薄明のカンテ - しっちゃかとめっちゃか/燐花
「ミアの誕生日を祝して〜」
「納涼、怖い話大会…」
 テディとシキが司会の音頭を取る。ロードは影のある笑みを見せ、イオは悪い顔色をより一層悪くする。彼は「何故このメンバーの中に自分が居るのだろう?」と不思議そうな顔もした。ミアは青い顔で震えているし、テオフィルスは「度し難い」と言いたげな顔をした。
「…二、三突っ込んで良いか?」
 そして、無事変な顔になったテオフィルスは司会二人にツッコミを入れる。
「誕生日を祝しての前置きがもう意味分かんねぇし、この真冬に納涼の言葉は辞書で調べろだし、どうにもやっつけ感がなぁ〜…」
「そもそも…俺何で呼ばれたんだ…?」
 自分は場違いだと言わんばかりに口をへの字にするイオはもう帰りたそうだった。ロードはガタガタ青くなって震えるミアを心配そうに見つめた。
「誕生日に怖い話と言うのもまた何だかですねぇ…それともミアさん、怖い話好きなんですか?」
「い、いいえ…むしろ不得意な分野なんですけど…!」
「…ですよねぇ、この震え様ですよ。誰です?シキ?テディさん?この企み事の発案者は?」
「企みだなんてロード酷い」
「そうだよ兄貴。楽しもうとしてたのに」
「主役がこんなに怖がってて楽しいも何も無いでしょう…」
 ふと、周りをキョロキョロ見回したミアはこの部屋の壁に変なメッセージが書かれている事に気が付いた。
「こ、『怖い話をしないと出られない部屋』…?」
「見付けたんだね、ミア…」
「そうだよー。ここは『怖い話をしないと出られない部屋』…」
 待ってましたと言わんばかりにシキとテディが懐中電灯で顔を下から照らし上げる。
「き、きゃぁぁぁあっ…!」

 嘘だな。

 ロード、テオフィルス、イオの三人はこの部屋のお粗末な出来に溜息を吐いた。安いプリンターで印刷した手作り感満載の『怖い話をしないと出られない部屋』の文字を見て「こんなのに誰が引っ掛かるんだよ」と思い、あ、そう言えばミアが引っ掛かったと結論を出す。ここまで一秒と少し。
「と言うわけで!皆で怖い話してきましょー!まずはイオから!」
「はぁ!?」
 テオフィルスは同じ班の顔馴染みだが、そもそも彼は女好きで男には荒い対応なのは有名でそんなに楽しく話す間柄ではもともと無かった。調達班のデコボココンビは存在こそ有名だが普段世話になる事はほぼ無いし医療班のアイドルもまた然り。スーツの彼に至っては存在こそ知っているが全くと言って良い程普段接点が無い。
「(か、完全にアウェー…!!)」
 しかし、何だか喋らないとどうにもならない空気を感じてイオは口を開く。


 あれは、二年前の夏の事だった──

 結社に来る前、がむしゃらに会社で頑張っていた俺は、その日複数人で共同でプログラムを書き込んでいた。誰も彼もが栄養ドリンクを傍に控え、夏の茹だる様な暑さにクラクラしながらろくに食べる事もせず朦朧とただ画面を見つめていた。
 死ぬ様な思いをして、やっとの思いで進めたプログラム。まだまだ先はもう少しあるけど、形になって来た頃には身体の限界を感じつつも達成感も同時に感じていた。
 もう少しで報われる。そう思った時だった。
『ん?何だ?』
 ピコン、と音がしてコメントが書き込まれる。俺はそのコメントを見て戦慄した。
『下記コード何故か動く。触るな』
 一瞬びくりとするが、まあまあある話ではあった為これはまだ笑い話に出来る。何だよ、驚かすなよ、そう言って笑っていたが、次に入ってきたメッセージに俺は今度こそ恐怖し、全身を震わせた。
『顧客の元で再現性の無いバグが見付かった。尚、顧客は左クリックすら分からない程ITリテラシー皆無』


 言い切ってイオはその様子を思い出し、また震えた。何が何だか分かっていないシキやミアは頭に「?」を沢山浮かべて状況の飲めない顔をしている。ただ一人、テオフィルスはその時のイオを思い共に震えた。
「な、何だよそのめちゃくちゃ怖い話…!?」
「え?テオ分かるのー?」
「むしろ俺らじゃなきゃ分かんねぇっつうか俺をピンポイントで狙い撃つ怖い話じゃねぇか!?」
「そうなの!?」
「俺意味分かんなかった。あ、じゃあ次兄貴」
「…この情緒皆無なトントンなノリで行くんですね…最早何が目的か分からなくなりましたが…」


 これは、今から三年程前の話です──

 当時私はアスの職場に居ました。人間関係は良好でしたが、これと言ってうんと仲がいいと言う人はおらず、付かず離れずの距離感を保って仕事をしていました。そんな時、近付いてきた男の知人。彼はまるで私の友人であるかの様に振る舞うのです。
 その男、仮にAとしましょう。Aは少々性格に難のある人間で、冗談を言ってはいけない様な場で冗談を言い、しょっちゅうトラブルを起こしていた男でした。彼の友人が身内を亡くしたと言う話の場で巫山戯て怒りを買い、その場で友情が破綻した瞬間を私も見ていたものですから、誰よりも彼に深入りされるのだけは避けたいといつしか思っていました。
 しかし、ある日からそのAがやたら近い距離で話してくる様になったのです。あまりの突然の距離の詰め方に、何か企みがあるとすぐ気付きました。何かに私を利用しようとしていると。だから私は、悪いとは思いましたが極力避ける様にし、敢えて冷たくあしらっていました。ところが。
『なぁ、ロード冷たくねぇ?』
 友人でも何でもない筈の彼にしつこくされ、とうとうこんな事まで言われた私はつい頭に血が上り言ってしまったのです。
『冷たいも何も…貴方とどうこうなった覚えはありません。仕事邪魔して合コンの話題振られても行く気はありませんしはっきり言って迷惑です。友人でも無いのにしつこく話し掛けないでくれませんか?』
 言ってしまった。が、ようやく言えた。そう思って私は立ち尽くす彼を置いて帰りました。
 しかし、次の日。
 上辺だけ彼と付き合いのあるそんな人間が妙に私の顔をジロジロ見るのです。何が起きたのか分からず少し苛々していると、一人の社員からこっそりメッセージが回って来ました。
『マーシュさん、今日書かれた事見てます?』
『今日?どこに何を?』
『あの、社内掲示板なんですが』
『目を通してみます』
 様子のおかしい社員、昨日のAに言ってしまった言葉。気持ち悪い齟齬を抱えながら掲示板を覗くと…
『ロード・マーシュに弄ばれました。彼の子供も居ます。どうしても連絡を取りたいんですが誰か教えて下さい』
 女性の名前で掲示板にそう書かれていました。しかし、どう考えても犯人はAです。何故なら彼は昔から自分を突き放した人間にそう言うスキャンダラスな報復をする癖があり、しかも隠す気がないのか毎回同じ文面の悪戯をしでかすので皆気付いていました。
 そう、社内で好奇の目で見られた理由は『次Aと揉めたのはアイツか』と言う事だったのです。
 私は上に報告し、その際あらゆる前科も纏めた為Aはとうとう会社をクビになりました。元々仕事も出来ないのにトラブルばかり起こしていたから切り時だった、と上司は教えてくれました。
 Aは、常々『ロードが今やってるナラ下のマテオに似てるからそれをダシに合コンしようと思ってるのに全然相手にしてくれない』とボヤいていたと後から聞きました。
 しかし、今でも分からない事があるのです。
 私はあの掲示板の女性の顔を知っていました。Aは報復の際、適当にそう言う店の女性の顔をコラージュしたりトリミングして使っている為一見それらしく見えると言う話でしたが、私の時に使われたのは本当に過去に関わりのあった女性だったので、それもあって『誰の悪戯でもなく彼女本人の書き込みか』と私は一瞬震え上がりました。
 一緒に居たのは一夜だけでその後彼女から連絡はありません。そして恐ろしいのは、彼女がそう言う・・・・店に勤めている人間でもなく一般人と言う事。一体Aはどこからその情報を知ったのか、或いはただの偶然だったのか。色々と謎の多い話です。

 青い顔で話し終えたロード。シキはそれを聞き終えて一言。
「またやらかした話じゃん…」
「やらかしてません、今までも何一つやらかしてません。またって何ですか」
「ただ単に兄貴のクズいところが垣間見えただけの話…」
「待ちなさいシキ、どう考えてもその男怖いでしょう!?一瞬肝が冷えましたよ…一晩寝ただけの女性の顔写真貼られてるんですから…!!」
「確かにその男ヤバいけどそれにしたってさ、兄貴が変な遊び方しなきゃ良いだけの事じゃ…あれ?」
 シキの目線の端に同じ様に青い顔をしたテオフィルスが見えた。ロードもそれに気付きすぐ様テオフィルスに詰め寄る。
「メドラーさん…貴方もこの恐怖が分かる人間でしょう?そうでしょう!?」
「ち、違うと言いたいのに俺も身に覚えが無い事も無いから何とも言えない…」
「ケッ…顔も頭も良いと余計な心配しなきゃいけないなんてご苦労様な事だよな。精々身の振り考えろっての」
 イオの悪態で場は静まり返る。大人二人は返す言葉がなく、テディは悪態をつけるまで場に馴染めたイオに少しだけ喜んだ。
「じゃあ次、俺…」
 そんな中、スッとシキが手を上げる。


 これは、俺が子供の頃の話──

 当時俺が通ってた学校、色々変なんだよ。学校自体は何の変哲もない見た目だったんだけど、何か周りが色々不思議で。
 学校の裏門に面した家とかさ、いつも壁にどこの何だか分からない仮面貼り付けてたり。
 家の壁に仮面貼り付けてるんだよ…?だからか知らないけど、その家の前の路地は変な目撃情報が多かった。裏門側にも遊具とかあったんだけどさ、事故が多発したり、遊具の上で生首を見たとかそんな話もあったし。
 でも、じゃあ裏門だけかと言うとそうでもなくて。校庭には校庭で自分の頭をボール代わりに遊んでる子供の霊の目撃談があったし。見た目の割に全体的にゾワゾワする学校だったけど、一番色々ヤバそうだったのは体育館前のトイレかな。
 体育館は裏門とは反対側にあって。でも当時の作りにしては珍しく、母屋から離れてなかった。学校の中に体育館用のフロアぶち抜きルームがあって、そこが体育館だったわけ。だから離れに作ってある学校より少し小さな体育館だったよ。
 その体育館の目の前にトイレがあったんだ。普通なら体育の時行きたくなった子が使う場所なんだけど、何故かそこを利用する子はあまり居なく皆遠くても少し離れた場所にあるトイレを利用してた。
 その真上にもトイレがあってさ、数値で表すとしたら、体育館の真ん前のトイレが十でその真上のトイレは七かな?昔、女子生徒がトイレに入った時ドアの閉まっていた個室がやたら気になってノックしたら物凄い勢いでドアが音立てて開閉してさ。怖くなって飛び出して来たんだけど友達とすぐ後ろ振り返ったのに何事も無かったみたく普通にドア開けっ広げになってた、なんて話もある。
 ドアの異変から女子生徒が友達に泣き付いたのはそこ行って五秒くらい。廊下に居た友達に泣き付いたわけだから、悪戯にしても気付かれず出て行くなんてほぼ不可能。何より、女子生徒が記憶を辿ってこう言うんだ。

『そう言えば…凄い勢いでドアが開閉した時、トイレの個室の中に人居なかった気がする…』

 じゃあ、あの時一体どこから誰が個室のドアを開閉してた…?
 このトイレが七、その真下の体育館トイレが十って言ったよね?これは不穏さのレベルなんだけど、にも関わらず体育館トイレの怖い話は少ないんだ。理由は簡単。
 一歩踏み入れると、やたら視線を感じて落ち着いてトイレをするとかそう言う雰囲気じゃないからだよ。真昼間であっても薄暗くて音も殆ど聞こえない、長居もできる空気じゃないし皆用を足したらさっさと出ていく。そしてそもそもそんな雰囲気だから利用者が少ない。だから比例する様にそこで怖い話が少ないんだ。
 その女子生徒が体験した話も含めてその学校のトイレ周辺絡みの怪談に関しては何一つとして解明された物はない。何年も経った今でもね…。

 涼しい顔で話し終えたシキ。急にガチなやつぶっ込んだなぁと誰もが思った。
「ま、まあオチは無ぇけど…」
 テオフィルスがそう呟くと、シキが「だって本当の話だし、そんな簡単に謎は解けないし」なんて返した為に余計怖くなる。
 そういえばミアはどうした?シキの話は割とガチだが、この話は怖く無いのか?心配して周りを見回すと、ミアはテディとメイクの話題に花を咲かせていた。
「あ、テオ!ミアなら大丈夫だよ!怖いって言うからシキの話の間全く聞かずに別の話題で盛り上がってたの!」
「いや、怖い話でその救済措置アリにしたら何にもなんねぇじゃねぇか」
 テオフィルスのもっともなツッコミを受け、あっさりと「ミアの誕生日を祝した納涼怖い話大会」は幕を引いた。
 後日、シキとテディは調達班総出でミアの誕生日を祝したらしい。二人の思い付きによる振り回しを食らった面々ではあったが、それでもミアに祝いたい気持ちは伝わった様で彼女は終始嬉しそうに笑ってくれた。

セックスをしないと出られない部屋とかなら私は大歓迎だったんですけどねぇ。そう言う部屋なら是非とも、是非ともヴォイドと一緒に放り込んでほしいものです」
「兄貴の台詞に取り消し線入れるのは俺の善意だよ」
「ね?ボクが言った通りでしょ?ロード、絶対それ言うと思ったよ」
「兄貴はすぐそっち下ネタに話ズラすからなぁ…」
「うふふふふ、男の子ですので」