薄明のカンテ - ○○をしないと出られない部屋
涼風さんによる診断メーカーさんまとめ

【専用ページのあるネタ】

裸踊りをしないと出られない部屋(ヴォイドとロード)

「裸踊りをしないと出られない部屋ですか…」
 見知らぬ部屋の中で目覚め、その部屋の概要を知ったロードがポツリと呟く。彼のすぐ近くでは愛しのヴォイドがすやすやと眠っている。ロードは眠る彼女に一瞬手を伸ばし掛け、しかし引っ込めるとゆっくりと窓も扉も無いその部屋を見つめた。
「密室、集められたのはかつて良い仲だった男女、指示内容は裸踊り──つまり、この誰にも邪魔されない空間で裸で踊る様に乱れろと……それはつまりもうセッッッ」
「おい」
「おやおやヴォイド、お目覚めですか?」
「それより聞き捨てならないこと聞いた」
「え?ああ、ここの部屋の概要がそんな感じらしくてですね、裸で踊るなどしないと出られないんですって」
 ヴォイドは辺りを見回す。どんなに探しても部屋の中には窓すら無い。ここがどこだか分からないし、ロードの言う通り唯一の抜け出すヒントは「裸踊り」と言う事だけ。
「こんな窓も扉も無い部屋に若い男女が詰め込まれ裸で踊れと…誰だか知りませんが随分とまぁ、品の無い要求をなさる方で…」
「………」
「まあ、何が何でも言う通りにしないとここからは出られない様ですね…では、言われた通りにしましょうか」
「は…?」
 ロードがしゅるしゅる音を立ててネクタイを外すのでヴォイドはキョトンとしてしまった。え?するって何を?裸踊りを?正気か?
 しかし直後に彼が一番最初に言った言葉を思い出す。
『指示内容は裸踊り── つまり、この誰にも邪魔されない空間で裸で踊る様に乱れろと……それはつまりもうセッッッ』

 ──それはつまりもうセッッッ

「わぁぁぁぁぁあ!!」
「しー…ほらほら、余計パニックになりますから大きい声は出さないで」
「や、やめ…っ!」
「大丈夫です。落ち着いて、私に任せて下さい」
 ロードは先程外したネクタイをヴォイドの腕に巻き付ける。余計危ない事になって来ている様に思えたヴォイドが暴れ始めるが、意外と力の強いロードに掴まれびくともしない。
 腕をネクタイで拘束しワイシャツを脱ぎ始めるロード。昔はもう少し紳士だと思っていたのに…十年の月日はこんなところで自分を辱める思考に彼を変えたのかと震えていると、彼の脱いだシャツが顔に被さるのを感じた。男性にしては少し甘い様な、でも爽やかな香水の香りがふわりと舞った。
「ん?」
「ああ、それを外してはいけませんよ?」
「何も見えない…?」
「ええ、見せません。決して。見てはいけません」
 腕を拘束しシャツで視界を覆い、ヴォイドが自由に動き回ったり目隠し代わりのシャツを外せない事を確認すると念の為透けて見えない様に上着もその上に掛け、ロードは意を決した様に残りを脱ぎ捨てた。
「うふふふ…ヴォイドが無事に出る為なら私は何だってするんですよ…さあ、音楽でも何でもさっさと掛けて下さいません?セクハラパワハラ塗れの社会人の酒宴の席で鍛えられたヌードダンスをご覧に入れましょう!」
 ヴォイドは何が何だか分からなかった。ただ、彼の名誉の為にこれ以上暴れず、そして目隠し代わりのシャツも外さない方が良いのだろうと思った。

「ふぅ…こんな動きしたの久しぶりですねぇ」
 踊り終わったのか、そう言いながらヴォイドの元へ近付き、乱雑に掛けたシャツと上着を退けてやる。ヴォイドの目の前にロードが再び姿を現した。
「ヴォイド、大丈夫ですか?」
「うん、ありが…何でまだ裸…?」

 全裸で。

「うふふふ…貴女を落ち着かせる為やむを得ず手をネクタイで拘束させていただきましたが…これをそのまま外してしまうのは勿体無いですよねぇ?こんなにそそられる貴女の姿を目に焼き付けず何としましょう?」
「目に焼き付けるだけなら服を着ろ」
「しかし焼き付けるだけなんて勿体ない。ここは一発ヌかず何としましょう?」
「い、良いから外して!!」
「うふふふ折角こんなお誂え向きな密室に二人きりで閉じ込められて何もせずに居られる程私は我慢強く無いんですよねぇ…」
 ぺらりとキャミソールを捲られて少し腹が冷える。覗いた下乳を穴が開く程見つめるロードを見てヴォイドは悟る。こいつ、ガチだ。
「結社に来てから今までが我慢し過ぎだったと思うのですよ」
「知るか!」
「折角こんなところに二人きりなのですよ?さあさあ何も考えず、ヴォイドは素直に反応してさえくれれば私は貴女の望む様に動きますよ」
「これが素直なリアクションだけど…!?」
「…何してんですか貴様ら」
 ふとクロエの声がして二人同時にそちらを向く。気付けばあの謎の部屋は無く、ここはクロエの部屋だった。クロエからしたら、部屋で寛いでいたらいきなりいかがわしい状態の二人が目の前に飛び込んで来たのである。不憫以外の何者でもないが彼女は冷静な判断と豪胆さを兼ね備えていた。
 過去の出来事から自分に見られていようが何だろうがスイッチさえ入ればお構い無しに続行するのがロードであると彼女は知っている。この状況からも何かを察したクロエは二人の間に突入すると、キャミソールを捲り上げられたヴォイドを捲り上げた全裸の犯人から無事救出、保護したのだった。
 服までクロエの部屋に飛ばされていたロードはいそいそとそれを羽織る。全部着た辺りでやっとクロエは彼と目を合わせてくれた。
「くそ兄さんはとりあえず私に反省文と牛乳を献上してください」
「うふふふ、まあそれで済むなら安いものですよ」
「あと、暫くヴォイド氏に接近禁止」
「え!?」
「当たり前でしょ。フィオナ氏には悪いですが暫くリアルマテモニはお預けです」
「…クロエ、牛乳何本で貴女を買収出来ます?」
「私を買収とは良い度胸ですね。ルーウィン氏の実家の特別牛乳で手を打ちましょう」
「え!?あ、貴女あのカボチャとまだ交流を続けてるんですか!?」
「別に良いでしょう?私の夢は酪農家の嫁です」
 何となく適当にそう言っただけだが、ロードには火に油だった。
「貴女…!牛乳の為に将来を決めるなんて…!」
「牛乳だから将来が決まるんですよ」
 不可思議な親子喧嘩を始めたクロエとロード。結局先に折れたロードが彼女の要求を飲む形で事態は収束したのだが、ルーウィンの姿を見る度にロードは彼に鋭い視線を向けたとか向けていないとか。

相手の太ももに10分顔を挟まないと出られない部屋(ミアとネビロス)

「 あれ? 」
 ミアは我が身に起きた異変に気付いて、空の青を彷彿とさせる目をパチパチとしばたいた。
 今の今までマルフィ結社の自分の部屋で愛読雑誌「ロリポップ」を読んでいたはずなのに、気付いたら全く知らない部屋にいた。床も壁も天井も白いだけの謎の部屋である。ミアの手にさっきまで持っていたはずの雑誌は無い。そして何故かマルフィ結社に来てから着た覚えのないクローゼットに仕舞いっぱなしになっている休学中の高校――ラシアス高校の制服を着ていた。
 何で? どうして? と、ミアは首を傾げる。
「 ミア? 」
「 ネビロスさん! 」
 名前を呼ばれて振り向くと声で分かってはいたが、そこにはミアの愛しの愛しのネビロス・ファウストが困惑した表情で立っていた。彼はラフな格好をしていて、おそらくミアと同じように自室で寛いでいたのだろう。何でミアだけ高校の制服になっているのか全く解せないが。
「 どうしてここに? そもそもココはどこなんですか? 」
 ネビロスに問い掛けても返ってきたのは静かに首を横に振る動作だけだった。博識で賢いネビロスにも分からないことはあるらしい。
「 あれを見てください 」
 ネビロスの綺麗な手が壁を指さすのでミアは素直に壁を見る。
 そこには謎の文字が壁に書かれていた。思わず読み上げてみる。
「 『 相手の太ももに10分顔を挟まないと出られない部屋? 』 」
「私の方が先に居たのですが、ミアが来てからカウントダウンが始まっているんです」
 言われてみると文字の下には数字があって『19:46』と書かれている。見ていると一番下の桁が1秒毎に減っていくので、つまりは20分程度の制限時間があるということなのだろう。
 残りは19分。制限時間内に10分やらねばならないことがお題だというのならば残り時間は9分ということになる。急がなければならない。
「 10分もやらなきゃいけないのに制限時間が少ないですね! 」
「 やることに対しては何のコメントも無いんですね…… 」
「 だってやらなきゃダメなら、やるしかないじゃないですか! 」
 何故かミアの目がキラキラと輝いていてネビロスは少しだけ嫌な予感がした。ミアの表情は『 太ももに顔を挟む 』なんて動作に対して何の羞恥心も抱いていない。きっと何か突拍子もないことを思いついたのだろう。
 はたしてネビロスの嫌な予感は当たっていた。
「 この間、ヴォイドさんがユウヤミさんに教えてもらったプロレス技をヴォイドさんから教えて貰ったんです! 今こそ実践する時ですよね? 」
 医療ドレイル班での仕事の際、ミアはヴォイドと行動を共にしていることが多々あった。そこでヴォイドから護身術の一環としてプロレス技を教わったのだ。しかし、教わったからといって他人に技をかけたことなんて経験はない。遂に実践できると気付いたミアは上機嫌だった。
 気付いたら「此処でやれ」とばかりの大きなマットレスが床に敷かれていた。どこからマットレスが出てきたのかなんてことを疑問に思うこともなく、そこにいそいそと駆け寄ってちょこんと座ったミアはニコニコと笑ってネビロスを見つめる。
「ミア。確認しますが、何をする気ですか?」
「えっと……首4の字固めです!あ、でもちゃんと首は絞めないようにしますから安心してください」
 何も安心出来ません。
 ネビロスは心の中だけでツッコんだ。太腿に顔を挟むという動作から、何をどうしたら首4の字固めをしようという思考になるんだろう。確かに太腿に顔は挟んでいる技ではあるけれども、これは護身術として有効な技なのだろうかとネビロスの冷静な部分が告げていた。
 それにミアは技をかけることに夢中になっているせいなのか平然とした顔をしているが、彼女の今の格好は何故か高校と思わしき制服姿である。制服ということはスカートというわけで、つまりは太ももは露出されているわけで、それに挟まることは犯罪ではないのだろうか。
 ミアは現役女子高生。少し忘れていた現実がネビロスに伸し掛る。
「 どうしましたか? 」
 なかなか動かないネビロスにミアはへにょりと眉を下げる。
 ネビロスの内心の動揺なんて彼女は微塵も気付いていない。
 何を悩んでいるのだろう、ネビロスさん。私、ちゃんと頑張るのに。
 ションボリとした気分で視線を下げて自分が制服のスカートを履いている事実を思い出す。もしかしたら、これを気にしているのかもしれない。
「 安心してください、ネビロスさん! 」
 そう言ってスカートを捲り上げるとネビロスの目が溢れんばかりに見開かれた。貴重なネビロスの表情が見られたことに感動しながらミアはドヤ顔で言い放つ。
「 穿いてますよ! 」 
 ミアはパンツの上にインナーパンツを穿いていた。
 本人としては「パンツじゃないから恥ずかしくないもん!」である。だから、この状態でネビロスに技をかけるのは何の問題もないように思えていた。
「 ほら、時間無くなっちゃうから早くやりましょう? 」
「 ……ミア 」
 ネビロスが微笑む。
 その笑顔の後ろに魔王か龍か。何かがゴゴゴ……とオーラを纏って降臨しつつあったがミアには見えていない。
「はい?」
「この部屋から出たら、ゆっくりお話したいことがあります」
「分かりました!はじめてで下手だと思うんですが、痛くしないように頑張りますね」
 何も気付かず能天気に笑うミアにネビロスがもう一度微笑む。


――部屋脱出後。ミアがネビロスから「 ゆっくりお話 」という名のお説教を受け、首4の字固めを他人にかけることを禁止されることは言うまでもないことなのであった。

キスをしないと出られない部屋(ギャリーとセリカ)

 ──ここはキスしないと出られない部屋です。
 そう書かれた部屋の真ん中でギャリーはドキドキしながら正座で座り込んでいた。何だか知らないが急に女の子と合法的にキスが出来る部屋に飛ばされるとは自分は日頃の行いがいいのかもしれない。
「いや、待て…来るのが女の子なら良いけど男が来たら地獄じゃ…」
 もしも男が来たら男とキスしないと出られないの?俺…。
 よくよく考えたら天国にも地獄にも転がりそうな部屋の中で、ギャリーは祈りながら部屋の概要的に放り込まれるであろう誰かを待った。
 するとボスッと音が鳴り、何処からともなく誰かが転がり込んでくる。ところでこの部屋は窓も無ければ扉も無い。先程自分がここに飛ばされた時も思ったのだが、この部屋は全体的にどう言う理屈だ。
「多分考えちゃいけないんだろうなぁー…ご都合主義ってやつだろうなぁー…」
 とりあえず放り込まれた人の安否を確認しに行く。何となく見慣れたシルエットにドキドキしつつ抱き起こし顔を覗くと、自分の腕の中に居たのはセリカ・ミカナギだった。
 つまり、セリカとキスをしないとこの状況を打破出来ない。
「おおっほぅ…」
 いつかウルリッカが乳ソムリエになった瞬間を目の当たりにした時の様な声を上げるギャリー。
 どうしたものかと彼女を横抱きにしたまま思案していると、ぱちりとセリカが目を覚ました。
「ん…ギャリーさん?」
「お?お目覚めかい?」
「あらぁ…?私、お姉様とお茶の時間を過ごしていた筈ですのにぃ…」
「セリカちゃん、エレオノーラちゃんと居たんだ…」
「お姉様がやっと茸を一口口に含んでくれそうと言うところで急に視界が暗くなって…」
「(まだ諦めてなかったんだ、茸食べてもらうの)」
「せっかくお姉様が偉大な第一歩を踏んだところを見逃してしまうなんて…!」
「セリカちゃん、酔ってるわけじゃないよね?」
 そう言われたセリカはじっとギャリーを見つめる。そして部屋の中に貼られているこの部屋の概要を見て目をまん丸くした。
「え…キスって…口吸いですか…魚じゃなくて…!?」
「ちょっと一回お茶から離れようぜセリカちゃん。それにしてもアフタヌーンティーで鱚はなかなか出なさそうだけどさ」
 目を白黒させて静かに慌てるセリカにギャリーも釣られて焦り始めた。気になっている彼女とキスが出来る状況と言うのはかなり嬉しい。それをしないとここから出られない、が条件なので彼女もキスせざるを得ない筈だ。こんな美味しい状況この先、生きていて遭遇する事など無いだろう。しかし成り行きでだとか、言われたから仕方なく、みたいな流れでキスをするのは不本意ではあった。初めて彼女とキスをするならもっとちゃんとムードも作って出来たら夜景の綺麗なところでとも思うじゃ無いか。それに、初めてのキスの思い出が彼女も嫌々だとしたらそれは本当に嫌過ぎる。
「あのさ、セリカちゃん…キスしなきゃ出れないんだって、この部屋」
 ドキドキしながらそう呟いてみるとセリカはビクッと体を揺らして赤い顔で壁の方を見つめていた。
「み、みたいですねぇ…」
「じゃあ…」
 ギャリーが顔を傾けてセリカに近付くと少し手で制止するかの様な仕草の後、尚更顔を赤くしてセリカは呟いた。
「でもっ…!こんな強制されて男性と口吸いするのなんて嫌ですぅ…」
 しょんぼりと眉を下げるセリカ。ギャリーは二人きりで珍しくいつもの様に躱すだけの余裕の無いセリカを見て嗜虐心が膨らみ、少しだけ意地悪したくなってしまった。
「俺とキスするの、嫌?」
 ねっとりする様な視線でセリカを見つめながらじりじりと迫るギャリー。セリカはカッと頬を赤らめると困った様に顔を振った。
「…こ、答えにくいですぅ…」
 嫌と即答されなかった事に安心しつつ、それでもキスをする気は起こしてくれないセリカに少しモヤモヤしながら彼女を壁際に追い詰める。
「しないと出られないんだよ?…それとももしかして、色々言うけど俺とずっと二人きりで此処に居たいの…?」
「それは…」
「…キスさえしなきゃ永遠に二人でいれる訳だ…キス無しでもやる事やれるしねぇ…まぁ、自信無ぇけど。俺結構キス魔だから」
「もぅ…揶揄わないでくださいよぅ…」
「揶揄う?俺は本気だよ?俺としては此処に残っても良いけどね…そうなったらキスだって我慢するし。可愛い可愛いセリカちゃんが一番この後どうなって欲しいのか、ちゃんと教えてくれたら頑張って頭捻るんだけどなー」
 セリカは赤い顔のままとうとう本気で悩んでしまった。此処から出られずギャリーと二人きりだなんて現実的に考えて生活感皆無のただの箱でしか無いこの部屋では例えギャリー以外でも嫌だと言いたくなる。でも、キスが出られる条件だとしてもギャリー相手だからこそこんなところで済ませたく無かった。他の人だったら「忘れれば良い」で終わらせられる気がするのに、きっと忘れられない気がするから二の足を踏んでしまうし彼だから「もっとこう言う雰囲気で」と夢も見てしまう。
「私…此処から出たいですぅ…」
「じゃあ…」
「でも、こんな窓も戸も無いようなところで事務的に…く、口吸いをするのは嫌と言いますか…」
「…俺が嫌なんじゃ無い?」
「それは違いますぅ…その、ギャリーさんとすると思ったら尚更こんなところでそんな状況で済ませたく無くて…上手く言えないんですけど…出たいは出たいんですけど手段が手段で相手が貴方だから二つ返事で出来なくて…」
 ギャリーはそれを聞くと目を見開いてセリカの胸元にこつんと額を付けた。彼女はいつも控えめだから、たまにはしっかり彼女の要求を呑んであげようと思ったのだがこんなに照れながら言われるとは思わず逆に意地悪く攻めていたつもりのギャリーが照れてしまった。
「…へぇ、こう言うの『萌え』って言うだかや?」
「も、萌え…?」
「はぁー…こんな萌えの塊前にしてキス魔の俺が色々我慢したの本当誰か褒めて欲しい…」
 そう言いながらナチュラルに腰を撫でるギャリーにセリカの手が伸びた。
「ギャリーさん…?どさくさに紛れて何処触ってるんですかぁ…?」
 その不埒な手にデコピンでも食らわせてやろうと伸ばした彼女の手をパシッと掴むギャリー。しまったとセリカは思った。誘い込まれて見事に罠に嵌ってしまった様だ。
「捕まえた」
「変な誘い方するんですからぁ…!」
「…ふふ、ごめんね。ねぇセリカちゃん、ここ出たらまたご飯行こ?」
「急にどう言うお誘いで…?」
「ちゃんと夜景の見える良いお店予約する。お酒も飲もうか?俺の事ただの同僚に見れなくなる様に色々頑張るから」
「…何か、下心がありそうな雰囲気に思えるんですが…」
「うん、下心むちゃくちゃあるよ」
 そう言うと先程掴んだセリカの手の甲にわざとらしくちゅっと音を立ててキスを落とす。部屋の概要には場所の指定はされていなかった為これでも部屋を出る条件は満たしていたらしい。
 ゴゴゴゴと音を立てて壁に出来上がったドア。そこに向かいながら尚もセリカの手は離さず、繋いだままギャリーは呟く。
「今はキス我慢する。だから此処出たら、今度一緒にご飯行こうよ」
 先程の話の流れから、彼からの誘いがどんな意味を持つか察してしまいセリカは顔を赤らめた。

 珍しくいつもよりも攻めた感じで彼女を翻弄出来た事が嬉しかったギャリーは人知れずガッツポーズを取ったのだった。

相手の首を1分30秒締めないと出られない部屋(ヴォイドとテオ)

 テオフィルスが気付いたら窓も扉も無い真っ白な部屋の床に座っていた。
 どこにも光源があるように見えないのに何故か部屋は活動するのに十分な明るさがあってテオフィルスは仕組みが理解出来ずに首を傾げる。
「どこだ、ここ?」
 疑問を口に出すが答えるものはいない。
 一体、ここはどこなのか。何故、自分はここにいるのか。
 あいにくテオフィルスを誘拐したところで身代金を支払ってくれるような家族はいない。それとも、過去にクラッキング行為をして脅迫してきた人間による復讐だろうか。
 部屋を見回してみると、先程までは何もなかったはずの壁にスクリーンがあることに気付いた。しかし、スクリーンは真っ黒で何も映っていない。
 近付いて確かめたいが今のテオフィルスにそれは出来なかった。
 何故なら、テオフィルスの右脚が無かったからである。義足が無い。
 金属製の義足は使いようによっては武器になってしまうからなのだろうか、と思うが何者もいなければ目的も分からないので結論が出ることはない。それよりも、何も無い部屋で脚が無くて動けないとなると。
「餓死でもしろってか……」
 結論に至ってテオフィルスは天井に向かって呟く。
 岸壁街で暮らしていた時ならばマトモな食事もとれずに生きていく事は当たり前だったが地上のマルフィ結社に来て様々な美味しいものを知ってしまった今、餓死は辛い。幸せの絶頂を迎えると不幸になるというのは本当なのだろうとテオフィルスは何も映っていない画面に顔を向けると不敵に笑う。
 仮に自分を餓死させたい人間がいるならば、ソイツが満足するように命乞いをする気も惨めに足掻く気も無かった。岸壁街で人間の命は安い。そんな命と自尊心プライドを天秤にかけた時、傾くのは自尊心だ。
 誰が犯人が満足するような死に方なんてしてやるものか。最期まで綺麗に死んでやる。
「テオ?」
 その時、背後から聞き慣れた声がしてテオは慌てて振り向く。
 そこにいたのは困惑した表情のヴォイド・ホロウだった。
「ヴォイド? 何でここに?」
「……気付いたらいたから分からない」
 ヴォイドが部屋に入ってきた事に気付かなかったし、何の音もしなかった。部屋の不気味さを理解しつつもテオフィルスは小さく舌打ちをする。
 自分だけなら良いが、ヴォイドを餓死させる訳にはいかない。
 命より重い自尊心プライドだが、ヴォイドの命と比べれば遥かに軽いのだ。
 焦るテオフィルスの背後で何かが光る。ヴォイドへ振り返るために捻っていた身体を戻せば何も映っていなかったはずのスクリーンの電源がついていて、テオフィルスは隣に歩いてきたヴォイドと一緒に画面を見つめた。
 黒い画面に白いテキストカーソルが浮かぶと旧型の端末を彷彿とさせるようなカタカタとした音をさせながら文字が入力されていく。

――此処は『相手の首を1分30秒締めないと出られない部屋』です。

――20分以内に実行してください。

「は?」
 テオフィルスは怪訝な顔になる。隣のヴォイドも眉を顰めていた。
 そんな2人に何の説明もないまま文字が消えると、代わりに浮かぶのは「19:59:59」という数字だ。末尾が一秒ごとに減っていくのでカウントダウンであろうことは容易に想像がつく。
 ふざけた文章であったが窓も何も無い不思議な部屋から出るには、それをやるしかないのではないかという考えが過ぎった。そう考えたテオフィルスはヴォイドを見つめる。
「ヴォイド。やってくれ」
 いきなり他人から首を絞めてくれと言われて「じゃあ、やりまーす」と言うイカれた人間ではないヴォイドは「No」とばかりに首を横に振った。彼女のその行動が予想通りだったテオフィルスは、安心させるように笑って見せた。
「俺は首絞めプレイ慣れてるし、ヴォイド先生なら殺らない程度にヤれるだろ?」
「でも……」
「こっから出られなきゃ2人ともヤバいって分かるならヤれって」
 ヴォイドは逡巡した後にようやく頷くと、テオフィルスの脚に跨るように膝立ちをした。彼女はいつも通りの扇情的な下着姿だったので思わず生唾を飲み込んだテオフィルスだったが、あくまでもふざけた口調と雰囲気を崩さずに笑う。
「騎乗位みてぇで堪んねぇな」
「馬鹿」
「乗ってもいいぜ? 片脚しかねぇけど」
 冗談めいて言ったのだが、ヴォイドは悲しそうに眉を寄せるだけだった。どうやら、この冗談は彼女のお気には召さなかったらしいのでテオフィルスはヴォイドが何か言う前に話題を変えることにした。
「絞める時は喉仏は避けて横を締めろよ?」
「分かってる……気道閉塞は15キログラム、動脈閉塞は3.5から5キログラム、静脈閉塞は2から3キログラム……」
 医学書か何かの知識を反復するように呟きながらヴォイドはテオフィルスの首に手をかけた。自分の体温より少し低いようで冷たいヴォイドの手の感触にテオフィルスは此処から出たら、何か暖かい服を買ってやろうと思う。
 そして、それと一緒に思うのだ。
 このままヴォイドの手にかかって死ぬのも悪くはない、とも。