薄明のカンテ - お味はいかが?/燐花

イコナ産特濃牛乳

 ネビロスが結社内で女性に人気がある事に気付いたのは、誕生日を終えて晴れて交際を始め、「フラれるかも」と言う心配と緊張が一先ず無くなった時だった。
「では、お先に休憩入ります」
 一言控えめに呟き部屋を出ようとするネビロス。ミアはそれに気付き、「行ってらっしゃい」とこっそり呟いた。ネビロスの耳にそれは届いていたらしく、ミアの方を見ると優しく微笑み「行ってきます」と返す。
 しばらくぼーっと出入り口を見つめていたミアだが、ネビロスが出るタイミングで廊下に女性の姿が見える。その女性は「偶然ですね」「休憩ですか?」と彼に声を掛けた。ドアが閉まってしまいネビロスが彼女にどう返したかは分からないが、ミアは言いようもなく不安になった。ネビロスに限って何か心配する様な事は無いだろうが、不安と緊張がなくなって落ち着いた気持ちで接する事が出来た今、ミアは新たな不安に苛まれていた。
「はぁ…」
 ネビロスと入れ違う様に休憩に入るミアの溜息は止まらない。そう言えばネビロスは愛の日に医療班以外の女性メンバーからプレゼントを貰っていた。あの後ミアとデートに行ったしその後誕生日に告白もされたし、普通に考えて彼に何も疚しい事は無いだろうし本当にただ愛の日の贈り物を貰っていただけ。
 だけどネビロスを好きなのは自分だけでは無いのかも、と言う事を自覚して少しだけ落ち込む。次の瞬間「でも私、告白されちゃったから!」と持ち直すが、瞬時に「でも周りに居るのは大人な綺麗な女の人ばかりなんだよなぁ」とまた落ち込む。こう言う時、ネガティブな事を探すのって容易い。こじつけでも何でも後ろ向きな理由に変えられる器用さを人間は持っている。そして今、ミアはそれを思う存分発揮している。
「自信無くなっちゃうなぁ…」
 どうしたらネビロスと釣り合う大人の女性になれるのだろう?メイクをもっとしっかりする?髪型を変えてみる?大人っぽい下着に買い替えてみる?でもどれもこれもピンとこない。
 その時、足元にあった何かに躓いたミアは呆けていたのもあり盛大にずっこけたのだった。
「きゃあっ!!」
 ぎゅむっと何かがクッションになった様な感触がある。程々に硬くて乗ってしまった側のミアも少し痛い。だが乗られた側は無防備な状態でやられたので余計に痛かったのだろう。ミアの下敷きになったのはクロエであり、彼女は見るからに「怒っている」と分かる顔でミアを見た。
「クロエちゃん!?」
「……どこに目ぇ付けて歩いてんスか…?」
「ごごごごめんなさい!ごめんなさいっ!」
 背が高くスレンダーな彼女に余計な肉は付いておらず、それ故にミアの衝撃がダイレクトに響いた様でクロエはお腹を摩った。しかし余所見していたミアの事ばかり恨めしそうに睨むが勿論クロエも悪い。彼女は端っこに避けていたとは言え廊下にダイレクトに寝ていたのだから。少し外側に伸びた足にミアは躓き、彼女に被さる様に倒れてしまったのだ。
「ごめんねクロエちゃん!!」
「痛ててて…まぁ、私もこんなところで寝てましたし…」
「本当ごめんね!ごめんね!女の子のお腹の上ダイブしちゃった…!」
「大丈夫ですって」
 医療班であるミアは、世間話的にドラマの話をした際、スレイマンとこんな話になった事を思い出していた。
『よく、『顔は勘弁してやる』みたいな表現あるだろ?顔はダメージ受けると派手だし分かりやすいからね。でも女の人の場合特に、大事な臓器がお腹に集中してるからお腹周り大事にしなきゃダメだよ?』
 結局どこもダメージ受けないに越した事は無いけど、と笑っていたが、今まさにクロエのお腹に乗ってしまった。ミアが泣きそうな顔で謝り続けると、「話を聞け」とクロエはミアの頬をぶにっと掴んだ。
「…いひゃい…」
「確かに痛かったですが私も兄さんに付き合って筋トレしてるんです…たまたま瞬時にお腹に力が入ったんでそんなでも無かったですよ」
「え?本当…?」
「それでも謝り足りないってんならそうですね…購買部にあるイコナ産特濃牛乳一パックを奢ってください。それでチャラにします」
 普段中々手が出し辛い割とお高めな牛乳を求めるクロエ。ミアは千切れんばかりに首を動かし頷くとクロエと共に購買部に向かった。
「あら!またクロエちゃん!?アンタ牛乳よく飲むねー」
「好きなんで」
「ご飯もちゃんと食べるんだよ?」
「食べているのでご心配無く」
 購買部スタッフと会話を交わし、紙パックの牛乳を抱えるクロエ。ミアを促し二人でベンチに腰掛けると、紙パックの蓋を器用に開けそのままごっごっごっと音を立てて飲み始める。ミアは少しだけその様子を引きながら見た。
「クロエちゃん…コップ使わないんだ…」
「使う事もありますが今は要りません」
「ストローとか使わないんだ…」
「今は要りません」
 クロエはぷはーっ!と勢いの良い声を上げるとミアを見た。
「うふふ…これは、美味いです…」
「良かった…喜んでもらえて…クロエちゃん、ロードさんみたいな笑い方するんだね!」
「……あぁん?」
 ドスの効いた声を上げるクロエだが、ミアに悪気は一切ない事に気付いて顔を顰めながらまた飲み始める。わずか買って数分で半分を空けてしまったクロエはミアを見るとふぅと溜息を吐いた。
「そう言えば、どうなんです?ネビロス氏とのお付き合いは」
「あ、うん…」
 あまり周りに言い触らすものではないが、クロエは他班ではあるが同い年なので彼女には話をしてあった。ミアの浮かない顔にクロエはやれやれと声を漏らしながら彼女の返事を待った。
「何かあったんですか」
「ネビロスさんには何も無いけど…私に急に自信が無くなっちゃって…」
「は?自信?何のですか?」
「と言うか、漠然とした不安?かな…」
「ふーん…」
 ネビロス氏、モテそうだもんな。
 愛の日には結社を留守にしていたクロエだが、ミアから話を聞いている限り当日の様子を見ずとも彼がミア以外からも結構プレゼントを貰っていたであろう事は想像出来た。それが義理であれ何であれ、思い悩むミアの気持ちは分からないでもない。
「でも…ネビロス氏から好きだって言われたのはミアだけでしょ?」
「それは…うん…」
「とは言え、不安になるなってのが無理な話か…」
「クロエちゃんは?ロードさんにそんな感じでモヤモヤしたりしないの?」
「………はァ…?」
 ミアからの突然の言葉にクロエは目を血走らせる。思わずミアはびくりと肩を震わせた。
「私とネビロスさんくらいの歳の差の身近な男の人って…クロエちゃんならロードさんかなぁ…って…」
「だからってあれは論外だ!趣味が悪過ぎる!」
「で、でもロードさん、格好良いよ?」
「あのね、どんなに距離が近かろうが見た目が良かろうがあのくそ兄さん自身がめちゃめちゃな片想い向けてる相手が居るの分かってて奴を好きになるとか酔狂極まりないですし好きになるだけ時間の無駄ですよ」
「そ、そうなの…?」
「そもそもアレは私の好みじゃないですし私は確実に得られる物以外好みません」
 だが、と付け足したクロエはミアの少し潤んだ目を見ながら続けた。
「ミアのその悩みはミアの特権ですね、義務とも言う」
「そうなのかな…?」
「近くで見られるのはミアだけ。だからミアにのみ与えられた悩むと言う贅沢。しかし、ネビロス氏に選ばれなかった女は多数いるので、その人らが得たくても得られなかった悩みを被る責務とも言う。どちらにせよ、現状ミアしか持てません」
 納得出来たようなそれでも少しモヤモヤする様な。そんな事を思ったその時、ミアの携帯端末にメッセージが一つ入る。
「え…!?」
「どうしました?」
「ネビロスさん、具合悪くなったから早退きするって…!」
 ミアに入ったのはヴォイドからのメッセージだった。そこにはネビロスが強い頭痛を訴えた事、アペルピシアの判断で寮に帰された事が書かれていた。

挽麦クァ・バツのクッキー

 油断していた。頭の痛みに襲われたネビロスは早々にアペルピシアに相談した。しかしあれよあれよと言う間に痛みは増してしまい、彼女の判断で大事を取ってネビロスは早退きする事にした。原因は不明。おそらくは心因性のもの。こうなるともう休むしかない。以前ならこう言う時少し渋ったネビロスだが、もう休みを返上してまで無理をする彼は身を潜めた。
 もぞりとベッドの中で身動ぎする。しかし、独り身はこう言う時に苦労をする。頭が痛くても起き上がって食事を用意しなければならない。しかし、面倒くさい。だがアペルピシアから出された薬は食後に飲まねばならないので、ネビロスは「後もう一眠りしたら軽く何か食べよう」と再び目を閉じた。
 同じタイミングでドアをノックされ、ネビロスはむくりと起き上がる。痛む頭を押さえながら玄関に向かいドアを開けると、そこにはミアと何故かスウェット姿のロードが居た。
「ネビロスさん、大丈夫ですか?」
「ミア…はともかく何故貴方がここに?」
 ロードはにっこりと笑うと極めて優しい目でミアを見た。
「近くでたまたまばったり会ったんですよ。私はヴォイドに夜這…作ったお菓子のお裾分けに行くところでして」
 確実に夜這いだった。
「ネビロスさんの様子が見たくて…でも一人で歩いたらまた心配掛けちゃうかな?って思って…そしたらたまたまロードさんと行き合ったから無理言って付き合ってもらったんです!」
「うふふふ…ミアさんのお付き合いが出来て光栄ですよ私は」
 この場合、むしろ一人で来てもらった方が心配しないのだが。とは言えそれはあくまでネビロスの都合なので強く言えない。
「…ミアを送ってくれてありがとうございます…」
 早く帰れと言いたげなぶっきらぼうで投げやりな言い方。ロードはそれを察するとにこりと笑った。
「いえいえ、ミアさんみたいな可愛らしいお嬢さんを一人で歩かせたらどんな悪い虫が付くか分かりませんからね」
「…そもそも私にとったら貴方はその筆頭だったんですけどね」
「私、虫は嫌いです…」
「おやミアさん虫はお嫌いですか?しかしながら虫は花に寄るものなのですよ…食べ頃のお花には特にね?」
「ん?食用のお花が近くにあるんですか?」
「うふふ、ありますよ?私の予想に反して最近どんどん成長してまして…今食べ頃じゃないですかねぇ?」
「すみません、帰ってもらって良いですか?」
 これ以上変な事を言う前に帰してしまいたい。
 そんなネビロスの様子に気付くとロードは笑いながら彼にお菓子を渡した。
「ではお見舞い代わりに、それ余りですがせっかくなんであげますよ。今日作った挽麦クァ・バツのクッキーです。では私はヴォイドのところへ行きますので早く良くしてくださいよ。それから無性に腹も立つんでまた今度じっくり進展度合いを教えてください」
 しかし、そう言って立ち去ろうとするロードの腕を掴んだのは頭の痛みからずっと顔を顰めているネビロスだった。意外な光景にロードは一瞬訳が分からなくなる。ミアも少し不安そうな顔をしていた。
「……帰るなら、ミアも連れて行ってください」
「はい…?」
「ネビロスさん…?」
「私はこの状態ですから帰りに部屋まで送ってあげられそうにありません…ミアの帰りが心配なので貴方に彼女をお願いしたいんです…」
「…ファウストさん…本気で言ってます?」
「はい」
 不機嫌そうに顔を顰めるネビロス。しかし何か言いたげなロードもまた負けず劣らず不機嫌そうな顔を彼に向けた。

 * * *

 コンコン、とドアをノックする音。ちょうどシャワーを浴びて出て来たばかりのヴォイドは覗き穴からゆっくり覗く。そこには愛の日に見たのと同じ様な格好をしたロードが居た。
「…どうしたの?」
「夜分遅くにすみません、ちょっと夜這…お菓子のお裾分けに来ました」
「お菓子のお裾分け…」
「今日私休日だったんですよ。だからたまにはと思って作り始めたら思ったより作り過ぎてしまって」
「ふーん…」
「それよりせめてドアを開けてくれません?」
「…今服着てないからダメ」
「おや?お風呂上がりですか?」
「うん、ちょうど出たところ」
「うふふふふ…なら尚更ここを開けてくれませんかね?」
「むしろ何で」
 とりあえずいつも通り、下着だけ着たヴォイドは尚も玄関のドアを開けられずにいた。ロードの顔は見えないが、多分困った顔をしているだろうとは彼女も思った。
「…どうしても、開けてくれません?」
「だって…」
「だって?」
「スーツじゃない格好で夜に来るロードとか、何か変な感じ…」
「うふふふ、大分警戒されてますね。寂しいです。が、これもまた日頃の行いですかねぇ?ならばそれはそれで仕方がないと言うものでしょうか…では、ドアノブに掛けておきますよ。それなら受け取ってくれますか…?」
「…それなら」
「では直接は渡しません。ノブに掛けますから、食べてくださいね」
「………」
 ヴォイドは少し悪い気もしたがロードの提案を受け入れる事にした。日頃の行いかと彼は言ったが、むしろこれは完全に自分の都合。愛の日の夜、久しぶりに彼に抱き締められたのが何だか照れ臭くてこそばゆくて、全く同じ様な状況で顔を見るのが少し憚られるだなんてそんな理由からだった。
 ロードには悪いが、今顔を見たら心臓が口から出そうなんだもの。
 ガチャリとドアを開けようとノブを掴み、回す。そこには確かにいつもと違う重みがあり、それはロードが引っ掛けてくれたお菓子のものでヴォイドはほんの少しだけ悪い事をした気分になった。ドアを開けるとノブの外側には確かに袋が下がっており、受け取る様にがさりとそれを掴んだ。
「で?お口に合いそうです?」
「きゃぁぁぁぁぁあっ!!?」
「おやおや、そんな声も出るんですね」
「え!?な、何で、居る…!?」
「ノブに掛けるとは言いました。直接渡しませんとも言いました。でもそのまま素直に帰りますとは言ってません」
 ロードは悪戯を思い付いた様な楽しそうな顔を見せながらドアが閉まらない様にと隙間に足を捻じ込む。ヴォイドは「やられた!」と思いながらどうにもならない現状を嘆き、彼を少しだけ恨めしそうに睨んだ。
「うふふ…良いじゃないですか、せめて顔くらい見せてくれても」
「え?」
「お菓子を渡しに来たのは本当です。でも一番は、貴女の顔が見たかったんです。最近は照れたり怒ったり、前より忙しそうだったみたいですから」
 色々言うが、ロードはただ心配していただけだった。愛の日から数日経つが、あの時自分の目の前で泣いてしまったヴォイドが気になって仕方がなかったから。だからついでに彼女の好きそうなお菓子を渡す事を口実に会いに来た。
 ヴォイドは相変わらず彼女にしては起伏の激しい様子で、だけどそれに振り回されている感じではなくむしろ楽しそうに見えたのでロードは安心した様に優しい目線を彼女に向けた。
 再会した時の嫉妬に駆られた少し怖い瞳とは違う優しいもの。ヴォイドは、やっぱりこそばゆくなったと少し文句をこぼしたくなった。
「も、問題無くやれてるけど…」
「そうですか…なら良かった」
「…本当…変な心配ばっかするんだね…」
「勿論いつだって。私は貴女を愛してますから」
 不思議と嫌な気がしないその言葉。ヴォイドはきゅっと目を瞑り、少しだけどきどきする胸の高鳴りを感じてもう一度目を開ける。
「ロー…ん?」
 少し顔を赤らめながら口元を手で抑えるロード。隠しては居るが、その下で思いっきりニヤけた顔をしているのはバレバレである。血走った様な目は彼女の顔より些か下に向けられており、笑みを漏らしながらどこを見ているのか非常に分かりやすい。
「おい」
「おっと、どうしました?ヴォイド」
 気が付いてすぐにいつもの人当たりの良い笑顔に戻すが、その変わり身が逆に怖い。
「何て顔してんの…」
「おや?バレちゃってましたか?夜は感情がダダ漏れてしまっていけませんねぇ。ところで今日はモスグリーンですか?それはそれでまた似合いますねぇ。フリルが付いているのもさる事ながら、非常に脱がしやすそうな良いデザインで──」
「帰れっ!!!」
 ヴォイドの怒声が珍しく廊下に響き渡った。

良い塩梅の卵粥

 あ、と気付いたヴォイドはロードに近付くとすんすん鼻を動かす。ロードはそんな様子の彼女を嬉しそうに眺めた。
「…ネビロスの部屋のにおいがする…」
「おやぁ…?ヴォイド、ご存知なんですか?ファウストさんのお部屋」
「うん、前入った事ある」
「ほう…?あのロリコンクリート、あんな若い彼女だけでなくあろう事かヴォイドにまで手ぇだしやがったんですね…」
「違うから」
「え?では何で…?」
「前医学書借りに行ったから。あ、それからミアのシャンプーのにおいもする」
「よく鼻が利きますね…」
「…そっちこそ何でその二人…?一緒に居たの…?」
 ヴォイドの見つめるその顔にロードは少しだけ困った様な表情を浮かべた。
「…ミアさん、ファウストさんのお見舞いに行くところで…そこで私が行き合ったんですよ。遅い時間に一人で歩くとファウストさんが心配するからお願い出来ないかって。しかし、いざ行ったら彼女がどうして部屋に来たかなんて聞かず、『帰るならミアも連れて行ってください』なんて言われまして」
「え…?ネビロスが…?一番ロードに頼まなそうなのに…」
「それだけ切羽詰まってたんでしょう…。でもそれは、ファウストさんの主張であって折角見舞いに来たミアさんの意思には全く触れてませんでしたからね…」

 * * *

「私はこの状態ですから帰りに部屋まで送ってあげられそうにありません…ミアの帰りが心配なので貴方に彼女をお願いしたいんです…」
「…ファウストさん…本気で言ってます?」
「はい」
 眉間に皺を寄せたネビロス。その皺の深さが彼の体調の悪さを物語る。しかし、ロードはちらりとミアの方を気にしてそれから首を横に振った。
「…せめてミアさんがどうしてここに来てくれたかくらい聞いても良いんじゃないですか…?」
「今日ミアが来てくれても、私は何もしてあげられません…だから、心配が募る前に早く…」
「それは貴方の都合でしょう?私は、ミアさんの話を聞いても良いんじゃないかと言ってるんです」
 もう貴方の心配は聞き飽きましたよ、と少し強めの口調でロードは言い放った。そして少し青い顔をして俯いているミアを見ると、宥める様に彼女の頭を撫でた。
「ミアさん、男って格好付けなきゃ生きていけない生き物なんですよ。私もファウストさんも例外なくね」
「え…?」
「そして、そんな姿と真逆である今日みたいな体調の悪い日は気持ちはどうあれ焦りからか往々にして機嫌が悪くなる事も多いかもしれません。特にファウストさんみたく自分が年上で全部与えてあげたいと思ってしまったら尚更。本当は彼女に甘えたいのに、甘えどころが分からない事もあるかもしれません」
「そうなんですか…?」
 何を勝手に話を進めているんだ。
 ネビロスは手をロードに伸ばしたが、痛む頭に気を取られついそちらを庇う様に手で覆う。ロードはそんな姿を横目に見ながら尚ミアに続けた。
「…ミアさん、看病がしたかったんですよね?もし必要なら後で連絡下さい。そうしたら迎えに行ってあげますから」
「え!?で、でもそんな悪いです!」
「乗りかかった船ですし。ファウストさんもこんな状態ならまともにご飯も食べてないでしょう。それはそれで心配ですし、お二人どちらの主張も叶える一番合理的な方法だと思いますよ?」
 ちらりとネビロスを見れば、納得した様なしない様な難しい顔をする彼とロードの目が合う。ロードの手を煩わせる事を除けば確かに一番二人の願いを聞き入れた一番良いやり方ではある。しかも手を煩わせる筈のロード本人が推奨して来るのだから本来断る理由は無い。
「…分かりました」
「では、私はヴォイドに夜這…お裾分けに行きますのでこれで」
 ミアは少し何かを考えたが、ロードを見送ると意を決してネビロスの横にぴたりとくっ付いた。困惑するネビロスの手を取ると、自分から肩を抱かれる様なポーズを取る。
「ミア?」
「か、肩貸します…!!」
 頼りないけど!と真っ赤になって言うミア。ネビロスは少しだけ眉間の皺を緩めると、「じゃあお願いします」と彼女に微笑んだ。
 部屋に着いたネビロスはすぐにベッドに潜ってしまう。予想以上に具合の悪そうな姿にミアは心配でおろおろした。
「ネビロスさん!?」
「すみません…気圧や天気もあってか今日はいつも以上にしんどくて…」
「ご飯は…?」
「食べれてません…薬も飲まなければいけないので用意しなきゃいけないんですけど…」
「…キッチン借ります!」
 ミアはネビロスの部屋の冷蔵庫を漁り、色々と見繕うととりあえず簡単に口に出来るものをと準備を進める。ほわりと美味しそうなやさしい香りが充満し、トントントンとリズミカルに包丁を叩く音が響き渡る。その音が、においが心地良くてネビロスの眉間からいつしか皺は消えていた。
「ネビロスさん、食べれますか?」
 はっとネビロスが気が付くと、ミアがお皿に綺麗に盛ったお粥とお茶を入れて机をセッティングしてくれていた。ほんの一瞬の間な気がしたが、そんな短い間でも安心して眠ってしまっていた様だ。眠れた事に驚きつつネビロスは起き上がり、椅子に座る。
「海スープの素があったんで…それを出汁代わりに粥麦ウィミ・バツをふやかして…卵綴じにしました!刻んだネギも入れたんですが、嫌いじゃなかったですか?」
「……好きです」
「良かった…簡単な物しか浮かばなかったんですが…」
「いいえ…嬉しいです…」
 口に運んで味わってみると、とてもやさしい味がした。量もちょうど良く、ネビロスは残さずミアの作った卵粥を食べ切り、嬉しそうにお茶を啜った。食後すぐに飲んだ薬も効いているのか先程より大分気持ち的にも楽そうでミアも一安心した顔を向ける。
 すると、不意にネビロスが切なげな顔をミアに向けた。彼の口から出た言葉に、ミアは泣きそうになった。
「…すみません、心配かけまいと思っただけだったんですが…ミアがどうしたいかも聞かず帰そうとしてしまいました」
「えっと…」
「ミアは私を心配してわざわざ来てくれたのに…自分が何もしてあげられないから、心配だからと無理に帰そうとしてごめんなさい」
 さらりとミアの髪を撫でるネビロス。ミアはその言葉を聞いてやっと胸につかえてたものが取れた気がした。
「あっ…ごめん、なさっ…」
 年齢の隔たりがあるからか。何かしてもらってばかりでいつも受け身になってしまって、こう言う時必要とされてなかったどうしよう。
 ロードが居たからとは言え、突き放して帰る様に促したネビロスを見てミアは何も言えなくなってしまっていた。ロードに押されて残る形にはなったけれど、それが無かったら「お世話させてください」と言う勇気はなかなか出て来なかったかもしれない。出て来ても、スムーズに言えていたか分からない。
 一緒にご飯を食べて、薬も飲めて些か辛さが和らいだネビロスの顔を見た。やっと安心できたミアの目からはぽろぽろと涙が溢れた。
「ごめんなさ…ごめんなさいネビロスさん…っ!」
「…ミアは何も謝る事はないです…ロードの言う通り、私が変な意地を張ってしまっただけですから。むしろ、もっと早く素直に甘えていれば良かったです」
「ち、違うんです…!私…ネビロスさんの恋人は私なんだって自信が欲しいって、どこかで思っちゃってたんです…!」
 決壊した様に泣き出したミアは、しゃくりあげながら気付けば色々口に出してしまった。
「ネビロスさんに釣り合う様な女の子になれてるかな?って…そうなるにはどうしたら良いかな?っていっぱい考えちゃって自信なくなっちゃって…ネビロスさんの事、好きって言う女の人多そうだから…皆綺麗な大人の女の人に見えるから…!き、今日休憩行った時に声掛けてきた女の人誰ですか!?」
 一息に言ったミアに一瞬目を丸くしたネビロスだが、フッと声を漏らして笑うと泣きじゃくるミアの頭を優しく撫でた。
「あの方は、先日お世話になった給食部の方ですよ」
「給食部…?」
 ミアは慌てて記憶の底にある脳内資料を漁ってみる。そして、給食部に確かにあの女性がいた事を思い出した。ヒギリと違い、常に調理作業に当たっておりいつも見る姿は髪も顔も隠した姿だったのでミアはすっかり忘れてしまっていたのだ。
「それこそ、この海スープの素やインスタントのオススメのメーカーを教えてもらってたんですよ。先日ノエと話をしていて彼女もノエの知らない情報を色々くれましてね。ああ、彼女は旦那さんと一緒に結社で働いている方です」
「え!?」
「結婚してる方ですよ」
 珍しくにこにこ笑うネビロス。ミアは恥ずかしさから思わず今度は顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「うう…モヤモヤしてたのが何か恥ずかしいです…!」
「モヤモヤしててくれたんですか…?」
 思わず素直に頷くとネビロスは嬉しそうに笑う。ミアの素直なところを見ると、意地を張っている自分の方が子供の様に思えた。
「…先程の反省を活かして、ちょっとミアに甘えたい事があります。ミアにしか頼めない事なんですが、聞いてもらえませんか?」
「は、はい!私に出来る事なら話してください!」
 自分にしか頼めない。それを聞いて嬉しそうに笑うミア。ネビロスはミアの言葉ににこりと微笑むと、
「今日…泊まっていけませんか?」
 と口にした。

彼の好きなブレンドハーブティー

「泊ま…っ!?」
「ええ、私は送って行けそうにないですし…かと言ってロードに来てもらうのも癪です」
「で、でも…ロードさん呼んでも良いって言ってましたよ?」
「ああ…ロードも今取り込み中ですよ、きっと。あんなにヴォイドのところに行きたがってたんです。二人の邪魔をしたら気の毒ですよ?」
 ああそっか!とミアは閃いた顔をする。
 ちなみにネビロスの脳内ではヴォイドのイメージが「むしろコイツ引き取りに来い」と言っている気がしたが、知らぬふりをする。
「すみません…急に言い出して…」
 確かにネビロスにしては急な物言いだとはミアも思った。勿論ミアはそのつもりで来ていないからメイク道具も簡単な物しか持って来ていない。ましてや下着なんて無いから正直どうしようかと思ったがこんな弱ったネビロスを置いて行くと言う選択肢の方が彼女の中に存在しなかった。
「あ、あの…下着洗わせてもらって良いですか…?」
 恥ずかしそうに絞り出したミアを見てネビロスは優しく微笑む。
「いくらでも…」
 食器を片付けると先にシャワー室を借り、ミアは頭からお湯をかぶりながら自分は今一体何をしているのだろう?とふと冷静になって考えてしまった。下着もとりあえず一緒に洗って後で共用の洗濯機で脱水でも掛けに行こうかと思い、下着が無いと外に出られないのでネビロスの部屋に干すしか無いと言う結論に至ったミアは顔から火が出そうになった。
「ここに服、置いておきますね」
「は、はいっ!」
 シャワーから出るとトレーナーが畳んで置いてあり、改めてネビロスの体は大きいんだなと思うと少しだけ恥ずかしい様な嬉しい様な気分になる。
 ミアは無言で髪を乾かしながら、とりあえず下着もドライヤーで乾かしてみた。時間は少し掛かったが無事に乾いた。
「ネビロスさん…?」
 お待たせしました、と声を掛けるとネビロスはベッドの半分を空けており、トントンと叩いて寝る様に促す。
「どうぞ」
「し、失礼します…」
「その前に飲み物をどうぞ。脱水症状になってしまっては困りますから」
 ネビロスの淹れてくれた温かいハーブティーを飲んで、ドキドキしながら布団の中に入り込む。いつも通りのネビロスの余裕そうな顔が却ってミアの緊張を高まらせた。
「あの…ネビロスさんはシャワーは…?」
「ああ…明日仕事に行く前に朝浴びてきます…ミアは明日お休みですね?」
「はい!」
「なら、ゆっくり寝ていてください。起こさないで行きますから」
「でも私…ネビロスさんと朝ご飯食べたいです…行ってらっしゃいもしたいです…」
「ふふ…じゃあ朝は一緒に起きましょうか」
 布団の中でそんな会話を交わしてミアは嬉しそうに顔を赤くする。だって凄く家族の会話みたいだったから。でも家族と言っても、お母さんやお父さん、お姉ちゃんとする感じは違う。
 何と言うか、とてもドキドキした。好きな人の顔がすぐ近くにあるから尚更。
「あの…」
「…どうしました?」
「き、緊張して眠れないかもしれません…」
「安心してください。大丈夫ですよ、私も今日は体調が優れないので…寝る以外の事は多分出来ないと思いますから…」
「………この状態で寝る以外にする事ってあるんですか?」
 キョトンとした顔で尋ねるミア。ネビロスは彼らしく無い呆けた顔を一瞬見せると耳まで真っ赤にして静かに笑い、愛おしそうにミアの頭を撫でた。
「ふふ…そうですね。今日は私も体調が万全じゃないですし、新しく出来る事は無いですね。先は長そうですし…徐々にかな…」
「体調が良いとこれから何かするんですか?」
「ええ、行く行くは…」
「そっか…楽しみにしてます!」
「ふふっ…楽しみにしてるんですか?」
「はい!ネビロスさんと一緒に出来る事なら、全部楽しみです!」
 ネビロスは珍しく吹き出して笑う。ミアは何か変な事を言ったのかと不思議な気持ちになった。
「ネビロスさん…もしかして私、変な事言ってますか…?」
「ふふ、ええ。とても変かもしれませんね」
「え!?どうしよう…!?」
「私以外の男にさえ言わないでくれたら、ミアはそのままで大丈夫ですよ。むしろ、嬉しいです」
「一緒に出来る事が楽しみなのはネビロスさんだけです!他の男の人には言いません」
 ミアの自信満々な様子を見て、ネビロスは薬で抑えられているとは言え痛むあたまを震わせて笑う。いつもと違うネビロスの姿にミアは眠気も飛ぶ程不思議な顔をした後、また少し切なそうに眉を寄せた。
「…ネビロスさん。ネビロスさんのヒントを出してくれるそう言う話…私がもっと大人でそう言う話もすぐちゃんと分かる様だったら、そっちの方が良いですか…?」
「……何故?」
「いちいち教えたりしなくて良いから…その方が会話するのに楽なのかな…楽しいのかな…?って…」
 ネビロスはネビロスで真面目な顔でミアと向き合う。ミアは何て答えが返ってくるのか聞きたい様な怖い様な不思議な感じだった。
「…ミア、貴女には…今の私はどう映って見えますか…?」
 いつものネビロス。だが、目は少し据わっていて口元も少し緩んでいて、体全体で何か余裕の無さそうな感じだった。
「何か…焦ってるみたいです…?」
「何を考えてると思いますか…?」
「うーん…うーーん……?」
「…答えは、『ミアが欲しい』と思っています」
 言いながらネビロスは体を起こすとミアの上に覆い被さった。ミアの目前いっぱいに広がるネビロスの顔。ネビロスはミアの唇に自分のそれを重ねると、角度を変えて何度もキスをする。唇が少し離れる度にちゅっと音が鳴り、それが耳に届くとミアは顔を真っ赤にした。
 ひとしきり唇を堪能するネビロス。彼はミアの頬に添えた手を這わせて首筋をなぞり、鎖骨を優しく触り、胸元まで這わせた。
 ミアの胸の形に沿って少し指でなぞったネビロスは、そこがすっかり定位置になった薔薇モチーフのネックレスに辿り着くと、チャリと音を立ててそれを悩ましげに弄んだ。
「私は本当は…このままミアを抱きたいです…」
「ネビロスさん…?」
「体調が良い時にしたい事ですよ。でも、ミアにとったらそれは怖い思い出とも痛い思い出ともなり得てしまうかもしれません。だからその時は、精一杯優しくはしますから。私を、どうか怖がらないでください…そしてさっきミアが見た焦っている様な私は、正にそう言う事をしたいと思っている私です。そう言う空気を発しています。なので、それが嫌だったら遠慮せずに断ってください」
「はい……」
「約束ですよ?」
 ネビロスはミアの上から退くと再び横に寝転がりミアの髪を撫でる。ミアはくすぐったそうに身動ぎすると、ネビロスの言葉を頭の中で反復させた。そして意を決した様に口を開く。
「ネビロスさん」
「はい」
「今日、ぎゅーってしたまま寝たいです…」
 先程の「抱きたい」と口走ったネビロスのことを思ってミアが口にした精一杯の台詞だった。
 そしてそれも分かっていたネビロスは、また楽しげに笑うと彼女の体を包み込み、そして二人とも徐々に口数が減って夜も更けていった。

何の変哲もないトースト

 朝。ミアはシャワーの音で目を覚ます。少し寝返りを打てば、慣れない衣擦れがあって変な気持ちになった。ベッドの隣を見ればネビロスが居ない。ミアは「そっか、ネビロスさんシャワー浴びてるんだ」と納得して飛び起きた。
「え!?あ!私の部屋じゃないんだった…!」
 ネビロスの部屋で一泊した事を思い出し真っ赤になるミア。友達と宿泊行事で泊まった事はあっても、男の人の部屋に泊まるだなんて未体験過ぎて緊張していたのによく眠れたものだとも思う。
 その内水を流す音が聞こえない事に気付き、濡れた髪の毛を拭きながらネビロスがベッドの方に戻って来た。
「おはようございます」
「おはようございます…!」
「どうしましたか…?」
「な、何か急に恥ずかしくなって…!」
「ああ…そう言うもんなんですかね…?」
 ネビロスはクスクス笑いながらベッドの縁に座りミアと目線を合わせるとゆっくり唇を重ねる。しばらくの無言の時間を堪能すると唇を離したネビロスは「朝ごはん用意しますね」と微笑んだのでミアはお泊りの事実をより実感して幸せを感じた。
「ネビロスさん、頭痛いのはどうですか?」
「ああ、おかげさまで…薬も効いているのか朝起きたら痛みは消えていました。少なくとも今の状態なら仕事を休む事もないんで行って来ます」
「良かった…でも無理しないでくださいね?」
「はい、勿論。ありがとうございます。ああ、ミアはどうします?この部屋に居ますか?それとも自室に戻りますか?」
「ネビロスさんと一緒に出て部屋に戻ろうかな?って思います…」
「なら、一緒に出ましょうか。でもその前に朝ご飯を食べましょう」
 ネビロスが用意してくれたのは何の変哲もないトーストにバターを塗った物。以前ヴォイドの部屋を見た時に彼女の部屋のパンに塗るペーストの在庫の多さに驚いたがネビロスはパンに塗るものはバターしか持っていない様だった。そしてインスタントの白スープも用意すると、それを二人で食べた。
「朝ご飯って感じしますね!」
「んー…女性から見たら質素過ぎませんか?このご飯…」
「そうですか?」
「あった物がこれしかなかったのでこれ以上どうにも出来ませんが…サラダとかベーコンとかハムとかもっとそれっぽい物でも用意しとけば良かったな…と思いまして…」
 次は用意しておきます、と口にしたネビロス。ミアはドキドキしながらパンを頬張った。

 そして密かに取っていたミアのメモには
 ・ネビロスさんの歯ブラシはジョニー・ヘルスケア
 ・次いる物はメイク落としとスキンケア用品
 ・替えの下着絶対
 と反省と改善点がしっかり書き込まれていた。

 * * *

 夜、時計を気にしながらロードはしまったと思った。ミアとネビロスのことを思って面倒な役を買って出たは良いが、流石に何時までに連絡をくれと言っておくのも良かったか?今こうしてヴォイドが目の前にいて甘い雰囲気にでもなった瞬間に迎えを要請されたら嫌とは言えないし…。
「なら予定ないから」
「とは言え、時間は決めるべきでした」
「まあ、そうだね」
 立ち話でしばらく一緒にいたヴォイドとロードだが、二人揃って何となくミアからの連絡を待っていた。一体二人でどんな話をしてどうする事にしたのか。別に大した労力ではないから良いのだが、気にもなるので連絡は欲しい。
「しかし驚きましたね…ファウストさんがあんな若い子に本気で手ぇ出すなんて」
「私はネビロスの事、ムッツリだと思ってた。いつかやるって」
「…何Gメンですか貴女は…」
「でもネビロスしか出せないミアの顔があるのも本当だろうし、嫌な気はしてない」
「まあ、そうでしょうね」
「キスしたなんて暴露されても…悔しくない…」
「ほう……?」
 何気にキス未経験の二人は揃って何とも言えない顔を浮かべる。が、ヴォイドの言葉を瞬時に思い出したロードは彼女をチラリと見た。
「悔しいんですか?」
「別に…」
「うふふふ…何なら今から二人でどうでしょう?何歳からでも初体験は良いものですよ?」
「何を何でどんな話なの」
「うふふ、何事にも遅い事なんてありませんからねぇ…」
 完全にスイッチが入ったロードがじりじりとヴォイドに詰め寄る。やっぱりさっき帰せば良かったと後悔したヴォイドはロードを睨むがロードは嬉しそうな顔をするだけだった。
「うふふ…夜ですね、二人きりですね…久しぶりに濃密な時間を過ごしませんか?もうさっきからキャミソール越しに妄想出来る貴女の体に対する反応は万全でして」
「後五分で帰れ」
「五分…うふふ、一発ヤって四分半残ります」
「どんなだよ」
 そんなふざけたやり取りをしていた時正にミアから「お迎え大丈夫です」と連絡が入っていた事に後から気付くロード。ヴォイドもそのメッセージを覗き込み、二人して何とも言えないほっこりした顔を浮かべるのは数分後の未来の話だ。