Twitter創作企画「薄明のカンテ」のまとめ。世界観の説明に始まり、小説・イラスト・漫画・音楽その他、創作企画で生まれた作品を掲載する場所。

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送り犬なる人


「いえいえ、お気になさらず。私も同じ方向ですから」
 テロの後とは言え慣れと言うのは恐ろしいもので、しばらくすると恐怖は薄れて来てしまう。私はついつい友人と飲み過ぎてしまった。携帯端末に母から怒りの連絡が入っていた。鬼の様に鳴らされたせいか電池パックは悲鳴を上げ、私が気付いて折り返そうとした時には寿命を迎えた。充電をしなければ。ただの小さな板となった端末は灯りの役割すら果たしてくれない。私は友と別れ一人、薄暗い夜の闇を灯りなしで行かねばならない。
 そんな私の目の前に一人の男性が通り掛かる。綺麗に整えた髪と体型に合わせたスーツを着こなし、見るからに上品そうなその人に一瞬目を奪われる。私は、彼のその闇の様な黒い髪に、瞳に酷く安心していた。
 だって彼は機械人形じゃないと一目で分かるから。
「こんな時間に女性が一人で歩くなんて危ないですからね」
 ありがとうございます。
 上手く微笑めただろうか。自分では笑ったつもりでそう返すと彼も微笑んでくれた。
「機械人形の汚染だけでは無いですから。その混乱に乗じて略奪が起きたりもしていますし、人間の底の見えなさは本当に怖いものがありますね」
 変なの。この人の言い方だとまるで、機械人形より何より人の方が怖いと言っている様に聞こえる。私の家にも機械人形はあった。しかしテロ騒動後、業者に頼んで回収してもらった。何故ですかとかどうしてですかとか、私は汚染されていませんだとかご主人様とまだ一緒にいたいですだとか、そんな泣き言を言われる頃には私の中にあの子に対する情は消えていた。
 そこにあるのはただただ、この子が人とは違うただの無機物と言う事実と、何の感情も無く廃品回収に要らなくなった物を出した時の無の境地。人の様な声で、人の様に泣き言を訴える機械人形を私は軽蔑の眼差しで見つめた。
 そんな風に謀って私達を殺そうと虎視眈々と狙っているのでしょう?そうはさせるものですか。
 母も父も私も、誰一人としてあの子を止める者は居なかった。満場一致で「機械人形の存在は害悪だ」とあの日を境に認識したのだ。
 連れて行かれる家族だった・・・機械人形。いつまでもその紛い物の口で「ご主人様」と喚くものだから呆れてしまう。機械の癖に、命乞いがプログラムされているなんて。
 それは命ある、人間の特権でしょう?
「人間はプログラミングと違いますからね。汚くなった後、その性根を白く漂白するのは容易い事ではありません。上書きしてどうにかなるものではなく、一生その様な人間として生きていかなければ居られない人も居ますからね」
 ああ、万引きを繰り返したりする人とか正にそんな事言いますよね。一種の病気の様なもので何度も繰り返してしまうと。でも、やっぱり生きていると言うだけで、生命であると言うだけでそこには人権然り、価値が存在すると思うんです。神が与えたギフトと称する人もいますよね。私もその意見には同意です。それより何より、私からしてみれば人よりも機械人形の方が怖いし、最早邪魔にすら思うんです。
 そう口にした時に一瞬見えた彼の表情を、きっと私は忘れられないだろうと思う。何とも憐れむ様な、悲しい目をしていた。
 え?何で私がそんな顔されなきゃいけないの?
 しかしこれこそが彼の言う「人間はプログラミングと違い、漂白するのは容易い事では無い」なのだろう。
 私の心に刻まれた記憶は、おそらく今のカンテ国の医療技術を持ってしても消えてくれないだろうから。
「……うふふ、そうなんですね」
「え、えぇ。だって、そうでしょう?人間はまだ自律した思考回路で考える事ができます。ですが、機械には難しい話ですから。機械はプログラムの外に出ることは出来ません」
「おやおや、お詳しいのですね」
「私だって何の根拠もなく吠えてるわけじゃないですよ…怖いからある程度は調べて、そしてこの結論に至ったんですから」
「ほぅ……ご自分でお調べになったと」
「ええ。政府の陰謀を唱えている人も居ましたが、どの方も荒唐無稽な事を根拠も無く言っているのではありません。機械人形がどんな危険性を持っているか、私と同じ目線で危険性を唱えている方は電子世界に・・・・・何人もおりました」
「なるほど、ただ闇雲に批判するのでなく智慧を求める心得もおありで」
「………」
 何だか心から褒めてなさそうに見えるのは気のせいだろうか。彼のその薄ら笑みを浮かべる口から紡がれるのは称賛の言葉。しかし、それら全てがまやかしに見える程には彼の言葉はハリボテの感じがした。
「…貴方はどう思ってらっしゃるか分からないけど、貴方の周りにも反対派は多いんじゃないかしら?」
「私ですか?うーん、どうでしょうかねぇ?」
「今後カンテ国がどうなって行くべきか、お話されたりしません?」
「そうですねぇ…うふふ。すみません、私友達が少ないもので」
「あらあら」
「…正確には、そんな風にこの国の未来を思って話す様な議論仲間が居ない、でしょうか」
「あら?それじゃあ今度私もよく足を運ぶセミナーにご一緒します?機械人形の存在を憂う人や著名な先生方が面白い話をしてくれるんですよ」
「うふふ、ええ。考えておきます」
 この時、彼の表情からそこはかとなく曇ったものを感じ取ってしまった。もしかして、思想が強いとか思われたかな?私の周りには反対派が多かったから忘れてしまっていた。もしかしたら機械人形の話自体がセンシティブな人もいるのかもしれない事。
 そう思ったら少しだけ不安を顔に出してしまった。いやいや、いけないいけない。気をしっかり持たねば。
 振る話題を間違えたかしら?なんて弱味を見せてはダメだ。それに、彼にとっても先生方の話を聞ける機会があると知れたのだから朗報の筈。
 こんな時にふと、思い出した話があった。昔話と言うか、化け物の話と言うか。
 大陸の妖怪伝承にこんな話がある。
 その妖怪は、夜の山道を一人歩いているとどこからともなく着いてくるのだという。
 しかし、着いてくるだけで何もしない。その時は。彼らの行動理念は彼らにしか分からず、何故着いてくるのかも未だに謎だ。一説には、隙を見せた瞬間に餌にしてしまおうと着いてきているとか、いないとか。
 その妖怪──送り犬の前では強い自分を見せ続けろと言われている。例えば、道に躓いて転んでしまっても、決して「転んだ」と告げてはならない。こう言うのだ。
「私は疲れたので休憩をする。お前も休むと良い」
 弱さや隙を誤魔化し誤魔化し、そうして道すがら連れて歩けば彼らは良い相棒となって獣道を行ってくれる。しかし、その対応を間違えると牙を剥く。

 私は、送り犬なる彼の前で──

 ──果たして正しい対応が出来たのだろうか。

「この辺りまで来れば人通りも多いですかね。もうお一人で大丈夫でしょうか?」
 私は頷き、彼の笑顔を呆けた目で見つめた。
「はい、大丈夫です」
「では、私はこの辺で…」
 ありがとうございました。
 頭を深々と下げ、次に上げた時にはもう彼の姿は無く。私は何かに化かされた心地で居た。
 そう言えば、送り犬には送ってもらった後礼として飯を戸口に用意しておかねばならないと言う。彼はなかなかに整った顔の美青年だったから、彼をイメージして闇の様に黒々と煌めくチェリーが乗ったダークチェリーのパイを一欠片戸口に置いておいた。
 朝起きたらきっと母が発見するだろうし、虫や害獣が発生したらどうするのかと怒られるだろうな。
「ふふっ…。何やってんだろ?私…」
 こんな子供みたいな事して、と自嘲気味に笑ってみるけど、私は正直言うと畏れていた。
 時折敵意とも取れる彼のあの圧。あれは一体何だったのだろう?もしかして本当に彼は妖怪の類だったのか?なんて馬鹿な事を考えてしまう。だから彼等を回避する為の行動を取らないと害される気がするのは何故だろう?何が彼を私の中で異形の者たらしめるのだろう?
「何だか…変な人だったな…」
 本当に、変な人だった。でもいつまでもこんな気分で居てはダメね。
 私は端末を取り出すとモヤモヤした気分を晴らす様に友人の元へ連絡する。数コール鳴った後、こんな時間にも関わらず彼は不機嫌そうではあったが出てくれた。
「あ、もしもし?ごめんね、もしかして寝てた?」
『寝ようとはしてたが。何だ?お前こんな時間まで出歩いてたのか?』
「えへへ。うん、実はそう」
『はぁ…こんないつ機械人形が飛び出すか分からんご時世に一大事だな……それで襲われても因果応報としか見做されんぞ』
「もぉー…相変わらずお母さんみたいな事言うんだから。いや、お爺ちゃんね、お爺ちゃん」
『お前はっ倒すぞ』
「あはは、お説教ならまた次先生のセミナーで会った時聞くからさ!彼女さん連れて来るんでしょ?きっとますます賑やかになるわね!」
 モヤモヤを晴らす為に電話した日常の友達。お爺ちゃんみたいな物言いのこの友達は反機械人形を掲げる先生のセミナーで出会った同志。
 私と同じく機械人形の生産を国が止める様に訴えかけ、子供達が安心して暮らせる未来を目指す人。
 彼はライトにとは言え宗教の教えが根強く、その教えに則って生活をしている。彼等の宗教は機械人形の溢れる以前から存在していた古いもので、だからこそ自然と共存する素晴らしさを誰よりも理解していた。
 こんな人工的に作られた、人間擬きの不要さも。だって彼等の大事にする教えや生活の基盤は機械人形が出来る前から存在していたからだ。
 そんな彼の声を聞くのは、今日みたく不可思議なものに遭遇した時の安心感を得たいから。
 何だか、彼ならこのモヤを晴らしてくれそうな気がする。こう言うの『祓う』って言うんだっけ?ん?違う?『成仏』?
 兎にも角にもひとしきり談笑した後電話を切る。きっと次セミナーで会ったらお説教食らうんだろうなと思いつつ、私はやっと日常に帰って来れた気がした。
「お休みね、ルート」
 まだまだ言い足りなそうな感じだったなぁ、と微笑ましく思いながら私はそっとベッドに横たわった。

 明日目が覚めたら、嫌なものは全部無くなっています様に。

狭間の者


 女性と別れた帰り道、ロードは少し寄り道がてら男子寮を超え、その先に向かう。
 そこにあったのは結社の本部。外回りの仕事終わりで直行直帰だった為用は無い筈だが、少しだけ立ち寄りたい心持ちだった。
「ふぅ……まあ、よくある話と言えばよくある話でしたが……」
 結社は機械人形推進派。当然、機械人形に友好的な人間が多い。とは言え機械人形に対し非友好的な感覚の人間もいる。
 前線駆除班のエレオノーラ・ブリノヴァの機械人形嫌悪は有名だ。彼女は、しかし機械人形を生活の友とする人間の多さも理解している。自分の様に身体に不自由がある人間にとって大事な労働力であると言う事も。
 故に暴走した個体を粛清し、ギロクの魔の手の及ばないプロテクトを持った新しく作られるであろう機械人形との未来の為に前線駆除班で日夜闘いに明け暮れている。
 とは言えテロ以前に作られた機械人形への不信感、自らの家族が暴走した機械人形に怪我を負わされた事から彼女の闘い方はまず同隊の機械人形を犠牲とする事だった為、マルフィ結社では珍しく機械人形と距離を置いた生活をしているのだが。
 マルフィ結社にも、彼女のみならずそう言った反対の心を持った人間は存在する。
 外部の人間ならば尚更だろう。エレオノーラの様に嫌悪を持つが大多数の人間にとっては必要と見做す者ばりでなく、嫌悪を貫いて暴走していない個体も含めて殲滅の道を行く過激派だって存在する。過激派の攻撃対象には、機械人形を擁護する人間も含まれていると言うのだから驚きだ。意に沿わない者までも処す。そんなの、裏社会のギャングと何が違うと言うのだ。
 自分が高尚な人間であるつもりは無いが、それでもロードは機械人形と共存する道に未来を見出した。だからそんな彼等を悪く言われると心苦しい思いもするし、自分の決めた未来を否定された様な気にもなる。
 故に、機械人形達が少しでも人間と共存出来ている姿を見て安心したくなった。そんな思いがロードの足を本部へ向かわせた。
 ガチャリと人事部のドアを開けると、そこには残業していたのかタイガと彼に夜食を届けにきたであろうノエが居た。タイガもノエも、ロードに気付くとにこりと笑った。
「ロードさん!?お帰りですか!?」
「ええ。タイガさんも遅くまでお疲れ様です」
「ありがとうございます!まさかロードさんに会えると思って無かったので遅くまで頑張ってた甲斐がありました!」
 嬉しそうにするタイガを横目に、ノエに彼の残業理由を聞くと人間らしい苦笑いを浮かべながら『クレーム対応です』と呟いた。
「電話でクレームがあってそれに追われていた様です。本当はタイガの管轄では無かった筈なのですが、どうやら前線駆除班の引き起こした事故だった様で。明日からどの地区に配属させるか等考え直す必要が出て来た為にこの時間まで帰れず、でして」
「なるほど……だからノエさんがお夜食を…」
「タイガも普段夕食を食べる時間を優に超えておりましたから。何も口にしない、では万全の状態で仕事に臨めないかと思いまして」
 状況をよく把握し自己判断の上、タイガの栄養面を考慮した食事を提供した。ノエはそう言った。
 そんな風に思考し、動ける彼等は最早ただの機械では無い。そう思う自分はどこか甘いのだろうか。
「おい、邪魔だ」
「あ、すみませ…」
 後ろから悪態をつかれ、反射的に謝ったロードは悪態の主の姿に度肝を抜かれてしまった。その、とてもじゃ無いがそんな悪態なぞつかなそうな美しい容姿と人間離れした髪色に。
 そこにいたのは前線駆除班の(悪い意味で)有名人こと、機械人形のアサギだった。
「こ、こらアサギ!前に誰かいる時は一言『すみません』だって教えただろう!?」
「ひとことなら言ったじゃねぇか」
「『邪魔だ』と『すみません』は同義の言葉じゃないだろう!?」
 そう言いながら平謝りをして来たのはロナだった。別に気にしていませんよ、と一言呟けばとても丁寧にアサギと向き合い、『何故悪態をついてはいけないのか』を教えていた。
 ひとしきりロナから教えを説かれたアサギはロードと向き直ると『すんません』と溢す。
 感情の無い筈の機械人形のあまりにもぶっきらぼうな様にフィクションでよく見る『先生に怒られた不良』の姿を重ねたロードは思わず噴いてしまった。
「本当に申し訳ない…」
「いえいえ、ちょっと面白いものが見れましたし。アサギさん…は、きっと正に今発展途上なんでしょうね」
「教えれば覚えてくれる事の方が多いのだが……」
 ちらりとアサギを見れば、彼の美しい造形が目に付く。誰の趣味だか知らないが、彼のおよそ戦闘向きとは思えない見た目にはどうにも作り手の闇が詰まっていそうで居た堪れない。
 アサギの語られぬ過去に思いを馳せながら彼を見ていると、紅白の目と視線が交錯した。
「……言っとくが俺はセクサロイドじゃないぜ」
「ん!?」
「こ、こらアサギ!!」
 アサギの口を押さえん勢いで、齧り付く様なロナの両手が彼の頭を包んだ。意外な顔から意外な言葉が飛び出たロードは一瞬面食らった。
「も、申し訳ない…!!アサギが妙な事を口走って…!!」
「……うふふふ、まさかの単語が飛び出て驚いただけですので」
「全く…。アサギ、そんな事は誰も思わないし誰もアサギにそんな命令しないから言わなくて良いんだぞ?」
「へぇ……そうなのか」
「そうだ。いきなりそんな事言ったら皆面食らうだろう…全く……」
 ロナが言い終わる前にとことこと歩みを進めてしまうアサギ。今度はタイガに近寄り彼の夜食のサンドウィッチを断りもなく口に運んでしまうのでロナはまたも慌てて静止に掛かった。
 PL-plugin。それがアサギの中にあり、悪さをしていたいわば病原体の様なものだと機械構造に明るくない人間向けに説明されたのはロードも聞いていた。戦闘向けに作られた筈なのに、あまりにもその特性を阻害してしまう恐れのあるプログラム。それを外した今や、まるで幼児の様な大胆な振る舞いにもなるアサギには驚愕の一言である。
「あー!!ロードだぁ!!」
 だばだばだば、と言うべきか、どてどてどてと言うべきか。忙しない足音と共にロードの腰と背中に衝撃が走る。ついでに肩にも。
 恐る恐る背後を見ると、嬉しそうなマナキノがロードの背中に貼り付き頬擦りをしているところだった。
 スタイルの良い女性に抱き付かれて頬擦りされると言うのは、それが人間ならば手放しで喜びたいところだが相手はあのマナキノである。大人の女性の官能的な抱き付き──と言うよりかは、大型犬の遊ぼうタックルにも似ていた。
「ロード!ロードロードロード!!」
「は、はいはい…今日も元気そうですねマナキノさん」
「うん!マナ元気!!」
 どんどんどん!と嬉しそうに足踏みするマナキノに東國のマナーよろしく『下の階にいる方がびっくりしちゃうので、足どんどんするのやめましょうね』とやんわり注意する。この時間、もう仕事をする人間は居なさそうだが一応念の為だ。
 元気に『わかったー!』と声を上げると、マナキノは今度は極力音を立てずにロードに絡み付く。小声で『ロードロード!』とはしゃがれ、気分は完全に幼い姪っ子の顔を見に来た叔父だ。
「おい、マナ」
 その時、タイガのサンドウィッチを横から勝手に拝借していたアサギが食べ掛けのそれの齧った部分をマナキノの目の前に突き出す。
 マナキノはじっとサンドウィッチを注視していたが、その内彼の意図が分からなくなったのか首を傾げた。
「これやる」
「それを!?」
 アサギの行動にタイガが声を上げる。普段おおらかなタイガが思わず突っ込まずにはいられない程のそれは、マナキノの思考回路を大いに混乱させた。
「何だ?やっちゃいけねぇの?」
「い、良いけど…どうせあげるなら手を付けてない新しいのあげなよ…」
「何でだ?俺はこれしか持ってねぇ」
「機械人形じゃなくて人にあげる時もね?食べ掛けのものの食べ掛けの部分を向けられて喜ぶ人はあんまりいないんだよアサギ君」
「ん?そう言うもんなのか…?」
「そう言うものなの。いきなり食べ掛けもらってもびっくりしちゃう人多いから、どうせなら食べ物を分けるのは新しいの持ってる時か、そうじゃないなら口付けてないところを向けなね」
 そう言ってタイガは新しいサンドウィッチを手に取るとそれをアサギに持たせてやる。はい、もう一度どうぞと促してやれば、アサギはそれをマナキノに向けた。マナキノは首をゆっくり傾げると一言、『マナ、ご飯食べないよー?』とさも当たり前の様に言うのでタイガはアサギが特別なのであって通常の機械人形は食物を処理出来ないのだと思い出した。
「そうだった……機械人形は普通飲食機能無いんだった……」
「皆食べれるわけじゃ無いのか」
「うん…そうだね……」
 何となくアサギとのやり取りは徒労に終わった気がする。そんな風に自分の方を見、どっと疲れましたと老け込んだ顔で言うタイガを見て思わずロードは噴いてしまった。彼にしては珍しく、くっくっくっ…と喉を鳴らして笑っているのでタイガはその様子を疲れた顔で見つめた。
「えへへ…ロードさんが笑ってくれた…えへへ…」
「す、すみませんタイガさん…!その顔ちょっとツボ入りまし…て…っ、うふふふふっ!」
 人間の笑いのツボと言うのは、理解が難しい。大爆笑するロードを尻目に、ノエは人が幸福を感じて笑うと言う事の一例を垣間見て勉強の余地があると言う事、そして一体何を参考にデータを構築して解を得れば良いのか見当がつかない事を頭の中で処理しながら紅茶を淹れる。
 そしてタイガのみならずロードにも、ロナにもそれをそっと差し出してひと段落つくと、ふとアサギがこちらを見ている事に気が付いた。
「……どうされました?アサギさん」
「これやる」
 何かを学習したのか、アサギは齧りかけのサンドウィッチを半分に割り、食べていない部分をノエに差し出して来た。
「これは……」
「タイガの言ってた事ってこう言う事だろ?やるよ」
「…ありがとうございます。ですがアサギさん、私も飲食の機能はございませんよ」
「自分で飯作れるのにか?」
「ええ、人に作る為の私なので。ですが、ありがとうございます。アサギさんはどうしてそんなに誰かに分け与えようとするので?」
 アサギは表情を変えずに目を動かすと、ロナの姿を視界に捉える。アサギと目の遭ったロナは、いつも通りの笑顔を浮かべていた。
「ロナが言ったんだ。『大切な人とは一緒に美味しいもの食べたい』って。俺にとって何が大切かは分かんねぇけど、ロナは道場生全員だって言ってたから、今俺がいるのは結社だし、じゃあロナにとっての道場生に置き換わるものを考えたら結社の奴らだなって」
「なるほど……」
「後、いざ誰かに何かやろうとした時、結社の奴なら失敗しても許してくれるって言われた。だから仲間に施すついでに施し方の最適解を知りたかった」
「ふふ…アサギさん、どちらかと言うと目的はそちらですね?」
「インプットしてもアウトプットして試さないと再現性の有無の確認が出来ないからな」
 データを入力するだけでなく、口頭でも言語を理解して『正解』に近付こうとする。アサギもノエも、そしておそらくマナキノも。機械人形だから『主人の為』が大原則としてあるのだろうとは思うが、果たしてそれは人が人の為にと思って行動する事と何が違うのだろうか。
 ロードは何故今日ここに足を運びに来たかを思い出す。何となくこの状況を目に焼き付けて、安心したかったのだ。自分達の活動を是としてくれる何かがきっとマルフィ結社ここにはあるのだとそう確信していたから。
「タイガさん。私は……今日ちょっとだけ嫌な事があったんですよね……」
「嫌な事…ですか?」
「ええ。それを否定したくて、機械人形をパートナーとして愛していらっしゃる方の声を聞きたくなりました」
 ロードからそう聞いたタイガは、何となく彼の言う『嫌な事』が機械人形絡みであると言う事を察した。世の中機械人形に対する思いは様々だが、中には憎悪の方向へ最大限に舵を切った人もいる。
 自分の立ち位置がどうであれ、同意しきれない憎悪を目の当たりにするのは辛いものがある。
「……ロードさんも、そんな風に思う時があるんですね」
 タイガが少しだけ嬉しそうに口にした。
「私なぞ弱い弱い人間ですからね。こう見えて意外と繊細なんですよ」
「え?そうですか?繊細さはその、手先が器用で緻密なとこ見れば確かにって思いますけど…」
「そうだな。弱い弱いと言われると、こちらの貴方に持ってるイメージと少し違うと思うけどな」
「弱いですよ。この上なく弱い部分もありますよ」
「……じゃあ、その弱い部分を自分で分かっていて、それを解消する為に動けるロードさんって感情のコントロールが上手いって事じゃないですか?」
 オレ、割りとすぐ顔に出ちゃうから。
 そう言って笑うタイガにロナが思い出を懐かしむ様に微笑み、つられてロードも微笑む。しかしこの空気の中、マナキノもアサギも表情は何も変わらない。接客業向けに作られ、対人プログラムの施されているノエだけが同じ様に微笑んだ。
 だが、それを敢えて注意はしない。彼等と同様に今の様な場で微笑まない人間はいる。彼等は『個性』で片付けられる事も多いと言うのに、生き物人間かそうでないか機械人形で区別されるこの状況は一体自分の中でどう折り合いを付けたら良いのだろうか。
 奇しくも先日エドゥアルトの頭に過った疑問がロードの頭も掠めて行く。自分など、機械人形の主人登録もしていないと言うのに。
 機械人形を所持している主人と言う訳ではない。しかし、機械人形嫌悪の気持ちは持ち合わせていない。むしろ登録していないながらに友好的で、愛する彼女を模した機械人形でも造られたものなら思わず心揺らぐのでは無いかと言う程の受け入れ方はしている。
 ここに居る人間は大小様々とは言え機械人形の悲惨な思い出が新しく、その記憶を抱えながら生活をしている。彼等は恐怖こそあれ機械人形の溢れる生活が当たり前で、だからこそ自然とも彼等とも共存する素晴らしさを誰よりも理解していた。
 反対派な人は多いかもしれないが、機械人形を友とする生活の素晴らしさを知っている人も同様に多い。だって彼等の大事にする教えや生活の基盤は、機械人形が出来てから尚輝きを増したからだ。
 そんな彼等の声を聞くのは、今日みたく不可思議な感情に支配された時に安心感を得たいから。
 何だか、彼等ならこのモヤを晴らしてくれそうな気がする。こう言うのを『祓う』と言うのだろうか。違う、『成仏』?
 兎にも角にもひとしきり談笑した後部屋を出るべくドアに向かう。きっと次仕事で会ったら彼等はまた機械人形らしい武勇伝と言う名の始末書でもって経理部の仕事を増やしている頃なのだろうなと思いつつ、ロードはやっと日常に帰って来れた気がした。
「お休みなさい、タイガさんにサオトメさん。それからノエさんにアサギさん、マナキノさんも」
 まだまだ言い足りなそうな空気を出しつつロードはそっと部屋を後にした。

 明日目が覚めたら、いつもの日常に戻っています様に。
 やはり自分はマルフィ結社に来て正解だった。友機械人形こそ、持ってはいないけれど。

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