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rinka_creation 2026年09月02日(水) 20:44:32履歴
テロから約一年。マルフィ結社にヴォイドが所属して一年。よほど心動かされる事があったのか、彼女は並々ならぬ成長を遂げた。
まず、匂いに気を遣う様になった。適当な洗い方、干し方で洗濯を行わず、優しい匂いを纏う様になった。岸壁街に居た頃は街に紛れてしまっていたその悪臭も、地上では非常に目立ってしまうから、それを彼女は取り除いた。
相変わらずランジェリーに白衣と言うトンチキな格好が基本ではあるが節度や場所を弁えた服を着る事も多くなったし、周りに溶け込もうと少しずつ意識を変える様になった。
それから、人に甘える事を覚えた。
ヴォイドの口からよく出る「エルナー家」と言う名前。おそらく家族でヴォイドに良くしてくれるのだろう。きっかけはプリンだったらしいが、家族ぐるみで誰かと付き合う事を覚えたし他にも良くしてくれる人の名前を挙げる。
ユウヤミ、テオフィルス、ミア、ロザリー、ベルナール、フランソワ………一応ロードも。
人に甘えるだけではない。良くしてくれた分のお返しを必要以上のプレッシャーに感じる事も少なくなった。人との程良い距離感に心地良さを覚える様にもなった。
それから、消滅の神様を前程恐れなくなった。自分が愛したからと言って、全てがなくなるわけじゃないと誰かが安心を覚えさせてくれた様だ。
ヤサカは彼女の成長に涙ぐんだ。ロードに託された時から「見守り隊長」だとか「お兄ちゃん」だとかを自称していたヤサカにとって最近のヴォイドは成長著しい。
ヴォイちゃん、こんなに立派になって…!とふざけた調子でも口をつくくらいにはヴォイドは変わり続けている。
──しかし、変わらないものも確かにある。
「おーい…ヴォイちゃんやー」
「うぅー…ん…」
「全く……酒弱い癖に何でマティーニなんて飲んじゃったんだよ!」
その日、珍しくリカ・コスタに顔を出したヴォイド。相変わらずのランジェリーに白衣と言う扇状的な格好で久しぶりにヤサカの作るつまみが食べたいと来店し、自分の格好に注目する客等を面倒そうに一瞥すると薄暗い店内を奥へ奥へ進み一人隅のテーブル席に座る。
彼女の容姿を気に入ってか客の男が近付こうとするがそれはヤサカがやんわりしっかり阻止する。結果、狙っていた女性客までもを伴って皆帰ってしまい客が居なくなった為、ヤサカはカウンターから出てヴォイドの隣に移動した。
それがどんな感情か、暗がりでは分かりづらい相変わらずのジトッとした目をこちらに向けたが手に持ったプレートに二人分のドリンクと山盛りの賄い詰め合わせが載っていたからかどうやら隣に座る事を許されたらしい。
ヤサカはヴォイドの隣に座ると一時楽しい時間を過ごした。
最近は自分も仕事で結社に出入る様になり彼女と顔を合わすことも増えたが、会う度にその変化に驚かされる。随分と人間らしくなったものだ。
昔話に夢中になって、よそ見をしながら手を伸ばすヴォイドがヤサカのグラスをうっかり手に取ったのはほんの数分前。
それ俺の!と言った頃には時既に遅し。自分のモクテルと間違えて手に取りぐいっと一気に口にしてしまったヴォイド。いつぞやと同じ様に後ろにひっくり返り、ヤサカはまた彼女の背中をキャッチする羽目になった。
夏のカンテ国はそれなりに気温が上がる。今日に限って暑かったからか、いつものランジェリーに白衣を着ている彼女の体は大変目に毒で、ヤサカは思わずゴクリと生唾を飲む。何が酷いってヴォイド本人は周りに自分の妖艶さをアピールするつもりは毛頭無いが、ランジェリーの趣味が結構際どい。かなり攻めている。
知り合ってすぐの頃は体ばかり見てしまって居たものだが前髪のおかげでヴォイドにはバレづらかった。自分の色素の薄い目がコンプレックスで始めた髪型であったが、ヤサカは初めてこの暖簾の様に伸ばした前髪に感謝した。
目の保養にもなるし話すと面白いし何だかんだ妹みたいな可愛げもあるし、ヤサカはヴォイドの事が好きではあったがそれ故に困っていた。彼女も彼女で自分を信用してくれているのであろう事は素直に嬉しかったが、同時に油断されている気がしてならない。
そして自分は、そんな彼女を丸っきり保護者の目で見る事は出来ない。ただ、一線を超えない様にさせているのは偏にロードへの遠慮からだったからだ。
「おーいヴォイちゃんやー。起きなきゃ知らねぇぞー」
「………」
「明日仕事じゃ無いんかー?」
「………」
幸い客が居なかった為、酔い潰れたヴォイドをソファに置いて離れる事が出来た。広くは無いが、薄暗くムーディーな曲が流れ、置いてある家具のせいか少し死角の出来るリカ・コスタの店内で狼藉を働く輩は少なからずいる。
不埒な客が居ない事に安堵しつつ店を出たヤサカはドアに掛かっているプレートを『close』に切り替えた。そして店に戻ると色気のある間接照明と音楽を消し、メインの電気を点ける。
ムーディーな大人の空間から一変、実はごちゃごちゃしていて所帯じみた空間が浮かび上がった。間接照明の力がないと店内はこんなものである。
「おーい、ヴォイちゃんってばー!」
「………」
厄介な事に当の本人が全然目覚める気配が無い。ヤサカは着ていたいつもの装飾の多い衣服を脱ぐとシャツにパンツとラフな格好になる。そしてタバコを咥えると火を点け、スケジュールを確認し出した。
もしも明日朝から結社の食堂の仕事が入っていたら、最悪ヴォイドをこのまま寝かせて自分が起きる時間に起こして彼女も一緒に連れて行って……。
「……何か俺、お父さん?いや、お兄ちゃん?」
どっちでも良い。保護者保護者。
そう口にして端末を操作する。明日仕事では無い事を確認すると背後からヴォイドの唸り声が響いた。
「起きたかー?」
ソファに近付くと、ヴォイドはぼんやりした目でヤサカを見ていた。とりあえず目覚めた事に安心しつつ、近付いたヤサカはヴォイドの頬をヒタヒタと撫でた。
「おーいヴォイちゃん。明日仕事は?」
「うぅん…?ある?無い…?」
「俺に聞くなよぉー。どっちにしろ帰らんとダメだぜ。ほら、送ってやるから起きなー」
「……嫌だ、寝たい…」
「こら、駄々っ子め」
変わらないものその一、眠いヴォイドは面倒くさい。
ヤサカは時計をチラリと見る。時刻は零時少し前。明日仕事ではなかった以上自分はいくらでも寝ていられるが、それでも出来る事ならまともな時間に寝たい。
彼女を連れて結社まで行って寮まで見送ってそれから帰って来て、なんてどう考えても一時間は掛かる。さっさと起きてくれるに越した事は無いのだが、ヴォイドは目を開けたり閉じたりを繰り返すばかりだ。一応は眠気に抗ってはくれているらしい。
「おーいヴォイちゃん、起きなきゃだぜ?」
「もう、嫌…寝たい……」
「し、白目剥くなよぉ……」
変わらないものその二、眠りに抗うヴォイドは白目になりがち。
初めて見た時、それはそれは驚いたものである。薄暗い店内で家具の合間から白目のヴォイドが見えた日には悲鳴を上げたものだ。
この顔は結構怖い。
「……はぁ、参ったなぁ……」
嘘。白目を剥いた顔だって結構可愛い。眠気に抗って捏ねる駄々も然り。今までだって彼女をそう言う 目で見ようと思えば見れていた。意識して見ない様にしていただけだ。
「………やべぇ」
ヤサカは頭の中にDon⭐︎Dokoshoのキャラクター、おっさんタヌキを浮かべる。
情けないおっさんの顔、黒子から福毛、だらしねぇ乳と腹を携えたほぼおっさんの姿のタヌキ。よし、心頭滅却。
「おいこらー、ヴォイちゃんってば。全く……起きねぇとヴォイちゃんのカヌル山好き勝手に触っちゃうぜ?ほらほら危ない男に良い風に触られたくなかったら起きなーー!」
「………」
「起きねぇとヴォイちゃんの大事なマリネの最後の一口食っちまうぞー!」
「……ぐぅ…!」
「…ち、ちょっとヴォイちゃんやー!!」
ヴォイドの嫌いな話題で揶揄ってみたものの、眉間に皺を寄せて怒りの反応こそ見せたが彼女は結局起きずに居た。
かくなる上は可哀想だが、腕を引き上げて無理矢理起こす体勢を取るしかない。
「ヴォイちゃーん!起きねぇと!乳もマリネも!!知らんぞ!!」
もはや何を伝えたいのか、腕を掴みながら口を付くヤケクソめいた自分の主張。その内容に苦笑いを浮かべながらヴォイドの体を起こす。顔が間近に近付いた時不意にヴォイドのジトッとした目が薄く見開かれ、自分と目が合うとそれは優しく微笑む様に細まった。
「ふふ…何言ってるの……」
「ヴォイ、ちゃん……」
「口先だけで触らないって、知ってるし……」
「いやいや、何回か触ったっつの」
おっさんタヌキ、足長ひよこ、うっふんゴリラ、つながりまゆげうさのしん。
ヤサカは懸命に頭の中をカオスにするが、人工のカオスは天然の破壊力には勝てないらしい。
「……そう?覚えてない」
「ヴォイちゃんが覚えてないだけで俺にはちゃんと記憶があんの」
「絶対違うよ…嘘だって。ヤサカって岸壁街にいる癖にそう言うとこ意気地なしだし、無いでしょ」
変わらないものその三、ヴォイドは良くも悪くも思ったことを口にする。空気を読まず口にする。
そんな彼女の発言は、ある種の挑発の様にヤサカには思えた。
その瞬間、ヤサカの顔がスッと冷える。
「……俺が意気地なしに見える?」
どうにも彼女には自分が『至極安全な男』に見えているらしい。
引き上げていた腕を離すと、腰と背中に順に手を回し更に距離を詰める。驚いた顔を浮かべるヴォイドを抱き抱える様にしてヤサカの体は彼女ごとソファに沈んだ。
「ヤサカ……?」
「ヴォイちゃんには俺が安全な奴に見えるわけ?」
今や彼の頭の中に居た妙なキャラクター達はとっくの昔にどこかへ消えてしまっていた。
まず、匂いに気を遣う様になった。適当な洗い方、干し方で洗濯を行わず、優しい匂いを纏う様になった。岸壁街に居た頃は街に紛れてしまっていたその悪臭も、地上では非常に目立ってしまうから、それを彼女は取り除いた。
相変わらずランジェリーに白衣と言うトンチキな格好が基本ではあるが節度や場所を弁えた服を着る事も多くなったし、周りに溶け込もうと少しずつ意識を変える様になった。
それから、人に甘える事を覚えた。
ヴォイドの口からよく出る「エルナー家」と言う名前。おそらく家族でヴォイドに良くしてくれるのだろう。きっかけはプリンだったらしいが、家族ぐるみで誰かと付き合う事を覚えたし他にも良くしてくれる人の名前を挙げる。
ユウヤミ、テオフィルス、ミア、ロザリー、ベルナール、フランソワ………一応ロードも。
人に甘えるだけではない。良くしてくれた分のお返しを必要以上のプレッシャーに感じる事も少なくなった。人との程良い距離感に心地良さを覚える様にもなった。
それから、消滅の神様を前程恐れなくなった。自分が愛したからと言って、全てがなくなるわけじゃないと誰かが安心を覚えさせてくれた様だ。
ヤサカは彼女の成長に涙ぐんだ。ロードに託された時から「見守り隊長」だとか「お兄ちゃん」だとかを自称していたヤサカにとって最近のヴォイドは成長著しい。
ヴォイちゃん、こんなに立派になって…!とふざけた調子でも口をつくくらいにはヴォイドは変わり続けている。
──しかし、変わらないものも確かにある。
「おーい…ヴォイちゃんやー」
「うぅー…ん…」
「全く……酒弱い癖に何でマティーニなんて飲んじゃったんだよ!」
その日、珍しくリカ・コスタに顔を出したヴォイド。相変わらずのランジェリーに白衣と言う扇状的な格好で久しぶりにヤサカの作るつまみが食べたいと来店し、自分の格好に注目する客等を面倒そうに一瞥すると薄暗い店内を奥へ奥へ進み一人隅のテーブル席に座る。
彼女の容姿を気に入ってか客の男が近付こうとするがそれはヤサカがやんわりしっかり阻止する。結果、狙っていた女性客までもを伴って皆帰ってしまい客が居なくなった為、ヤサカはカウンターから出てヴォイドの隣に移動した。
それがどんな感情か、暗がりでは分かりづらい相変わらずのジトッとした目をこちらに向けたが手に持ったプレートに二人分のドリンクと山盛りの賄い詰め合わせが載っていたからかどうやら隣に座る事を許されたらしい。
ヤサカはヴォイドの隣に座ると一時楽しい時間を過ごした。
最近は自分も仕事で結社に出入る様になり彼女と顔を合わすことも増えたが、会う度にその変化に驚かされる。随分と人間らしくなったものだ。
昔話に夢中になって、よそ見をしながら手を伸ばすヴォイドがヤサカのグラスをうっかり手に取ったのはほんの数分前。
それ俺の!と言った頃には時既に遅し。自分のモクテルと間違えて手に取りぐいっと一気に口にしてしまったヴォイド。いつぞやと同じ様に後ろにひっくり返り、ヤサカはまた彼女の背中をキャッチする羽目になった。
夏のカンテ国はそれなりに気温が上がる。今日に限って暑かったからか、いつものランジェリーに白衣を着ている彼女の体は大変目に毒で、ヤサカは思わずゴクリと生唾を飲む。何が酷いってヴォイド本人は周りに自分の妖艶さをアピールするつもりは毛頭無いが、ランジェリーの趣味が結構際どい。かなり攻めている。
知り合ってすぐの頃は体ばかり見てしまって居たものだが前髪のおかげでヴォイドにはバレづらかった。自分の色素の薄い目がコンプレックスで始めた髪型であったが、ヤサカは初めてこの暖簾の様に伸ばした前髪に感謝した。
目の保養にもなるし話すと面白いし何だかんだ妹みたいな可愛げもあるし、ヤサカはヴォイドの事が好きではあったがそれ故に困っていた。彼女も彼女で自分を信用してくれているのであろう事は素直に嬉しかったが、同時に油断されている気がしてならない。
そして自分は、そんな彼女を丸っきり保護者の目で見る事は出来ない。ただ、一線を超えない様にさせているのは偏にロードへの遠慮からだったからだ。
「おーいヴォイちゃんやー。起きなきゃ知らねぇぞー」
「………」
「明日仕事じゃ無いんかー?」
「………」
幸い客が居なかった為、酔い潰れたヴォイドをソファに置いて離れる事が出来た。広くは無いが、薄暗くムーディーな曲が流れ、置いてある家具のせいか少し死角の出来るリカ・コスタの店内で狼藉を働く輩は少なからずいる。
不埒な客が居ない事に安堵しつつ店を出たヤサカはドアに掛かっているプレートを『close』に切り替えた。そして店に戻ると色気のある間接照明と音楽を消し、メインの電気を点ける。
ムーディーな大人の空間から一変、実はごちゃごちゃしていて所帯じみた空間が浮かび上がった。間接照明の力がないと店内はこんなものである。
「おーい、ヴォイちゃんってばー!」
「………」
厄介な事に当の本人が全然目覚める気配が無い。ヤサカは着ていたいつもの装飾の多い衣服を脱ぐとシャツにパンツとラフな格好になる。そしてタバコを咥えると火を点け、スケジュールを確認し出した。
もしも明日朝から結社の食堂の仕事が入っていたら、最悪ヴォイドをこのまま寝かせて自分が起きる時間に起こして彼女も一緒に連れて行って……。
「……何か俺、お父さん?いや、お兄ちゃん?」
どっちでも良い。保護者保護者。
そう口にして端末を操作する。明日仕事では無い事を確認すると背後からヴォイドの唸り声が響いた。
「起きたかー?」
ソファに近付くと、ヴォイドはぼんやりした目でヤサカを見ていた。とりあえず目覚めた事に安心しつつ、近付いたヤサカはヴォイドの頬をヒタヒタと撫でた。
「おーいヴォイちゃん。明日仕事は?」
「うぅん…?ある?無い…?」
「俺に聞くなよぉー。どっちにしろ帰らんとダメだぜ。ほら、送ってやるから起きなー」
「……嫌だ、寝たい…」
「こら、駄々っ子め」
変わらないものその一、眠いヴォイドは面倒くさい。
ヤサカは時計をチラリと見る。時刻は零時少し前。明日仕事ではなかった以上自分はいくらでも寝ていられるが、それでも出来る事ならまともな時間に寝たい。
彼女を連れて結社まで行って寮まで見送ってそれから帰って来て、なんてどう考えても一時間は掛かる。さっさと起きてくれるに越した事は無いのだが、ヴォイドは目を開けたり閉じたりを繰り返すばかりだ。一応は眠気に抗ってはくれているらしい。
「おーいヴォイちゃん、起きなきゃだぜ?」
「もう、嫌…寝たい……」
「し、白目剥くなよぉ……」
変わらないものその二、眠りに抗うヴォイドは白目になりがち。
初めて見た時、それはそれは驚いたものである。薄暗い店内で家具の合間から白目のヴォイドが見えた日には悲鳴を上げたものだ。
この顔は結構怖い。
「……はぁ、参ったなぁ……」
嘘。白目を剥いた顔だって結構可愛い。眠気に抗って捏ねる駄々も然り。今までだって彼女を
「………やべぇ」
ヤサカは頭の中にDon⭐︎Dokoshoのキャラクター、おっさんタヌキを浮かべる。
情けないおっさんの顔、黒子から福毛、だらしねぇ乳と腹を携えたほぼおっさんの姿のタヌキ。よし、心頭滅却。
「おいこらー、ヴォイちゃんってば。全く……起きねぇとヴォイちゃんのカヌル山好き勝手に触っちゃうぜ?ほらほら危ない男に良い風に触られたくなかったら起きなーー!」
「………」
「起きねぇとヴォイちゃんの大事なマリネの最後の一口食っちまうぞー!」
「……ぐぅ…!」
「…ち、ちょっとヴォイちゃんやー!!」
ヴォイドの嫌いな話題で揶揄ってみたものの、眉間に皺を寄せて怒りの反応こそ見せたが彼女は結局起きずに居た。
かくなる上は可哀想だが、腕を引き上げて無理矢理起こす体勢を取るしかない。
「ヴォイちゃーん!起きねぇと!乳もマリネも!!知らんぞ!!」
もはや何を伝えたいのか、腕を掴みながら口を付くヤケクソめいた自分の主張。その内容に苦笑いを浮かべながらヴォイドの体を起こす。顔が間近に近付いた時不意にヴォイドのジトッとした目が薄く見開かれ、自分と目が合うとそれは優しく微笑む様に細まった。
「ふふ…何言ってるの……」
「ヴォイ、ちゃん……」
「口先だけで触らないって、知ってるし……」
「いやいや、何回か触ったっつの」
おっさんタヌキ、足長ひよこ、うっふんゴリラ、つながりまゆげうさのしん。
ヤサカは懸命に頭の中をカオスにするが、人工のカオスは天然の破壊力には勝てないらしい。
「……そう?覚えてない」
「ヴォイちゃんが覚えてないだけで俺にはちゃんと記憶があんの」
「絶対違うよ…嘘だって。ヤサカって岸壁街にいる癖にそう言うとこ意気地なしだし、無いでしょ」
変わらないものその三、ヴォイドは良くも悪くも思ったことを口にする。空気を読まず口にする。
そんな彼女の発言は、ある種の挑発の様にヤサカには思えた。
その瞬間、ヤサカの顔がスッと冷える。
「……俺が意気地なしに見える?」
どうにも彼女には自分が『至極安全な男』に見えているらしい。
引き上げていた腕を離すと、腰と背中に順に手を回し更に距離を詰める。驚いた顔を浮かべるヴォイドを抱き抱える様にしてヤサカの体は彼女ごとソファに沈んだ。
「ヤサカ……?」
「ヴォイちゃんには俺が安全な奴に見えるわけ?」
今や彼の頭の中に居た妙なキャラクター達はとっくの昔にどこかへ消えてしまっていた。
ヴォイドが飲みに来るなど滅多にある事ではなく、正直ドリンクさえ分ければ大丈夫だと高を括っていた。自分は酒場の店主である以上酒を楽しむのも仕事の内だ。
一方、ヴォイド自身は過度に酒に弱い事を分かっている。だから普段から警戒して酒には手を出さないし、何なら飲み屋になぞ来る事が無い。
でもこの店 にはヤサカがいるから。
ヴォイドが普段忌避する様に近付かない酒場。でもヤサカがいるから足を運ぶ。
普段なら間違っても手を伸ばさないカクテルグラス。でもヤサカがいるから警戒が薄まる。
間違って飲んでしまっても、ヤサカがいるからまだ安心して対処を任せられる。
普段のヤサカなら安心してくれていると喜ぶ様な彼女の反応ではあるが、今日の彼は少なくとも二杯は飲んだ後だ。しかも度数のかなり強い酒を。
ふわふわしてアルコールに支配された頭は、そんなつもりなく一線に足を掛けたヴォイドの言葉を誘惑と思うくらいには理性を薄めていた。
「ヴォイちゃん、『酒のせい』にさせたい?」
普段前髪で見えないヤサカの目が、近過ぎてブレている。ヴォイドは流石にいつもと状況が違う事を察してか目をキョロキョロ動かして慌てている様だ。
前々からヴォイドについて思う事がある。
彼女のこの妙な色気はどこから来るのか?と。
思案したヤサカは、彼女の『空気を読まずすぐ口にする』ところに着目した。彼女の発する無自覚な一言は、時に自分が作っていた安全圏を突き崩す。
彼女は無自覚に、片足でこちらの領域に悪戯で踏み込む様に、無遠慮にそうする。
その、簡単に線を踏み越えてくる遠慮の無さが、無警戒さが、どうしようもなく隙に見える。自分の様に彼女を憎からず思っている人間にはそれがどうしようもなく誘惑に見えるのだ。
「ヴォイちゃんはそれなりに力もあって、躊躇いも無い。でもそれは俺も同じだぜ?」
「………」
そう言うと、ヴォイドは眠気で濡れた目をじっとヤサカに向ける。そして拒否のつもりか何のつもりか、彼の頬に力無く手を添えた。
顔が、呼吸が、近過ぎて重なりそうになった時ヴォイドはようやく口を開いた。
「……ヤサカ?」
自分を呼ぶ声に、ヤサカは一瞬冷静になる。そしてふっと微笑むと、努めて優しく声を上げた。
「……なぁに?」
それはいつもの調子に戻りきれていない、でも戻そうとしている声だった。
「…い、いつもと違う……」
「……そりゃそうだっての。俺だって男なんだから。可愛い大好きな子といりゃエロい事したくなるぜ?」
「え……」
「おっと何だその反応はー?今から見せてやろうか!?」
「い、良い!!」
「ヒッヒッヒ……ヴォイちゃん、やっとちゃんと目ぇ覚ましたな」
ほれ、立ちな。
促しながらいつもの様に優しく手を取るヤサカ。ヴォイドを起こして水を飲ませるが、彼女の赤い顔はしばらく戻らなかったし珍しく白衣の前を閉めるように衣服を直した。
その後の結社への道中は、まるで東國のお通夜の様な空気だった。ヤサカはヤサカでやらかした事は自覚しているし、ヴォイドはヴォイドで思うところがあるのかずっと俯いている。
女子寮が見えて来た頃、ヤサカがヴォイドの肩を指でツンと突く。一瞬びくりと肩を震わせ赤面したヴォイドが振り返った。
「ヴォイちゃんや」
「………」
「……もーちょい男の前では警戒しなきゃダメよん」
そう言いながら鼻先をツンと小突かれ、ヴォイドは一瞬で顔を更に赤くした。
「……!!」
「……分かりましたか?」
ヤサカの問いかけに一言『うぬ…』と言う何故か武士の様な声を上げ、こちらを振り返らずヴォイドは小走りで寮に入って行く。
「………」
日中、太陽に熱せられたアスファルトがまだ熱を帯びている。その暑さのせいか強い酒のせいか。ヤサカもまた、真っ赤な顔でその場にしゃがみ込んだ。
「お、俺やっちまった……!?」
いや、ギリギリだったのに一線を超えなかった自分をむしろ褒めたいところではあるが。
今更になってヤサカの頭の中にロードの憎たらしい顔が浮かぶ。全く、思考の片隅にも現れなかった癖に。友情って有事の際のストッパーにはならないらしい、少なくとも自分にとっては。
まあ、前々からヴォイドの無遠慮に急な一歩を踏み込んで来るところにはハラハラしていたし、今回言えて良かったのか?とそんな事を思いつつ、ヤサカは携帯端末から一人の『特別なオトモダチ』に連絡を取る。
ヤサカがリカ・コスタに帰り着く頃、その『特別なオトモダチ』こと妖艶な女性はすっかり出来上がった様子で店の前に立っていた。
自分の腕に絡み付く彼女にいつもの調子で冗談を言いながら、ヤサカと女性は二人彼の店舗兼住宅に甘い空気を纏いながら吸い込まれて行った。
* * *
「ちょっとちょっとヴォイちゃーん…まだ開店時間前じゃんよー」
「………」
むしろ昨日の今日で何故来たのか分からない。しかも今日の格好も昨日と同じ様になかなか攻めたデザインのランジェリーに白衣。何も変わらないヴォイドに対し『もしかして鳥頭?』と失礼な事を思いつつヤサカはいつもの調子で店を掃除しつつ、彼女の好きな小皿料理を出してやる。それはゆで卵をヤサカ特製の液ダレに漬け込んだ味玉だった。
無言でもぐもぐ食べていたヴォイドだったが、彼女を背にトイレ掃除をしていたヤサカが一言呟いた事で食べる手が止まる。
「なぁ、ヴォイちゃん。昨日……」
びくり、と動きの止まるヴォイド。どうやら昨日の事は記憶にちゃんとあるらしい。
ならば言い訳も取り繕いも無用だなと腹を決めたヤサカは彼女の頭を優しくぽんと撫でた。
「まぁ、何だ。俺ヴォイちゃんみたくおっぱい大きい子が好きだからさ!嫌だったらもう──……」
嫌な思いしたならもう近付くな。
そう言いたくとも、決して言いたいわけではないヤサカはいつもの調子で揶揄いだけを口にする。しかしヴォイドは殴り掛かるでもなく、ただヤサカの服の裾を握った。
「……でも私、ヤサカの作る料理、好き……」
「………」
「それに…な、何だかんだヤサカは安心するから……」
「……ヴォイちゃん」
そうやってまた無遠慮に踏み抜いて来やがって。そうは思いつつ、自己肯定感が低く歪んでいた自分がこの無遠慮さに幾度となく救われた事もまた事実で。
「ヒッヒッヒッ……そっか、ヴォイちゃんのそゆとこ、悪いとこじゃねぇもんなー……」
「私、思った事言ってるだけだし……」
「だーかーらー!それが男の理性崩しに効くんです!!俺が童貞じゃなかったから良かったものの!!」
「し、知るかそんなもの!」
「後、女の子同士で話してる時の不和の原因な!!」
心当たりがあるのか喉を詰まらせた様な声を出すヴォイド。途端に下を向いて小さくなる様子を見て、ヤサカは観念した様にガサガサと頭を掻くと彼女の体を真正面から無遠慮に抱き締めた。
「まーったくしょうがねぇ子だな!この子は!」
「や、やめ……!」
「俺の前じゃどんなヴォイちゃんで居ても良いよもう!許す!!」
「はぁ!?」
「全く、本当にこの子は男の純情弄ぶんだからっ!!」
「だ、だから知らないそんな事!」
彼女の変わらないところは、悪いところとも言い切れない、無遠慮に言いたい事を言う彼女に救われた自分が居たのもまた事実で。
だったらせめて自分の前では最大限油断していられる様に。それがロードの頼みから彼女に関わる様になって、そのまま心底惚れ込んでしまった自分に出来る事だ。
「あーもー!ンだよ可愛いなこの子は!!」
「き、嫌いっ!」
「俺はヴォイちゃんずっと好き!大好きだこのやろー!!」
「い、犬にするみたいに撫でるな!!」
しかし、やはりヴォイドも思うところがあったのか、これ以降結社で誰かと話をしていて何かを口にする時にちょっとだけ考える癖がついた様だ。男性に対してはどうにも前と変わらないらしいしまだまだ完璧では無いけれど、前より失言が減って殊更女性社員とのギスギスが少なくなったと後にヤサカは遊びに来たセリカからそう教えてもらい、ほんの少しだけ安堵から胸を撫で下ろした。
それでもヤサカにはあまり変わって見えないのは、矢張り自分には安心して接して来ていると言う事。
ならば今日も明日も、自分は彼女が飾らずに自分らしく居られる居場所になる他ないのだ。
諦めではなく、そうしたいからそうする。彼女の事も 大事だから。
「……ヴォイちゃんや、またおっぱい大きくなった?」
「……勝手に触るな!!」
「あ!いけね!俺トイレ掃除してから手、洗ってな──」
「──不潔!!!」
体を触った事より、トイレ掃除から手を洗っていない事が過去一彼女の逆鱗に触れた。
過去に類を見ないパワーで殴られたヤサカは、おっさんタヌキやうっふんゴリラが輪になって愉快そうな足取りでこちらに近付いてくる幻を見たのだった。
今までの危なげだらけの人生の中、生まれて初めて彼女の拳で天国の片鱗を見た。
「あんなんが天国なわけあるかよー……!!」
一方、ヴォイド自身は過度に酒に弱い事を分かっている。だから普段から警戒して酒には手を出さないし、何なら飲み屋になぞ来る事が無い。
でも
ヴォイドが普段忌避する様に近付かない酒場。でもヤサカがいるから足を運ぶ。
普段なら間違っても手を伸ばさないカクテルグラス。でもヤサカがいるから警戒が薄まる。
間違って飲んでしまっても、ヤサカがいるからまだ安心して対処を任せられる。
普段のヤサカなら安心してくれていると喜ぶ様な彼女の反応ではあるが、今日の彼は少なくとも二杯は飲んだ後だ。しかも度数のかなり強い酒を。
ふわふわしてアルコールに支配された頭は、そんなつもりなく一線に足を掛けたヴォイドの言葉を誘惑と思うくらいには理性を薄めていた。
「ヴォイちゃん、『酒のせい』にさせたい?」
普段前髪で見えないヤサカの目が、近過ぎてブレている。ヴォイドは流石にいつもと状況が違う事を察してか目をキョロキョロ動かして慌てている様だ。
前々からヴォイドについて思う事がある。
彼女のこの妙な色気はどこから来るのか?と。
思案したヤサカは、彼女の『空気を読まずすぐ口にする』ところに着目した。彼女の発する無自覚な一言は、時に自分が作っていた安全圏を突き崩す。
彼女は無自覚に、片足でこちらの領域に悪戯で踏み込む様に、無遠慮にそうする。
その、簡単に線を踏み越えてくる遠慮の無さが、無警戒さが、どうしようもなく隙に見える。自分の様に彼女を憎からず思っている人間にはそれがどうしようもなく誘惑に見えるのだ。
「ヴォイちゃんはそれなりに力もあって、躊躇いも無い。でもそれは俺も同じだぜ?」
「………」
そう言うと、ヴォイドは眠気で濡れた目をじっとヤサカに向ける。そして拒否のつもりか何のつもりか、彼の頬に力無く手を添えた。
顔が、呼吸が、近過ぎて重なりそうになった時ヴォイドはようやく口を開いた。
「……ヤサカ?」
自分を呼ぶ声に、ヤサカは一瞬冷静になる。そしてふっと微笑むと、努めて優しく声を上げた。
「……なぁに?」
それはいつもの調子に戻りきれていない、でも戻そうとしている声だった。
「…い、いつもと違う……」
「……そりゃそうだっての。俺だって男なんだから。可愛い大好きな子といりゃエロい事したくなるぜ?」
「え……」
「おっと何だその反応はー?今から見せてやろうか!?」
「い、良い!!」
「ヒッヒッヒ……ヴォイちゃん、やっとちゃんと目ぇ覚ましたな」
ほれ、立ちな。
促しながらいつもの様に優しく手を取るヤサカ。ヴォイドを起こして水を飲ませるが、彼女の赤い顔はしばらく戻らなかったし珍しく白衣の前を閉めるように衣服を直した。
その後の結社への道中は、まるで東國のお通夜の様な空気だった。ヤサカはヤサカでやらかした事は自覚しているし、ヴォイドはヴォイドで思うところがあるのかずっと俯いている。
女子寮が見えて来た頃、ヤサカがヴォイドの肩を指でツンと突く。一瞬びくりと肩を震わせ赤面したヴォイドが振り返った。
「ヴォイちゃんや」
「………」
「……もーちょい男の前では警戒しなきゃダメよん」
そう言いながら鼻先をツンと小突かれ、ヴォイドは一瞬で顔を更に赤くした。
「……!!」
「……分かりましたか?」
ヤサカの問いかけに一言『うぬ…』と言う何故か武士の様な声を上げ、こちらを振り返らずヴォイドは小走りで寮に入って行く。
「………」
日中、太陽に熱せられたアスファルトがまだ熱を帯びている。その暑さのせいか強い酒のせいか。ヤサカもまた、真っ赤な顔でその場にしゃがみ込んだ。
「お、俺やっちまった……!?」
いや、ギリギリだったのに一線を超えなかった自分をむしろ褒めたいところではあるが。
今更になってヤサカの頭の中にロードの憎たらしい顔が浮かぶ。全く、思考の片隅にも現れなかった癖に。友情って有事の際のストッパーにはならないらしい、少なくとも自分にとっては。
まあ、前々からヴォイドの無遠慮に急な一歩を踏み込んで来るところにはハラハラしていたし、今回言えて良かったのか?とそんな事を思いつつ、ヤサカは携帯端末から一人の『特別なオトモダチ』に連絡を取る。
ヤサカがリカ・コスタに帰り着く頃、その『特別なオトモダチ』こと妖艶な女性はすっかり出来上がった様子で店の前に立っていた。
自分の腕に絡み付く彼女にいつもの調子で冗談を言いながら、ヤサカと女性は二人彼の店舗兼住宅に甘い空気を纏いながら吸い込まれて行った。
* * *
「ちょっとちょっとヴォイちゃーん…まだ開店時間前じゃんよー」
「………」
むしろ昨日の今日で何故来たのか分からない。しかも今日の格好も昨日と同じ様になかなか攻めたデザインのランジェリーに白衣。何も変わらないヴォイドに対し『もしかして鳥頭?』と失礼な事を思いつつヤサカはいつもの調子で店を掃除しつつ、彼女の好きな小皿料理を出してやる。それはゆで卵をヤサカ特製の液ダレに漬け込んだ味玉だった。
無言でもぐもぐ食べていたヴォイドだったが、彼女を背にトイレ掃除をしていたヤサカが一言呟いた事で食べる手が止まる。
「なぁ、ヴォイちゃん。昨日……」
びくり、と動きの止まるヴォイド。どうやら昨日の事は記憶にちゃんとあるらしい。
ならば言い訳も取り繕いも無用だなと腹を決めたヤサカは彼女の頭を優しくぽんと撫でた。
「まぁ、何だ。俺ヴォイちゃんみたくおっぱい大きい子が好きだからさ!嫌だったらもう──……」
嫌な思いしたならもう近付くな。
そう言いたくとも、決して言いたいわけではないヤサカはいつもの調子で揶揄いだけを口にする。しかしヴォイドは殴り掛かるでもなく、ただヤサカの服の裾を握った。
「……でも私、ヤサカの作る料理、好き……」
「………」
「それに…な、何だかんだヤサカは安心するから……」
「……ヴォイちゃん」
そうやってまた無遠慮に踏み抜いて来やがって。そうは思いつつ、自己肯定感が低く歪んでいた自分がこの無遠慮さに幾度となく救われた事もまた事実で。
「ヒッヒッヒッ……そっか、ヴォイちゃんのそゆとこ、悪いとこじゃねぇもんなー……」
「私、思った事言ってるだけだし……」
「だーかーらー!それが男の理性崩しに効くんです!!俺が童貞じゃなかったから良かったものの!!」
「し、知るかそんなもの!」
「後、女の子同士で話してる時の不和の原因な!!」
心当たりがあるのか喉を詰まらせた様な声を出すヴォイド。途端に下を向いて小さくなる様子を見て、ヤサカは観念した様にガサガサと頭を掻くと彼女の体を真正面から無遠慮に抱き締めた。
「まーったくしょうがねぇ子だな!この子は!」
「や、やめ……!」
「俺の前じゃどんなヴォイちゃんで居ても良いよもう!許す!!」
「はぁ!?」
「全く、本当にこの子は男の純情弄ぶんだからっ!!」
「だ、だから知らないそんな事!」
彼女の変わらないところは、悪いところとも言い切れない、無遠慮に言いたい事を言う彼女に救われた自分が居たのもまた事実で。
だったらせめて自分の前では最大限油断していられる様に。それがロードの頼みから彼女に関わる様になって、そのまま心底惚れ込んでしまった自分に出来る事だ。
「あーもー!ンだよ可愛いなこの子は!!」
「き、嫌いっ!」
「俺はヴォイちゃんずっと好き!大好きだこのやろー!!」
「い、犬にするみたいに撫でるな!!」
しかし、やはりヴォイドも思うところがあったのか、これ以降結社で誰かと話をしていて何かを口にする時にちょっとだけ考える癖がついた様だ。男性に対してはどうにも前と変わらないらしいしまだまだ完璧では無いけれど、前より失言が減って殊更女性社員とのギスギスが少なくなったと後にヤサカは遊びに来たセリカからそう教えてもらい、ほんの少しだけ安堵から胸を撫で下ろした。
それでもヤサカにはあまり変わって見えないのは、矢張り自分には安心して接して来ていると言う事。
ならば今日も明日も、自分は彼女が飾らずに自分らしく居られる居場所になる他ないのだ。
諦めではなく、そうしたいからそうする。彼女の事
「……ヴォイちゃんや、またおっぱい大きくなった?」
「……勝手に触るな!!」
「あ!いけね!俺トイレ掃除してから手、洗ってな──」
「──不潔!!!」
体を触った事より、トイレ掃除から手を洗っていない事が過去一彼女の逆鱗に触れた。
過去に類を見ないパワーで殴られたヤサカは、おっさんタヌキやうっふんゴリラが輪になって愉快そうな足取りでこちらに近付いてくる幻を見たのだった。
今までの危なげだらけの人生の中、生まれて初めて彼女の拳で天国の片鱗を見た。
「あんなんが天国なわけあるかよー……!!」
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