これは女の決戦前夜／燐花
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rinka_creation 2022年11月16日(水) 12:33:52履歴
『…伝えたい事があるんだ。ちゃんと仕事片してくるから、一緒にデート行かない？』
『デート…』
『色々お店見ながら散歩しようぜ。んで、ここのホテルレストランで夜景でも見ながらお酒と美味い飯食おう』
『え？ホテル…ですかぁ？』
『あー……いや！し、宿泊は無し！いや、したいけど…部屋取っても良いかなぁ…？いやいや日帰りにしよう！あ、いや…でもなぁ…』
ソナルトでギャリーとそんなやり取りをしたセリカは今日も今日とて考え事に耽っていた。
何となく、空気感で分かってしまう。ギャリーに初めて誘われたこのデートだが、おそらく彼と行くデートには、ただデートに行く以上の何かがあるのではないか、と。
だって彼ははっきりしっかりと、『伝えたい事がある』と言った。何となく彼の反応を見て日頃の行動を見て、仕事関係の悩み相談なんて事は考えられないし、『はしたない、つけあがるな』と思いつつ期待はしてしまう。
だってギャリーは、いつだって態度にあらわしてくれていた。ふとした時に手を繋いでくれた時の優しさや、柔らかく笑う目元が自惚れでなければ、きっと自分と同じ思いを抱いてくれている。
自分はギャリーを慕っている。男性として魅力を感じている。だからこそ、今凄く悩んでいる。
「……こんな時だからこそ、ですかねぇ…？」
セリカは携帯端末を取り出すと、意を決して表示されている人間に電話を掛けた。
「あ、もしもし？ご無沙汰しております、セリカですぅ。あのぉ…少し前にお話していましたお出掛けの件なのですが……」
電話を切ったセリカはふぅと息を吐く。
何故希望通りだったらを妄想してもこんなに素直に喜べないのか。自問自答ばかりなのは何故なのか。少しでも答えを見付けたかった。
「セリカさん！！久しぶりね！！」
「ゲンジさん！ご無沙汰してますぅ！」
「その節はどーも。アタシもいるわよ？」
「シュエメイさんも！ご無沙汰しておりましたぁ！」
待ち合わせ場所に向かえばそこには目当ての人、ゲンジ・ディルラバが来た。その後ろに彼女のマネージャー、セドリック・シュエメイも居る。元モデルと言うだけあってスタイルが良く長身を誇るシュエメイと現役モデルのゲンジ。この二人が並ぶとまるで見目麗しい恋人同士の様だ。
「…さて、ゲンジがセリカちゃんと会うのを見届けたし、アタシも男に会ってくるわ」
シュエメイは相変わらずである。彼曰く、カンテ国で出来た三人目の彼氏に会う途中でついでにゲンジがセリカにちゃんと会えるか見に来たのだと言う。口は強いが面倒見が良い。
「しかし本当にセリカちゃんだったのね。アタシてっきりセリカちゃんって誤魔化して男にでも会うのかと思ってたわ」
「ちょっとシュエメイ、私をアンタと一緒にしないでよ」
「おほほほ！そう言えばゲンジはアタシと違って男日照りが長かったわね！ごめんあそばせ！」
「……ムカつく」
前以上に親密そうなやりとりを眺め、シュエメイを見送った後ゲンジは嬉しそうにセリカに向き直った。
「…で！？お洋服見に行くんでしょ！？」
「あ、はい…セリカのセンスではちょっと、良い風に出来なそうでして…」
「でも今日着替えやすい様に洋服で来たんじゃないセリカさん！それだけでも凄い事だわ！ただ…本当だ！ちょっと芋っぽいって言うか田舎の学生みたいね！」
容赦の無いゲンジの言葉がざくざくざくっ！と音を立ててセリカの心を貫いた。
「しかしこうして見るとセリカさん、やっぱスタイル良いのねぇ…」
「い、いいえ…少し人より胸は大きいかもしれませんが…全体的に厚みもありますからゲンジさんの様にスマートな様には…」
「厚みがあるって言うのは私より胸大きいからよ。そりゃあ胸が大きくなればその分支えようとしてその周りも少しくらい大きくなるし！爆乳なのに胸周辺もちゃんと細い人がいるならお目に掛かりたいくらいだわ！」
そう言われ、セリカは医療班のヴォイド・ホロウのスタイルを思い出していた。そう言われると彼女は奇跡の様なプロポーションをしているなぁ、と。
何があったのか、かつてミアがヴォイドの体を見ながら「ネビロスさんは胸の大きい人が好きなのかも…」と思い悩んで居た事を思い出す。こんな幼気な少女を思い悩ませる年上の彼氏と言うだけで状況がダブってか印象が悪くて最悪だと言うのに、その情報を持って来たのがあの砂漠色の髪をしたテオフィルス・メドラーで、剰え彼は「大きくする為に揉むの上手いから相談に乗れる」などと続けたのだから最悪である。
全く、砂漠色の髪の男性ってどうしてこうなのかしら？と独断と偏見でぷりぷり怒っていた時の事を思い出した。
「まぁ、先ずはお洋服見に行きましょうよ！セリカさんの着せ替え楽しみだわ！！」
元気良く自分を引っ張るゲンジに少しだけ足がもつれる。そうだ、今日は着物でなくて洋服なのだと思いながら慣れないロングスカートの足元におろおろしていると、ガラスに反射した自分と目が合った。確かに今日の格好はお洒落に興味を持ち始めたは良いがイマイチ垢抜けない田舎の女子学生の様だった。胸のボリュームを隠そうとオーバーサイズのトップスを着たのは良いものの、今の短い髪の毛だと隠れる事もなく全てが逆に強調されている様で確かにはしたないのでは無いか。
「……セリカさん、今日の服、『惜しい』ってだけで『はしたない』とかそう言うのじゃないからね！！」
「え！？」
「可愛いけど、セリカさんの体型をもっと綺麗に見せるならもっと良い服がある。それだけだからね」
まるで心の中を見透かしているかの様なゲンジに引っ張られ、セリカは街を進んで行く。普段と違い、帯で抑えられていない為いつもより胸が自由な気がする。そんな自分に少し恥じらいつつ、そう言えば今はゲンジと手を繋いで居るのだと思うと童心に帰った様な、それでもやっぱり恥ずかしい様な不思議な気分になるのだった。
* * *
「セリカさーん！！見て見て！！これ可愛いー！！」
ゲンジの目まぐるしく店を変える様にセリカは目が回りそうになった。何とか彼女の勢いに着いて行きつつ手には厳選して買った戦利品 を持ち、セリカは友達と服を買いに行くと言うシチュエーションに柔らかく笑みを浮かべた。
「セリカさん？もしかして疲れた？」
「ええ。ゲンジさん、お若いんですからぁ」
「そんな、そこまで変わらないじゃない。でも慣れない事すると疲れるって感じはあるわよね。ある程度買えたしお茶にしましょう！モビデ行きましょうよモビデ！」
若者に人気のモビーディックス・コーヒーは本日も大盛況だ。ゲンジが光の速さで注文を終えるので何かと思えばモバイルオーダーを駆使していた。
「ふふふ…私モビデの長い呪文、唱えるの苦手なの。だから文明の力」
「なるほど、世に言う『詠唱破棄』ですねぇ」
「そう言う事」
トッピング盛り盛りのキャラメルフラップッチーノを手に持ちご機嫌なゲンジと共に、セリカも手にほうじ茶ラテを持ち席に移動する。温かいほうじ茶ラテを口にするとやっと一息つく事が出来た。
「あら。セリカさん、ほうじ茶ラテ好きなの？」
「特別好きと言うわけではありませんが、たまには気分を変えて飲んでみても良いかなぁ？と思いましてぇ」
ゲンジは兎頭国出身だからかお茶にはうるさい方で、ほうじ茶に余計なものを入れるのを嫌うからか彼女曰く「邪道」たるラテを頼んだセリカは珍しかった様だ。
「あ！ねぇねぇ、それで結局？教えてくれたの？」
ゲンジからの突然の問い掛けにセリカは少し考える。主語が無いので一瞬思考を巡らせたが、すぐに直前に彼女から頼まれていた事を思い出し、「ああ」と声を上げてメモを取り出した。
「ええ、ゲンジさんからのお願いなんですが…と言ったら「特に減るものでも無いしな。悪用さえしないなら」と仰ってましたぁ」
「やった！ありがとうセリカさん！」
「はい、こちらベネットさんの連絡先になりますぅ」
ゲンジは嬉しそうにセリカからもらったギルバートの連絡先を眺めていたが、急に真面目な顔になると鋭い目でセリカを見つめた。
「……ガリちゃんもお友達でセリカさんも親しかったから私に連絡先くれたのよね、ギルバート」
「うーん…まぁ、共通の知り合いが複数いると言うのは大きいと思いますがぁ…それでも教えたがらない方は教えないと思いますよぉ」
「……そっか。まぁ、良っか！教えてもらえただけ！」
セリカから貰ったメモにちゅっとキスを一つ落とすとそそくさとそれを鞄にしまう。セリカは彼女のある種大胆なその行動に目をぱちくりさせた。
「ゲンジさん…随分と情熱的でいらっしゃる事でぇ…」
「あら？そう？」
「あのぅ…いつベネットさんの事を？」
「え？私別にギルバートの事好きじゃ無いわよ？今はね、面白いからお友達になりたいだけ！」
そう言うゲンジにセリカは少し考えた。たかが友達、されど友達。これから友達になりたいかもとそう思える人の連絡先にキスを降らす程喜ぶ彼女。
矢張りそう言う女の方が可愛げがある。そうは思っても、自分がやるとなるとどうにもはしたなく思えてしまうなぁと。
ゲンジはそんな事を思っていたセリカの顔を眺めると、敢えてずずず…と音を立ててキャラメルフラップッチーノを啜る。そしてその音に気付いたセリカと目が合うと、満足そうににこりと笑った。
「ねぇセリカさん、単刀直入に聞くわ。ガリちゃんとどうなりたいの？」
「え……」
「今日だって本当はガリちゃんとデートに行く服選びたかったんじゃ無いの？」
図星？図星？と嬉しそうに笑うゲンジを見てセリカは観念したように微笑んだ。
「ゲンジさんは……ギャリーさんに関する事は何でも分かってしまわれるんですねぇ」
「え？そんな事無いわよ。強いて言うなら、セリカさんが分かりやすいだけよ」
「ええーそうですかぁ？」
「うん。私はガリちゃんの事なんて殆ど分からないわよ。ただ、何となくセリカさんに関する事と、そのセリカさんの反応なら分かる」
「えぇ…そんなに分かりやすいですぅ？」
「うん。すぐ分かった。セリカさん、ガリちゃんの事好きなんだろうなぁって。それ以前にガリちゃんがセリカさんの事好きなんだろうなぁって」
少し遠い目をしながらそう言うゲンジにセリカは思わずほうじ茶ラテを詰まらせそうになった。
「……二人とも分かりやすすぎよ…あんなの、気付かない方がどうかしてるわ」
「ギャリーさんのお傍に良くいらっしゃるベネットさんとマルムフェさんが全然気付かれなかったので、気付かれないものかと…」
「それはその二人がどうかしてるのよ。でも二人ともそんなところが可愛いわ！」
どんな事でも褒めちぎるゲンジに微笑みつつ、セリカは結局答えを有耶無耶にしてしまった。
お慕いしております。そうは言った。でないとゲンジが納得しなさそうな気がしたから。嘘は言っていない。嘘では無いが、本当はそんな言葉で収められる気持ちでは無いと言うのもまた分かっていた。
だけど、おそらくこればかりはゲンジにも理解は難しいだろう。彼女は若く、そんな経験 無いだろうから。
夫を亡くし未亡人になった事も、その夫への感情がただただ『愛』だけで済まない様な関係であった事も。
嫌なら別れれば良いと彼女はそう思うだろう。だって彼女は人より行動力のある女性だから。けれど、簡単に言ってしまうであろうそれもまた違くて。
初恋が実った。そして恋人になり、夫婦になった。喜ばしい事なのに、近くに居る様になって彼の求める理想が大き過ぎる事に気が付いた。そして、彼はより良い 理想のヤマトナデシコを見付けた。
彼女 と愛を育む事は、法律上罪では無い。
だって、人間では無いのだから。人間の人間による人間の為の法律は彼女に当て嵌まらないのだから。
逆に人間では無かったから、糾弾も出来ずいつしかこの歪な夫婦関係を受け入れてしまっていた。
きっとゲンジは、そんな状況を良しとせず真っ向から闘うだろう。けれどセリカはそれが出来ない。
だって、そんな中でもまだ夫 からの愛がいつかまた戻って来る事を期待してしまったから。
そんな期待をしてしまう程彼を愛していたから。
それ程愛していた彼が心から望んだ女がどう言う女か、自分が一番よく分かっているつもりだから。
だから、新しい恋、新しい愛、新しい好きな人とすぐに切り替えられないのだ。
* * *
「ゲンジさんに…失礼な事をしてしまいましたぁ」
東國のグリーンティーを啜りながらセリカはポツリと呟く。それを聞いていたバーティゴが何か口を開く前に、何故かゼンが割って入って来た。
「ゲンジ！？今ゲンジって言ったか！？何だ何だ君も隅に置けないねーセリカ！」
「はい？」
「……男でも出来たんだろ？」
そう言って親指を立てるなどと言う一昔前のハンドジェスチャーを見せるゼンにセリカはかぁっと頬を赤らめる。それを見ていたバーティゴが彼を小突いた。
「残念だったわねぇー。ゲンジってのはセリカの友達の名前よ」
「あン？男友達か？分かんねぇだろ？そんなんいつ恋愛に発展するか…」
「馬鹿ねー。何度も言ってるでしょ？友達の名前よ、友達の！ゲンジは女の子！」
「は！？女！？その名前でか！？」
「失礼なアンタに教えてあげるわよ。セリカの友達のゲンジってこの子よこの子」
そう言ってバーティゴがぴらりとページを捲って見せたのは、ゲンジが袋綴じでフルヌードを飾った雑誌だった。生々しくも嫌味っぽさはなく、少々勝気な感じで挑発的なポーズを取っているゲンジ。自信に満ち溢れた彼女がそこに居た。
ゼンは思い切り目を見開いて食い入る様に開かれたページを見たが、その内ハッと気付いた顔をするとバーティゴを睨んだ。
「……あっぶなー！セリカの前で俺の隙のある顔を引き出そうとするとは人が悪いぜ小隊長。こんなエロい女のグラビア出されたら意識飛ぶわ」
「あらそう？ごめんねー」
「それで話逸らそうなんざタチが悪いぜ」
「話逸らす？何言ってんのよ。だからセリカの友達のゲンジはここに写ってるこのゲンジなんだってさっきから説明してあげてるじゃない」
「え！？何だって！？」
ひったくる様に雑誌を奪い取り、袋綴じを切り開こうとする。バーティゴは「私まだそれ読んで無いから開いたら罰金よ」と一言無慈悲に告げた為ゼンは「ぐっ…」と声を詰まらせブレーキを掛けた。
バーティゴは袋綴じを前に餌を吊るされた競走馬の如く興奮するゼンを放ると、セリカに向き直る。
「…で？何が失礼だったって？」
「あのぅ……」
「あ、セリカの話の前にゼンは出て行きなさい。それ、ちゃんと綺麗な状態で返してくれるなら別に袋綴じでも何でも開けて良いから」
「マジかよ！？」
「それ持ってトイレでも部屋でも籠って良いからどっか行っててよ。ただし、綺麗に使うのよ？袋綴じ開けるなら綺麗に開けること！変な汚れ付けて返したら罰金だからね」
しっしっ、とバーティゴが言う間も無く出て行くゼンに少し引きながらセリカはやっと口を開いたのだった。
「…お姉様があの雑誌を買っていらしたの、ちょっと意外でしたぁ」
「何で？セリカに友達が出来たって聞いたから、すぐにジョンにお願いして買って来て貰ったのよ。せっかくだからどんな子が友達になったのか知りたくなるものじゃない？」
「ふふ、お姉さまったらぁ……」
彼女の面倒見の良さに嬉しさからふふっと笑みが溢れる。ひとしきり嬉しそうに笑った後、セリカが見せたのは曇った表情だった。
「……私、ゲンジさんにまで聞かれてしまいました。ギャリーさんとどうなりたいのかって。彼女は…きっとずっと長い事彼の事を想っていましたから。自惚れでなければ、ギャリーさんの親切が少し友達の域を超えている事も、ゲンジさんの想いにも気付いていましたのに…セリカは…そんなゲンジさんの『どうしたい？』に『こうしたい』って、言えなかったんですぅ…」
カラン、と音を立ててバーティゴは自分のお茶に角砂糖を入れた。本番東國ではグリーンティーはそのまま飲むらしいが、どうもバーティゴの口にそれは合わなかったらしい。
「自分自身…セリカは、『どうしたい』のか何となく自覚はしていますぅ…でも……」
「でも？」
「それ を口に出したら……絶対、相手を傷付けてしまうと思うんですぅ…」
伏せた目に見える色は、迷い。
バーティゴは更にカランと音を立てて角砂糖を追加する。セリカはグリーンティーに反射する自分の顔を見つめた。こんなに酷い顔になっているなんてと自嘲する彼女を見て、バーティゴは更に角砂糖を追加した。そしてその角砂糖を追加したグリーンティーを口にする。案の定、バーティゴは甘さに顔を歪めた。
「…甘いわね」
「……ですよねぇ」
「…このグリーンティーも、それからセリカも」
「セリカも…ですかぁ？」
「ええ。自分には厳しい癖に、他人にはどこまでも甘くしたがる。良いんじゃない？あの赤茶、アレだけセリカセリカ言ってんだもの、今更セリカが何か言ったってちょっとやそっとのことでへこたれないわよ」
「そう…ですかねぇ…」
「私はそう思うけどねぇ。セリカは？自分の言いたい事を客観的に見て、どう分析するの？」
バーティゴにそう言われ、セリカは言いたい事を整理してみる。
ギャリーにもしも気持ちを伝えるとして、絶対に言いたい事が一つあるとしたら、『良い方に答えを出してくれるならば旦那様 の命日たる七月十八日までは、自分を�爛札螢�・ピンカートン�瓩乃錣気擦討�れ』と言う事だ。
しかしそれを思う度に迷いが出るのは、悩んでしまうのは、偏に彼の気持ちもまた大切だから。
もしも自分がギャリーの立場で、もしもギャリーにかつて愛した人が居て。次の恋を始める前に一度前の人を想ってその想いを経由 してからと言われたら自分はそれを素直に受け入れられるだろうか。
そう思ったら、これは普段そうしまいと心掛けているセリカにとって、男性に対して見せた事の無いわがままを奮う事と同義だった。
「……俗物的な物言いですが…よく言うじゃないですかぁ。男は最初になりたがり、女は最後になりたがるって。それが『性質』なのだとしたら……セリカの望みは、彼の『性質』を傷付ける最たる事…だと思うんですぅ」
「そうかもねぇ」
「だから…だから言って良いものか躊躇いがありましてぇ」
「うんうん、そうよねぇ」
「お姉様もそう思われますぅ？」
「うん、思うわ。それがあの赤茶じゃなけりゃあね」
バーティゴはそう言いながら再びグリーンティーを口に運び、そして顔を甘さで歪めた。セリカの手持ちのグリーンティーには、驚きに目を丸くする彼女の顔が反射した。
「あの赤茶が、そんな程度で諦める男と思えないのよね。むしろセリカ、それ言う事でアイツの堪え性がどの程度か確かめる事も出来るわよ。我儘って言うか分からないけど、少し自由に振舞う練習と思えば良いんじゃ無い？これだけは譲れない！って物を提示して、それでも自分を受け入れてくれるかって。こちらが面接官のつもりでやれば良い。そのくらい罪悪感を抜きにして、悪女のつもりでやりなさい。『罪悪感』は思ったより人に伝わるわよ。そして伝わった『罪悪感』は、思ったより人を苛つかせる事もある」
「……そう、なのですかぁ…？」
「だから、むしろ堂々と譲れないところは主張した方が良いわ。だってセリカのそれは大事な事じゃない。むしろそこは協力してもらわないと。それにねセリカ、私に言わせりゃ今更何？って話よ。あのナンパな赤茶がセリカを怒らせて、セリカがご機嫌斜めになってアイツがそれに焦って謝って。そんな可愛い夫婦漫才を何回見せられたと思ってんの」
「な、何を仰るんですかぁ！？」
「──って事はだ、もうセリカはとっくの昔にアイツにはいつもより少し甘えて良いんだって思えてたんじゃない？」
それって良い事よ、と続けるバーティゴの言葉にセリカはハッとする。そう言えば、彼が女の子を口説く様な事を口にしてそれに対して不機嫌になったセリカは少しだけ『意地悪』をしたりと言うやり取りは過去にあった。
それは自分にとって『らしくない』態度。
それが出来る彼相手ならば、胸を借りるつもりでこの大きな我儘を口にしても良いのかもしれない。
「セリカは…セリカは……一年が経つまではけじめとして旦那様 の妻でありたいのです……彼との思い出を、良いものも悪いものも全て、そこを区切りとしてきちんと過去のものにしたいんです……」
「……じゃあ、それまでに『好きだ』って言って来たら、一回きちんとフらなきゃいけないわね」
こくん、と頷くセリカの耳は赤く、膝の上で握った拳はぷるぷると小刻みに震えていた。
「うん…きっと良い機会よ。それを経てセリカは自分の送りたい人生と向き合えば良いんだし。アイツもアイツでね、『夫が居た女』に対して『好きだ』って言う意味を、軽々しく言えない話だって事を今一度噛み砕けば良いわ。ああ、言っとくけど悪い事じゃ無いのよ。少なくともセリカにとって一年を迎えるって言うのは意味のある事でしょ？それに付き合ってもらうってだけの事よ」
「そうですねぇ…でもお姉様、セリカは大変な事を失念していましたぁ」
「何？」
「あたかもギャリーさんから好意を持たれている体で話を進めておりましたが、実際どうなるかなんてまだ何にも分からないんですぅ」
「あはは、良いじゃない。たらればで色々喋ったってさ」
女同士で本音で語らえたのがセリカは嬉しかった。
ゲンジはゲンジで、セリカがギャリーと結ばれてくれたらと心から思っている様だった。それは、セリカと言う自分と同じ様に彼に特別な想いを抱いていた人の気持ちが成就して欲しいと言う願いもあるし、偏に彼に幸せになって欲しいと言う想いからと言うのが大きいだろう。
だからこそセリカは、「これだけは譲れない」と思っていた物を彼に伝える決意を固めた。
「お姉様」
「何？」
「…かつてセリカにもあった筈ですのに…とんと忘れていましたぁ。誰かを好きになるって、ただ楽しいだけじゃなくて色々考えると辛い事もあるのですねぇ」
「……人同士が剥き出しの想いをぶつけるわけだからね。悩んだり迷ったり、しない方がおかしいわよ。そしてその悩みや迷いは尊い事だわ」
「…はい」
「さて！そろそろ仕事ね！私らの仕事は瞬発力と直感力が物を言うから悩むのはプライベートだけにして、仕事に持ち込まないでちょうだいよ」
「ふふ…はい！」
慣れない洋装も、自分には不釣り合いと思う我儘も、全ては通過点。
セリカ・ピンカートン がセリカ・ミカナギ になって、もっと好きな自分になる為の、大事な大事な通過点。
そしてそんな新しい私で新しい世界の地を踏む時。
隣に居るのがあなた であるならと夢に見たりするのです。
『デート…』
『色々お店見ながら散歩しようぜ。んで、ここのホテルレストランで夜景でも見ながらお酒と美味い飯食おう』
『え？ホテル…ですかぁ？』
『あー……いや！し、宿泊は無し！いや、したいけど…部屋取っても良いかなぁ…？いやいや日帰りにしよう！あ、いや…でもなぁ…』
ソナルトでギャリーとそんなやり取りをしたセリカは今日も今日とて考え事に耽っていた。
何となく、空気感で分かってしまう。ギャリーに初めて誘われたこのデートだが、おそらく彼と行くデートには、ただデートに行く以上の何かがあるのではないか、と。
だって彼ははっきりしっかりと、『伝えたい事がある』と言った。何となく彼の反応を見て日頃の行動を見て、仕事関係の悩み相談なんて事は考えられないし、『はしたない、つけあがるな』と思いつつ期待はしてしまう。
だってギャリーは、いつだって態度にあらわしてくれていた。ふとした時に手を繋いでくれた時の優しさや、柔らかく笑う目元が自惚れでなければ、きっと自分と同じ思いを抱いてくれている。
自分はギャリーを慕っている。男性として魅力を感じている。だからこそ、今凄く悩んでいる。
「……こんな時だからこそ、ですかねぇ…？」
セリカは携帯端末を取り出すと、意を決して表示されている人間に電話を掛けた。
「あ、もしもし？ご無沙汰しております、セリカですぅ。あのぉ…少し前にお話していましたお出掛けの件なのですが……」
電話を切ったセリカはふぅと息を吐く。
何故希望通りだったらを妄想してもこんなに素直に喜べないのか。自問自答ばかりなのは何故なのか。少しでも答えを見付けたかった。
「セリカさん！！久しぶりね！！」
「ゲンジさん！ご無沙汰してますぅ！」
「その節はどーも。アタシもいるわよ？」
「シュエメイさんも！ご無沙汰しておりましたぁ！」
待ち合わせ場所に向かえばそこには目当ての人、ゲンジ・ディルラバが来た。その後ろに彼女のマネージャー、セドリック・シュエメイも居る。元モデルと言うだけあってスタイルが良く長身を誇るシュエメイと現役モデルのゲンジ。この二人が並ぶとまるで見目麗しい恋人同士の様だ。
「…さて、ゲンジがセリカちゃんと会うのを見届けたし、アタシも男に会ってくるわ」
シュエメイは相変わらずである。彼曰く、カンテ国で出来た三人目の彼氏に会う途中でついでにゲンジがセリカにちゃんと会えるか見に来たのだと言う。口は強いが面倒見が良い。
「しかし本当にセリカちゃんだったのね。アタシてっきりセリカちゃんって誤魔化して男にでも会うのかと思ってたわ」
「ちょっとシュエメイ、私をアンタと一緒にしないでよ」
「おほほほ！そう言えばゲンジはアタシと違って男日照りが長かったわね！ごめんあそばせ！」
「……ムカつく」
前以上に親密そうなやりとりを眺め、シュエメイを見送った後ゲンジは嬉しそうにセリカに向き直った。
「…で！？お洋服見に行くんでしょ！？」
「あ、はい…セリカのセンスではちょっと、良い風に出来なそうでして…」
「でも今日着替えやすい様に洋服で来たんじゃないセリカさん！それだけでも凄い事だわ！ただ…本当だ！ちょっと芋っぽいって言うか田舎の学生みたいね！」
容赦の無いゲンジの言葉がざくざくざくっ！と音を立ててセリカの心を貫いた。
「しかしこうして見るとセリカさん、やっぱスタイル良いのねぇ…」
「い、いいえ…少し人より胸は大きいかもしれませんが…全体的に厚みもありますからゲンジさんの様にスマートな様には…」
「厚みがあるって言うのは私より胸大きいからよ。そりゃあ胸が大きくなればその分支えようとしてその周りも少しくらい大きくなるし！爆乳なのに胸周辺もちゃんと細い人がいるならお目に掛かりたいくらいだわ！」
そう言われ、セリカは医療班のヴォイド・ホロウのスタイルを思い出していた。そう言われると彼女は奇跡の様なプロポーションをしているなぁ、と。
何があったのか、かつてミアがヴォイドの体を見ながら「ネビロスさんは胸の大きい人が好きなのかも…」と思い悩んで居た事を思い出す。こんな幼気な少女を思い悩ませる年上の彼氏と言うだけで状況がダブってか印象が悪くて最悪だと言うのに、その情報を持って来たのがあの砂漠色の髪をしたテオフィルス・メドラーで、剰え彼は「大きくする為に揉むの上手いから相談に乗れる」などと続けたのだから最悪である。
全く、砂漠色の髪の男性ってどうしてこうなのかしら？と独断と偏見でぷりぷり怒っていた時の事を思い出した。
「まぁ、先ずはお洋服見に行きましょうよ！セリカさんの着せ替え楽しみだわ！！」
元気良く自分を引っ張るゲンジに少しだけ足がもつれる。そうだ、今日は着物でなくて洋服なのだと思いながら慣れないロングスカートの足元におろおろしていると、ガラスに反射した自分と目が合った。確かに今日の格好はお洒落に興味を持ち始めたは良いがイマイチ垢抜けない田舎の女子学生の様だった。胸のボリュームを隠そうとオーバーサイズのトップスを着たのは良いものの、今の短い髪の毛だと隠れる事もなく全てが逆に強調されている様で確かにはしたないのでは無いか。
「……セリカさん、今日の服、『惜しい』ってだけで『はしたない』とかそう言うのじゃないからね！！」
「え！？」
「可愛いけど、セリカさんの体型をもっと綺麗に見せるならもっと良い服がある。それだけだからね」
まるで心の中を見透かしているかの様なゲンジに引っ張られ、セリカは街を進んで行く。普段と違い、帯で抑えられていない為いつもより胸が自由な気がする。そんな自分に少し恥じらいつつ、そう言えば今はゲンジと手を繋いで居るのだと思うと童心に帰った様な、それでもやっぱり恥ずかしい様な不思議な気分になるのだった。
* * *
「セリカさーん！！見て見て！！これ可愛いー！！」
ゲンジの目まぐるしく店を変える様にセリカは目が回りそうになった。何とか彼女の勢いに着いて行きつつ手には厳選して買った
「セリカさん？もしかして疲れた？」
「ええ。ゲンジさん、お若いんですからぁ」
「そんな、そこまで変わらないじゃない。でも慣れない事すると疲れるって感じはあるわよね。ある程度買えたしお茶にしましょう！モビデ行きましょうよモビデ！」
若者に人気のモビーディックス・コーヒーは本日も大盛況だ。ゲンジが光の速さで注文を終えるので何かと思えばモバイルオーダーを駆使していた。
「ふふふ…私モビデの長い呪文、唱えるの苦手なの。だから文明の力」
「なるほど、世に言う『詠唱破棄』ですねぇ」
「そう言う事」
トッピング盛り盛りのキャラメルフラップッチーノを手に持ちご機嫌なゲンジと共に、セリカも手にほうじ茶ラテを持ち席に移動する。温かいほうじ茶ラテを口にするとやっと一息つく事が出来た。
「あら。セリカさん、ほうじ茶ラテ好きなの？」
「特別好きと言うわけではありませんが、たまには気分を変えて飲んでみても良いかなぁ？と思いましてぇ」
ゲンジは兎頭国出身だからかお茶にはうるさい方で、ほうじ茶に余計なものを入れるのを嫌うからか彼女曰く「邪道」たるラテを頼んだセリカは珍しかった様だ。
「あ！ねぇねぇ、それで結局？教えてくれたの？」
ゲンジからの突然の問い掛けにセリカは少し考える。主語が無いので一瞬思考を巡らせたが、すぐに直前に彼女から頼まれていた事を思い出し、「ああ」と声を上げてメモを取り出した。
「ええ、ゲンジさんからのお願いなんですが…と言ったら「特に減るものでも無いしな。悪用さえしないなら」と仰ってましたぁ」
「やった！ありがとうセリカさん！」
「はい、こちらベネットさんの連絡先になりますぅ」
ゲンジは嬉しそうにセリカからもらったギルバートの連絡先を眺めていたが、急に真面目な顔になると鋭い目でセリカを見つめた。
「……ガリちゃんもお友達でセリカさんも親しかったから私に連絡先くれたのよね、ギルバート」
「うーん…まぁ、共通の知り合いが複数いると言うのは大きいと思いますがぁ…それでも教えたがらない方は教えないと思いますよぉ」
「……そっか。まぁ、良っか！教えてもらえただけ！」
セリカから貰ったメモにちゅっとキスを一つ落とすとそそくさとそれを鞄にしまう。セリカは彼女のある種大胆なその行動に目をぱちくりさせた。
「ゲンジさん…随分と情熱的でいらっしゃる事でぇ…」
「あら？そう？」
「あのぅ…いつベネットさんの事を？」
「え？私別にギルバートの事好きじゃ無いわよ？今はね、面白いからお友達になりたいだけ！」
そう言うゲンジにセリカは少し考えた。たかが友達、されど友達。これから友達になりたいかもとそう思える人の連絡先にキスを降らす程喜ぶ彼女。
矢張りそう言う女の方が可愛げがある。そうは思っても、自分がやるとなるとどうにもはしたなく思えてしまうなぁと。
ゲンジはそんな事を思っていたセリカの顔を眺めると、敢えてずずず…と音を立ててキャラメルフラップッチーノを啜る。そしてその音に気付いたセリカと目が合うと、満足そうににこりと笑った。
「ねぇセリカさん、単刀直入に聞くわ。ガリちゃんとどうなりたいの？」
「え……」
「今日だって本当はガリちゃんとデートに行く服選びたかったんじゃ無いの？」
図星？図星？と嬉しそうに笑うゲンジを見てセリカは観念したように微笑んだ。
「ゲンジさんは……ギャリーさんに関する事は何でも分かってしまわれるんですねぇ」
「え？そんな事無いわよ。強いて言うなら、セリカさんが分かりやすいだけよ」
「ええーそうですかぁ？」
「うん。私はガリちゃんの事なんて殆ど分からないわよ。ただ、何となくセリカさんに関する事と、そのセリカさんの反応なら分かる」
「えぇ…そんなに分かりやすいですぅ？」
「うん。すぐ分かった。セリカさん、ガリちゃんの事好きなんだろうなぁって。それ以前にガリちゃんがセリカさんの事好きなんだろうなぁって」
少し遠い目をしながらそう言うゲンジにセリカは思わずほうじ茶ラテを詰まらせそうになった。
「……二人とも分かりやすすぎよ…あんなの、気付かない方がどうかしてるわ」
「ギャリーさんのお傍に良くいらっしゃるベネットさんとマルムフェさんが全然気付かれなかったので、気付かれないものかと…」
「それはその二人がどうかしてるのよ。でも二人ともそんなところが可愛いわ！」
どんな事でも褒めちぎるゲンジに微笑みつつ、セリカは結局答えを有耶無耶にしてしまった。
お慕いしております。そうは言った。でないとゲンジが納得しなさそうな気がしたから。嘘は言っていない。嘘では無いが、本当はそんな言葉で収められる気持ちでは無いと言うのもまた分かっていた。
だけど、おそらくこればかりはゲンジにも理解は難しいだろう。彼女は若く、
夫を亡くし未亡人になった事も、その夫への感情がただただ『愛』だけで済まない様な関係であった事も。
嫌なら別れれば良いと彼女はそう思うだろう。だって彼女は人より行動力のある女性だから。けれど、簡単に言ってしまうであろうそれもまた違くて。
初恋が実った。そして恋人になり、夫婦になった。喜ばしい事なのに、近くに居る様になって彼の求める理想が大き過ぎる事に気が付いた。そして、彼は
だって、人間では無いのだから。人間の人間による人間の為の法律は彼女に当て嵌まらないのだから。
逆に人間では無かったから、糾弾も出来ずいつしかこの歪な夫婦関係を受け入れてしまっていた。
きっとゲンジは、そんな状況を良しとせず真っ向から闘うだろう。けれどセリカはそれが出来ない。
だって、そんな中でもまだ
そんな期待をしてしまう程彼を愛していたから。
それ程愛していた彼が心から望んだ女がどう言う女か、自分が一番よく分かっているつもりだから。
だから、新しい恋、新しい愛、新しい好きな人とすぐに切り替えられないのだ。
* * *
「ゲンジさんに…失礼な事をしてしまいましたぁ」
東國のグリーンティーを啜りながらセリカはポツリと呟く。それを聞いていたバーティゴが何か口を開く前に、何故かゼンが割って入って来た。
「ゲンジ！？今ゲンジって言ったか！？何だ何だ君も隅に置けないねーセリカ！」
「はい？」
「……男でも出来たんだろ？」
そう言って親指を立てるなどと言う一昔前のハンドジェスチャーを見せるゼンにセリカはかぁっと頬を赤らめる。それを見ていたバーティゴが彼を小突いた。
「残念だったわねぇー。ゲンジってのはセリカの友達の名前よ」
「あン？男友達か？分かんねぇだろ？そんなんいつ恋愛に発展するか…」
「馬鹿ねー。何度も言ってるでしょ？友達の名前よ、友達の！ゲンジは女の子！」
「は！？女！？その名前でか！？」
「失礼なアンタに教えてあげるわよ。セリカの友達のゲンジってこの子よこの子」
そう言ってバーティゴがぴらりとページを捲って見せたのは、ゲンジが袋綴じでフルヌードを飾った雑誌だった。生々しくも嫌味っぽさはなく、少々勝気な感じで挑発的なポーズを取っているゲンジ。自信に満ち溢れた彼女がそこに居た。
ゼンは思い切り目を見開いて食い入る様に開かれたページを見たが、その内ハッと気付いた顔をするとバーティゴを睨んだ。
「……あっぶなー！セリカの前で俺の隙のある顔を引き出そうとするとは人が悪いぜ小隊長。こんなエロい女のグラビア出されたら意識飛ぶわ」
「あらそう？ごめんねー」
「それで話逸らそうなんざタチが悪いぜ」
「話逸らす？何言ってんのよ。だからセリカの友達のゲンジはここに写ってるこのゲンジなんだってさっきから説明してあげてるじゃない」
「え！？何だって！？」
ひったくる様に雑誌を奪い取り、袋綴じを切り開こうとする。バーティゴは「私まだそれ読んで無いから開いたら罰金よ」と一言無慈悲に告げた為ゼンは「ぐっ…」と声を詰まらせブレーキを掛けた。
バーティゴは袋綴じを前に餌を吊るされた競走馬の如く興奮するゼンを放ると、セリカに向き直る。
「…で？何が失礼だったって？」
「あのぅ……」
「あ、セリカの話の前にゼンは出て行きなさい。それ、ちゃんと綺麗な状態で返してくれるなら別に袋綴じでも何でも開けて良いから」
「マジかよ！？」
「それ持ってトイレでも部屋でも籠って良いからどっか行っててよ。ただし、綺麗に使うのよ？袋綴じ開けるなら綺麗に開けること！変な汚れ付けて返したら罰金だからね」
しっしっ、とバーティゴが言う間も無く出て行くゼンに少し引きながらセリカはやっと口を開いたのだった。
「…お姉様があの雑誌を買っていらしたの、ちょっと意外でしたぁ」
「何で？セリカに友達が出来たって聞いたから、すぐにジョンにお願いして買って来て貰ったのよ。せっかくだからどんな子が友達になったのか知りたくなるものじゃない？」
「ふふ、お姉さまったらぁ……」
彼女の面倒見の良さに嬉しさからふふっと笑みが溢れる。ひとしきり嬉しそうに笑った後、セリカが見せたのは曇った表情だった。
「……私、ゲンジさんにまで聞かれてしまいました。ギャリーさんとどうなりたいのかって。彼女は…きっとずっと長い事彼の事を想っていましたから。自惚れでなければ、ギャリーさんの親切が少し友達の域を超えている事も、ゲンジさんの想いにも気付いていましたのに…セリカは…そんなゲンジさんの『どうしたい？』に『こうしたい』って、言えなかったんですぅ…」
カラン、と音を立ててバーティゴは自分のお茶に角砂糖を入れた。本番東國ではグリーンティーはそのまま飲むらしいが、どうもバーティゴの口にそれは合わなかったらしい。
「自分自身…セリカは、『どうしたい』のか何となく自覚はしていますぅ…でも……」
「でも？」
「
伏せた目に見える色は、迷い。
バーティゴは更にカランと音を立てて角砂糖を追加する。セリカはグリーンティーに反射する自分の顔を見つめた。こんなに酷い顔になっているなんてと自嘲する彼女を見て、バーティゴは更に角砂糖を追加した。そしてその角砂糖を追加したグリーンティーを口にする。案の定、バーティゴは甘さに顔を歪めた。
「…甘いわね」
「……ですよねぇ」
「…このグリーンティーも、それからセリカも」
「セリカも…ですかぁ？」
「ええ。自分には厳しい癖に、他人にはどこまでも甘くしたがる。良いんじゃない？あの赤茶、アレだけセリカセリカ言ってんだもの、今更セリカが何か言ったってちょっとやそっとのことでへこたれないわよ」
「そう…ですかねぇ…」
「私はそう思うけどねぇ。セリカは？自分の言いたい事を客観的に見て、どう分析するの？」
バーティゴにそう言われ、セリカは言いたい事を整理してみる。
ギャリーにもしも気持ちを伝えるとして、絶対に言いたい事が一つあるとしたら、『良い方に答えを出してくれるならば
しかしそれを思う度に迷いが出るのは、悩んでしまうのは、偏に彼の気持ちもまた大切だから。
もしも自分がギャリーの立場で、もしもギャリーにかつて愛した人が居て。次の恋を始める前に一度前の人を想ってその想いを
そう思ったら、これは普段そうしまいと心掛けているセリカにとって、男性に対して見せた事の無いわがままを奮う事と同義だった。
「……俗物的な物言いですが…よく言うじゃないですかぁ。男は最初になりたがり、女は最後になりたがるって。それが『性質』なのだとしたら……セリカの望みは、彼の『性質』を傷付ける最たる事…だと思うんですぅ」
「そうかもねぇ」
「だから…だから言って良いものか躊躇いがありましてぇ」
「うんうん、そうよねぇ」
「お姉様もそう思われますぅ？」
「うん、思うわ。それがあの赤茶じゃなけりゃあね」
バーティゴはそう言いながら再びグリーンティーを口に運び、そして顔を甘さで歪めた。セリカの手持ちのグリーンティーには、驚きに目を丸くする彼女の顔が反射した。
「あの赤茶が、そんな程度で諦める男と思えないのよね。むしろセリカ、それ言う事でアイツの堪え性がどの程度か確かめる事も出来るわよ。我儘って言うか分からないけど、少し自由に振舞う練習と思えば良いんじゃ無い？これだけは譲れない！って物を提示して、それでも自分を受け入れてくれるかって。こちらが面接官のつもりでやれば良い。そのくらい罪悪感を抜きにして、悪女のつもりでやりなさい。『罪悪感』は思ったより人に伝わるわよ。そして伝わった『罪悪感』は、思ったより人を苛つかせる事もある」
「……そう、なのですかぁ…？」
「だから、むしろ堂々と譲れないところは主張した方が良いわ。だってセリカのそれは大事な事じゃない。むしろそこは協力してもらわないと。それにねセリカ、私に言わせりゃ今更何？って話よ。あのナンパな赤茶がセリカを怒らせて、セリカがご機嫌斜めになってアイツがそれに焦って謝って。そんな可愛い夫婦漫才を何回見せられたと思ってんの」
「な、何を仰るんですかぁ！？」
「──って事はだ、もうセリカはとっくの昔にアイツにはいつもより少し甘えて良いんだって思えてたんじゃない？」
それって良い事よ、と続けるバーティゴの言葉にセリカはハッとする。そう言えば、彼が女の子を口説く様な事を口にしてそれに対して不機嫌になったセリカは少しだけ『意地悪』をしたりと言うやり取りは過去にあった。
それは自分にとって『らしくない』態度。
それが出来る彼相手ならば、胸を借りるつもりでこの大きな我儘を口にしても良いのかもしれない。
「セリカは…セリカは……一年が経つまではけじめとして
「……じゃあ、それまでに『好きだ』って言って来たら、一回きちんとフらなきゃいけないわね」
こくん、と頷くセリカの耳は赤く、膝の上で握った拳はぷるぷると小刻みに震えていた。
「うん…きっと良い機会よ。それを経てセリカは自分の送りたい人生と向き合えば良いんだし。アイツもアイツでね、『夫が居た女』に対して『好きだ』って言う意味を、軽々しく言えない話だって事を今一度噛み砕けば良いわ。ああ、言っとくけど悪い事じゃ無いのよ。少なくともセリカにとって一年を迎えるって言うのは意味のある事でしょ？それに付き合ってもらうってだけの事よ」
「そうですねぇ…でもお姉様、セリカは大変な事を失念していましたぁ」
「何？」
「あたかもギャリーさんから好意を持たれている体で話を進めておりましたが、実際どうなるかなんてまだ何にも分からないんですぅ」
「あはは、良いじゃない。たらればで色々喋ったってさ」
女同士で本音で語らえたのがセリカは嬉しかった。
ゲンジはゲンジで、セリカがギャリーと結ばれてくれたらと心から思っている様だった。それは、セリカと言う自分と同じ様に彼に特別な想いを抱いていた人の気持ちが成就して欲しいと言う願いもあるし、偏に彼に幸せになって欲しいと言う想いからと言うのが大きいだろう。
だからこそセリカは、「これだけは譲れない」と思っていた物を彼に伝える決意を固めた。
「お姉様」
「何？」
「…かつてセリカにもあった筈ですのに…とんと忘れていましたぁ。誰かを好きになるって、ただ楽しいだけじゃなくて色々考えると辛い事もあるのですねぇ」
「……人同士が剥き出しの想いをぶつけるわけだからね。悩んだり迷ったり、しない方がおかしいわよ。そしてその悩みや迷いは尊い事だわ」
「…はい」
「さて！そろそろ仕事ね！私らの仕事は瞬発力と直感力が物を言うから悩むのはプライベートだけにして、仕事に持ち込まないでちょうだいよ」
「ふふ…はい！」
慣れない洋装も、自分には不釣り合いと思う我儘も、全ては通過点。
そしてそんな新しい私で新しい世界の地を踏む時。
隣に居るのが
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