルちゃんがロード・マーシュに恋をしているみたい 」
 シリルがニヤニヤと言い放った言葉に、自室で洗濯物を畳んでいたアルヴィの手が止まった。
「 え、誰が……? 」
「 もうっ、ちゃんと聞いてちょうだい? アナタの妹のウルリッカ・マルムフェが人事部のロード・マーシュに恋をしているみたいなのよ 」
 妹と同じ黒目がちな目を瞬いてシリルの言葉の意味を理解すると、アルヴィはシリルの予測通り面白いくらいに動揺した。本人は平静を保っているフリをしているが畳むために組み合わせている靴下の柄が違う。
「 ま、マーシュさんに、う、う、ウルが恋!? 」
 ロードはアルヴィがマルフィ結社に入社する時に世話になった人物でもあり短い付き合いではあるが人柄もそれなりには分かる。整った容姿、しなやかな体躯に良く似合う細身のスーツを着こなした彼は確かに格好良い。それに格好良いのは外見だけの話ではない。話しただけでも彼の聡明さは十分理解出来たし、その頭脳を鼻にかけることもなく物腰は柔らかくて所作も整い、人に好感度を与えるタイプの人間だろう。
「 僕も七三分けにしてスーツを着たらウルに好かれるかな!? 」
「 それは間違いなく嫌われるわね 」
 面白そうだから着せてみようかと考えたシリルではあるが、それを見た時のウルリッカの反応を予測して止めた。アルヴィが嫌われる分には構わないが、自分が嫌われるのは今後の前線駆除リンツ・ルノース班での活動に支障が出ると導き出されたのだ。
「 そうだよね。僕なんかが外見だけでもマーシュさんの真似をしようなんて烏滸おこがましいよね 」
 重い溜息をついてアルヴィはシャツを畳むが、今度は裏表逆のまま畳んでいる。畳み終えて置いたシャツをシリルは無言で広げて正しく畳み直して置き直した。もちろん、アルヴィにはそんなシリルの行動は目に入っていない。
「 マーシュさんか……確かに格好良いけど、でも彼は凄く尾籠びろうな話が好きみたいだし…… 」
 ロードが尾籠びろうな話――下ネタのことだ――を好んで口にしている姿を見かけたことのあるアルヴィとしては、あまりそういう男性を妹に近付けたくはなかった。兄としては当然の反応だろう。
「 ねぇ、アル 」
「 ん? 」
「 ワタシが思っていたより冷静な反応ね。もっとウルちゃんが恋したーって言ったら動揺すると思ったのに 」
 シリルの顔には思いきり「 つまらない 」と書いてあった。確かに普段の自分を見ていれば、もっと大騒ぎをしていてもおかしくは無いのかもしれない。そんなシリルに向かってアルヴィは苦い笑みを浮かべる。
「 だって、恋愛っていう感情は誰かが止めろって言ったら止められるものではないだろう? 僕はウルが選んだなら……多少の不満があったとしても文句は言わないよ 」
「 意外だわー。てっきり相手の男を消しに行くかと思ったのに 」
「 残念ながら、実行したところで僕が相手を消す前にウルに僕が撃たれて死ぬだろうけどね 」
 そう言ってアルヴィは肩を竦める。そんなアルヴィも一応は集落コタンの男らしく狩猟免許を持ってはいるし、銃も人並みには撃てる。しかし、その腕は妹に遠く及ばずだ。もしアルヴィがロード・マーシュを射殺しようと狙ったところで、野生の勘でそれを察知したウルリッカは人間が予想しない遥か遠くの射程距離からアルヴィの頭を躊躇なく撃ち抜くことだろう。
「 あら、主人マキールになったばかりなのに死なないで欲しいわ 」
「 そういう未来が来ない事を祈ってよ 」
 言いながら洗濯物をクローゼットに閉まって一息をついたところで来客を告げるインターホンが鳴る。単身者用のワンルームにドアホンという便利なアイテムが付いている訳もなく、シリルが「 はいはーい 」と軽やかに返事をしてドアへと向かって行った。
 悲しいかな、アルヴィには友達がいない。故に来客なぞあるはずもない。マルフィ結社の寮でも変な壺や謎のブレスレットやら効果の怪しい浄水器を売りつけられるのかな、と悲しい気持ちになりつつアルヴィはシリルが開けた扉の先にいた人物を見て目を丸くする。
「 う、ウルちゃん!? 」
「 どうしたの、何の御用なのかしら? 」
 そこにいたのは怪しい宗教の勧誘でも、謎の押し売りでもなく、アルヴィが目に入れても痛くない可愛い妹のウルリッカだった。どうやら先日の愛の日にアルヴィの部屋を訪れたウルリッカは、ちゃんと兄の部屋の場所を覚えていたらしい。
「 アルにい、本貸して 」
 開口一番、ウルリッカの言葉にアルヴィの過去の苦い記憶が甦る。
 それは研究用の12,000イリもする辞書で押し花を作られ、その花の処置が下手すぎたせいで花の汁で辞書を汚されて泣く泣く再購入した苦い記憶だ。あれを再びやられたら、さすがにウルリッカ相手でも怒るだろう。
「 ウルちゃん……押し花は禁止だからね? 」
「 分かってる 」
 本当に分かっているのか不安になる顔だったが、一応はウルリッカが頷いたことでアルヴィは彼女が本を別のこと・・・・に使うのだと気付く。押し花以外で彼女が本を用いたのは何だっただろうと考えてアルヴィは次の記憶の扉を開いた。
「 それで? 今度は誰を殴るのに使うのかな? 」
「 押し花とか殴打の武器とか……ワタシの知識にある本の使い方と随分と違う使用用途を見出しちゃうのね、ウルちゃん 」
 微笑むアルヴィと唖然とするシリルに、ウルリッカは不満気な表情をする。
「 読む本が欲しいの 」
「 そうは言っても絵本も児童文学の本も此処には無いからなぁ…… 」
「 狐さんに貸す本が欲しい 」
 アルヴィの笑みが固まる。
 まさか本物の狐に本を貸す人間はいないだろうから、これは誰かの渾名だということは直ぐに分かった。狐の正体に心当たりはありつつもアルヴィは確信を得る為にシリルに視線をやる。
「 『 狐さん 』はロード・マーシュのことよ 」
「 やはりそうか…… 」
 シリル曰くウルリッカの好きな人であるロードの名前が出てきて、予想通りとはいえ胃が痛んだ。しかし妹に好きな人が出来たなら応援するのが良き兄というものだろう。アルヴィは妹に対して良き兄でいたかった。
 だから、アルヴィは綺麗に並べてある本棚から悩むことなく数冊の小説を見繕ってウルリッカへと差し出す。「 黒髪少女は微笑まない 」に「 黒衣の水先案内人 」、「 黒鳥山荘殺人事件 」とリーブル・ルブランの黒シリーズから三冊。嫌な気分になるミステリーといわれるジャンルで揃えて渡す辺りはアルヴィなりの小さな嫌味であった。さっきまで思っていたはずの良き兄のやることではないが、知ったことではない。どうせ本を読まないウルリッカに内容は気付かれることはないのだから、彼女にとっては本を貸してくれる良い兄の皮は被ったままでいられるだろう。
「 ありがと 」
 何の疑いもなくウルリッカは本を受け取るものだから、少しだけアルヴィに罪悪感が生まれる。生まれるけど、もう止められない。

 * * *

 この後、ロード・マーシュが医療ドレイル班の部屋で療養中と知って「 僕は入院中の人にイヤミスを渡すなんて何て酷いことを!! 」とアルヴィは更に胃を痛めることになるのだった。

「 シリル!! 知ってたなら先に言ってよ!! 」
「 だって言わなかったら楽しそうだったから黙ってたのよー 」

ミア の場合

 それは医療ドレイル班の部屋でミアが小耳に挟んだ会話が始まりだった。
「 ロードさんが隠れて煙草を飲んでました。困りましたねぇ 」
「 それは気を付けないとですねぇ 」
 アキヒロと彼の機械人形マス・サーキュであるフユの会話は、ニコニコとした笑顔の下で行われているのに何だか薄ら怖い雰囲気があった。不思議なものである。
 経理部に持っていく領収書を整理していたミアは、それを聞きながらかつて父親が母親に怒られながら禁煙を頑張っていたことを思い出す。先日、成人年齢を迎えてタバコが解禁になったばかりのミアは未だタバコを吸ったこともなければ今後も吸う予定もないが、吸いたい人が禁煙する大変さは父親の姿で良く分かっているつもりだ。
( 可哀想だなぁ、ロードさん )
 そうは言っても療養中のロードが煙草を吸うのは、やはり良くないだろう。まさか隠れて吸わせてあげる訳にはいかない。ロードに同情して悩んでいると再び禁煙中の父親の姿が脳裏に浮かんだ。口が寂しくなるんだ、と恥ずかしそうに言っていた父はそう言ってタバコの代わりにアレを食べていた。
( 確か部屋にまだあったはず。明日、持ってきてあげよう )

 * * *

 翌日。
「 ロードさんっ 」
 ミアは療養中のロードの元を訪れていた。医療ドレイル班の部屋にいるとはいえ、医師免許も看護免許もなく治療のできないミアが彼の元を訪れるのは優秀な大人達が未成年を近付けないようにさり気なくブロックしていた、ということもあるが初めてのことである。
「 うふふ……珍しいお客さんですね 」
 優しい笑みを零しながらもロードの黒い目はミアを見ずに抜かりなく周囲を窺っていた。何故そんな態度をとるのだろうかと思ったミアであるが、思い当たることがあったので安心させるように微笑む。
「 今はネビロスさんもヴォイドさんもお昼休憩中です 」
「 そうですか 」
 ミアの思い当たることはどうやら当たっていたようでロードは安堵の表情を見せた。
 ネビロス・ファウストとヴォイド・ホロウ。
 医療ドレイル班の二人からミアはロード・マーシュに近付かないように言われている。何故か二人共、口を揃えて「 ロード・マーシュは危ない 」と言うのだ。普通に話しやすい仕事の出来るお兄さんだと思うのだが、何が危ないというのだろう? たまにミアには理解出来ない難しい事を言うくらいで何も危なくはないと思う。それが危ないということを無垢な彼女は分かっていないのだ。
「 それで何の用件でしょう? 」
「 昨日、アキ先生とフユちゃんがロードさんがタバコ吸ってたって言ってました。タバコは今はダメですよ? 」
「 それは申し訳ございません 」
 どこか楽しそうな色を含んだロードの謝罪を聞きつつ、ミアは後ろ手に隠していたソレをロードに差し出した。
「 そんなロードさんに禁煙中の必須アイテムです! 」
 この療養中、差し出されたものは『 大きなナラの木の下で 』の原作小説やらリョワリのぬいぐるみ、カガリビバナの鉢植え、リーブル・ルブランの小説と心が休まらないものばかりであったロードは、ミアの差し出したものにも思わず警戒の色を露わにする。
 硬い表情を見せたロードにミアは困り顔を見せた。
「 あれ? もしかして、嫌いでしたか……? 」
 ミアが差し出したのは何の変哲もないナッツとドライフルーツミックスであった。口寂しい時のお供であり、科学的な詳しいことは知らないが美容やダイエットの味方でもある。
「 ……いえ、嫌いでは無いですよ。ミアさんから『 禁煙中の必須アイテム
』なんて言葉が出たので驚いただけです 」
 表情を取り繕って、更に言葉も取り繕ってロードは微笑みを顔に乗せる。そんなロードの言葉に彼が嫌いな食べ物を贈ってしまったわけではないと安堵して表情を輝かせたミアは、ベッド脇に置いてある椅子ではなくてベッド端に座ると身を乗り出してロードを見つめた。
「 これ、パパのお気に入りなんです! 禁煙中の強い味方だって言ってたからロードさんにもどうかなと思って 」
「 お気遣いありがとうございます 」
 ロードは、ようやく普通のお見舞い品を受け取った気分だった。心休まる気分とはこういうものなのか、とまで思う。
 その時、ミアが自分の顔をじっと見つめていることに気付いた。あまりにも良く見られているので少し居心地の悪さを感じでロードは身動ぎする。
「 何か私の顔についていますか? 」
「 ロードさん、いつもと髪型違うと何だか可愛いですね! 」
 まさか十歳も年下のミアから言われるとは思わなかったロードは面食らう。比較的幼い顔立ちであることを自覚しているロードであったが、それでもまさかここまで歳の離れた子にまで言われるとは。
 密かにショックを受けるロードの視線が下がる。
 そこでミアの首元から垂れ下がるチェーンに気付くと、何やら気になったので視線をチェーン越しに滑らせていく。すると薔薇のモチーフのペンダントトップが目に入った。どうやらミアが身を乗り出してロードの顔を見ていたから、その拍子に瑠璃色のスクラブの下に身につけていたネックレスがこぼれ出てきたようだ。
 更に言えば前屈みの体制のせいで服の中すら見えそうな危うさである。
 しかしロードはカヌル山と称されるモノを好む男であるため、アポリフ山かエルプリフ山程度のモノには興味がないので紳士的に視線をそちらに向けることは無い。強いていうなら彼女が他の人の前でこの体制をとらないように誰かに密かに注進しておこうと思うくらいだ。
「 可愛いと言われるとは思わなかったですね……ところで、そのネックレスはどうされたんですか? 」
「 え? あ! 」
 指摘されたミアは慌てて服の中にペンダントトップをしまい込んで背筋を正す。彼女にしては珍しく気まずそうな表情でロードの機嫌を窺うように上目遣いで彼を見た。
「 服飾品は没収とか、そういう校則……じゃなくて社則ってないですよね? 」
 完全に先生に見付かってはいけないものを見付かってしまった生徒のような顔のミアを見て、アキヒロに隠れて吸っていたタバコが見付かった時の自分もこんな顔をしていたのだろうかとロードは思う。しかしながら、ベッドの上でまだまだ子供なミアとはいえ異性から懇願するような目で見られると嗜虐心ドS心が煽られて色々と宜しくない。とはいえ、その心を押し隠して、あくまでも優しいお兄さんの皮を被って微笑む。
「 そういう社則は無いですから安心してください 」
「 よかったぁ…… 」
 力の抜けた心底ほっとした顔を見せるミアに微笑みを向けつつ、ロードは素早く彼女が急にネックレスをしている理由に思考を巡らせた。深く思考するまでも無い。以前見た履歴書によるとミア・フローレスの誕生日は二月二十二日。その誕生日を過ぎて急に大事そうにネックレスをしているとなれば、ネックレスは誕生日プレゼントと考えるのが妥当だろう。そして、そのようなアクセサリーを贈るとなると異性の可能性が高い。
 導き出される答えとしては贈り主は十中八九、彼女の想い人の変幻自在のロリコンクリートネビロス・ファウストだろう。
「 どなたかからのプレゼントですか? 」
 分かっているのにあえて問いかけると、面白いくらいにミアの顔が見る見るうちに赤くなると嬉しそうに頷いた。その反応に自分の読みが的中したことを理解しつつも、それだけ人から好意を向けられている男への羨望が湧いてくる。
 ミアの想い人は、頭が良くて料理も得意で子供受けもそこそこ良くて。敬語と言うだけでロードとキャラが被るところがあるのに料理まで何だか被っているし、それでいてこんなに若くて可愛い子から想われているとか前世でどんな徳を積めばそんな巡り合わせがあるのだろうか。何か前も同じことを思ったような気がするが、思うものは思うのだから仕方ない。
 一方のロードなんて愛の日の翌日には可愛らしい手作りのプレゼントを想い人のヴォイドから貰えたが、医療ドレイル班の部屋で療養するようになってから彼女から貰ったものは、男の生理現象の寸止めプレイと素晴らしい手首のスナップを効かせて投げつけられた枕だけだ。
 この差って何ですか? ロードは誰かに問い掛けたい気分だった。
 そんなロードの内心なぞ露知らず、ミアは幸せに彩られたはにかんだ笑みを浮かべていた。
「 大人にしてもらって……これも貰ったんです 」
 ミアの言葉に枕以上の衝撃がロードを襲う。成人したばかりの、まだまだ子供のような少女に手を出した大人がいるというのかと彼は自分の過去の所業は棚に上げてドン引きした。
 当然の事ながらミアの言う「 大人にしてもらって 」は「 成人しないと飲めないお酒を一緒に飲んだ 」ことである。ロードの「 大人にしてもらって 」はこれまた当然の事ながら性的な事である。
「 ちなみに何処で……? 」
「 最初は外の予定だったんですけど、寮の部屋で 」
「 ほほう、それで? 彼は優しかったですか? 」
「 はい、とても優しかったです。普段見られない姿も見られて素敵でした 」
 ミアは両手を頬に添えてうっとりとした顔を見せる。彼女の脳裏に浮かんでいるのはカラーコンタクトを外して普段よりも濃い色の目を見せてくれていたネビロスの姿である。おそらくマルフィ結社の人は誰も見たことないのではないか、と思うとちょっとした優越感すらあった。
 他の人には絶対に教えたりしない。
 今は自分だけの秘密にしておきたい。
 思い出して照れ笑いをするミアに、勘違いを加速させる他ないロード。
 その時、そんな彼の優秀な耳が部屋に入ってくる愛しいヴォイドの声を拾った。おそらく昼休憩から帰ってきたのだろう。となれば、彼女と一緒に昼休憩に行っていたネビロスも帰ってきた筈。
 ロードの唇に歪んだ三日月のような笑みが浮かぶ。
「 ミアさんが幸せそうで何よりです。そんな幸せ、私には手に入れられそうもありませんよ…… 」
「 そんなことないです! だってロードさんは素敵な人ですもん! 」
 態とらしく凹んでみせると、良く通るミアの声が医療ドレイル班の部屋に響いた。計画通り、とロードは内心でほくそ笑み、外面は驚いた顔を見せる。
「 いえ、私なんて…… 」
「 ロードさん、格好良いんですから自信もってください! あ、もしかしてさっき『 かわいい 』って言ったからですか!? それなら、ごめんなさい……でも、ロードはさんって普段は格好良いのに髪の毛下ろすと可愛かったりして一粒で二度美味しいでしたっけ? そんな感じです! 」
 この後もミアはロードの思惑以上に良くさえずった。正直、聞いててロードが恥ずかしくなれそうなくらい純粋な目でロードを褒め称えてくれた。もう止めて貰おう。ロードがそう思った時だった。
「 ミア 」
 第三者の声と共にロードのベッドのメディカルカーテンが開け放たれて、ミアの声がピタリと止まる。カーテンを開けたのは昼休憩から帰ってきたネビロスだ。涼やかな笑みを浮かべているものの背後に黒いオーラのようなものが見える気がするのは、ロードの気のせいだろうか。
「 ネビロスさん、おかえりなさい 」
「 只今戻りました。ミア、此処で騒いだらいけませんよ 」
「 ごめんなさい…… 」
 相手が怪我人と言うことを忘れていた自覚のあるミアは、しょんぼりとしてネビロスとロードに謝罪する。そんな彼女の頭を軽く一撫でしてから「 食事に行ってらっしゃい 」とネビロスは優しく告げた。頷いたミアはロードに軽く頭を下げると、その場を立ち去っていく。
 その後ろ姿が見えなくなるまで柔らかな視線で見送ったネビロスが振り向くと、一転してミクリカの冬の海に吹く風のような目がロードを射る。

「 ――さて。ミアに何を吹き込んでいたか教えていただけますか? 」

 そこまでの目で見られるようなことはしていないんですけどねぇ。
 ロードは乾いた笑いを浮かべるしかなかった。

ロード親衛隊 の場合( 後編 )

 マルフィ結社にある視聴覚室。プロジェクターやオーディオ・ビジュアル機器が完備され防音機能もバッチリな場所である。
 会議等に使われることの多い視聴覚室であるが、今日そこにいるのは三人の似た雰囲気の女性達。彼女達の正体はマルフィ結社総務ロル・タシャ班人事部社内人事課の仲良し女子三人組。別名をロード親衛隊( 非公式 )という。
「 ヴィーラ、シーリア。心の準備はいい? 」
 真剣な顔で二人に声をかけるエーデル。二人も真剣な顔で頷き返した。
「 もちろん 」
「 この為に今日の仕事を頑張ったのだもの 」
 ロード親衛隊ABCは、もう一度覚悟を確認するように頷き合う。それは戦場に向かう兵士もかくやという真剣さである。
「 行くわよ 」
 エーデルが自身の携帯型端末を操作し、それをプロジェクターへと転送した。
 途端に壁のスクリーンに映し出される愛しきロードの姿。
 視聴覚室まで借りて観ているもの、それはタイガ・ヴァテールに撮らせたロードの動画だったのだ。
 大画面でロードの姿を見て、思わずエーデルは停止ボタンを押した。でも、誰も文句は言わない。
「 マーシュ様の髪型が違う 」
「 いつものキリッとした姿も格好良いけど乱れた姿も素敵 」
「 少し幼く見える気がして、これはこれで良いわね 」
 仕事の場では見ることのないロードの姿に各々呟いて恍惚の表情を浮かべる三人。開始一秒で既に昇天しそうな勢いである。
「 続き、観るわね 」
 十分後、我に返ったエーデルが再生ボタンを押した。途端に画面の中のロードが蕩けそうな笑みを浮かべて三人を見つめた。「 今、画面の中のマーシュ様、私に微笑まなかった? 」と三人が三人とも思う。もはや彼の尊さにエーデルの停止ボタンを押す手が動かない。
『 中身は何でしょうね? 』
 そう言ってラッピングを外されていくリョワリぬいぐるみ。
 もはや、それがベッドの上でロードに服を脱がされる自分のように見えてきて三人の頬は紅潮する。妄想は今日も絶好調だ。
『 これは…… 』
 驚いて、それから嬉しそうな顔を浮かべてリョワリぬいぐるみを優しく抱くロード。当然のように三人の目には抱かれる自分に見えている。
 そんな彼女たちに向けて、動画中一番の微笑みをロードが浮かべる。
『 ありがとうございます 』
 その瞬間三人の口からは「 いっぱいちゅき…… 」「 尊い…… 」「 はぁ…… 」「 無理…… 」「 しんどい 」「 わかる 」「 それな 」「 尊い 」「 しゅき…… 」と好きなものに対する感情が大き過ぎ、最早言語化出来なくなった人間によく見られる反応が巻き起こった。それは彼女たちは知らないことであるが、愛の日に某機械人形マス・サーキュに対して某総務ロル・タシャ班女子が起こしたものと全く同じものである。推しに対する反応は人類共通のものなのだ。
「 も、もう一回観る……? 」
「 うん 」
「 そうしましょう 」
 そうして大画面に再び映し出されるロード・マーシュ。
 毎回毎回、初回と同じ反応を繰り返すロード親衛隊。
 こうして彼女たちの夜は更けて行ったのだった。